東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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おまけなので、本編第二部まではまだです
第一部メンバーで銭湯です。


第一部おまけ 銭湯に行こう!

 お湯につかったまま、さとりは体中の力を抜いて、背を浴槽の壁に預けた。足を伸ばすと、ちゃぷと肩のあたりでお湯が波を立てる。彼女は短髪なので髪が濡れることをあまり気にしなくてもいい。頭には巻いているのではなく、畳まれたタオルが載っている。

「…………」

 何も言わずに、気の抜けた顔をする桃色の髪をした少女。頬が赤く、首が少し後ろに反るのは無意識だった。体の力を抜くと、自然とそうなってしまうのだ。

 

 さとりたちは、いつも通りに近くの銭湯に来た。今では珍しい、昔通りの浴場と壁に書かれた「赤富士」の絵が風流といえば、そういえる。ただ、さとり達がここに来るのは、単によく利用する商店街内にあるこの銭湯では、常連のよしみで割引をしてくれるからだ。

 

 それでも、お湯につかって一日の疲れを、お湯に溶かしていくようなこの時間がさとりは好きだった。うだるような昼の暑さの後にも、広く熱いお風呂で手を伸ばして、なんとなく腕を揉んだりすると、それだけで気分がいい。 

 そんなリラックスしているさとりの顔にばしゃとお湯がかかった。驚いたさとりはびくっとするが、さらにその顔にお湯がかかった。

「泳げる! れいむー」

 一瞬遅れて、さとりの前を青い髪を縛った天子が泳ぎながら、通りすぎた。バタ足を風呂場でして、水しぶきを上げる。そのしぶきがさとりの顔にかかったのだ。さとりはその少しが口の中に入ったのか、咳き込む。

「泳ぐなあ!」

 遠くで霊夢が天子を怒っている声がさとりには聞こえる。さとりははあ、とため息をついて、また体から力を抜く。意識的ではない。そうしていると心地の良い眠気が襲ってくるのだ。そうなると怒る気も起らない。ただ、さとりは元々温厚な性格なので怒ることもないかもしれない。

「ねたらだめだぞ」

 さとりのそばに来て、慧音が肩を叩く。ハッとしてさとりは目元をごしごしとする。それでも眠気が少しある。慧音は頭にタオルを巻いている。流石に「角」を見せるわけにはいかないのだろう。それに、彼女は髪が長いので、束ねているのだ。

「少し……湯船から上がったらどう?」

「そうね……。そうするわ……」

 さとりは慧音の言葉に素直に従い、浴槽の縁に体を預けてからゆっくりと立ち上がる。今まで、お湯の中に入っていた体が少し火照って、赤い。それでも肌が水をはじいて、少し天井の明かりを反射して輝いている。

 さとりは、湯船からでると洗面台に行って、眠たそうな顔で天子に濡らされたタオルを洗面器に入れて、蛇口をひねりお湯を洗面器に満たす。タオルを使う場合は濡らさないようにすることもあるが、それも天子に濡らされて、もはやどうでもよい。そもそもお湯が出ること自体が彼女には贅沢であるからには、それを堪能したい気持ちもある。

 備え付けのボディーソープを手に取って、頭に付けるさとり。

「……泡立たない……わね?」

 と意味の分からないことを言いながら、頭を洗う。完全に寝ぼけている。

 

 

「霊夢! カッポーンってならないんだけど……この銭湯は壊れているのかしら?」

「……?……?……」

 天子の言うことの意味が分からずに霊夢は少し考えて、やっぱりわからないのでてきとうとうに返すことにした。洗面台に備え付けられたバスチェアーに座って霊夢は髪を手で梳きながら、言う。

「壊れてるんじゃない?」

 天子はそれで残念そうな顔をしつつ、霊夢と並んで洗面台に座り、ボディーソープやシャンプーなどの備え付けの備品を手に取り、興味深げに見ている。そして何かを思いついたように、シャンプーを手に取り立ち上がった。

 そして、青髪の少女が霊夢の後ろに立つ。

「! な、なによ」

「頭洗ってあげるわ!」

「い、いらないわ、……よっ」

 天子はシャンプーを手に取り、霊夢の黒髪をわしゃわしゃと洗い始めた。霊夢は椅子に座ったまま「ちょっ、やめ」などと喚くが、天子は口元をにやつかせて洗うのをやめない。霊夢の滑らかな黒髪に、シャンプーが絡んで白い泡になる。

 霊夢はそのうちに抵抗をやめて、呆れた顔のまま、なすがままに頭を洗われる。天子はそれなりに力を入れて、頭を洗っているのだが、それがなかなかマッサージ代わりになり、霊夢も気持ちよくなってしまう。呆れ顔なのは、気もちいことを隠すためかもしれない。

 ――「これ、ボディー……ソープ」

 なにやら悲しい声がどこからか聞こえてきたが、霊夢は特に気にすることなく、天子が頭を洗う音を聞きながら、眼を閉じる。眼に泡が入れば、痛いからだ。

「痒いところはあるかしら?」

「ないわ……あっ」

 天子はどこで覚えたのか、髪を洗う時のお約束の言葉をいい。霊夢は頭を押されるのが心地よくて、少し声を出してしまう。天子はその声に、きょとんとしてから、ニッといたずらっぽく笑う。

「霊夢?」

「ん?」

 天子は霊夢へのいたずらを考えて、すぐには考えがまとまらない。だから、髪をそのまま洗うことになる。あまり客の少ない、この銭湯で二人の少女が仲良さげにしている。そんな風景になってしまった。本当は天子に至っては、霊夢にいたずらしたくてたまらないのだが。

 

 そしてその仲睦まじ「そうな」光景は、天子たちの横でも繰り広げられることになる。

 

 

「うおおおおおおおお!」

「あああああぁあああ!」

 チルノはタオルで、ルーミアの背中を本気で擦る。ごしごしと力の限り、本気でルーミアをキレイにしようとする。普段、あまりしゃべらないルーミアだが、今度ばかりは声を出してしまった。背中がひりひりしてくる、今鏡に映せば赤くなっているだろうが、見るまでもない。

「洗い流すわよっ!」

 チルノは洗面台の蛇口をひねって、水をだし、桶に素早くためる。それを見ていたルーミアは逃げようとするが、その一瞬前に背中に冷水を浴びせられる。チルノのかけた水がルーミアの背中についた泡を洗い流してから、少女の小さな背中を刺激する。

「!……!!!」

 ルーミアは声を押し殺して、眼には涙をためて、身悶えする。チルノはその後ろで、腕で額を拭いて、一仕事を終えたすがすがしい顔をしている。彼女はきれいになったような気がするルーミアの背中に満足しつつ、自分の体を洗い始める。

「……こ、このうらみ、わ、わすれないわ」

 ルーミアが何か言っているのは、チルノには聞こえない。彼女は使わないがお湯とか出るのだ、すげえとチルノは思った。

 

 

 

 がらっと浴場の入り口に引き戸が空いて、銀色の髪をした女の子が入ってくる。

 その白い肌。くりとした大きな眼。光に照らされて、白に近づいた美しい髪。彼女は洗面台に近づいて、桶にお湯をためてから、体にかける。要するにかけ湯である。

 左腕を彼女は。右手でなぞる。体についているお湯を払う仕草にも、気品が漂う。伏し目の麗しさにまつ毛の形の良さが、その美少女ぶりを表している。

「……」

 その少女が、何かに気がついた。見ると天子が霊夢の頭に付いた泡で、たんこぶみたいなものを作っている。無論のこと霊夢は全く気が付いていないのだが、そのかわり霊夢も銀髪の少女に気が付いていた。

 銀髪の少女の口元がほころんだ。その「綻び」がだんだん大きくなり、大笑いし始める。大口を開けて、霊夢を指さしながら、心底嬉しそうに笑う。

「ふはははははは、は、博麗の巫女っ。なんだ、その残念なあたまは!?」

 銀髪の少女――物部布都の声にハッとして、霊夢は天子に作られた変な形の泡をはらい落とす。天子はそれでいたずらに霊夢が反応してくれたのが嬉しくて、笑う。だが、布都のほうが大きな声で笑う。

「ふはははっは。だが残念な頭もにあっているぞ!」

「いや、残念なのはあんたでしょ……」

 霊夢は化けの皮の外れた布都を憐れむ。布都はきょとんとした顔で、首をひねるのだが。何を言われているのかわからない。何故かあたりを見回すが、近くにいたさとりが眼を反らし、後ろから遅れてやってきた水橋パルスィが薄く笑うだけであった。

 

 

 慧音は騒ぐみんなを、湯船の中から見ている。

 頭をタオルで巻いた彼女は少し蒸れるのを感じて、タオルを緩めるのだが、最初にしっかりと巻いたので、あまり意味はない。彼女は壁に描かれた赤い富士を見ながら、先ほどのさとりのように足を伸ばしてリラックスする。

 ――無職!

 頭の中に嫌なキーワードが不意に現れ、一人でお湯の中に潜る慧音。こういった場合の行動は何かを考えているのではない。まさに衝動的な行動であった。彼女はしばらく、お湯の中に潜ってから、ぶはあと顔を上げる。ずぶ濡れのタオルから滝のように、慧音の顔へ水が流れる。

「うわっ」

 慧音はせっかくのタオルを自らはぎ取って、長い髪を露わにする。瞬間的に頭頂の角が見えそうになったので、慌てて濡れたタオルを頭にかぶり、そのせいで顔に水が流れてくる。それだけでなく、ほどけた髪が湯に浮かんでしまう。

「…………………………………………………………………………」

 完全に一人相撲で慧音は何も言う言葉がない。そこにさとりが湯船に戻ってきて、謎の行動をしている慧音に言う。

「だ、大丈夫かしら?」

 慧音をさとりが気遣う横で、チルノが水風呂に入り、ルーミアがそれにつられて入ってしまう。無論、ルーミアだけが何かを叫んで、すぐに出た。

 

 

 

 しばらくして、全員が風呂から上がる、

 脱衣所で、服を着たさとり達はとある会議に入っていた。さとりと霊夢と慧音、それに天子が額を寄せ合って、一枚の「野口英世」を見ている。そう、言わずとしれた日本銀行券であり、俗に言う「千円札」である。福沢諭吉については、財布を握っているさとりは銀行から出さない。お金を出すときは千円単位で、手数料がかからないタイミングのみである。

 このお金はなけなしの生活費から、たまに現れる贅沢用のお金である。普段ならば風呂から上がれば、すぐに帰宅するが今日は、霊夢の逃亡もあり、慧音のカフェ代などが余ってしまい、そして以前からの積み立てを合わせて、千円の余裕ができたのだ。よくよく聞けば、悲しい話である。

「風呂上りと言えば、フルーツ牛乳でしょう?」

 と霊夢は真剣な表情で言う。彼女がちら見たその先に、冷蔵ショーケースがある。その中には、おそらくよく冷えているのであろうフルーツ牛乳が入っている。その値段は「108円」である。

「できれば……マッサージチェアがいい、のだけど」

 さとりが控えめにいう。財布を握っていようとも、控えめな性格な彼女が強権を発動する気はない。ここはできるだけ穏便に自分の意見を通したいという、おそらく一番実行困難な提案をする。お値段は15分で「100円」。

「……わたしはいざという時の為に、我慢するのがいいと思う」

 慧音はすこぶる現実的なことを言った瞬間に、霊夢がちっと隠れて舌打ちして、さとりがじとっとした眼で彼女に抗議する。声はない。だが慧音は流石に居心地が悪くなったらしく、風呂上りの体に汗を流して。

「……じゃあ、アイスを食べたい」

 なんとなく要望を慧音は出す。しかし、彼女の後ろにはいつの間にか、ルーミアとチルノが仁王立ちしており、意見は三分化された上に、慧音も撤回できなくなる。その様子を天子は面白そうにみる、彼女は自分の財布を持っているので、この争いには入らない。ちなみにアイスキャンディーは一本「150円」である。

「アイスっ!」

「フルーツ牛乳!」

 チルノと霊夢が言い争いをする。アイス派の総大将である慧音は、難しい顔で状況を見ている。正直言えば、アイスを撤回してさとりか霊夢に肩入れしていいのだが、自らの味方が、チルノとルーミアという見た目幼い二人なので、なんとなく裏切れない。

 さとりはその横で、小さく「マッサージ」と言うが、誰一人として聞いていない。天子はにやにやとヒートアップする話し合いを聞きながら、言った。

「……一緒のことするんじゃなくて、好きなことをすればいいんじゃないの?」

 はっと霊夢、さとり、慧音が天子を見る。変な意地が、当たり前のことを考えることをできなくしていた。だからこそ、三人はそれぞれ唇を噛んで、お互いに顔を赤らめながら眼を背ける。チルノはよくわからないがとりあえずアイスを食べられそうなので。

「あたいのかちねっ」

 と勝利宣言をする。ある意味では、最強だろう。

 

 

 

 ルーミアとチルノは並んでアイスを嘗めながら、扇風機の前で涼んでいる。その後ろでは慧音がアイスキャンディーをがりがりと嘗めるのではなく、かじる。

 さとりとパルスィはマッサージチェアに座って、ごとごとと機械に肩を揉まれたり、叩かれたりと気持ちよさげにする。

 最後に天子と、布都、霊夢はそれぞれフルーツ牛乳を一気に飲み干して、ぶはあと息を吐く。

 

 とりあえず、今日は帰って寝るだけではある。

 

 

 


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