ここは商店街の小さなお店。何屋というわけではない。入り口に面した小さな厨房は狭いが、レジも一緒に置かれており中の店員が無駄に動かなくてよい良いになっている。壁には鍋やフライパンが掛けられており無駄がない。少し大きめの冷蔵庫も端に置かれている。冷蔵庫は数センチ壁と離れている。たこ焼きを焼く機材も小さいがある。
客側には「氷」の旗とかき氷機とその横にはウォーターサーバーが置いてある。
台も古いが、清潔にされている。考える限りには、この狭いスペースを有効に使っているといっていいだろう。だが、ここで働くのは「二人」である。いくら有効に使おうが、狭い物は狭かった。
そのうちの一人物部布都は歌いながら、コロッケを揚げていた。銀髪のポニーテールが揺れて、何故か頭にしている烏帽子は現代とミスマッチしている。服装自体は黒のポロシャツと灰色の前掛けをしている。彼女は菜箸でフライパンから、薄いコロッケをひょいひょいと油紙の載せられたトレーに並べていく。
「あげたーら、コロッケだーな……おい、キャベツはどうしたのだ」
布都は横でキャベツを切っている金髪の女性に言う。その女性は、少し癖のある毛さきをして、グリーンの瞳をしているが死んだ魚のように暗い。手だけは包丁を動かして、コロッケを包みやすいようにキャベツを切っている。
水橋パルスィは布都と同じ恰好で働いていた。
「いま、やっているわ……」
「速くするのだ! 我の布都コロッケにはキャベツがつきものなのだからなっ!」
パルスィはチッと小さく舌打ちして、それにこれっぽっちも気が付かない物部布都は薄いコロッケをひょいひょいと揚げていく。布都コロッケという身の細いコロッケには、薄く切ったサツマイモにサクサクの衣をつけた布都オリジナルのコロッケである。それを冷たいキャベツに包んで食べるのだ。
聞こえはいいのだが、布都がそれを作り出した経緯は、経費削減からである。サツマイモを薄く切っているあたり、その布都コロッケが出来上がった時の布都の心がわかるだろう。
「はーじめてぃの……おっ?」
布都は先ほどとは違う歌を唄おうとして、ガラス張りの扉の向こうに眼をやる。そこにいたのは、青い髪の少女である。中をじろじろと見ている。彼女、天子は布都と眼が合ってからにやりと笑う。それから半秒後にはカラーンと入り口のベルを鳴らして、中に入ってくる。何故か腰に手をやって、足を広げての仁王立ち。顔には余裕が浮かんでいる、入店しての余裕になんの意味があるのかわからない。
「な、なにやつっ?」
ばっと布都は右手を上げ、左手をぱっと開いて天子に向ける謎のポーズをする。天子は布都をみて、小さく笑い言う。
「二名、入れるかしら?」
「……い、いらっしゃませ」
ただ単に今入れるかを確認するためだけに天子は来たのだ。それに布都は変なポーズで対応してしまった。パルスィはそんな二人のやり取りを見ながら、はあとため息をつきながらも天子の元気な姿に爪を噛む。表情は暗い。
「ややっ。博麗の巫女ではないか」
客席に付いた、天子と霊夢にお水を配りながらも布都は驚いた。客席といっても少し段が床より高くなっており、畳が敷かれている。そこには四つの机が置かれているのだ。天子と霊夢はその一つに座った、無論サンダルなどとは脱いでいる。天子は帽子もとっている。
机の真ん中には鉄板があるので、ここではお好み焼きもできるようだった。だが、霊夢はそのことを知っている。なぜならば初めて来たわけではないからだ。
「なんか、驚いてるけど? ちょっと前に来たじゃない」
霊夢が言うと布都は、何故か急に真顔になった。
「来ておらんぞ」
「いや、きたでしょ。二、三週間前に」
「来ておらんぞ」
「あんたねえ……まあいいわ」
――えっ? 貴様らは五人いるではないか? コロッケ三個? 五個で……あっ。え。そ、いや我も、そのなんだ…これはおまけだ。
「我はお前たち……いやお前が来たことなんて覚えておらんぞ」
布都はふっと憐みの眼を霊夢に向けて、すぐにぶるぶると顔を振る。その眼が何をあらわしているのか、その頭の中でどんなことを想ったのかは霊夢にもわからない。だが、彼女は言う。うさん臭そうにしながら。
「なんか……気味が悪いわね」
天子は二人が会話するのに合わせてそのくりくりとした眼を、話しているほうに向けていた。つまり布都がしゃべれば彼女を、霊夢がしゃべればそちらに紅い眼を動かしている。だが、会話に入れないことにうずうずしてきたのか、机に置いてあったお品書きをパラりと開く。
天子は墨で書かれたそのお品書きを見ながら、ふむふむと唸る。達筆な字ではあるが、書いたのは布都だろう、腐っても古代の豪族である。それなりの教養はあるのだ。コロッケを揚げようとも。
お品書きはでかでかと「布都コロッケ」と書いてある下には、お好み焼きの種類別に書かれていたり、焼きそばやらうどん焼きやらと書かれている。最後のほうになると、大豆ハンバーグや卵ごはんといったりの統一性を欠くラインナップになっている。思いつくだけ書いたという感じが満々としたお品書きである。ただ、道教を信奉する布都だからか、肉類については書いていない。焼きそばは何故か「パルスィ」と書かれているので、肉が入っている可能性はある。
ただ、天人である天子は肉類がないことについては気にしない。彼女しばらくお品書きをみてから、ハーイと手をあげる。手首に付けたミサンガがちょっとだけずり落ちる。
「じゃあ、ラーメンとたこ焼きとお好み焼きのなんかおいしいやつで」
ぎょっとした顔で布都が天子を見る。霊夢も同じ顔である。布都は天子からお品書きを取ると、自らの書いたはずのものを読む。頭には「?」が浮かんでいる。彼女はしばらくしてから天子を見る。疑問は解消されてはいない。
ついでに天子の口から「布都コロッケ」がなかったところに多少不満げでもある。
「……らーめんなどどこにも書かれておらんぞ? というかそれを全て食べる気なのか?」
「まあ、二人で食べるから大丈夫でしょ。ラーメンはなんでもいいわ」
「い、いいわと言われても。我の店には……ないぞ?」
「カップ麺でもいいけど」
「えっ!?……えっ?」
天子は目の前の鉄板でジュージューと音を立てている、お好み焼きに眼を輝かせながら、フォークで赤い字でロゴの書かれたカァプヌゥドルを食べる。それは布都が夜食用に取っていたものを出したのだ。ずるずると音を立てて、天子は麺をすする。
店には霊夢と天子以外には客がいないので、布都が彼女達の机についてヘラでお好み焼きをひっくり返しながら、天子を見る。その横で霊夢がはあきれ顔で肘を机についていた。
「……なんか我、料理人として負けた気がする」
「あんたはいつから料理人になったのよ」
霊夢は少し困惑した表情をする。一応この物部布都も異変の中心部にいたことがあるのだから、いきなり自分から「料理人」などと言われては驚くだろう。霊夢は布都を見ながら、とある疑問を口にした。
「そういえば、あんたのご主人さまはどうしてるのよ」
「太子のことか? 奈良だ」
「なら? は?」
「奈良県に行っておられる。まあ、奈良県というか大阪府と京都府を回って、法隆寺などをまわってくるそうだ。つまり近畿地方の巡遊であるな……我らの時代とはかなりはかなり違うからその視察でもあるのだ」
「……なんであんたはついていっていないのよ?」
霊夢は旅行などをしている余裕のある彼女達に、多少なりとも嫉妬しつつ当たり前のことを聞いた。この物部布都は「たいし、たいし」といつも言っているほどの忠義の持ち主であるのだから、霊夢が不思議に思っても無理はない。ちなみに話を聞きながら、パルスィが小さく「妬ましぃ……」という、誰にも聞こえてはいない。
布都は肩を震わせた。それからつっと下を向いて黙り込む。鉄板でお好み焼きの焼ける音と、天子が何一つ気にせずにカップ麺を啜る音が響く。
「……たのだ……」
「なんですって?」と霊夢。
布都は眼に涙をためながら、霊夢に向き直る。それから叫んだ。
「じゃんけんに負けたのだああああああ」
あまりの剣幕に霊夢はびくっと体を震わせた。それでも布都は霊夢の肩を掴んでゆする。
「あんまりではないか? 新幹線とやらはほとんど割引が効かぬのだ! あ、あの青髪と屠自古めがっ、く、くそおぉぉ、なにがアイコンタクトだっ、奴らにはめられたとしか思えなぬ。そう思うであろう? 博麗の巫女よっ! そ、それを青髪のやつは駅まで見送った時にわざわざ振り返って……」
――悪いわね、布都。この新幹線は三人用なのよ。
「げ、現実にあんなことを言うものがおるとは思わなんだ! 太子も中止にしようかと言われたが、せっかく太子がいかれたいのだから止められるわけがないではないか」
「ゆ、ゆらさないで」
がくんがくんと霊夢を揺らす布都を、天子は笑い。その後ろから、薄ら笑いを浮かべたパルスィが手に器に入れたたこ焼きをもって来た。何故か口元が緩んでしまうらしい。
「たこ焼き……できたわ」
「お、おお」
布都はパルスィのたこ焼きを受け取って、多少クールダウンしたらしい。ふうふうと息を吐きながら、器にあった爪楊枝でたこ焼きをさして霊夢に食べさせようとする。多少クールダウンしよとも、まだ混乱しているらしい。
「さあ、食うのだっ」
「や、やめなさい」
わあわあと喚き合う二人。布都は霊夢にたこ焼きを食べさせようとして、それを突き出し。霊夢は顔を背けてよける。ぐぐぐっと意味の分からない死闘が繰り広げられる。布都が霊夢の上のほうにスキを見つけて、手を振り上げた。その手には爪楊枝と突き刺さったたこ焼きがあった
それを天子がぱくりと食べる。はっと後ろを振りむいた天子と、呆然とする霊夢の前でもぐもぐと天子がたこ焼きを噛み、ごくりと飲む。それから幸せそうに言う。
「うまい」
ほうと、息を吐く天子。外では蝉の声が聞こえている。
「たべた、たべた」
天子はお腹をさすりながら、だらしなく座る。霊夢は食後に出されたトウモロコシのお茶をすすりながら、くつろいでいる。霊夢達が来たときは、彼女達以外には客はいなかったのだが、ぽつぽつと子供を中心にした来店があり、少ない机は全て埋まってしまっていた。
霊夢のすぐ近くでも、プール帰りなのか頭が少し濡れた男の子たちが悪戦苦闘しながらお好み焼きを焼いている。あくまで布都が霊夢達に焼いてくれたのは、暇だったからである。本来であれば材料しか用意はしない。作り方はお品書きの後ろのほうに書かれている。
そのはずではあるのだが、世の中は思い通りにはならない。
「ふと。焼いて~」
「ふーとー、みずー」
「ええい! 貴様ら年上を敬え!」
「ふとー、ころっけー」
「あと、かき氷―」
ふとふとふとと子供たちに言われながら、次々に注文を付けられる銀髪の少女。彼らは常連なのだろう、布都に対しては遠慮会釈がない。しかし、コロッケを頼まれたのはまんざらでもないらしく「全く、なげかわしい」とにやけながらいい。コロッケ以外もこともやっている。つまり、お好み焼きを手伝い、水を汲み。コロッケをだし、かき氷をだす。それで子供たちの近くに行くと、前掛けを引かれたりする。
ちなみに同じ子供たちは焼きそばを頼むときには、わざわざパルスィの前に行って。
「パルスィお姉さん。やきそばおねがいします」
と礼儀正しくする。パルスィはびくりとしつつもこくりと頷く。それだけで、男の子達はどきりとする。パルスィの暗さも、ミステリアスに見えるのかもしれない。
「な、なんなのだ。この扱いの差はっ?」
布都はポニーテールを引かれながら、子供たちにじゃれ付かれている。これはこれで一つの人気ではあるだろう。だが、布都としては不満である。だからこそ、彼女は言う。
「き、貴様ら。きょ、今日こそは……これでいうことを聞かせてやろう!」
布都はポケットから何かのケースを出す。それから出すのは、子供たちに人気のカードゲームであるマジック&ウィザーズのカードデッキだった。なぜ、子供たちにいうことを聞かせるためにカードゲームをだすのかはわからない。だが完全に子供の遊びに参加しているのは疑いがなかった。
子供たちもお互いに眼でコンタクトをとり、頷いてからプールのカバンからそれぞれのデッキを取り出す。めらめらと布都と子供たちの間に火花が散り始めた。
「そろそろ出ましょうか」
霊夢は立ち上がって天子に言う。天子は悔しげに「くっそーかーどを持ってくればよかったわ」と言う。霊夢はそれにもあきれつつ、天子の首元を掴んで引きずり、パルスィに勘定をお願いする。
「ペンデュラム召喚!」
「な、なんだそれは! わ、我は知らんぞっ!?」
後ろでは布都と子供たちの戯れる声が聞こえる。しかし、大体は布都が悔しがっている声は、驚いている声かである。霊夢は額に手をあてて、一つ息を吐いた。
お昼時の忙しさを乗り越えて。布都はぐびぐびと黄色い缶のジュースを飲む。微炭酸のそれが喉を少しだけ刺激して、清涼感と甘味が疲れた体を癒してくれる。彼女はぶはあと缶を唇から離して、腕で口元を拭く。
「まったく、博麗の巫女がくるとはな……」
布都はそれから固定電話に手を伸ばして、電話番号を入力する――
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