東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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自然となかよくなってしまう


44話

 流れる汗はとめどなく。

 水蜜は腕で額をぬぐう。片目をつぶりごしごしと意味なくこする。さらに汗がべったりついた気がして、うえっと小さく声をあげた。

 自分は何をやっているのたまにわからなくなる。なんとなく感情的になってしまった気もする。水蜜ははふーと大きく息を吐いて、後ろを向いた。そこではむっとした顔でこちらを見る巫女が一人。

 なんでむっとしているかはわからないが、水蜜はくすりとしてしまう。なんとなくかわいく思ってしまう。口では「いもうと、いもうと」と冗談で言っているつもりだったが、いつの間にかそのつもりになってしまっているかもしれない。

 そう思って、やれやれと肩をすくめて見る。もちろん巫女の、いや霊夢の目の前で。

「な、なによ。なんか言いたいことがあるの?」

「いえいえ。ありませんよー」

 にへえと笑って見せる水蜜。うさん臭げに不愉快そうな顔をする霊夢。

 なんとなく水蜜は霊夢に抱き着こうとする。にやにやしながらである。巫女は「さわんな」とにべなく、水蜜のほっぺたに手を当てて思いっきり押した。水蜜は腰に力を込めて無駄な抵抗をする。

 本当に無駄な行為である。意味などない。

「ちょっと。打つわよ!」

 二人はその声で現実に引き戻されてた気がした。周りにがやがやした声が聞こえてくる。

 声をあげたのは向こう側のコートで突っ立っている、一輪だった。わざわざ声をかけてくるあたり人が、いや妖怪がいい。水蜜と霊夢はたったか自分のポジションに戻る。

「へまするんじゃないわよ。っ水蜜」

「大丈夫ですよ」

 水蜜はなんとなく砂を蹴りながら笑う。ぱさぁと砂が舞い上がって、落ちる。それからまた、大きく息を吸い込む。胸を膨らませてからふはーと息を吐く。それが熱い。

(息が熱いなんて、船幽霊としてあるまじきですかね? どうなんだろ?)

 別に悪いというわけでもない気もする。ただイメージからは離れてしまいそうでくすりとした、水蜜は腰を落として構えを取る。視界の先で一輪が真剣な表情でサーブしてきた。水蜜は弧を描いて落ちてくるボールの下に構えて、両手ではじく。ゆったり上がったそれの下には霊夢がいる。彼女はそれに合わせてとんだ。

「させませんよ!」

 白い水着に身を包んだ戦の神である寅丸。彼女が霊夢の前で両手をあげ、ブロックする。霊夢はきらりと目を光らせて、にやりと笑う。落ちてきたボールを軽くなでるように触る。

「えっ、ちょ」

 何か言っている寅丸の顔にボールがぺちんと当たる。

「ひゃっ」

 戦の神のくせにかわいらしい悲鳴を上げる寅丸。痛くはないが驚いたらしい。全力で打ち込んでくるボールをガードしようとしたら、鼻先に緩いアタックが来た。ぽてぽて落ちたボールを両手で鼻を押さえながら彼女は追う。

 ぴーとなる笛。おかっぱの頭に乗った緑帽子が揺れる。得点の合図にぱちぱちとなる拍手。悔しがる一輪と、ハイタッチする霊夢と水蜜。河童たちは得点ボードをめくる。もちろん霊夢たちの。

 アイドルは何か叫んでいる。得点のよりもその声に歓声が上がる。さすがは半分幽霊の芸能人である。

 そんな中で水蜜が冗談めかくし片手で口元を隠しながら、霊夢をにやにや見る。

「寅丸をだますなんて。さっすが霊夢さん。あくどい!」

「? ほめてるつもり水蜜」

 はあとため息をつきながら霊夢は言う。ちらりとみた得点ボードは「16-14」。後者が自分たちである。まだ負けている。その理由は言うまでもない。さっきだました寅丸の存在が重い。

 霊夢のところにぽーんと投げられたボール。彼女は両手で「よっと」と取る。

 いったん線まで下がる。自分がサーブである。汗が流れて、落ちるのは水蜜と変わらない。霊夢はまたちらりと水蜜を見る。少し前で構えている彼女、背中を向けたまま首をこきこき動かしている。

 霊夢はしゅっと空高くボールをあげる。

 広い空はボールを吸い込んではくれない。空に浮かんだボールがスキマのような時間を挟んで落ちてくるのを霊夢は叩く。ぱんといい音がした。

 ボールは一輪に向かっていく。コースを間違えたと霊夢はちょっと舌打ち。

 一輪は両手を低く組んで、ボールをレシーブする。難しいボールでは決してないが、一輪は後ろに崩れる。ただ、ボールはちゃんと上がった。

「なーにかわい子ぶっているんですか、一輪」

 水蜜がちゃかす声が霊夢の耳にとどく、しかし瞳は「彼女」を見つめている。

 肉食動物の鋭い瞳が霊夢を射すくめる。寅丸がすでにアタックの態勢に入っている。少しでも気を抜けば、見逃してしまいそうなほどの身のこなし。一回戦ではこいしの無意識をもって反応できた身体能力である。

「こいっ!」

 霊夢は腰を低くして構える。その意気やよしとばかりに寅丸が刹那の時間に、薄く笑う。そして体全体をひねって、強烈なスパイクを行う。

 シュウウ、ボールの風を切る音が聞こえる。霊夢は歯を食いしばって全力で横に飛ぶ。体制を崩してしまったが、地面に刺さる直前のボールを拾う。

「痛っ」

 当たった手に衝撃が走る。霊夢がそれでもはじく。そのまま砂浜に倒れた。

 上がったボールは水蜜のもとへ、行かない。高く上げてしまったそれは敵のコートへのイージーボール。それを狙うのは寅丸の瞳。

 金と黒の髪が太陽に光る。寅丸のしなやかな体が絶好球へ飛ぶ。

 霊夢は体を起こそうとするが、間に合わない。とっさに声が、でた。

「み、水蜜っ!」

「あいあい!」

 ふざけた返事が返ってくる。視界の端で動く水蜜に霊夢は、小さく笑ってしまう。

「水蜜っ! 容赦はしませんよ」

 

 寅丸は短く言い切る。水蜜は完全に無視してブロックするために飛ぶ。

 両手をあげる水蜜、その瞳は真剣なものだった。それは寅丸にしか見えない。だが、毘沙門天には好ましい瞳。

 言葉の通り容赦のない一撃が寅丸から放たれる。寅丸は「あ」と手元が狂ったことを知らせるとぼけた声を出す。

 ばああんと水蜜の顔面にヒットするボール。彼女が空中で体を崩す。その姿を見ている、霊夢の体がとっさに動いた。何も考えてはいない。騒然とした空気に満たされていく会場で、水蜜の体が砂浜に、落ちる。

「水蜜!」

 霊夢が駆け寄る。バツが悪そうにしている寅丸は目が泳いでいる。一輪も駆け寄ってきた。

「大丈夫!? あんた」

 霊夢の声が響く、アイドルも黙り込む中。水蜜が片手をあげて、親指を立てる。 

 ふらふらと、空からボールが落ちてくる。それは一輪と寅丸の後ろへ、ぽすっと情けなく落ちる。水蜜は倒れたまま霊夢ににやりと笑いかける。

「おや、心配してくれているんですか? とりあえず得点ですわー」

「…………」

 霊夢はぎぎぎよ水蜜的にとても面白い顔をしてれる。恥ずかしさやら腹立たしいやらの何やらが混じったそんな少女の顔を見ながら、水蜜は立ち上がり。小さなおしりをぱんぱんとたたく。それから誰に向けてでもなく、にっこり笑う。

 わぁあと広がる歓声。パフォーマンスも相まって楽し気な空気があたりを包んでくれる。

 水蜜がネットに寄り掛かって、寅丸に「あーいたいいたい」とわざと顔をさする。寅丸は「こ、これも修行です」などと供述している。水蜜はそれを聞いて、舌を出す。近しいもののしぐさだろう。

 おかっぱの笛が鳴る。16-16である。顔面レシーブでの得点であった。

 水蜜は座り込んでぶすっとしている霊夢の脇を両手でつかんで立たせる。

「ほらほら。もうちょっとですよ」

 返事もしない霊夢の鼻を水蜜は人差し指で押す。ぎろりとすさまじい眼力でにらまれた。

 さすがに水蜜は手を引っ込めて、べーと舌を出す。馬鹿にしているかのようなしぐさに霊夢は胸ぐらをつかんでくる。

「れ、霊夢さん。冗談ですよ。み、水着をつかまないでくださいっ!?」

「あんた、いつまでたってもうさん臭いんだけど……」

 じゃれあいながら二人ははっとした。何かを感じる。それは純粋な闘気のような、力のようなものだった。霊夢と水蜜がコートの向こうを見れば、寅丸が両手を組んでまっすぐ二人を見ている。

「二人ともなかなかやりますね。霊夢さんは幻想郷では不覚を、いやあれは魔界ででしたか。しかし、この場では私が本気やらせてもらいます。あと、水蜜は覚悟しなさい」

「あのー私だけてきとうじゃないですかー」

 水蜜が抗議するが寅丸の瞳が輝く、かのような錯覚を霊夢たちは覚えた。これは一回戦での状況と一緒だろう。決勝戦にまで体力を残しておこうとしていた、寅丸がやっと本気になったのだ。

「この毘沙門天のほう……前にひざまづきなさい!」

 宝塔と言いかけて、言い直す毘沙門天。彼女の装備は今、薄い水着と頭に咲いた紫の菖蒲だけである。それでも彼女のこれからは伊達ではないだろう。

 それを「はっ」と笑い飛ばす巫女。いつだって不敵で素敵な巫女は顎をあげて口を開く。

「妖怪風情がなめてるんじゃないわよ」

「そうですよ、霊夢さんは後、2回変身を残しているんですからね。この意味が分かりますか?」

「わけわかんないこと言ってんじゃないわよ水蜜」

 二人と毘沙門天は両手を組んでばちばちと火花を散らす。

 少し離れたところで一輪がポ・カリというドリンクをおいしそうに飲んでいる。汗にまみれた水着姿で片手に腰をあげて、胸を張って飲んでいる。いろいろ全然気が付いていない。

 むしろその横でこいしが「巫女って変身できるの!?」と目を輝かせている。どちらにせよこちらの決着は近いだろう。

 

 昔々はどうだっただろうかと彼女は考えていた。

 柄にもないと映姫は思ってしまったのだろうか、白黒とはっきりとつけることのできない思考は現状でしか味わえないと彼女にはわかっている。

 

「あははは!!!」

 映姫の視界の端から端まで走り去っていくのは笑顔のお空である。それを見て映姫は手を口元を隠してくすくすと笑う。ただそれだけなのに、どことなく気品を感じさせるのはさすがに閻魔なのだろう。

 お空は首元のペンダントをきらきらと光らせながら、元気いっぱいに走り回っている。ビーチバレーをするために動いているのだろうが、明らかに無駄な動きも多い。それでもどこか、いや愛嬌の塊のような女の子だった。

 朝の暗い顔は今、どこにもない。太陽のように燦燦と笑顔を振りまいている。相手など選んではいない。ある意味仏の領域にすら踏み込んでいるのかもしれない。何も考えてはいないだけかもしれないが、それでも得点するたびに観客にも誰のでも気さくに話しかけている。

「監督!!」

 映姫に抱き着いてくるお空。ぎゅううと抱き着かれても映姫は困ったような顔をするだけである。背丈が多少違うので映姫は息が止まりそうになる。なぜお空がこうしているのかはわからない。

(このようなことがあるとは、さすがに思いませんでしたね……)

 悪い気はしない。そんな気持ちになることも予想はしていなかった。

 冷たい執務室で仕事をしていた時を思い出す、一人無限に増えていく書類と向かい合う日々が嫌であったわけでは決してない。仕事をさぼる部下を口には絶対出さないが、かわいく思ってもお空のようには互いにしないだろう。

「お空。そろそろ離れなさい」

「はーい!!」

 お空は素直に離れる。ペンダントが首元で揺れて、胸元で止まる。それはお空を思って、さとりがプレゼントしたものである。単なる安物に過ぎないが、それでもお空は肌身離さずに持っていた。

 王は見ている。

 さとりは霊夢と水蜜の試合も、お空と閻魔の試合も祈るような気持ちで見ていた。どちらも勝ってほしいと思う。相手のチームには悪いが、正直ビーチバレーで負けても痛くもかゆくもないのだから我慢してもらおうと思う。

 

「にゃは」

 隣でニコニコしているのはお燐である。お空の姿がとてもうれしいらしい。

「よかったですね、さとりさま」

 明るくそれだけ言う。深く言う必要などはない。さとりも「そうね」と笑いながら言う。お燐はほんのわずかな返答で笑顔になり、どこからか持ってきたワイングラスをさとりに手渡す。そして、さらにスプハードという清涼飲料水をとくとくしゅわーと入れる。

「お燐……なんで?」

 なんでワイングラスでジュースを飲まないといけないのかを聞くさとり。そこで、

「ぷ」

 と噴き出してしまった。お燐の心が読めないのである。本当ならば疑ったり、聞いたりすることもないのである。それがこちらではこう、なってしまう。

 おそくらお燐もてきとうだろう。それでもこうしてワイングラスに透明で炭酸ははじけるジュースを入れていると、何か深いわけがあるのかと思ってしまう。無論ないとはわかっていても。

 さとりは冷たいそれに唇をつけてゆっくりと飲む。桃色の唇をワイングラスにあてて。そしてゆっくりと唇を話す。甘くて、冷たくて、おいしい。グラスでワイン以外を飲みことになるとは思わなかっただろう。

ちなみにアパートでは第三のビールや格安酎ハイしかない。それでも慧音や霊夢と飲む酒は悪くはない。さとりはどうでもいい思考だと、笑う。

 

「ふふふ」

「ふっふっふ」

 さとりに合わせていきなり隣で不敵に笑うこいし。おそらく意味などはないのだろう。だから、姉妹仲良く微笑む。朗らかなに笑う。それに猫も加わって明るい場が広がっていく。

 

「あっはっはっ!!」

 会場ごと明るくさせるようなお空の声が響いている。聞いているだけで誰もの心も明るく軽くさせそうな、素敵な声だった。笑顔を広げていくのはお空の力であるかもしれない。裏表がないからこそ、見ていて楽しい。

 だから、観客もおかっぱもなぜか口元が緩んでしまう。一人にとりだけはお空の人気に伴う「売り上げ」に口元がにやける。

 相手のこととはいえ、聖白蓮も髪をかき上げながらニコニコしている。ある意味彼女の理想がここにあるのかもしれない。人と妖怪がともに手を取って笑いあえる世界。永久に続く今ではないが、だからこそ今が嬉しいと感じることができる。

 聖が横をちらりと見れば天子も呆れた顔はあきれ顔である。何を笑っているのかと困っているようでもある。それもお空に引き込まれているかもしれない。さっきまでの仏頂面よりは表情が柔らかくなっている。

 聖は勝手に決心した。この勝負は楽しく勝とうと。むっと顔に力を込めて、気合を込めるために腰を引いて、両手にぐっと力を込めてファイティングなポーズ。

 余談だが、聖はお寺のテレビでスポーツがあれば一番見ているのだ。バレーも一番気合を入れて応援している。見ている距離がテレビに近づきすぎて寅丸に怒られたりしたこともある。

 ――いいですか聖様。テレビは一日一時間です。

 

 どうでもいいことを思い出してしまい、赤面しつつなんとなく胸に手を当てる聖。しかし、すぐに凛々しい顔つきに戻る。

 聖はお空に強い視線を送る。それに気が付いたお空は強く見返してくる。

 聖は「負けないわ!」と少女のようなことを言い。お空は「なんで頭の上のほうだけ紫なのさ!」と負けずに声を出す。

 

 聖はボールを持つ。どうせならば楽しまなければ損であろう。相手が明るいのならば、それに乗っていくのもいいのだ。だからこそ、聖はまっすぐにボールを上げる。

 全身全霊の一撃を打ち込むために。

 


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