マイニチペダル   作:御沢

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あの日の思い出

高校を卒業して、箱根に来る機会なんてなくなった。

そりゃあ、大学入ってすぐの頃はチャリ部に靖友と一緒に顔出ししたりしてたけど、やっぱり静岡から行くから、時間とかの問題で徐々に行けなくなって、大学3年生になってからは、全く来てなかった。実家も横浜だし。

青春のほとんどを過ごした場所で、思い入れも深いはずなんだけど、なんか行く機会に恵まれない。だから、今回の同窓会はちょっとありがたかったりする。

 

場所は箱根。観光と温泉で賑わう箱根の温泉街を少し脇道にそれた旅館。

地元の人は当然、遠方からもわざわざ人がやってくるほど、って家主は言ってたっけ。実際明治から続く老舗だし、当然だとは思うけど。

「相良、遅かったな。みんなもう着いてるぞ」

ご丁寧にも旅館の入口に立っててくれるスーツ姿の彼―――東堂尽八。かつてのチームメイトで友達。実家に帰ったついでに、手伝わされてるんだろうな。

「そーなの?私が最後かぁ。ごめんごめん」

「いや、お前が最後じゃないぞ。例の遅刻魔は健在らしい」

「えー、大学入ったのに?」

「入ったのに、だな」

遅刻魔こと真波山岳も今年、見事に大学に合格して大学生になった。私たちが3年の時の1年だから、なんか変な感じ。ちなみに主将は新開の弟の悠人くんだって。

今回の同窓会は、インターハイ箱根大会の時のメンバーにプラス、葦木場くんと黒田。要するに、いつものメンツ。

 

 

東堂庵の中でも結構広い部屋に、ほかのメンツは揃ってた。

「香咲遅ぇヨ!!電車の方がチャリより速ぇダロ!?」

「電車は駅から色々大変なんですーっ。靖友はどうせ黒田と競いながら箱根まできたんでしょ?」

既にお酒が入ってるらしく、妙にテンションが高い靖友と、それを苦笑しながら眺める黒田。黒田は靖友追っかけて洋南来たんだよね。

「聞いてくださいよ、相良さん。荒北さん、勝手にレースし始めるんですよ!?」

「それを僕たちで労っていたところです」

ため息をつく黒田の肩をポンポンと叩くのは泉田くん。こっちもこっちで、新開追っかけて明早大行ったんだっけ。

「あー…お疲れ。てか、酔いが回るの早いよ、靖友」

「るっせ、飲みてーんだヨ、俺ァ!!」

「はいはい、わかったから」

ちなみに葦木場くんはどっかの音楽大学だったかな。チャリは趣味で続けてるみたいだけど、やっぱりそういう大学では運動系のサークル少ないみたいで。

真波は宮原ちゃんと一緒に神奈川の県立の大学に入ったんだっけな。宮原ちゃんがいなかったら、今頃進学できてたかも危ういらしい。

そして、東堂だけは進学してない。巻島くん追っかけてイギリスいって、短期大学に自力で入学して、卒業してからはプロのロードレイサー目指して頑張ってる。今は日本にいることも多いけど、そのうちツールとかも出れちゃうかも知れないんだって。まぁ、それは福富も一緒なんだけど。

 

そのあと、真波もちゃんとやってきた。なんでも、山が呼んでたとか。相変わらずだな。

「じゃあ、改めて乾杯と行くか!」

「やっちゃえ、尽八!」

「では、乾杯ッ!!」

東堂の声で、改めて乾杯をすれば、もうみんな止まらない。一応真波とか未成年はお酒飲んでないけど、飲める人は次々に酔いが回る。もちろん私も例外じゃない。

「金城と靖友がさー、勝手に練習行くのよ!ねーっ、黒田ぁ」

「そうなんですよ!もう先輩たちもため息ついてますよ」

「靖友、迷惑かけるなよー?」

「るっせ、アレは金城が悪い!勝手に走り出すからァ!」

「金城も靖友も悪いの!連帯責任!」

時に愚痴を言って、時に笑って、時に思い出話に浸る。懐かしい、そんな時間が過ぎていった。

 

 

酔いをちょっと覚まそうと思って、外に出る。朝晩は冷え込む季節になって、旅館の浴衣だけじゃちょっと寒い。しょうがない、ちょっと冷ましてすぐ入ろう。

「なんだ、相良、こんなところにいたのか」

「あー、東堂。ごめん、探した?」

「いや、いないなと思っただけだ。酔いを覚ましに来たのなら、俺も同じだ。だけど、ちょっと寒いな」

「だね」

2人でちょっと歩いて石階段の上に腰掛ける。やっぱり肌寒い。

「…箱根、ちょっとだけど変わってるね。3年前と比べると」

「そうだな。俺も時々帰ってきて、変わったところばっかり目につくな」

「ここに来る前にさ、ハコガクの前通ってきたんだ。そしたらさ、木がちょっと高くなってるなーとか、そんなことでもすぐ気づいちゃうからびっくりした」

「冷静になれば、3年も経てば成長するというのはわかるんだが、直感的にそういうのがわかるんだよな」

「そうなんだよね」

何にも考えないで、ただひたすらロードに費やした高校時代は、木の高さなんて気にしてなかったはずなのに、3年間過ごすうちにいつの間にか気にしていたんだと思う。

そして、そんな話をするなんて、18歳の私たちは想像してなかった。

 

「んーっ、しんみりしたね。酔いもだいぶさめたかな」

腰を浮かして伸びをする。温泉街から少し離れたところに東堂庵はあるから、結構星が綺麗に見えたり。

「そうだな。入るとするか」

「ですね」

東堂も腰を持ち上げる。階段を上がって、みんなのいる部屋に戻ればまた元の喧騒。明るくて賑やかな、まるで高校時代の部室。

 

 

“あの頃に戻りたい”

そう思うことがあってもいいと思う。現に私は、箱根で過ごした3年間が忘れられない。大学も楽しいけど、やっぱり高校時代ってなんか特別だったし。

でも、その場で立ち止まってちゃダメ。前に進まなきゃ。だから、ちょっと辛くなったら、ここ―――箱根に帰ってきて、そして思い出してみよう。―――“あの日の思い出”

 

 

 


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