「んじゃ、スタート!頑張れーっ!」
声を張り上げた瞬間、待ってましたと言わんばかりのスピードで走りだす部員達。
―――9月上旬。インターハイが終わって丸1カ月。
結局優勝は持って帰れなかったけど、全員が全力を出し切ったインターハイ。
そりゃあ、終わってすぐは悔しくて悔しくて仕方がなかったし、総北が憎かったけど、その後、両校の3年生で遊びに行ったら、自然とそんな気持ちは抜けて、今じゃ総北大好きな私だったりするんだけど。
インターハイが終わってすぐ、福富、東堂、新開、荒北をはじめとする3年部員は引退したけど、私はまだ後釜も見つかってないし、この調子でいけば大学は推薦で入れそうだし、ってことでまだ部活をやめてない。
まぁ、ハコガクはもともとスポーツ強豪校だから、部活に入ってない子を見つけることが難しいんだけどね。文化部も精力的だし、なかなかマネージャーは見つからない。
にしても、3年生が居ないってのはやっぱりさみしいよね。
ずっとあの4人とバカ騒ぎして、引っ張る手伝いして、楽しく過ごして…学校だったら今でも一緒にいるけど、やっぱり部活じゃなきゃ出来ない事とかもあるわけで。
空は秋晴れって言うのか、雲一つない真っ青な空。突き抜けるくらい高い。
そんな空を見ちゃうと、やっぱり虚無感が心の中に広がるっていうか…。
「寂しいなぁ…」
小さくつぶやいて、どうした?なんて聞いてくれる仲間はもういないんだよね。
そんな事を思ってると、急に大きな音。車のクラクション…?
「何だ何だ…って、えぇぇぇぇぇ!?!?」
ストップウォッチから顔をあげると、びっくり仰天。だって、目の前に巨大なバスがあるんだもん!そりゃびっくりするよ!しんみり気分なんて吹き飛んだよ!
バスに書いてある文字を読むと…
「青葉…城西…?」
うーん…聞いたことない名前だなぁ…。チャリ部は練習試合とかしない―――っていうか、日本でトップレベルの高校なんだから、練習試合をする高校がないというか。まぁそんなんで練習試合はない。総北は…全体で合同練習はしたことないけど、なぜか各学年同士で遊んだり、練習したりはしてるらしいけど。
そもそも、チャリ部で有名な高校では聞いたことないし、練習試合の予定もないから、この案は却下!
じゃあ、別の運動部だよね。でも、青葉城西なんて、神奈川で聞いたことないけどなぁ…?
バスを見上げてると、一人の生徒と目があった。先頭の方に座ってて、ニコニコ手を振ってる。あ、東堂みたいなヤツかな。
と思えば誰かに叩かれた。こっちはオカンか。荒北タイプか。
まぁ私は礼儀正しいからね!ちゃんと頭を下げたよ!もしかしたら年下かもしれないけどさ!
バスは奥の方に入ってったから、まぁとりあえずいいや。
と思えば今度は猛ダッシュしてくる影。まぁ、見覚えのある影だけどね。チャリ部じゃないのが残念だけどさ。
「相田くん、どしたの!?」
「うわあ、相良!相良こそどうしたの!?」
「私は後輩の帰りを待ってるとこ。相田くんは?」
1年生の時、同じクラスだった相田くん。荒北の前の出席番号だったから、たくさん迷惑掛けられてたなぁ…。
って、じゃなくて!今の相田くんに何があったかだよ!
「今日、練習試合でさ!後輩の世話ばっかやいてたら、俺が遅刻しそうで!」
「なるほどー…」
あっ、ってことは!
「じゃあ、もしかしてさっきのバスは…」
「うわぁ、もうバス来てた!?俺、主将だから出迎え行かなきゃ!あー、でも…!」
何やらそわそわしてる相田くん。まだ何かあるのやら?
「…相良、今部活中だよな…?」
「まぁ、うん。…どうかしたの?」
「うちさ、マネージャーが後釜見つけずに引退しちゃったから、マネージャー今いなくてさ。それじゃ、相手にも失礼だろ?で、どうしようかと…」
なるほど。まぁ、もうすぐ私は部活終わりだし…。
「今すぐは無理だけど、30分後とかでいいなら行こうか?マネージャーの仕事なら大差ないだろうし」
「マジで!!助かるわ!!じゃあ頼む!!じゃあ、またあとで!!」
とたんにすっ飛んでいった相田くん。そういえば、相田くんって確か…
「…じゃあ、あの学校、バレーボールのチームか」
―――バレー部の主将だったっけ。
バレーは3年生が出れる大会がもう1つあるらしくって、3年生でも引退してない人が多いって聞いたなぁ。マネージャーは例外みたいだけど。
「まぁ、マネージャーの仕事くらい、どの部活でも一緒でしょ」
こうなれば、高校生活もっと謳歌しちゃうもんね!
ドリンク用意オッケー、タオル準備オッケー!
いつものコース一周して、今日の練習は終了のはず。泉田くんが主将になって、黒田が副主将になってだいぶ整ってきたし、私いなくても準備しとけば大丈夫でしょ!
お、あれは黒田じゃないか!頼れるやつが一番に帰ってきた!
「おーい、黒田ー!お疲れー!」
「ありがとうございます」
タオルとドリンクを渡す。
「私さ、今からバレー部のマネージャーしに行かなきゃ行けなくてさー。だから、残り任せてもいい?」
「ハァ!?バレー部!?何やってんですか、アンタ!お人よしか!いや、これは知ってましたけど!」
「じゃあ、それに免じて許せ、黒田!じゃあ、後は頼んだよ、副主将!」
「はいはい、わかりましたよ!」
なんだかんだ許してくれる黒田も、相当のお人よしだと思うけどね!
…まぁ、それは後々言うとして。とりあえず体育館に向かう。
体育館の入り口に、これまた見覚えのある影。
「斎藤くんじゃん、試合中じゃないの?」
今期生徒会長の斎藤くん。去年委員会が一緒で、仲良くなった後輩君。ただ今高校2年生。彼も確かバレー部。
「うちは3年生がたくさん残ったので、2年生はベンチ入りがやっとなんですよ。それで、相田さんにこれを相良さんに渡してほしいって」
そう言う斎藤くんの手元には…ジャージ?青を基調とした力強いジャージ。チャリ部とはまた違ったカッコよさ。
ちなみに我がチャリ部は白に青いライン、正面に“箱根学園”と堂々と描かれた作りになってます!私もただ今着ております!まぁ、下にはスカートはいてるけどね!
「わー、ありがと!今すぐ着るね!」
ジャージを着替える。まぁ、下は変わらないけど、上が変わっただけでもずいぶん雰囲気変わったなぁ。一気にチャリ部から、バレー部になった感じ!
「相良さん、何でも似合いますね」
「あはは、会長さんは褒め上手だね!じゃ、行こうか!」
「はい!」
チャリ部マネージャー・相良香咲改め、バレー部マネージャー相良香咲(仮)出陣!
…自転車って、スピードものすごく出るし、疾走感あるし、本当にすごいスポーツだと思う。
だけど、バレーもめちゃくちゃすごい!何あのシューンッ!みたいなヤツ!コート全体を使ってボールが動いてて、ものすごく躍動感があって!
初めてちゃんとした試合は見るけど、本当にすごいと思う。
「それじゃあ、とりあえずドリンク作って貰っていいですか?相手チームのマネージャーさんが1人、もう行ってるはずなんで」
「わかった!バレー、すごいね。私初めてみたけど、本当にびっくりした」
「ですよね。僕もそこに惚れたんですよ」
「だよねー!」
チャリ部のマネージャーになって、後悔した事は一回もない。これからもそんな事は絶対ない。
だけど、もしかしたらバレー部のマネージャーでも楽しかったかもって思う。
ドリンクを作りに行くと、確かに人が居る。…しかもめっちゃ美人!
「あの、相手チームの…?」
「あ、はい。溝口六花です。3年生です」
あっ、タメなんだ!ものすごく美人過ぎて、話すのも恐れ多い…!」
「あの…?」
「あっ、ごめんなさい!私、相良香咲です!3年生なんで、タメでいいですか?」
するとふわっと笑う彼女―――溝口さん。
「そうなんだ。なら、タメでよろしく、香咲ちゃん」
「香咲でいいよ。うん、よろしく、六花ちゃん」
駄目だ…私にはじーのえる、なんて気は全くないけど、ものすごくかわいい。
緑のかかった黒髪に、めちゃくちゃ小さな顔。身長も160くらいかな?私と同じくらい。吊り目で美人なのに、ツインテールが似合うとか反則だ。
「え、香咲、バレー部のマネージャーじゃないの?」
「そーなの、実は。自転車競技部…っていう部活のマネージャーなんだ。知ってる、ロードバイク?」
「うーん…名前だけなら」
仕事をしながら談笑なう。
六花、ものすごくいい子だった。気さくで仕事ちゃんとするし、泣ける。相田くんに感謝しないと。
「そういえば、青葉城西って何県?」
バス見た時の疑問をぶつけてみれば、衝撃の答え。
「宮城よ」
「み、宮城!?めちゃくちゃ遠くない!?」
「まぁ…。なんか、うちの学校と箱根学園は姉妹校提携か何かを結んでるらしくって、それで。箱根学園と言えば、ここ数年ずっと神奈川県代表を独占してる強豪校だし、こっちとしてはありがたいばかり」
「へー…そうなんだぁ…」
ハコガクってすごいんだなぁ…。まぁ、チャリ部だけってことはないと思ってたけど。
全部作り終わると、試合もひと段落。
「はい、相田くん。こんな感じで大丈夫?」
「おー、完璧。前のマネージャーより完璧!サンキュー」
「いやいや、大したことないって」
ふと相手チームを見ると―――あ、まただ。目があった。手を振ってる。…叩かれた。六花が呆れた顔するとか、あの人何なんだ…。
「あー、及川くんか?」
いつの間に隣に来た、相田くん。まぁ、それは置いておいて。
「及川くんっていうの…あの人?チャラチャラしてるね」
「でも、実力は宮城県内トップらしいぜ。宮城にはめちゃくちゃ強い学校があってさ、普通に全国レベルの青葉城西とかが全国いけない状態らしい。そんなチームの主将だよ」
あの人、主将だったの!?
隣の相田君と、我が主将の福富、現主将の泉田くん、総北の新旧主将の金城君と純太…うーん、純太はわかんないけど、皆真面目だな。
まぁ、純太も根はまじめだけど、及川くんはめちゃくちゃチャラそう!東堂みたい!
「あ…でも、東堂みたいなら、根はまじめなのかな…」
「相良も思った?東堂みたいだよな、他校にもファンクラブあるらしいし。でも、2人とも根はまじめだよ」
東堂は近くで見てきたからわかる。生まれもったものもあると思うけど、努力を怠ってなかったからな、東堂。
及川くんも、そういうことなのかな。くわしい事はわかんないけど、生まれもったものがあったとしても、努力を怠ったら主将にはなれないよね。ましてや県内トップなんて。
まぁ、及川くんの事は置いておいて。…その隣にいる4番の人。
雰囲気と言うか、性格と言うか、声と言うか、荒北にそっくりすぎてビビる!
チームが崩れないのは、ああいう人が居るからなんだろうな、としみじみ思う。うちのチャリ部の代がよかったのも、おそらくその原理だし。
「ねぇ、相田くん」
「ん?なんだ?」
―――まぁ、何はともあれ、今日思ったのは1つ。
「バレーって、めちゃくちゃ面白いね!」