東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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後編は本編更新後

注意:このお話はかなり好き勝手しています。本編とのつながりは殆ど持たせないのでご了承いただけると嬉しいです。


おまけ 異次元からの来訪者①

 

 ――やっちまった。

 

 北白河ちゆりは錆びたパイプ椅子を片手に目の前で倒れ伏している少女を見下ろしていた。草むらに倒れている赤い髪の彼女はうつ伏せでピクリとも動かない。耳に聞こえる蝉の声がクリアだった。

 

「……」

 

 その辺で拾っただけのパイプ椅子を放り投げて、ちゆりは腕を組んだ。多分大丈夫だろうが当たり所が悪かったのか気絶したらしい。ちゆりは赤い髪の少女の両足をもってずりずりずりと運んでいく。重いので担ぐなんてしない。

 ちゆりはか弱い少女なのである。頭に小さな白い帽子を載せて、金髪のツインテール。セーラー服と青いリボンがその細い体に妙に似合っている。

 ことの発端は数日前のことである。

 ちゆりが「ご主人様」と読んでいる赤髪が何度目かの「魔法」云々の学説を発表して学会追放を食らったらしく、またも幻想郷へいくなどと言い出した。ひょんなことから手に入れたぷちぷちを潰すのに忙しかったちゆりは即座に「いやだぜ」と言ったが、普通に殴られてしまった。

 そして「いつもの方法」で幻想郷へ行くつもりだったのだが、どこで座標がずれたのか中途半端な場所に来てしまった。

 幻想郷よりはどちらかというとちゆり達の世界に近い。少しばかり、そう五世紀分ほど遅れている世界。

 

 ちゆりは河原で赤髪を引きずっている。街を流れる大きな川に太陽の光が反射している。向こう岸を見れば団地が立ち並んでいる。少なくともちゆりの世界では過去の遺物になっているようなものだ。

 赤髪は顔とかこすったり、スカートで引きずられているから恥ずかしいことになっているがちゆりは気にしない。どうせ魔法とかを正面から受けても死にもしない「ご主人様」である。多少の無茶は大丈夫だろう。

 パイプ椅子で殴ったのもなんだか妙なことを言いだして、世界を破滅させるような言動をしたからである。

 

「ふう。重かったぜ」

 

 ちゆりは大きな橋の下に赤髪を横たえた。日陰になっているからここならば、放置していても死にはしないだろう。それに仰向けにして両手を胸の前で組ましてあげたのはユーモアである。

 赤髪は美しい少女だった。

 全身が赤い服に身を包んでいる。顔のあたりも別の意味で赤い。

 赤いマント、シャツの上に赤いベスト。それに赤いリボン。それに赤いスカート。とにかく赤い。ちゆりのシンプルな格好とは少し違う。

 

 一仕事終えたちゆりのお腹がなった。彼女は両手でお腹を押さえるような仕草をしながら、少し考える。この世界はおそらく「お金」を実物として使っているだろうと、推測する。こう見えてもちゆりは頭がいい。

 とにもかくにも「お金」の現物がないと始まらない。彼女の持っている電子的な「お金」は役に立ちはしないだろう。そんなことを考えているとちゆりの背後で音が鳴った。

 

「君。何をしているのかな?」

 

 ちゆりははっと後ろを振り向いた。そこに立っているのは精悍な顔立ちをした男性だった。青い服に肩のあたりにトランシーバーを付けている。

 

「……ぽ、ポリス?」

 

 ちゆりはこの相手をそう予想した。おそらくそうだろう。

 

「今、何をしていたんだい?」

 

 男は作った笑顔で対応している。ちゆりはあわてて手を振る。

 

「ひ、ひえ。ち、ちがうんですよ。誤解だぜっ」

「……最近ここらへんには不審者が多く出ているんだ。よれよれのウサギ耳をした変人や通行人に襲い掛かろうとした輩やら。その女の子はどうしたんだい?」

「女の子……ご主人様……ただ……」

 

 そこで「あ」と気が付いた。

 ちゆりはさっきご主人様をパイプ椅子でぶん殴った。これは傷害罪に当たるのはないか。彼女の聡明な頭脳はくるくると回る、そしてすました顔でこういった。

 

「知らない人だけど、なんか頭打ってて動かないのよ」

「な、なんだって!」

 

 即座に警官は駆け寄りぱんぱん、と赤髪の顔を叩く。けっこう強めに叩くのでちゆりは冷や汗をかいた。起きないで欲しい。

 

「君、しっかりしろ。本当だたんこぶができている」

「ひどいぜ。いったい誰が……」

 

 後ろではちゆりがなにか言っている。犯人はこの中にいる。

 

 ★☆

 

 ピーポーピーポーとうなるサイレンを見送るちゆり。

 救急車が迅速にやってきて「ご主人様」を載せて行ってしまった。ちゆりは一応無関係を伝えてしまったのでどうしようもない。

 

「どなどなどーなーって、どうしよう……」

 

 妙な歌を唄いながらちゆりはさっそく途方に暮れた。伝手の無い平行世界で無一文。これ以上に厳しい状況があるだろうか。実は同じような境遇の少女達が山のようにいるが、ちゆりはそんなことは知らない。

 お腹が鳴って仕方がない。ポケットに手を突っ込んで中の布を引っ張り出してもほこりもでない。彼女は取り合えず、街のありそうな方向に向かうことに決めた。もしかしたら爆弾の材料くらいはあるかもしれない、それを川に投げれば大量の魚は取れる。

 高い科学技術を持つというのは、危険と隣り合わせである。危険なのは本人よりも主に回りである。

 世界にとって運のいいことに爆弾の材料はなかった。

 それどころかお腹は減るばかり。ちゆりは肩を落としてどんよりした目でうろついた。明らかに不審者ではある。いや、セーラー服の時点で妙に存在感はある。

 

「くっそー。ご主人様から研究費の一部くらいせび……そっか。どうせつかえないや」

 

 この金髪の少女は口調が適当である。以前とある巫女に注意というか、すっぱり言われたが、特に直すきはないらしい。彼女はふらふらと歩きながら、なすびみたいな傘を持ったヘンテコな青い髪の少女とすれ違った。

 その時のちゆりは目つきが悪い。メンチを切っているかのようで相手はびっくりしてどこかにいった。

 

 裏道へ入ってみる。ちゆりの顔は汗でべとべとである。服の下が気持ち悪い。

 空からは照り付ける太陽。焼けてしまいそうな日の光。ちゆりはうんざりしながら、腕で額を拭う。

 小さな小道。

 小さな用水路。

 小さな足で歩くちゆり。彼女は角を曲がる。

 

 そこにあったのは古びたリサイクルショップである。どうみても食料品は売ってそうにはないが、彼女は日陰を求めて中に入っていく。入口には大量の冷蔵庫が立ち並んでいる。リサイクショップの様式美の様な物だろう。

 

「へい、らっしゃい」

 

 変な挨拶をする桃色の髪をした店員がいた。ひまわり柄のエプロンを付けて可愛らしいが不愛想である。ちゆりは積まれたいろんな「商品」を見て回る。

 その間に店員は奥に戻る。パイプ椅子に座り、傍らにディプレイにひびの入ったレジスターとぽていとチップスの袋。それに手を入れてばりばりと食べる無表情の彼女。

 濃いブラウンのエプロンと下にはブラウスとスカート。桃色の髪をした彼女はまるで人形の様だが、前を見ながら顎を動かしている姿はシュールである。ちゆりはちらりと見て、お腹が鳴るのを覚えた。

 近くにはフライパンやら七輪などがある。もちろん食材が無ければ使いようがない。

 

「店員さん」

「……ん」

 

 店員が立ち上がり、ちゆりを見た。表情が全く変わらないのでちゆりも少し驚いたが別にいい。

 

「なにか食べ物売ってない?」

 

 ちゆりの算段とはこうだ。ここは質屋なのだから、物々交換くらいはできるだろう。交換といっても彼女は服と帽子とみょうちくりんな銃みたいなものくらいしか持っていない、ダメ元で行ってみた観がある。

 しかし店員は妙な風にそれを取った。質屋に食べ物があるわけない。あるとすれば彼女の持つポテイトチップスくらいだ。それを奪おうとしているのではないかと疑念が湧いたのだ。だから言ってやった。

 

「やろうってのか」

「な。なんでそうなるんだぜ」

 

 無意識にフライパンを取るちゆり。店員も大切なおやつを守る為にパイプ椅子を畳んで構える。

 

 ★☆☆

 

 犬走椛は公園のベンチに座って一息ついていた。恰好はパーカーにショートパンツである。いつも通り動きやすい恰好をしている。彼女は大切そうに包みを持っている。胸元に隠すように持って、あたりを見回す。卑しい鴉天狗(個人) が居ないか見ているのだ。

 

「よし」

 

 いうと包みを開ける。開けると香ばしい匂い。イチゴとクリームをのぞかせたクレープが其処にパッケージと共にある。彼女はこれを買っていそいそと公園に移動したのだ。店で食べるとなんだか恥ずかしい。

 ふふ、と少女らしく笑う厳格な彼女。白い髪が揺れる。

 今から甘いそれを食べることに胸が高鳴る。幻想郷では食べることなど適わない甘味であろう。実際には紅魔館なので食べられているのかもしれないが、そんなことは椛にはなんの関係もない。

 

「それじゃあ、いただ、は」

 

 瞬間だった。椛は立ち上がり、構える。眼を吊り上げ、赤い瞳であたりを見回す。

 どろりとした感覚がした。凄まじい魔力を感じる。現代でこれほどの力を感じるとは夢にも思わなかった。事実椛の肌は粟立っている。

 

「な、なんだこれ」

 

 明らかに自分の手に負える何かではない。椛はどくどくと鳴る心臓を抑え、文に電話をする気になっていた。こういう場合、ノータイムで頼れる相手として頭に浮かぶ当たり、そういう関係なのである。

 しかし、直ぐに圧迫感は無くなった。椛はベンチに無意識に座りはあはあと荒い息を吐く。なんだったのかと自問したが、無論回答は出ない。

 

「まあいいか。くれーぷ食べよう」

 

 そのあたりは幻想郷の少女である。どこかあっけらかんとしている。せっかく若い人間の女の子達と一緒に並ぶ、などという恥ずかしい思いまでして買ってきたのだ。食べなければ損ではないか。

 そう思って取り出したクレープ。こんがり焼けた良い匂いのする生地にイチゴとクリームが包み込まれている。へへ、と不覚にも笑ってしまい。犬のように椛はあたりを見回す。一応誰にも見られてはいないだろう。

 と思っていたが、草むらに赤い頭が見える。少し包帯も見える。いつの間にそこにやってきたのだろう。

 

「…………」

 

 怪しい。椛はクレープをそのままに立ち上がって近づいてみる。すると「赤い頭」がじりじりと下がっていく。人間だろうかと椛は思うが、なんでこんなことをしているのか分からない。

 

「そこにいる奴。出てこい」

「……よくわかりましたね……素敵」

 

 草むらで立ち上がった少女が言った。頭に包帯を巻いている。

 赤い、とにかく赤い服装をしている。髪が赤く三つ編みにしている。胸元のリボンは大きく赤い。ブラウスは白いが上から赤いマントをしている。大きなスカートも赤い。

 不敵に笑いその瞳も朱い。彼女は両手を組んで椛に向かいあった。

 

「私の名は岡崎夢美。しがない大学教授です。貴女は……本当は人間ではないわね」

「なっ! 何!?」

 

 下がった椛はステップで後方へ。ぐるると唸り、戦闘態勢をする。警官のいる現代でこんなことになるとはこのごろ全然思っていなかった。彼女は探るように言う。クレープを守る為に。

 それはそうだろう自らの正体に感づかれるとも思っていなかったし、それができる夢美は尋常の人間ではない。

 

「貴様……さっきの魔力の主か」

「ふふ、救急車を止めるためにやったのよ。ところで、その」

「なんだ!」

「……その、あれね。お腹が減って」

 

 恥ずかしそうに夢美は途端にシュンとする。両手でお腹を押さえてぐうと鳴る。

 

「私もこの平行世界で騒ぎは起こしたくないわ。ちゆりのあほを見つけた直ぐに出ていくつもりよ。だから、そのクレープを掛けて勝負をしましょう!」

「断る!」

「……断れると思っているのかしら。私は魔法をまたあの場所へ行かないといけないのよ」

 

 夢美の後ろに赤い魔力の渦ができる。びりびりと体にたたきつけられるそれに椛は一歩下がった。なんでこんな強力な力をクレープのカツアゲに使うんだろう、と至極まっとうな意見を思う。

 夢美からすればいくら空腹でもこの平行世界で何らかの犯罪行為をすれば、普通に自分の世界に犯罪者になるかもしれず、そこに人間ではない犬走椛を見つけたことで仕方なくカツアゲしているのだ。

 

「くそ、勝負とは何をするんだ」

「受けてくれるのね。素敵」

 

 にっこり笑って魔力を抑える夢美。そこで椛はこの夢美という少女が「自分たちと全く別の方法」でここにいることに気が付いた。出なければ魔力などつかえまい。それこそ現代ではなく幻想郷で使えば数倍の力になるはずだ。

 

 ゾクリとする。もし岡崎夢美が幻想郷へ来れば十分な脅威となるだろう。だが、そんなことはどこ吹く風、夢美はクレープを見て笑顔のまま涎を垂らしている。

 所詮、大学教授と言えども一八歳の少女なのである。彼女はにやりとして、一枚のコインを出した。

 

「手っ取り早くすましましょう。コイントスで」

 

 教授はお腹が減っている。勝負を焦る者はたいてい負ける。

 





次回教授は勝てるのか。次回「いぬばしり大勝利」希望の未来へ、レディーゴー

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