―――神奈川県箱根。その麓にある学校法人私立箱根学園高等学校。
通称
そんな自転車競技部の部員数は学園内でもトップクラスで、インターハイメンバーには最強の6人が選ばれる。
選ばれに選ばれた6人なのだから、ストイックで真面目―――そんなイメージを持っているのならば、それは捨てたほうが賢明だ。
なぜなら、彼らは―――アホなのだから。
インターハイが終わって、2学期になってしばらくたったころの出来事。
箱根学園の3年で自転車競技部マネージャーの私―――
テスト週間で放課後の部活はもちろんなし。
ほとんどの生徒は校内にある寮へと帰寮し、自分の部屋に戻り、机に向かってテスト勉強をする。―――はずなのだが。
どうしてだろう。どこを探しても、福富寿一、荒北靖友、新開隼人、東堂尽八の姿が見当たらない。マネージャーとして、彼らを監視するのは私に課せられた使命。それを果たせないようでは、マネージャー失格だ。
「泉田くん、福富と荒北と新開と東堂知んない?どこ探してもいないんだけど」
2年生の寮へと向かい、インターハイメンバーだった2年生、泉田塔一郎くんのところを尋ねる。新開なんかは、ここにいてもおかしくない。同じスプリンターだし。
「ここにはいませんけど…一緒に探しましょうか、相良さん?」
「うーん、ありがたいけどいいや。ありがとう。泉田くんも勉強頑張れよー!」
「はい!」
元気のいい泉田くんに手を振る。彼は真面目だ。是非そのまま成長して欲しい。
―――ただ、変な掛け声と筋肉に話しかける癖はどうにかして欲しい。影で“変な人”呼ばわりされているのを知らないのか。インターハイでの評価もいろんな意味ですごかった。
次に向かうのは部室。当然人がいるはずがない。
―――しかし、そこになぜが探している4人のうちの1人がいた。正確には”いた”というよりは、大音量の声が聞こえてきたのだ。
「ん?巻ちゃんのところもテストなのか!…ふむふむ、そこか…あぁ、そういうことだな!…ん?それはいかんよ、巻ちゃん…」
“巻ちゃん”“巻ちゃん”―――この名前を連呼するのは、箱根学園では1人しかいない。
静かにドアを開けて中を覗く。そこには案の定、1人の男子生徒がいた。
設置してある大きな鏡で自分の姿を確認しつつ、様々なポーズを決めたり、様々な顔をしたり、チャームポイントのカチューシャを直したりしている彼に、思わず深い溜息が出る。
「相変わらずナルシストな奴…」
私の呆れた声にも気づかず、本人は電話を続ける。…このまま放っておけば、永遠に私に気づくことはないだろう。
私に気づいてもらうには…
「“クハ、なんでお前がこんなところにいるッショ”」
「何!?巻ちゃん、そこにいるのか!?…え、いない?当然だな、イギリスなんだからな。なら誰だね…」
あんまり声を似せたつもりはなかったのだが、喋り方が似ていたのだろうか。徐々に近づく彼の足音。私はドアの陰に隠れ、彼が顔をのぞかせた瞬間―――
「何してんのさ、東堂」
「な…相良ではないか!驚かせるな」
「驚かせる…だと…?どの立場で言ってるのかな、東堂くん?テスト勉強で忙しいのに、私はわざわざ仲間を探して、親切に迎えに来てあげたのにな」
「そうだったか…いやー、すまんね、相良」
彼―――東堂は耳に電話を当てたまま、ドアの向こうから顔をのぞかせて、不満そうな顔をした。しかし、私の話術に屈したようだ。…さすが私、なんちゃって。
巻ちゃんこと元総北高校自転車競技部で東堂の唯一無二のライバルの巻島裕介さんとの電話を半ば強制的に終了させて、東堂を引っ張って部室をでる。ちなみに巻島さんは、自転車競技部も総北高校もやめ、イギリスに留学しているとか。
強制的に電話を切られたことが気に入らないらしく、東堂はずっと恨めしそうに私を睨む。
「睨まれても困るんだけど、東堂」
「巻ちゃんともっと話をしたかった…」
「…いいじゃん、巻島さんとはテスト終わってから話しなよ。あとさ、そのご自慢の美しい顔が台無しなことになってるけど」
「な、なんだと…!?」
渡した手鏡で必死に顔を見ている東堂は面白い。こいつは確かにものすごくモテるし、自転車をこいでいるときは最高にかっこいい。でも、誰よりもアホだと思う。
「時に相良、なぜ君はテスト週間に学園を歩き回ってるんだ?」
プチッ…―――私の中の何かが切れた音がした。
「なぜ、だと…?それは…あんたらのせいでしょうがッ!私だってね、勉強できるわけじゃないから勉強したいんだよ!でも、チャリ部の仲良し3年4人組が揃いも揃ってどこかに消えるから、私が探しに来てやったんだよッ!」
―――ここでいうことではないが、私は中学生時代、ちょっと荒れていた。…そう、ちょっとだ。
高校に入るので一新、足を洗って、ピンク色だった髪を元の黒髪に染め直し、清楚キャラを目指したがあえなく失敗。1年生の2学期には茶髪になった。
それに、性格が変わるかけではないので、キレやすく口が悪いのはしょうがない。
冷や汗を流した東堂が、なぜか美しく汗を拭う。いや、全くかっこよくない。
「そ、そうであったな。では、俺も一緒に探すとしよう」
「そ、そっか…じゃあ、ありがたく」
2人でキョロキョロと校内を見渡しながら歩く。歩く。歩く。歩く…
「なぜ誰もいない!」
「どこいってるのさ!」
校内を飛び出して、大きな木の下で横になって空を仰ぐ。…空を仰ぐ、か。
「…東堂、今さ」
「ん?なんだ?」
「…インターハイの1日目、山岳リザルトとった時のこと思い出してるでしょ?違う?」
すると東堂はかすかに口元を緩め、瞳を細めた。
「敵わんな、相楽には。…あれは、本当に楽しかったよ」
「…だろうね。初めて見たよ、あんな東堂尽八をさ。なんていうか、真剣っていうか、楽しそうっていうか、苦しそうっていうか…そんなあんたをさ。いつもは女子を追い求めて必死になってるあんたしか知らないから」
「その言い分は侵害だぞ!」
そんな東堂を無視して上半身を起こして前を見た。―――そして顔面に感じる猛烈な風。
「あぁーっ!いた!いたよ、東堂!」
「な、なんだ!?」
慌てて体を起こす東堂に、興奮気味に前方に見える2つの影を指さしてみせる。
「ほら、あそこ!あれって荒北と福富じゃん!」
「なんだと!?…そうだ!
頬を膨らませる東堂だが、彼も彼でそう変わらない。勉強をサボっていたのには変わりない。
「東堂…今だけ、もう一回、山神になっよ?」
「あぁ、相良ならそう来ると思っていた!」
いつの間にか東堂のもとにある彼の愛車。引退したはずだが、チャリはすぐそばにあるらしい。
「では、インターハイ風に…東堂、行けぇぇぇぇ!」
「女子に言われると3倍だな、その言葉!」
満面の笑みで発射した東堂の背中を見送りつつ、校舎の方を見ると見覚えのある影。背中を丸めて、座り込んでいるようだった。
2人は東堂に任せ、私は校内に戻り、飼育小屋のところに行く。
「さっきはここにいなかったんじゃない、新開?」
「やあ、香咲。さっきは餌を取りにちょっとね。ウサ吉の世話は俺がしなくちゃいけないし」
新開はなぜかバキュンポーズをして、可愛い可愛いウサ吉のそばに座る。
「なんでバキュンなのさ…」
「うーん…香咲の心にバキュン、ってか?」
東堂は相当のナルシストだが、こいつもこいつで相当だと感じる。
「…時に新開、今は何をしなきゃいけないか知ってるかな?」
「うーん、わかんねぇわ。なんだっけ?」
「…ふざけてる?」
「…すいません。テスト期間です」
深々と頭を下げる新開に、よろしいと頷く。
彼は話せばわかる人だ。実際戻ったのかどうかは置いておいて、口では寮へと戻ると言って帰っていった。
新開を寮にかえして、再び校外に出る。すると、さっきの大きの木の下に3人の男子生徒。
「おー、東堂ありがとねー!」
「構わんよ、俺も自転車に乗れて楽しかったしな。それに俺は山神だ!」
「なーにが、山神だよ」
イライラモードの荒北を、満面の笑みで迎えると黙りこくった。やっぱりさすが私。
「おめぇ怖ぇよ、相良!」
「ん?そうかな?1年の頃の荒北よりマシじゃナァイ?」
「ちょ、真似すんな!福チャンも爆笑すんな!おいこら!」
爆笑する福富とわめき散らす荒北と満面の笑みを浮かべる東堂を引き連れて、なんとかなんとか寮に戻る。本当に疲れた。
なんとか4人を帰寮させて、自分の机と向かう。
―――瞬間鳴り響く着信音。嫌な予感しかしない。
「はい…相良ですけど…」
『相良か。俺だ』
「俺じゃわかんないよ、爆笑主将」
『…福富だ。お前に、その、頼みごと―――いや、オーダーだ』
この人は私がそう言う言葉に毎回毎回釣られると思っているのだろうか。…いや、ほとんど釣られてしまうのだが。例外ではなく、もちろん今回も。
「うっ…なんでしょう、主将」
『…真波を探してきてくれ。家に返さずに東堂と荒北とともに勉強させていたんだが、消えたらしい』
―――私の平穏は、勉強時間は、いつになったらやってくるのだろう。
「うぇぇぇ…了解しましたぁぁ!」
半ば半泣き状態で叫ぶ。同室の1年の宮原ちゃんに驚かれたが、そんなことはもうどうでもいい。
「コノヤロォォォ!まぁなぁみぃぃぃ!」
部屋を飛び出して、静かな廊下を超特急で走り抜ける。
これは、そんな私と彼ら―――アホな箱根学園自転車競技部、時たま総北高校自転車競技部の仲間の日常のお話。