東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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11話

 寅丸 星はこそこそとしていた。まるでネズミの様に物陰に隠れて、人に見られないように動いている。ところどころに黒髪の混じった癖のある金色の髪の毛のせいでそれなりに目立ってはいるが、そんなことは気にすることができないほどに追い詰められている。

 

 浜辺から少し離れた場所には松の林になっていて、そこに僅かながら草むらがある。

 その草むらからあたりを窺う彼女の眼がぎらぎらと光っている。まるで猛獣の用であるが、実際の彼女はそのような危ない存在ではない。一応毘沙門天の代理であるのだが、現在の力はそう強くはない。

 

「ご主人様」

 

 遠くからの声にびくっと寅丸が震える。見るとそこには、ネズミ耳の少女が立っていた。バイザーを付けたくすんだ灰色の髪、深みのある紅い眼。背は低い、そして手には「浮き輪あります!」という幟を持っている。要するに宣伝しているのだろう。

 そして当たり前のようにパーカーとハーフパンツを着ている。何故か水着を着ていない。

 

「すごく怪しいのですが」

「ひ、卑怯ですよナズーリン。なんであなただけ服を着ているのですか!?」

「…………」

 

 ナズーリンはそれには答えない。一応河童に水着を支給されたが、そんなものをおとなしく守る彼女ではない。河童の海の家で見つけた服をこそこそと着込んでいるのだ。そもそもナズーリンはこう思っている。

 

(この下に着ているじゃないか。こんな水着着て出歩くなんて正気の沙汰じゃない)

 

 ナズーリンは服の下に着ている。それを隠すために上にパーカーやパンツをつけたのだ。彼女はちょっと顔を紅くして、はあとわざとらしく息を吐く。彼女は毘沙門天の「従者」なのだが、寅丸に対しての敬意もどことなく業務的である。他の者に使わない敬語を使うくらいには尊重している。

 ちなみにナズーリンの着ている水着は「正気の沙汰」として考えられるものではない。だからこそ卑怯と言われようともナズーリンは着込んでいる。

 

 しかし、そんな心証を知らない寅丸はあたりを窺いながら草むらから出てきた。眼がちょっと潤んでいるがどうにも強がっているのか、表情自体は凛々しい。先ほどまでこそこそやっていたので、全然威厳はない。

 

「……す、少し取り乱してしまいました」

 

 取り繕うように言う寅丸だが、彼女は草むらから出るとすぐにおどおどし始める。強がりも張りぼてのようなものだった。それも当たり前なのかもしれない。

 白い水着だった。ビキニのそれはスタンダードなものである。

 トップスのストラップ(この場合、紐) は肩を通って、胸当てを支えている。胸元が広がっている、というよりは多少ストラップがきついのか「締め付けている」ようになり、俗にいえば寄せている。胸の真ん中にはリボンがある。

 下にはパンツを履いているがそれは見えない。なぜならダブルフリルのついた白のミニスカートを上から穿いているからだ。寅丸はそのスカートの裾を手で押し下げたりして必死に肌を隠しているがあまり意味はない。

 少女のような水着だが、寅丸には似合っていた。普段から摂生しているからだろう、美しい雪のような肌としなやかな体つきに合い。それでいて胸が寄せられているから、元々よりも強調されている。

 

「けっ」

 

 ナズーリンは「ご主人」の見えないところでそう吐き捨てるように言う。なぜそうしたのかは彼女自身にもわからない。どうにもむしゃくしゃする。

 当の寅丸にはそれに気が付く余裕など存在しない。下にスカートがあるので、一輪や水蜜のようにいちいち布を直す必要はない。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。普段着ている物は一輪と負けず劣らずの厚着である。しかも今まで生きてきて、人にも妖怪にも肌を見せることなどなかった。

 

 寅丸はそのスカートを抑えていない手にはタブレッドを持っている。このような状況でも手放さないのであれば、かなり気に入っているのだろう。伊達に徹夜で操作方法を覚えたわけではない。「3G」とナズーリンから聞いた時には頭に「三人の御爺さん」を思い浮かべたアナログな彼女である。ただ今だ「Wi-Fi」の仕組みがわかってない。

 

 ネットはつながるもの。そう寅丸は思っているから、どこへでもタブレッドを持っていく。

 黒いカバーをしているが海には入らないよう、ナズーリンは教えている。

 

「こ、こほん。それでは仕事に戻りましょうか、ナズーリン」

「そうですね。さっきみたいに逃げられるとこまるので」

 

 毒をわずかに含んだいいかたをネズミはする。そう、なぜ草むらに寅丸は隠れていたのかと言うと海水浴客に「話しかけられた」のでいたたまれなくなって逃走したのだ。肌をじろじろ見られては恥ずかしいのは当たり前である。

 

「わ、わかっていますよ。あれは……考えがあったのです」

 

 寅丸の言い訳になんの考えがあったのか、とナズーリンはため息をつく。だが口にはしない、彼女は寅丸を「毘沙門天」として立てているのだ。ちなみに「仕事」とは海の家で貸し出している用具のレンタルの案内だった。だからナズーリンは幟を持っている。

 

 最初の内は真っ赤な顔をしても堂々と歩く寅丸の後ろから、すまし顔のナズーリンが幟を立てて浜辺を練り歩いた。まるで武士が従者と歩くようだが、すぐに寅丸の方がぼろをだした。女性に話しかけられるといいのだが、男性に話しかけられるとどもるのだ。だからほとんどナズーリンが案内した。

 

 つまり仕事をする上でナズーリン的は寅丸が居ようといまいとどうでもいいのだ。しかし、そこはネズミである。一人でいると今度は彼女がそわそわする。人間に囲まれた状況は実は「小心」のナズーリンにはストレスだったのだ。だからこそ寅丸が必要であった。

 

「それじゃあ行きましょうか、ご主人様」

「え、ええ。いやもうちょっと」

「……」

 

 ふと、ナズーリンは考える。もうちょっとと寅丸がいうのだから、少しサボってもかまわないだろう。彼女は命令されたほうであり、責任は寅丸にある。元々はネズミ一匹と他二人の飲酒によってこの状況になったのだが、ナズーリンは心の中でほくそ笑み、サボることに決めた。

 

「そうですね。それじゃあ、もうちょっとゆっくりしましょう」

「……そ、それじゃあ。5分だけ」

 

 寅丸は妙に真面目なことを言う。ナズーリンは「10分でも30分でもいいですよ」と誘導してみるが寅丸は「そうはいきません……」とにべもない。心中で「チッ」と舌うちしたネズミだが、自分からサボる提案はしない。それをすれば自分の責任になるからだ。

 

 ナズーリンは仕方ないといった風情で腰を下ろす。草むらに座ってもハーフパンツなので気にならない。逆に寅丸は膝を抱えた姿である。お尻を付けるとひんやりして嫌なのだ。ねこ科は寒さが嫌いである。

 

 お互いに話すことなどない。時間の流れもない。ナズーリンにはそれを気にする気など微塵もないし、寅丸は腕時計ではなく「シュッシュ」を手首に付けている。ただタブレッドがあるので寅丸はそれを起動させる。

 普段はネットをする寅丸だが、彼女の知っているサイトなど「ウィーキ・ペ・ディーア」くらいである。よく上杉謙信とかを検索している。ただ、彼女には別にお気に入りの機能があった。

 

「ナズーリン。こちらをむいてください」

「えっ。ああ」

 

 何かわかったようにナズーリンは寅丸から「顔を背ける」。何をされるのかわかっているのだ。

 

「それではいけません。撮れないではないですか」

「私は……あまり好きじゃないのですけど」

「これも記念です」

 

 よくわからないことを言う寅丸だが、その瞳はちょっと期待したように輝いている。水着を着ると年齢が下がるのかとナズーリンは思うのだが、少し思うところもあり寅丸の方をむいてにこっと笑う。そして顔の傍でピースサインをする。

 それに驚く寅丸だが、すぐにタブレッドをナズーリンに向けてボタンを押す。カシャとまるでカメラのシャッター音のようなものが出る、事実タブレッドには写真の機能がある。それこそが寅丸のお気に入りの機能だった。

 

 タブレッドに映るのは草むらの中でお尻をついて、ピースサインをするナズーリン。可愛らしい容姿に後ろの方には海がちょっとだけ映っていて寅丸は気に入った。それをフォルダに保存して、電源を切ろうとする。

 

「ご主人様もとってあげますよ」

「エ?」

 

 ナズーリンは呆ける寅丸からタブレッドを取る。そして彼女に向けた。

 

「はい、ちーず」

 

 自分の好物と同じ言葉を言いながら構えるナズーリン。だが寅丸は気が付いた。今水着である。

 

「な、ナズーリン、わ、わたしは」

「さっき私がやったようにやればいいんですよ、ね。ご主人。笑って」

 

 こすい。ネズミ策略ともいえるものだ、どことなく天狗に似ているがそのあくどさには劣る。先にナズーリンが笑ってピースをしたので、寅丸は断りにくくなっている。重ねて言うがナズーリンは上着を着ているが寅丸が水着である。状況自体は違う。

 

 根が真面目な寅丸はぷるぷる震えながらポーズをとる。笑っている顔は赤い。タブレッドに自分の写真が残ることになるとは思わなかった。

 

「はい、チーズ!」

 

 ナズーリンはご機嫌で言う。彼女はちゃんと後で保存した写真にロックをしておこうと思う。簡単には削除できないようにする気だった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方の「古明地さとり様ご一行」はお店をでて浜辺に出ていた。まだ河童のところにはいっていないので水着にはなっていない。いや、それよりも重要なことがあるのだ。古明地こいしの言う「幻想郷での力を取り戻せる方法」を実践するつもりだった。

 

「いい。お姉ちゃん!」

 

 青々とした海辺をバックにこいしは両手を腰にあてる。それを慧音と霊夢とさとりは見ている。何故か天子はこいし側にいて、彼女は数歩離れたところでこいしを見ている。協力を頼まれたのだが、何をするのか聞いてはいなかった。

 

「今からフュージョンの説明をするわ」

「ふゅーじょん……?」

 

 天子ははて、と首をかしげる。どこかで聞いたことのあるような名前である。しかし、思い出せないのでやめた。こいしからは「私の真似をして」としか言われてない。

 だが、さとりはこいしに聞いた。

 

「こいし……。フュージョン……とはなんのことなの? さっきお店もでいってたけど……」

「メタモル星人がゴクーに教えた技よ。これを使えば二人の戦士が合体できるの!」

「め、めたもるせいじん?? ごくう?? がったい??」

 

 さとりは慧音と霊夢に眼で問うが、二人は首を横に振る。訳が分からないのは同じなのだろう。しかし、やると言った手前さとりはこいしの意思を尊重しようと思った。正確にいうと後戻りできる最後の地点を通り過ぎてしまった。天子は不幸にも空飛びポケモンジェットを見ている。ジェット機が空気を切り裂く音でこいしの言葉を聞いていない。

 さとりはこいしに続けてと言ってしまう。こいしも頷く。彼女は足を開いて両手を水平に横に向ける。天子もそれを見ながら真似をする、頭の隅に引っかかってこれが何なのか思い出せない。

 

「違うってば、逆よ」

「えっ? 逆?」

 

 天子は意味が分からなかったが腕をこいしとは逆の方向に向ける。これでさとりから見れば二人は左右対称になっている。ここからが本当の地獄だった。

 

「いい? お姉ちゃん。よく見ててね」

「ええ、わかったわ……」

 

 こいしはゆっくりと動く、しかしその動き方が奇怪だった。両手を反時計まわりに動かしながらだばだばと蟹歩きしながら天子に近づく。口では「ふゅー」と謎の掛け声をしている。天子はここでこれが「何か」を思い出した、あわててやめようと思ったがこいしに言われる。

 

「早くっ!」

「あっ、え」

 

 勢いに押された天子はこいしとは逆に両手を時計回りに動かしながらこいしに近づいていく。恥ずかしいことこの上ない。二人は一メートル程度離れたところで停止する。お互いに両手を最初に構えていた場所とは逆にしている。

 そしてこいしは言う。いきおいよく両手をまた外に向けて、腰をひねり、片足を上げる。

 

「ジョン!」

 

 その瞬間こいしと天子の息があった。天子もこれが「何か」を知っているのでタイミングが合ったのだ。まさか自分がやることになるとは漫画を読んでいる時には思わなかった。今にも泣きそうである。

 美しい左右対称。天子とこいしはかがみ合わせのように反対のポーズを取っている。

 

「お姉ちゃん、この時に腕の角度に気を付けてね」

 

 注意をさとりはもう聞いていない。こいしは続ける。ラストである。

 

「はっ!!」

 

 上げた片足を外側にピンと伸ばして、一指し指をそれぞれ伸ばした両手が円を描いていた。天子も同じポーズをとるから、二人の指と指がぴったりと合う。こいしはそのポーズのまま最後の言葉を言う。

 

「ここで指と足を伸ばさないと駄目よ、お姉ちゃん!」

「…………」

 

 

 以上が合体技フュージョンである。こいしはやり遂げた顔をして姿勢をなおす。天子は両手で顔を覆い、地面にしゃがみこんだ。こんな浜辺でやったのだから、いつの間にかこちらを見ているものが大勢いる。天人にも羞恥心はある。

 何よりも衝撃を受けたのは古明地さとりだった。途中から口をぽかーんと開けて、珍妙なダンスを見ていたのだ。一種の現実逃避であった。じわじわと今からあれを自分がやるのかと思うと、ダッシュで逃げたい。

 霊夢と慧音もさすがに言葉もない。彼女達も口を開けて驚いている。チルノが居れば興奮して「あたいもやるっ」と言いそうだが、悪いことにいない。居るのは古明地さとりである。

 

「お姉ちゃん。わかった?」

 

 さとりはわかった。こいしの言葉をよく吟味せずに安請け合いした自分の愚かしさを。もちろんこいしはそんなことを言っているのではない。単に「フュージョン」しようと言っているのだ。

 ざさっと砂を蹴りながらこいしが近づいてくる。さとりは恐怖した。妙に妹が怖い。思わず後ろに下がってしまう。しかし、こいしには悪気は一切ない、純粋な瞳でさとりを見ている。だが、少々興奮している。

 

「私とお姉ちゃんがこれで合体すれば、強い戦士になれるわ。こいしンクスに!!」

 

 さとりとこいしがフュージョンした姿「こいしンクス」。究極のパワーが手に入るような気がこいしにはする。いや、もしかしたら幻想郷での力も凌ぐことができるかもしれない。

 

「こ、こいし。い、今のを、私が、やるの?」

 

 さとりの声が震えている。こいしはその声に彼女が不安に思っていると確信して、言った。不安は取り除いてあげようという彼女の優しさである。

 

「大丈夫よ。合体できるのは三十分くらいだから。ポタラじゃないわ」

「ぽ、ぽたら?」

 

 謎の単語が湯水のごとくこいしの口からでてくる。さとりはいつの間にか涙が目元にたまっていた。衆人環視の中で妙なダンスをさせられる、それは天子にすら耐えることができなかったのだ。それに心底怯えた。

 古明地こいしは恐ろしい。

 河童にも屈しなかった霊夢。それに天真爛漫な天子。旧地獄の管理者さとり。その錚々たる面子を気で圧倒している。皆が炎天下で凍ったように動かない中、彼女はさとりに手を差し伸べる。

 

「さ、おねえちゃん。やろ?」

 

 天使の様に笑う少女。えくぼをみせた屈託のない笑顔。それこそがこいしの魅力なのかもしれない、彼女には悪意がない。さとりはその笑顔で観念した。唇を噛んで、その手をとり、振り向かずに言う。

 

「霊夢。慧音……その、あの。ちょっとどこかに行っててくれないかしら……お願い……」

「え、ええ」と霊夢。

「がんばって」と慧音。

 

 

 

 霊夢達は恥ずかしさで悶える天子に声を掛けて、荷物を持って歩いていく。向かう先は河童の海の家である。さっきポスターを見たので目的地は大体わかるのだ。今頃猫と鳥が回収しているのだろうが、役には立った。

 

 ――ふゅー

 

 

 しばらく三人が歩いていると、後ろから妙な声が聞こえた。「あれ、さとり様じゃない?」とかポスターで彼女を知ったのだろう聞いたことのない誰かの声も聞こえるが霊夢は、振り返らない。見上げた空は蒼かった。きっと古明地さとりはこの空を忘れられないだろう。

 

 お姉ちゃんは大変である。

 

 

 

 

 

 




――文々。新聞

<花の妖怪落ちぶれる! まさかの子育て!>

幻想郷で有名なあの人、花の妖怪である、風見幽香さんがスーパーでアルバイトしていることが先日わかった。現在は余罪を追及中ですが、渦中の彼女がインタビューに答えてくれた。
「へへ、文さんにはかないませんね。そうでゲス、私はスーパーで店員をしています」

――子供が居ると聞いていますが?
「わたしの子供じゃないです。妖精さんたちと一緒に住んでいるです」
――なるほど、最近スーパーの店員に暴力的な者もいると聞き及んでいますが、まさかあなたでは?
「ご、ごかんべんをお代官様ー」

(以下略)



翌々日、文々。新聞号外。

先の紙面において不適切な表現が多々使われておりましたことに深く謝罪いたします。
今後はこのようなことがないように、誠心誠意再発防止に取り組んでいく所存です。

そして、デジタルカメラはとてもデリケートなのでキャッチボールに使うのはやめましょう。返してください。お願いします。


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