5月上旬、ついにやってきましたこの季節。
汗の臭いがプンプン漂うチャリ部部室の片隅で、私は1人、悩んでいた。
「劇…ありきたりだよね…歌?うーん…福富は美声だけど、歌いたがらなそう…じゃあ…」
―――そう、1ヶ月後に控える学園祭のせいで!!
ハコガクの学園祭は6月上旬にある。そこでクラスの出し物をしたり、クラス展示で出店出したりする。しかも、それと同時進行で部活の出し物もしなくちゃいけないんだよね。
クラスの出し物は劇とメイド喫茶というなんともありきたりなやつなんだけど、部活の出し物がどうにも決まらなくって。
私、新開、荒北、東堂は同じクラスだから劇は嫌だと思うし、福富のクラスも劇するみたいなのを聞いたから嫌だと思う。
じゃあ歌?って考えたけど、歌もなぁ…。本気で歌う人とそうじゃない人に別れちゃうもん。
まぁこういう出し物にノリノリになる東堂、新開、ついでに私みたいなタイプには出し物って最高なんだけど、荒北とかなかなかノってくれなさそうだかから考えるの大変。
「…しょうがない…最終手段だ…」
ケータイ片手に部室から出て、電話帳からとある電話番号を探す。…一番押したくない電話番号なんだけどね。
でも、あの人のカリスマ性というか、イベント企画能力っていうかは、群を抜いて高いらしいし…。あー、でもかけたくないなぁ…。でも…。
「ここまで来たんだ!!大丈夫、頑張れる!!」
―――プッシュしたのは、相良加純。兄さんの番号。
20コールしたあと、ようやく電話に出る。相変わらず遅すぎるよ…。
『珍しいじゃねぇの、香咲から電話とか』
「…別にいいじゃん…その、あのさ…妹に力を貸してはくれませんでしょうか…」
しばらく沈黙する兄さん。こういうところとか、変な威圧感が苦手なんだよ…。
『まぁいいけど。“この哀れな妹に協力してください、お兄様”って言え』
はぁ!?この人、急に何を言い出すの!?本当に実の兄さんかな!?
「うっ…こ、この哀れな妹に…協力してください………お、お兄様…っ」
『へぇ、素直じゃねーの。考えてやる』
「…ありがとう」
もう本当ムカつく、この人!!これが自分の兄だとか思いたくない!!…実の兄なんだけどね、うん。
とりあえず電話を切る。思いついたら電話するとか言ってたけど、かかってくるのやら。
途端になりだす着メロ。画面には“相良加純”。…え、早くね!?
「は、はい」
『遅い。さっさとでろ、このバカ』
「ご、ごめん」
急に暴言吐くなってーの!!私5コールで出たんですけど!?あんた、20コール以上したでしょうに!!
まぁ、そんなこと言えるはずもなく、仕方がなく素直に謝る私…情けないなぁ。
『あ、そうそう。出し物、ダンスしろ。本気でやらねぇと観客からすぐわかるし、道具もそんなに揃えなくていいし、衣装なら俺が着てたやつあるし』
「そっか…兄さんダンスサークルだっけ…」
『何、自分の兄貴のサークルも覚えてねぇの。お前はあれだろ…テニス部』
「…自転車競技部マネージャーですけど」
『…とにかく、ダンスしろ、いいな』
この人、自分は妹の部活間違えたくせに流して、しかも一方的に切ったよ。
まぁ、助かったのは事実だから、なんにも言えないんだけど…。
「ダンス…かぁ…」
兄さんとの会話をそのまんま福富に伝える。
「ダンスか…いいんじゃないか。運動部だから体力はあるしな」
「へー、意外。福富、ダンスできるんだ」
「いや、できない。だが俺は強い」
その“俺は強い”を強調するの、本当に好きだよね、福富。
「まぁ、あとはこっちに任せてよ。部長の承認が必要だっただけだし」
「そうか。なら頼む」
そう言ってすぐ自転車のところに行く福富。そばには東堂、新開、荒北こと、通称“ハコガクバカ3”。こんな呼び方してるの私ぐらいな気がするんだけどね、うん。
「踊るの…とりあえずハコガクバカ3でいいかな、うん」
ダンスの振り付けはネット見れば死ぬほどあった。逆にどれにしようか悩むくらい。その中でも特にかっこいいと思う奴を選んだ。…実は振り付け、若干女子用なんだけどね。内緒内緒。
あと、ダンスするメンツ。流石に50人全員は舞台に上がって踊れないし、一応最後の部活勧誘って意味もあるから有名な人を舞台上に出すべきなんだよねー。
ハコガクバカ3は顔も知られてるし、3年生ではモテる男子トップ3だし、全然不足はないんだよね。…バカだしアホだけど。
あと、主将だし福富。…今思えばさ、東堂って副主将なんだっけな…。チャリ部、不安だわ、うん。
他は…インハイメンバー確実って言われてる泉田くんとか?
あと、黒田もいいかも。でも、謎のダークホース1年・真波もアリ。ならいっそ2人とも入れちゃおっかな。
あとは…葦木場くんとか?今は謹慎中だけど、身長高いし、天然だしで色々知られてるっちゃ知られてるし。
「んー…こんなもんかな」
全部で8人か…。ちょうどいいんじゃないかなっ!!
あとは、兄さんから送られてきた衣装こと、黒のつなぎ。
作業する用とかじゃないみたいで、綺麗だし、胸元に缶バッチついてたりおしゃれなのはおしゃれ。私はこういうの結構好き。
ただ…8人決めたはいいけど、つなぎが4着しかないのが問題。缶バッチは山ほど送ってきたんだけど、下に着るTシャツとかなんもない…。
まぁ、衣装を何とかするのも私の役目かな!頑張らなきゃ!
放課後、とりあえず衣装をなんとかするために大型ショッピングモールへ。
ユニ○ロでそれぞれ赤、青、緑、黄色、ピンク、紫、オレンジ、白を基準とした迷彩柄Tシャツを買う。みんなにカラーがあったほうが面白いと思って。ジャ○ーズみたいだしね。
それに合わせてリストバンドも買って…シューズは体育館シューズがあるしいっかな。
問題はつなぎ。つなぎ…残り4着どうしよう…。
悶々してると、ふと目に飛び込んできたディスプレイ。まるでつなぎの下みたいな形をした迷彩柄のズボンに、腰にパーカーをくくってるっていうスタイル。それでビーンと思いついちゃった!
急いでユ○クロに戻って、赤、緑、黄色、白のTシャツを返品して、代わりにその色のパーカーと黒のTシャツを4枚とディスプレイの履いていた迷彩柄のズボン4着を買った。
「これで完璧…!!」
1人でニヤニヤしながら帰ったのは秘密。
翌日、考えた8人のメンバーを招集。考えた結果を伝える。
「えー、1ヶ月後に控えた学園祭の部活での出し物ですが…この8人にダンスをしてもらいまーす!!」
しばし呆然とした後、福富以外が声を上げた。…福ちゃん、自分だけ反応してないからって、わざわざ反応しなくてもいいんだよ?しかも棒読みだよ?
「まて、相良。俺たちがダンスするのか…!?」
「そうだけど…何か不満が?」
「俺たち、ダンス出来んのかヨォ…」
「それは努力で!!…じゃあ、これから踊ってもらうダンスの振り付け見せまーすっ」
TVのボタンをパチッと付けて、ダンスを見せたら…みんな呆然。
「じゃあ、頑張ってね―――」
「待て待て待て待て!!!」
全員から総ツッコミされちゃいましたよ、はい。
「え、できるでしょ?」
「なんでおめさん、当たり前みたいな顔してるんだ…」
「だって私、1番だけなら昨日だけで覚えちゃったし…」
…兄さんと同じ遺伝子だからかな。それはそれで嫌なんだけどさ。
「…ま、頑張れ頑張れ!!それについて、もうみんなのメンバーカラー決めて、衣装とか、部費で昨日買ってきたからねー」
そう言って昨日買ったTシャツたちと兄さんの送ってきたつなぎと缶バッチをとりだす。
「新開が赤、真波が青、泉田くんが緑、福富が黄色、荒北がピンク、東堂が紫、葦木場くんがオレンジ、黒田が白ね。それで、新開、泉田くん、福富、黒田はこの迷彩柄のズボンに黒のTシャツ、そしてこのカラーのパーカーを腰に巻いて、リストバンドってスタイル。真波、荒北、東堂、葦木場くんはつなぎの下にこの迷彩柄のカラーのTシャツをきてリストバンドってスタイルだよ。缶バッチは、白がたくさんあるから1人1個白と、それぞれのカラーの缶バッチ、それにプラスして、自分の好きな色の缶バッチの計3個ね!」
ざーっと衣装説明したけど、それで理解する8人、やっぱさすが。伊達に高校来てないね!
10分後にもう一回その部屋に行ってみると、着替えを済ませた8人がいた。
「わーっ、めっちゃ似合ってるよ!!流石だね!!」
なんかワイルドなんだけど似合ってて、思わず惚れそうだよ!!荒北…なんでそんなにピンク似合うんだ…!?ウケ狙いだったのに、似合いすぎててやばい!!
「どうだ、相良!!みんな似合うだろう?」
「うんうんっ、さすがすぎるっ!!あとはダンス完璧になったら、もう怖いものなしだねっ!!」
衣装を着て断然やる気になったらしい。急に円陣くみ出して、福富の掛け声で一斉にダンスの練習し始めた。あ、もちろん衣装は本番用に回収したけどね。
―――そして本番。1ヶ月間、部活にダンスによく頑張った8人。
「ほかの人たちは、舞台を盛り上げるために照明とかステージ作りとかしてくれたんだ。その努力を無駄にしないように…頑張ってね!!」
『オーッ!!!』
気迫のこもった返事とともにステージに駆け出して、所定の位置に着く8人。…随分様になってるね。アイドルにでもなれるんじゃなかな。
そして、音楽が鳴り始めて、8人は踊りだす―――。
『会いたい』に隠れた本性
気づかないと思っているの?
左手にはリングの跡
嘘もろくにつけないなんて
寂しいだけなら 他でもイイでしょ
キミみたいなヤツは もう見飽きたの
こんなイカれた世界の中で
ホントの愛を 探して
迷子になった 私の方がCrazy?
Tell me (Tell me)
Show me (Show me)
Give me love & truth
『愛してる』なんて笑えるね
意味もわかっていないくせに
信じてもどうせ裏切るでしょ
それなら最初からShut out!!!
傷つくことには もう慣れてるけど
愛し方さえも 忘れてしまうわ
こんな寂しい世界からいつか
きっと私を 見つけて
戸惑いを消して 連れ出してBaby
Tell me (Tell me)
Show me (Show me)
Give me love & truth
こんな寂しい世界からいつか
きっと私を 見つけて
戸惑いを消して 連れ出してBaby
Tell me (Tell me)
Show me (Show me)
Give me love & truth
こんなイカれた世界の中で
ホントの愛を 探して
迷子になった 私の方がCrazy?
Tell me (Tell me)
Show me (Show me)
Give me love & truth
Tell me (Tell me)
Show me (Show me)
Give me love & truth
思わず言葉を失っちゃう。かっこよすぎでしょ、8人とも…。
会場からは拍手喝采。きっと新開とか東堂のファンクラブの子、泣いてるんじゃないかな。私もなんかやばいもん。
ステージから帰ってきた8人に、私は笑顔で言う。
「大成功だねっ!!」
まるで大会で初めて優勝した時みたいな笑顔で笑うから、また可愛いなと思ってしまうんだけどね。
何はともあれ大成功!!
いやぁ…よかったなぁ。
そのあと、学園祭での自転車競技部のダンスは伝統となったらしい。
真波…3年間もダンスすることになってごめんね。
曲は、GARNiDELiAさんのLambです。
いい曲だし、弱虫ペダルのMMDでもあったので是非見てみてください。
かっこよすぎる…。