東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

50 / 95
ビーは今編集中なのです。できれば今日中にあげます

注意:妹紅の閑話。意味がわからない可能性があります


17話A

 リサイクルショップを出てからの藤原 妹紅はのんびりと歩いていた。両手には重ねたバケツを持っているが、これは夜まで使うことはない。今はただ荷物になるので、神社においていくつもりだった。

 住宅街の真ん中、アスファルトの地面を歩く妹紅。とても暑い。空を見上げると、遠くに背の高い入道雲が見える。彼女はシャツの首元をはだけさせて、手を「扇」にして扇ごうと思った。直ぐに両手がふさがっていることに気が付いたから、できはしなかった。

 

 妹紅の髪が光る。額から汗が流れていく。仕方ないので彼女は一旦バケツを下ろして、上着を脱いだ。黒のスーツを折りたたんで小脇に抱えると。その下に来たカッターシャツが汗で体に張り付いている。

 

「あ、うーん」

 

 それで考え込んでしまう。汗がべとついて気持ちがわるい。神社に向かうのは別に急いでいないのだ。一つ風呂にでもと思ってもこの時間帯に銭湯が開いているわけがない。まだ太陽は昇りきってもいないからだ。

 それにお腹も減った。妹紅はすきっ腹を手で押さえてそう思う。流石にリサイクルショップに食べられるものは売ってはいなかった。それはそれで竜宮の使いが困っているはずであるが、妹紅は知らない。

 

 

 とにかく妹紅はのんびり考えようと歩き出した。バケツは両手、スーツは小脇。なかなかの大荷物である。スーツを脱いで暑いことは多少軽減されたが、根本的には解決されていない。

 

 白い髪が風に揺れる。ただ本人は多少煩わしいらしく、首を振って払った。

 かつかつ靴音を鳴らしながら、のんびりと不死の少女は歩いてく。彼女の人生で急ぐべきことなどあんまりない。昔は何もなくても急いでいたが、今では多少のことならば道草を食っていく。妹紅はみんみんうるさい蝉の声を楽しみながら行く。

 住宅地にある小さな公園の横を通っていく。いつかの日に吸血鬼と鴉天狗達が「鬼ごっこ」をした場所だった。妹紅が見ると、数人の子供達が遊んでいた。彼女はくすりとして微笑ましげに見る。ただ、一人だけ青髪の少女がいてヘンテコな紫の傘を持っていたのには妹紅も首を傾げた。

 しばらくすると妹紅は商店街に出る。そのアーケードを通ると、日光が遮られて涼しい気がする。妹紅は並んでいる商店を横目で見ながらすきっ腹を撫でた。ただ、空腹は慣れっこである。どうせ死なないのだから、あまり頓着はしない。これが地霊殿の主人なら買い物でもして帰るだろう。

 

 

 そんなこんなで散歩しながら妹紅は行く。しかし、不老不死の彼女も滴る汗には辟易し始めた。手で拭ってもすぐに汗が噴き出てくる。シャツはびっしょりで気持ちが悪い。妹紅は不死のみであり、怪我や病気はすぐに治るが「服がすぐに乾燥する程度の能力」はない。

 

「昔だったら、水浴びでもするんだろうなぁ」

 

 妹紅は思う。どこでもとは言わないが、彼女の言う「昔」には川や湖などで水浴びでもするかもしれない。ただ、現代でそれをやると逮捕される。一時期ではあるが幻想郷の少女達の中で「ケーサツ」は恐れられたのだ。

 

 妹紅はそんなことを思っていると、とある時のことを思い出した。

 あれは数百年昔のことである。こんな暑い日のことであった。別に大した話ではない。

 

 ☆☆☆

 

 森の中を少女が歩いていく。長い白髪をぞんざいに束ねている。そこには着飾ろうという気持ちは微塵もない。腰にはボロ刀を佩いている。それに紫の指貫袴に袖の長い紺の水干。裾は破れ、とこどころほつれている。

 草履を履いているが、それもボロボロではだしで歩いているのと大差はない。みすぼらしいと言ってしまえばその通りであろう。ただ、その少女はそんな貧相な姿とは裏腹に美しかった。

 

 白い肌。切れ長の目。鈍く光る紅い眼光。彼女を見た者がいれば、数人に一人は振り返るだろう。残念なことにここは山の中であるから、それも望むこともできない。それに彼女は人里に行くことができない理由がある。

 

 全てが億劫なのだ。人と関わることも、ましてや妖怪と関わることも。何もしたくはない。たが、それでも生き続けなければならない。何故ならば彼女は不死なのである。千年程度の昔に不老不死の薬を飲んでから死にたくても死ぬことができなくなった。

 すでに半端な妖怪よりも生きた身である。全てを識っているわけではないが、心が動くことが殆どなくなっていた。少なくとも不老不死になってからの数百年はまだ人間らしかったのである。

 

 

 それに今は人が人を殺して歩く時代である。土地と利権と誇りを賭けた戦争を日常的にやっている。なおさら人里にかかわる気は少女にはない。だからこうして人気のない森の中を進んでいるのである。すでに十日以上は何も食べてはいないが、死ねはしない。

 

 それでも行く当てはない。少女は太い幹をした木を見つけて、寄りかかった。疲れてはいる。空腹感ある。だが表情は変わらない。何か感情を表すのも面倒くさい。だから座り込んでから虚空を睨んでいる。理由などない。

 

 ――ダンッ! 

 

 突然の轟音。ざわっと空気が振動して、木々を揺らす。

少女は眼を見開いた。なんだとあたりを見回す。今まで聞いたとすらもない音。この時代「爆発音」などとはまだ誰も言わない。彼女は慌てるでもなく、駆けだす。何が何だかわからないが危険な気がする。

 

少女は森を駆け抜ける。逃げているのではない。音の方向に向かって掛けている。草をかき分け。枝を掃う。顔に傷がつき、足から血が出ても。数秒で治ってしまう。それはまるで「呪い」のようである。

 

湖畔に出た。森を抜けてみた湖は澄明な水を湛えている。少女は息を整えて、音の正体を見た。そこには対岸に若い総髪の男が立っている。上半身には何もつけてはいない。ただ鍛え上げた身体は赤銅色でいかにも――

 

「ブシね」

 

 少女は言う。あまり好意的な口調ではない。元来が貴族である彼女の生まれからも、また彼女の性格からも「ブシ」は相いれない存在なのかもしれない。しかし、男の持っている物は刀とは違っていた。

 長い鉄棒のようなものである。その先端が煙を吹いている。音の正体はアレであろう。少女はそう思った。よくよく見るとその男は少女に気が付いているようであるが、「棒」を肩に担ぐ。赤い袴をつけた派手な男だった。

 

 棒は後年『火縄銃』と言われるようになる。すくなくとも少女には全く知識がない。轟音を日本中に響かせる兵器だとは分からなかっただろう。

 

「おみゃあは、誰だ!」

 

 妙に甲高い声が響く。少女はじろりと男を睨んで言う。

 

「それ、何?」

「タネガシマである」

「……?」

 

 さらに訳が分からない。だれも「島」のことなど聞いていない。しかし、男はまた聞いてきた。

 

「人であるか? それとも天狗か? その白い髪は」

「天狗?」

 

 少女ははっと鼻で笑う。あんなものと一緒にされては困る。昔、京にいたころになんどか退治してやったこともある。一人では辛かったが彼女を理解してくれた稀有な相手である「ハルアキラ」がいたから、簡単であった。退治自体は鞍馬寺に逃げ込んだとか聞いたが面倒になってやめた。数百年後に天狗の刀術そっくりの刀を操る「ブシ」と会ったが、子供のような男だった。名はクロウと言っていた。

 ただ、それから天狗を見ることはまれになった。いったい「どこ」に行ったのだろうと少女は思ったが、直ぐに思考を打ち切った。やはりどうでもいいことである。

 

「あんなのと一緒にされたらこまるわ。一応私は人よ」

「で、あるか」

 

 男は甲高い声で返す。妙に偉そうである。男は怒っているわけでもないだろうに眼が爛々と光、じろっと少女を見ている。その眼光は強い。まさに生きていると言っていいだろう。少女はどきりとする。何故かはわからない。

 

「とりあえず。うるさいからやめてほしいのだけど」

「で、あるか」

 

 馬鹿にしているのか。少女はむっとした。そしてはっとする。やはり何故かわからないがこの「男」を見ているとよくわからないが、腹が立つ。それは男が何も悪びれることもなく、傲岸不遜であるからだろうか。

 

「とにかく」

 

 すらりと少女は刀を抜く。錆びた刀。だが、数枚のお札が刀身に貼ってある。

 ぼうと火の玉が少女を取り巻く。虚空に浮かぶ炎が湖に映り、あたりを照らす。それも彼女は永い時の中で会得した呪術なのであろう。

 

「さっさとどこかに行け」

 

 ギラリと光る眼光で、にらみつける少女。彼女は自分からどこかに行くよりは、この不快な男をどうにかしてやろうと思ったのである。やはり、調子が悪い。

 そうやって恰好つけている少女の前で男は袴を脱いだ。じゃぶじゃぶと湖に入っていく。火縄銃に火薬をつめながらである。

 

「なっ!?」

 

 びくっと震える少女。顔が赤くなる。完全に思考の死角であった。どう考えてもおかしい。彼女は刀を男を指して叫ぶ。

 

「な、にをやっているのよ」

「俺がここに来たのは水練である。それにキサマ」

 

 男は言う。余談であるが彼は後に誰に対しても「キサマ」と言うようになる。ただ、現代的な用語とは少々違う。可笑しな話であるが「貴様」とは「あなた様」という意味である。この男が言うとぞんざいなのか、敬っているのかわからない。

 

「火には水。道理であろう」

「は?」

 

 半身を水につけて、男は火縄を担ぐ。つまりは少女の周りの「炎」に対してまるでひるんでいない。普通ならば「炎」を出す彼女に恐れを抱いて逃げ出すだろう、だが男は逃げない。それどころかニヤリと笑って、少女を見返してくる。

妙に合理的なことを言うが少女には何を言われているのかわからない。話しているとどんどん男の言葉につられてしまう。いや、それよりも自分を見る彼の眼が好奇心で溢れている。今まで感じた事のないそれに少女は困惑した。

 

 男は叫ぶ。

 

「タケチヨォ!」

 

 びくと少女は下がる。恐れたのではない、今度は何だと身構えたのだ。ただ何のことはない。草むらから小さな男の子が一人ひょっこり現れた。まだ髪は長い。「タケチヨ」とは彼の名前であろう。男の伴に付いていたのだろう。火縄の音に逃げたのかもしれない。

彼はあわてて湖畔に飛び出して言う。

 

「は、はい!」

「火を吹く天狗である。見物せぬと損である」

「は、はい」

 

 タケチヨの声を受けて男は火縄を少女に向ける。タケチヨもブシであろう、ただ優しげな顔に小さな体をしている。少女は彼を大したブシにはならないと思ったが、それよりも重要なことがあった。男はまた「天狗」などと言っている。少女はむきになった。

 

「違う! 私は」

「で、あるか! では誰ぞ!? どこの誰ぞ!?」

 

 楽しそうに男は言う。からわかれているようにすらも少女には感じる。しかし、男は知りたいのである少女の名前を、素性を。何故そんなことができるのか知りたくて知りたくてたまらない。世にも面妖な「火を操る少女」に彼は興味が湧いて仕方がない。

 

「わ、私は」

 

 名前を名乗るのはいつぶりであろうか、少女はごくりと唾をのんだ。この変な男の言葉に感情が外にでてくる。彼女は不老不死になって最初の三百年は人から逃げていた。次の三百年は無差別に妖怪を殺して回った。今では何をするにも億劫だった。今日、怒るまでは。

 

「わた、し」

 

 目の前の男など嫌いである。一目見てから嫌いだ。久々に「嫌い」だった。まるでさっきの「タネガシマ」に目が覚まされたように、男の自分を知りたいという声に魅かれるように少女は言う、前に男がしびれを切らした。

 

「はよう答えよ!」

「藤原 妹紅だっ! いちいちうるさいなっ!!」

 

 男はそれを聞いて満足げに言う。

 

「で、あるか!」

「……燃えろお!」

 

 ☆☆☆

 

 この日から、妹紅の次の三百年が始まった。散々暴れまわった彼女はすっきりした表情で人里に下りて行ったことを覚えている。

 男とも「タケチヨ」とも二度と会うことはなかったが、妙な魅力を持った男のことはずっと覚えている。死んではいないはずであることは確かである。すったかたと森を高笑いしながら逃げ出していく後ろ姿を今思い出しても腹が立つ。そこは逃げていったのでまあよしと彼女は納得も無理やりした。

 

 妹紅の歩いている歩道の横をダンプカーが通り過ぎていく。ぶおおと轟音を残して、風が妹紅の髪をさらさらとなびかせる。

 

「変わったなぁ」

 

 妹紅はしみじみと言う。少なくとも自分がいた時代には最速の乗り物は「馬」であった。今ではそれよりも早い車とか電車などが無数にある。

 

「マイカーと言えば、牛車だったんだけど」

 

 くっくと妹紅は道を歩きながら笑う。昔はえらくのんびりしていたことである。ただ、現代はどこに行っても何をしていても妙な発見があって楽しい。例えば――

 

「お、まんほーる」

 

 妹紅は立ち止まる。下を見ると「下水の蓋」ことマンホールがある。その程度のことだが、そこには着物を着た女性と竹林の絵が描かれている。妹紅はふふと口元をほころばせる。彼女の時代には絵などはそれなりに特殊技能だったのだが、今ではありふれていて多用である。

 しかし、この絵はいけない。明らかにモチーフが「かぐや姫」なのだ。妹紅はとりあえず女性の顔を踏みしめてから歩き始める。ほとんど自然な動きである。犬猿の仲の女性が描かれているマンホールなど愉快でありつつ、不愉快である。

 

 過去から今まで彼女は人間のあらゆる面を見てきた。いろんな場所に生き、そこで生活をしている人間をその眼で見てきた。どこにいても、誰でも懸命に生きていたことをいくらでも思い出すことができる。妖怪にはできないだろう。

 

「そう言えば、猿みたいな顔の針売りに押し売りされそうになったなぁ」

 

 昔のことである。思い出しても笑えるのであるが、あの商人はどうしたのであろうか。えらく貧相な体をしていたから、病死したのかもしれない。昔はあまり医術も発達していなかったのだ。

 そんなことを思いながら妹紅はドラックストア「マツモトキヨハル」の横を通り過ぎる。そこには医療品など掃いて捨てるほどにある。ここでの薬が効かなければ街に診療所はコンビニの数くらいある。

 

 妹紅はそんな変わった世界で振り向く。彼女のいた時代からこの「外」は随分と変わっている。ただ、彼女はその街を見つめている。千年以上を見た、その瞳は澄んできらきらと光っている。しかし、本人はいつも眠たげな表情をしているのがたまに傷だろう。

 

「…………さて。今日は何があるかな……」

 

 そうして、けだるげな足取りで妹紅は行く。足取りは遅いが止まることはない。

 

 ☆☆☆

 

 

 一方そこのころ、秦 こころはわなわなと無表情で怒っていた。彼女はリサイクルショップのカウンターに座って、手に持った紙を読んでいる。そこには竜宮の使いの書いた伝言が残っていた。

 

――探さないでください

 

「逃げやがった……」

 

 無表情で言い捨てるこころ。彼女は幻想郷の少女達の中でもかなり口が悪い。性格が悪いのではなく、正直なのであろう。しかし、これでリサイクルショップの店番は彼女がせざるを得なくなったのだ。ろくろ首に押し付けようにもまだ来ない。

 

 後ろではドタンバタンとお好み焼きを巡って、二人の少女が争っている。こころはそれをちらと見て、チルノがルーミアのほっぺたを抓りながら、抓り返されていることだけ見た。

 

 こころはそれで二人の少女に手伝ってもらうことは諦めた。仕方ないと思う。いつ帰って来るかわからないが竜宮の使いは「ごはん」を食べに行ったのだろう。万が一程度の確率であるが、満腹になったら帰って来るかもしれない。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。