東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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21話B  賢将、目覚める下

 河童の海の家の前では工事が始まっていた。

 工事と言っても河童数人で3m程度のポールを二本立てて、ネットを張るだけの簡単なものである。あとは長方形上のコートをラインで区切って完成である。工事の責任者であるにとりはスマートフォン片手に指示を飛ばす。

 開いているページはウキペディアと言われる人類の英知の結晶である。最近では大学の論文にも広く引用されているというほど学術的な物で、ともすればコピーしたものを論文として提出されることすらまれによくある。

 にとりはその文章を読みながら、付け焼刃のバレー知識を補強している。とりあえずコートの間取りなどは分かる。彼女は腕で汗をぬぐう。自分は水着になる気などさらさらないが、たまに羨ましくなることはある。

 ポールに張られたネットは正規のルール上よりわずかに低い。素人の対戦を観客に見せるための工夫と言える。これでダイナミックなプレイが期待できるとにとりはほくそえんでいる。もちろんスポーツ的な面白さは二の次の話である。

 

「ここがばれーこーとですか」

「お?」

 

 にとりが振り向く。そこにいたのは何故か眼を輝かせている聖人こと、聖白蓮であった。ひきしまった体を黒いビキニタイプの水着で包んでいる。下はスカートを穿いている。彼女は海風にそよぐ髪を手で押さえている。

 白蓮の手には幾重にも折りたたまれた紙がある。それは横幅も太く、厚みもある。

 

「おお、できたのか! 見せてくれよ」

 

 にとりは白蓮の紙を受け取る。ずっしりとしていて、広げれば相当な長さになるだろう。にとりは作業をしている河童の一人、おかっぱの河童を呼んで二人で持った。にとりはおかっぱに短く指示を出す。

 おかっぱは端っこを持って、だっと駆けだす。白い砂を小さな足で蹴る。河童は小柄な少女が多いので、可愛らしい。髪はみるみるうちに広がる。そして直ぐに「正体」を現すことになった。

 そこには達筆な字で墨書された、勇壮な文字があった。

 

『ビーチバレー大会開催!! 観戦無料!!』

 

 ようするに横断幕である。昨日から白蓮の姿が途中からなかったのはこれを書いていたのだろう。姿を見せなかったということは何度も添削したのかもしれない。専用の筆は河童が用意した。

 二人の河童に広げられた横断幕を見て、白蓮にはにこにこしている。どうやら気に入ったらしい。よくよくみると端っこにハートが描かれている。にとりは白蓮を見ながら「こいつが描いたのか?」と心で思ったが口には出さなかった。

 

 さとり様と一輪のポスターで外から客を呼び。

 白蓮直筆の横断幕で内を飾る。

 これがにとりの宣伝であった。犠牲になっているのはピンク頭と尼の二人だけなので健全ともいえるだろう。しかし、にとりには「腹案」がある。これは河童達にしか明かしていない。にとりは横断幕を飾り付けるように、河童達に指示してから白蓮に向き直った。

 

「うん。いい感じだね。ごくろうさま」

「ありがとう」

 

 にとりが褒めると白蓮は素直に笑顔になる。にとりは訳もなくどきっとした、まるで心の中の悪いところを見透かされてような気分になる。白蓮はそんな気はないだろう。純粋な物は邪悪をひるませるのだ。

 

「どうしました?」

「い、いやなんでもないよ。それよりあんたもバレーに参加するんだろ? お昼からやるから、パートナーを見つけてくるといいよ。誰でもいいからさ」

「ぱーとなー? ああ、相方のことですね。それではみんなもどこかに?」

「遊んでるんじゃないか? ま、私としても其処らへんで水着で走り回ってくれれば宣伝……いや、労働者にも休みは必要だからさ」

 

 ちょっと正直に毒を吐いた河童、それを分かっても責めずにくすくすと微笑む聖人。突っ込まれないと逆ににとりはバツが悪くなる。それで取り繕う様に言う。

 

「だからあんたも遊んできなよ。お昼からは働いてもらうし。まあ、パートナーはあいつでもいいじゃないか?」

「あいつ?」

「そう、そこにいるだろう? 最初から」

「え?」

 

 にとりが何を言っているのか白蓮にはよくわからない。小首を傾げて河童達を見る。近くにいたおかっぱの河童のことかと思ったが、にとりの言葉はそんなニュアンスではない。まるで白蓮の知り合いを指しているような言葉だった。

 

「いや、そこにいるだろ。ほら地面」

 

 にとりは指さす。砂浜に視線を移す白蓮。

 頭が生えていた。くすんだ灰色の髪、白い肌。少し膨らんだほっぺた。そして赤い瞳。それは白蓮の知っている少女の頭だった。

 

「何を……しているの? ナズーリン」

「………………………………………………………………」

 

 砂浜にナズーリンの頭が生えている。つまり首から下を埋められているのである。ネズミは数十分前に河童達に包囲襲撃されて、今の無様な状況になっている。ナズーリンは無表情で固まったまま、何も言わない。眼は死んでいる。

 練っているのは河童への復讐案である。今は鬼に金棒ならぬ、毘沙門天にバールのような物を装備させて襲撃することを考えている。決して自分では表には出ない。

 にとりは白蓮に説明する。

 

「いや、昨日サボっていたからね。水着隠していたし、その罰だよ」

 

 白蓮は苦笑するしかない。別にナズーリンが物理的に痛めつけられたわけでもない。精神的にはダメージは大きいだろうが、追及するまでもない。いいお灸であろう。

 と聖人は思うがネズミとしてはこの数十分前に行ったことを思うと腸(はらわた) が煮えくりかえりそうである。それは言葉で説明するよりも、襲撃現場を見ればわかるのだが白蓮はそれを見ることはなかった。

 

 ――ナズーリンが襲撃された海の家の部屋は今、誰もいない。脱ぎ捨てられた服が散らばっている。元はネズミが着ていたものだ。

 

 ぎりぎりと歯を食いしばるナズーリン。屈辱の数分間であった。だが、保護者(かいぬし) の一人である聖人は「お手柔らかに」といいつつ、どこかに行ってしまった。少しうきうきしているのは海で泳ぐ気なのかもしれない。

 にとりは片目でちらりとネズミを見る。

 

「まあ、バレーまで放置してもいいか……」

「!」

 

 ネズミは眼を見開いた。空から照り付ける夏の太陽。流れ出る汗。この炎天下で放置されればたまったものではない。復讐に燃えていたはずのナズーリンは打算が脳内を駆け巡り、即座に妥協する。

 

「ちょっと待つんだ河童君。取引をしようじゃないか」

「取引?」

 

 胡散臭げにナズーリンを見るにとり。彼女も頭に打算が浮かんでいる。労働者側に入り込んでいるネズミは「利用価値」がある。だから、にとりは聞く気になった。うすら寒い相互関係である。

 

「聞こうじゃないか」

「そうこなくてはね。君もわかっているとは思うけど。君はあまり人望……河童望? がないようだね」

「だれかースコップを持ってきてー」

「待ってくれ。何をする気だ! ま、まずは全て話を聞いてくれ」

「……いいよ」

 

 にとりは埋まっているナズーリンの目線に近づけるために不良座りする。妙に様になっている。ナズーリンは咳払いをする。妙なことを言えば埋められる可能性も大きい。汗が流れ落ちるのは熱さのためだけではないだろう。

 

「い、いいかい。君もいやしくも大将ならば」

 

 ネズミの口調はナチュラルに上から目線である。河童は後で恥ずかしい目に会わせてやると誓いつつ、ニコッと笑う。ビジネスの技術である。ちなみに大将というのは河童の取締役ということである。

 

「部下を盲信しすぎてはいけない。こういった場合はしっかりと労働者の中にスパイを持っているべきだ。それを買って出てあげよう」

「ふーん。それで?」

 

 ビジネスの基本は興味があっても冷たい表情。にとりは自分から情報を一切出さず、ネズミの言葉を引き出そうとする。

 

「き、昨日ような旅館に勝手に泊まるようなことは未然に防止できるかもしれない」

「あんたも泊まったらしいじゃないか?」

「あの時は私は君の味方でもなんでもない。ご主人様が泊まるのなら従うのがあたりまえだろう?」

「そうか。ふーん。それで、あんたが裏切らない根拠は?」

「…………」

 

 裏切らない根拠も何も、裏切る気しかないネズミは焦った。しかし、それは内心の話である。彼女の顔は涼やかで、表情には全く出さない。稀代の策士であり、ネズミなのだ。

 ナズーリンはふっとちょっと小ばかにするような笑いを漏らす。

 

「それは河童君。私が何を言っても焼け石に水というものだろう? よく考えてくれ。ここで仮に私が何かを言っても君が信じるとは全く思えない」

「よーし。話は終わったー」

「ま、まて! 根本的な話だよ。私はこの取引で基本的に得をしていない。それじゃあ、自分で言うのもなんだけれど、いつ裏切ったっておかしくはないだろう?」

 

 にとりが胡散臭げにネズミを見る。要するに自分の条件を吊り上げようとしていると思ったのだ。それも事実だが、ナズーリンは頭をフル回転させている。この炎天下で放置などシャレにならない。

 これは彼女にとっても危険なかけである。甘い言葉を一切使わずに相手を口説くことをしなけれならないのだ。だからこそ「自分は裏切るかもしれない」というリスクのある言葉をつかった。

 

「純粋な利害を考えてほしい。君は労働者側にスパイが欲しい。私は身の安全と、それ相応の利益が欲しい。君にとって私が仲間になることは悪いことではないはずだ。ならば、ここで私が裏切るという行動をしない程度の利益を提示することが、得策だと思うだろう?」

「ふーん」

「つまりだ。河童君。私を効果的に使い、裏切ることのないようケアをするのは、君が条件を吊り上げるしかない。……裏切らない根拠はむしろ君が出すべきだ」

 

 ふふふと口元を吊り上げるナズーリン。彼女の言葉はつまりはこういう事とにとりは理解した。

 

 ――にとりはナズーリンと手を組みことによって利益を得る。

 ――ナズーリンはこの拘束を解かれ、雇用者側から利益を得る。

 ――ナズーリンが裏切るかどうかはにとりの条件次第である。要するに十分な「エサ」をネズミに与え続けている限りは安全だということだった。

 

 

「ふーむ」

 

 にとりは両手を組んで考えた。道徳もへったくれもない考え方だが、理には適っている。足元ではナズーリンが不敵に微笑んでいる。どうだと言わんばかりであるが、首から下が砂に埋まっていてダサい。

 にとりは考えた。

 

(まあ、こいつが裏切る前に裏切ればいいか)

 

 河童にネズミへの信頼などない。条件を「空手形」で渡しつつ、裏切れば河童総取りである。そして他方、ナズーリンもこう考えていた。

 

(これだけ言ってもこいつは私が裏切ると思っているはずだ。いいさ。それでも私が労働者側のスパイになる利益を捨てられるはずがないわ。解放されれば裏切るタイミングは来る。せいぜい、限界までしぼりとってやる)

 

 まるで戦国時代である。お互いが裏切ることを前提に策を練っている。お互いの利益が共に得られる範囲でのみ平和が訪れるのだ。そしてにとりはぽんと手を叩いて、決断した。

 

「よし、いいよ。条件としては、そうだな。バレーボールの時に商売をするから、その売り上げの三割でどうだい」

「三割か」

 

 随分思い切った数字を出すなとナズーリンは思う。売り上げの30パーセントなど、普通の条件ではないが、ここで食いつかない。

 

「さんわりって、少なくないかい? せめてもう少しと、あと仕事中はのみ食べ無料でどうだい?」

 

 それっぽっち、と心底不思議そうな顔をつくるナズーリン。この場合できるだけ相手が「馬鹿なことを言っている」という表情を作った方がよい。三割のインセンティブ(報酬) は破格である。一人でそれだけ貰えれば店自体を赤字にできる。だが、交渉は絶対に「良い」と一言目には口に出さない。ついでに追加注文も基本である。

 にとりは難しい顔をつくる。本心かは不明である。

 

「少ないって? もう、相場が分かってないなあ。それじゃあ3割2分。これ以上はむりさ。飲んだり食べたりは常識の範囲なら止めないよ」

「……やれやれ。よくわからないけどそれで手を打とう」

 

 途端にナズーリンはニコッと笑う。

(チッ。これ以上の吊り上げは無理か……まあ、こんな約束を河童が守るとは思っていないから。よしとしよう。ご飯も食べられるしね)

 

 にとりもニコニコし始める。

(さっきのとぼけた顔。こいつも裏切るタイミングを狙っているね。破格の条件を出してやったのは、どうせ最後には私の物になるからだよ。でもこいつ、食い意地はってるなぁ)

 

「それじゃあ河童君! よろしく。一緒に頑張ろう」

「そうだね。いいたいかいにしようじゃないか!」

 

 照り付ける太陽の下で行われるうすら寒い取引である。互いに信頼など粉屑程度もない。お互いが、お互いの心を見透かしているのに、何でかわからないが取引が成立した。ともかくネズミは河童の傘下に入ったような形になった。

 

「それじゃあ早速だけど、私を掘り起こしてくれよ」

「そうだね。おーい、誰かー」

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 河童達の中からやってきたのは二人の少女だった。一人はおかっぱ頭の河童で、もう一人はくせ毛の少女である。顔にはそばかすが少しあった。二人ともにとりと同じような服装である。

 スコップをザックザックと無遠慮に二人の河童は入れて、ナズーリンを発掘した。当たり前だが、少女一人埋めた穴は深い。やっとナズーリンは体が動くようになると、自分ではい出てきた。

 ナズーリンの体を包んでいるのは、明るめの紺に白いラインの入った競泳水着である。ピッチリとしたそれは彼女の細身の体を包み込んでいる。ナズーリンはよじよじと穴からはい出るときに、少しお尻のあたりの布を引っ張った。

 起伏の無い上半身にも、細い太腿にも砂が付いている。勿論水着に着替えたのは彼女の意思ではない。

 

「ぺっぺっ。水着の中まで砂が入ってざらざらしているじゃないか。全く」

 

 砂を吐きながらナズーリンは目の前に座って待っていたにとりに聞く。

 

「それで何をすればいいんだい? やらせたいことがあるからこそ、私を解放したんだろう?」

「あ、そうだね。簡単だよ。ほい、これ」

 

 にとりは懐からデジタルカメラを取り出した。光沢のある表面がまだ新しいということを物語っている。ストラップに「文」と書かれているが、ナズーリンには何かわからない。

 

「これでみんなの写真を出来るだけ多くとってきてくれよ」

「それだけかい?」

「まずはね。あ、抜けているのが居るのは無しだぜ。全員まんべんなく撮ってきてくれよ」

「……わかった」

 

 謎の部分はあるが、ナズーリンは承知した。自分以外の誰かの写真がどのような形で出回ろうともどうでもいい。デジタルカメラを手に彼女は立ち上がる。体から砂が落ちる。

 にとりは「あ」と思い出したように言う。

 

「そうそう、そいつらも助手として使っていいよ」

 

 指さすにとり、そこにいるのはくせ毛とおかっぱの河童。

 

「そいつらもバレーのトーナメントに出すから。今から水着に着替えてもらうしねっ」

 

 え? と顔を見合わせる河童二人。ナズーリンは無言である。にとりはニコニコ言う。

 

「私も心苦しいんだけど。人数は大いに越したことないしね。我々河童からも選手を出すことがいいと判断したんだ。今」

 

 最後の語尾はぼそり、程度の声だった。くせ毛とおかっぱの河童はぶるぶると震え、ぶんぶんと拒否するように顔を振るが、無駄な抵抗であった。昨日勝手に旅館に泊まったことへの報復では決してないと、にとりは言った。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「さて、写真か……」

 

 ナズーリンはデジタルカメラを持ちながら、砂浜を歩いていた。後ろからナズーリンの競泳水着と殆ど同じ型で水色のラインの二人がとぼとぼ歩いてくるが、ネズミは殆ど気にしていない。

 左手をみると大海原が広がり、足元には白い波が満ち引きを繰り返している。

 ナズーリンは海風に心地よさを感じつつ、デジタルカメラを海の中に落とせば仕事しなくていいなと思っている。

 

「とりあえず、見つけたら撮るか……どうせ一輪とかがそこら辺をうろうろしているは、ず……」

 

 ナズーリンが言いながら浜辺を見回すととある人物を見つけて、足が止まった。

 白い水着を着た、毘沙門天。彼女の周りには子供達が集まり、

 

 ―― 共に砂の城を作っている。

 

「ご主人……様」

 

 ちょっと目を離すとこれである。しかし、彼女は容赦なく。

 

「まずは一人目か。あ、そういえば後ろの河童達も撮っておくべきなのかな?」

 

 ナズーリンが振り向くと、くせ毛とおかっぱは首を高速で左右に振っていた。

 




河童二人はオリキャラではありません。正直出したかった。
水着回→バレー。そして三部終結のパターンでこれから急ぎます。

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