2年生の冬休み。母さんとか父さんとか兄さんの関係で家に帰りたくなかった私は、とある人物に必死に頼み込んだ。
様々なお願いを受け入れ、ようやく得たのは…
「しょうがない。我が実家の老舗旅館で働かせてやろう、相良」
「ありがたき幸せにございます、東堂様!!」
―――箱根の老舗旅館である東堂の実家で年末アルバイトをさせてもらう権利。
年末年始を日本屈指の温泉地である箱根で過ごす人は少なくないはず。そんな箱根でも歴史のある東堂の実家には、きっとたくさんの人が押し寄せる。そして人手が足りなくなるのでは…そんな事を考えて、東堂にお願いに行くと、1度目はあっさり断られた。
「なんでさー!?いいんじゃん、忙しいでしょ!?」
「忙しいぞ。だが、従業員も一応いるしな…年末年始は家族ですごくべきだぞ!!」
…それはごもっともです。ごもっともだけど、だけど…。
「…ちぇーっ。何したらオッケー貰える?」
「そうだな…親にちゃんと言うんだな」
「そしたらオッケー貰える!?」
「うむ、考えるぞ!!」
なんて言われたから、必死にいろいろ考えて出した結果。
“せっかくの年末年始だということで帰りたいのは山々なのですが、幼いころからの夢で、自転車で旅行するという事があり、受験生になる前の最後の大きな休みなので、どうか旅行させて下さいませんか。”
当然親は簡単にオッケー。いってらっしゃい、とメールを返してきただけだった。
その事を東堂に告げると、今度は新たな試練を課された。
「そ、そうか…ならば、寮の外泊許可をどうやって取るのだ?仮にも女子が男子の家に泊まるのだぞ?」
確かにそうだ。そりゃそうだけど、でも…。
「…ちぇーっ。なんて書けばオッケー貰える?」
「そうだな…自分で考えるんだな」
「許可もらえたらオッケー貰える!?」
「うむ、考えるぞ!!」
なんて、どこかで聞いたような会話を繰り返した結果。
“実家に帰るので、外泊許可を下さい。箱根の旅館に観光に来るかもです。”
「貰えたのか…!?」
「うん、まぁ」
東堂には正直に言ってないけど…まぁ、嘘ついてるわけじゃないし。
でも、またしても試練を課してくる東堂。
「ならば…どうやって来るのだ」
「え、チャリ」
「ム…な、ならば、ならば…」
「…私の勝利、だね」
「…仕方があるまい…約束は約束だからな」
―――ということで、私はこの権利をゲットしたのであった。
そして年末。1週間の泊まりがけのアルバイト。お金はいいと言ったんだけど、働いてもらうんだから出すといわれて、正直心躍ってる。…うん、秘密ですけどね。
チャリを漕ぎ漕ぎ、東堂の実家へと向かう。一度行ったことあるから何となくわかるけど、かなり大きい家だよね。
一応お世話になるし、お饅頭とか持っていこうかと思ったんだけど、旅館ってお饅頭貰っても嬉しくないよね、と冷静になっちゃって、結局総北の巻島くんに頼んで、美味しそうなロールケーキを速達で送ってもらい、持っていくことに。
…ってそういえば、一応、クラスの男子の家…なんだよね。なんか、その…
「ドキドキ…してきたなぁ…」
うん、そんなこと考えない!!頑張って働かなきゃだもんね!!
そしてやっと到着。…何度見ても大きい家。もう家じゃないよね。
正面から入っていいのかな…?いつも皆と来るときはよくここからこっそりはいって、東堂の部屋に行くけど…。
今回は私は従業員として、だし…。でも、裏玄関っていうのか、そういうところは見当たらないし…。
「あーっ、どうしたらいいんだろーっ!?」
頭を抱えつつロールケーキを気にする。人にあげるものだからね、うん。
とりあえず広すぎる周りをチャリとともに歩いてみると、見事に目立たないよう、正面の正反対に、塀を食い込ませるようにして設置してあった。小さいながらも立派な表札で“東堂”って書いてあるし、間違いないと思う。
普通のインターホンと同じ音がして、その後に聞こえる女性の声。お母さんかな?
そしてドアがガラガラ…と音を立てて開いて…
「え…!?東堂…!?」
―――女装している東堂が居た。
可愛らしいビビットピンクのカチューシャに、さくらんぼの大きなピアスをして、ベビーピンクのリップまでして…うん、かなり美人だ。
服も肩の部分が開いているニットにタイトなスカート、それに黒タイツっていうなんとも色気ただようスタイル。
長い茶髪のウェーブのかかった髪をシュシュで1つにまとめ、ミントグリーンのパーカーにスカートにタイツという適当な格好で来た私より女子だった。
「と、東堂…!?どうしたの…そ、その格好…」
しかし、今はそんなセンスとかの問題じゃない。なぜ東堂は男なのに、こんな格好をしているのか。それが問題。
「えっと…」
裏声でも出してごまかしているのか、若干高めの声で戸惑う東堂。
「なんで、そんな恰好をしているの!?」
戸惑いつつまじまじ見まわして、尋ねてみると、東堂は苦笑した。
「あーっ、相良!!来ていたのだな!!」
やっといつもの東堂の声が聞こえた。でも、その声はなぜか目の前にいる東堂からは聞こえず、なぜか背後から聞こえる。
恐る恐る振り返ると、そこにも東堂が居た。旅館の衣装か何かなのか、和風な服を着ていた。男性の着る服を着た、普通の東堂だ。
「え…東堂が…2人…!?」
戸惑って混乱する。目の前の東堂Aと背後の東堂Bを交互に見返して…ひどく混乱。
え…なんで東堂が2人いるの!?!?ドッペルゲンガー!?!?
すると東堂Bが動いた。何事もなかったかのように東堂Aの横に並び、平然とこう言った。
「あぁ、紹介しよう。こっちはオレの姉だ」
しばし思考回路停止。ン…?アネ…?
アネ…あね…姉…え、お姉さん!?!?!?
「えええええ!?!?お、お、お姉さんですかっ!?!?」
思わず後方にのけぞると、兄弟そろって驚いた顔。…遺伝子強すぎるでしょ、東堂家!!
「ごめんねー、驚かせるつもりはなかったのよ。でも、あなた、私と尽八を絶対に勘違いしてると思って…ちょっと遊んでみたのよ。でもまさか、ここまでだまされちゃうとは。可愛いわね、あなた」
私遊ばれてたんだ…。恥ずかしいな…。
でも確かに…東堂にはない、胸の大きな大きなふくらみが…。かなり大きいようにみえるけど…どんくらいなのだろう?
そんな事を考えてると、そのお姉さんが立ちあがって胸に手を当てる。
「では自己紹介ね。…神は私に三物を与えた!!美人な上にトークもきれる、さらにこの胸!!Gカップの胸は、箱根の自然さえも惚れる!!箱根のキューティーデビルとは私の事よ!!よろしくね!!」
―――あ、この人たち、姉弟だ。
私の前に堂々と立っているお姉さん。その場に東堂がやって来ても、なにも違和感なく話に入りこんじゃうんだから不思議だよね。…私、やってけるのかな、1週間。
まず最初にお姉さんに連れて行かれたのは、とある個室。そこでお姉さんとともに着物に着替える。東堂のは浴衣に法被みたいな衣装だったけど、女性は普通に着物。落ち着いた色合いの着物で、老舗旅館っぽい。
お姉さんは、大きな胸のふくらみが邪魔で、あまりよく似合わないと言ってたけど、それでも着こなしちゃってる気がする。私、大丈夫かな?
「あら、香咲ちゃん、よく似合ってる!」
「そ、そうですかね…?」
「えぇ、本当に。さすがミス明早の妹さんね」
ミス明早―――私の実の姉さん・相良佳波。
我が兄弟は上からカナミ(佳波)、カスミ(加純)、カサキ(香咲)と全員“カ”がつくんだよね。
姉さんは唯一ヤンキーじゃなくって、中学校からお嬢さま学校で寮生活して、ただ今明早大の4年生。私が高2だから5歳差。ちなみに私の苦手な兄さんは3歳差。
それにしても…。
「何で姉の事を…?」
「色々な大学で有名人なのよ。ミディアムロングの茶髪はストレートだしサラサラだし、吊り目の瞳は大きくてつぶらだし、小顔でスタイル抜群で美人さん。様々な芸能プロダクションも狙ってるって噂よ」
姉さん…そんなにすごかったんだ。姉さんは東京で彼氏さんと同棲してるし、色々あって中3から会ってないから、今どんな顔なのかわかんないや。
「そーなんですね」
「…でも、髪にウェーブをかけて、目を垂れ目にしたら、香咲ちゃん、佳波ちゃんと瓜二つね。双子みたい」
「そんなことないですよー。東堂のお姉さんの方が美人です」
私、ちゃんと考えるべきだったね。
この人、あの東堂のお姉さんなんだよ。褒めたら当然…
「まあ、そんなこともあるけどね!私も一応大学のミスだもの!でもこれは、天が与えてくれた才なのよ。あー、でも、美しすぎるって罪ね…」
―――まぁ、こうなりますよね。…はい、私がバカでした。
着替えて、髪もお団子にして綺麗にしてもらった。鏡見たら、別人みたいでびっくり。
「尽八ー、香咲ちゃん、連れてきたわよー」
「おぉ、なかなか似合っているではないか!!では、今日から頼むぞ」
「はーいっ」
元気よく返事して、いざ働く!!…とは意気込んで見たけれど、着物って動きにくい!!こんなので毎日仕事してる女将さんとか尊敬だわ、本当。
そういえば、女将さん…東堂のお母さんは…?
「あの、東堂。お母様は…?」
「ん?あぁ、母さんか?今は大事なお客様の接待中だそうだ。俺たちは掃除などをするんだぞ」
「女将さんって大変なのね…了解ですっ」
動きにくいのとかしょうがないよね。頑張らなきゃ。
それから1週間、主に裏方、ときどき表で頑張って仕事をした。
正月って冬なのに、かなり汗が出たりして大変だったなぁ。でも、なかなか充実してたかも。
「1週間お疲れさまでした、香咲さん」
「ありがとうございます、女将さん」
ペコっと頭を下げつつ、受け取る給料。さすが旅館、そこらへんでバイトするより全然高いよ…。
でも、お金とか関係なしで、また働きたいなー…と思ったよ。
「香咲さん」
「はい…?」
呼びとめられて振り返ると、かっこいい姿の女将さん。隣にはお姉さん。…あぁ、やっぱり東堂家、遺伝子やばい。
ぼそっと言われた言葉に、しばらく考え込んで、思わず赤面しちゃう私ってうぶ、なのかなぁ。
「―――貴方が若女将になってくれたら嬉しいわね」