それは、少し前の話である。
河城にとりは幻想郷のとある山、そのふもとの河原にある大きな岩に腰掛けていた。川幅は広くはないが、にとりの目の前を清流が静かに流れていく。彼女は裸足になってから足を水に漬けるとちゃぷちゃぷと水を蹴る。
いつもの緑の帽子をかぶり、首にかけている鍵のついたネックレスを揺らしながらつまらなさそうに水を蹴る。物が詰まって大きくなっているかばんは傍におろし、なんとなく見上げた空に雲はない。
にとりは退屈していた。人里で宗教がどうのという「イベント」があった時には存分に商売をしていたが、今ではその熱も冷めている。いやにとりが冷めているというよりは、人里の人間達の熱気が冷めているから商売に結び付きそうにないのだ。
今では神社でよくわからない「能」などと言うものをやっていると聞いた。出店の一つは出さそうかと思ったが、巫女が自分で物を売っていたので追い払われた。しかし、人に紛れて妖怪が大勢神社にいたのにはにとりも苦笑せざるをえなかった。
それはそうと、現在にとりにやることはない。機械いじりでもやればいいのだろうが、今のところ考えるテーマはない。やはり、情熱的に商売に精をだしていたことが終わった反動でやる気が起きないのだろう、と自分では思っていた。
「あーあ。ひまだなぁ」
ごろんと岩の上で寝そべって、わざとらしくにとりは言う。しかし短命な人生とは違って長い時を生きる河童生のほとんどが暇である。別に人間と戦争することもあるわけではない、それにしたくもない。かといって他の妖怪と張り合うようなこともしない。
「なんかおもしろいことないかな……」
清流の音を聞きながらにとりは思っていた。たまに混じる「音」は木々の葉が風にゆれる音ぐらいである。にとりはそれを聞いているとうとうとと眠たくなってしまった。ゆっくりと瞼が降りていき、やがて小さく寝息をたてはじめる。
暇なら昼寝しているほうがいいと彼女は想ったのだ。
――ねえ。河童さん?
「ふが?」
あれからどれくらい時間が経っただろう。にとりは聞きなれない声に眼を覚ました。だがぼんやりと目元が霞んでいるのは、まだ寝ぼけているからだろうか。しかし、彼女は目の前に「赤い髪」の女がいることが分かった。
寝ているにとりの「目の前」ということは、赤髪は立って見下ろしているということだ。両手を腰についてにとりを見ている。ねぼけ眼では表情がよくわからないがニヤリと笑った気がした。
赤髪は白い服をきているような黒い服を着ているようなあやふやな感じに、ぼんやりとにとりには見えていた。幻想郷ではあまりみない服装のような気がする。
――外の世界に興味はない? これから私たちはそこに行こうと思ってるのだけど。人手が欲しい……河童手が欲しいのよ。
「へ? そ、と? 人里の、こと」
ぼんやりとした意識の中で受け答えをしているからかにとりの言葉はとぎれとぎれである。だが赤髪は薄く笑って返す。
――いいえ、ちがうわ。外と言ったら外よ。
そこから先はにとりにもはっきりと聞こえた。赤髪はこういったのだ。少し興奮しているような気がにとりには感じられた。
「博麗大結界の外。人間のひしめく、人の世界よ!」
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うさん臭すぎてにとりは最初薄ら笑いを浮かべてしまった。赤髪はそんな様子を察したのかむすっとしていたが、やがて「外」へ行くことのあらましを話し始めた。流石ににとりも起き上がって彼女に向かい合い、あぐらをかく。ただし詐欺にひっかかるほど馬鹿ではない。
赤髪はそれでも語り始めた。しかし大切な部分をどこかぼかしたような話し方をしている気もにとりにはしたが、どうせ詐欺なので気にしなかった。
曰く、赤髪は一人ではないらしい。組織かというとそうでもなく、なんとなく集まった集団ということらしかった。それでも「外」の世界へ行く目的は一致しており、協力関係にあるということだった。一応音頭をとっているのは「私よ」と赤髪は胸を張り、誇らしげに言った。ただ発案者は別らしい。
にとりはきゅうりをかじりながら聞いた。先に川で冷やしていたのでうますぎて仕方ない。この目の前にいる詐欺の頭目の言葉など、食事をしながら聞くくらいでちょうどいいのだ。
赤髪はそれに不満だったようだが、ちょっと考え込んだようで、もう少し詳しく話し始めた。それは外の世界には普通の方法では行くことができないというわかり切ったことでもあった。それは「博麗大結界」が作用している為だというもはや一般常識を語った。
きゅうりうめえとにとりは思う。
赤髪はこほんと咳払いして、むうとまたもや不満げな顔をする。彼女の背丈はそれなりに大きく、身なりは綺麗だがどことなく子供っぽいところもあるようである。煮え切らない態度の河童に向かって外への「行き方」を話始めた。
さあと木々がざわめく。にとりはその中できゅうりを落としそうになったが、なんとか持ちこたえて口の中に残りを放り込む。しゃきしゃきと食べてごくりと飲み込んだころには、にとりも考え込んでしまった。
なるほど、もしかしたらそれで外へ行けるかもしれない。そうにとりは思う。それにその方法ならたとえ失敗しても、危険は少ないだろう。しかもそれで機械のあふれる「外」へ行けるのだ。にとりはむくむくと好奇心があふれてくるのを感じざるを得ない。
目の前では鼻を鳴らして、誇らしげにしている赤髪がいる。にとりは心中で「そんな大切なことを参加するとか言う前にばらして、バカじゃないのかコイツ」と黒いことを想っていたが、口には出さなかった。
兎にも角にもにとりは赤髪に即答はせずに、仲間と相談すると言いおいて帰宅した。返事は明朝にこの場所でするとも伝えた。赤髪も承諾した。
河童の住処に帰ったにとりは仲間を多数集めて会議をした。河童達は皆頭に帽子をかぶり、青い服を着ている。スカート状になっているそれには多くのポケットがついている。そこにはそれぞれの好きな工具などが入っているのだろう。
赤髪の話をまとめてにとりは話した、そして自分も外へ行ってみたいという所見も披露した。最初河童達は顔を見合わせて、疑い深げにしていたがにとりもさるもので保険を掛けた。それはもしも断る場合、赤髪がのこのこやってくるので集団でふんじばって巫女に届けようということだ。これなら河童に責任が来ることはない。
そんなこんな議論が開始された、それでもこの中のほとんどが「外へ行きたい」と考えている。なんといっても先進的な機械のあふれる「外」は魅力があるのだ。河童限定の魅力かもしれないが、それで議論も「外へ行くか否か」ではなく「赤髪に協力するか売るか」に主題が絞られた。
時折誰かがきゅうりをかじる会議は朝まで続いた。だがしかし、結論は最初から決まっていたのかもしれない。
結論の出たあと、にとりは一人で立ち上がった。他の河童は会議の疲れからか、思い思いに眠っている。それでも青い髪の河童は約束の場所に向かった。彼女の懐の中には河童仲間の「答え」が入っている。
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昨日と同じように川の流れと木々のざわめきの聞こえる河原ににとりは来ていた。
「それで。どうするのかしら?」
待っているとにやりと笑って赤髪は現れた。もう日は中天にかかっており、昼である。赤髪は完全に遅刻している。
にとりはこの時間まで待っていたので眠たくて仕方がない、しかしそんなことは知らない赤髪は答えをせかすように「で?」と聞いてくるから、にとりは「こいつをふんじばるほうがいいかな?」とまで思ってしまう。もちろん昨日の間に自分の処分が話し合われたとは知らない赤髪は自信たっぷりである。下手をすれば神社で見世物であった。
にとりはすうと息を吸う。それから腹に力を入れて答えた。
「私たちは協力するよ……。外の世界には興味があるしね」
そう答えてにとりはポケットの中から何か、包みを取り出した。それを赤髪に渡す。だが赤髪はこれが何かわからずにきょとんとしている。
「それは昨日の話で出てきた必要な物が入っているから。持って帰って。用意するようには言われてないけど……どうせ必要になるしね」
「……ああ」
再再度「にやり」と赤髪は笑って、ふわりと浮きがあがる。
「それじゃあ、また連絡をしに来るわ。それまでに準備をしていてね」
そのまま赤髪は飛んでいく。河童はそれを見送ることしかしなかった。今すぐにもかえって寝たい。
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そうやって河城にとりとその仲間達は赤髪のみちびきで外の世界に来ていた。それから紆余曲折があって、それなりに苦労もしていたが、今では幻想郷の者たちには必要不可欠な存在になっていた。
時には黒いほうの天狗が嘗めた事を言って来たり、土蜘蛛が「マジでお金がないです……」と頭を下げてきたり、完全に銀行からの振り込み以外の接触を禁じる花の妖怪などから「接触してきたら、殺す」と脅されたりもする毎日であるが、楽しいものでもあった。
今日は仲間達と立ち上げた海での事業にとある尼僧を放り込んだ。タダでこき使えると考えるととてもお得である。それに「これ着てね」と河童で囲んで言った時の顔はすさまじかった。
そして今日は河城にとりは集金をしている。本日こそはあの博麗の巫女から滞納分だけでも取り返そうと本拠へ乗り込んだのだった。しかし本気でなにもなかった。冗談ではなく、これ以上搾ったらやばいレベルである。
しかし、救いの女神がそこに現れた。上白沢慧音とかいう無職が今日に限ってお金を持ってきたのだ。にとりは即座にそれを抑えにかかったのだが――。
「さあ、とれ」
慧音は給金の入った封筒を河童に差し出した。しかし、その心には恨みはない。実質的に滞納していたのは自分達でもあるし、これも霊夢やさとり達の為になることだと言い聞かせているのだ。
普通ならば多少の抵抗もするかもしれないが、慧音の持つ倫理観は常人よりも清純な物であった。つまるところ物わかりがよいのである。それに河城にとりは別に詐欺師というわけでもなく、彼女が居なければ生活が成り立っていなかったことは確実なのである。
にとりは一旦手を封筒に伸ばしたが、ぴたりととまった。慧音は不思議に思って封筒を自らにとりに近づける。その近づいた分だけにとりは下がった。ちらちらと彼女は慧音の顔を窺っている。
「どうしたんだ? 早く取るといい」
「う、うん」
慧音は促す。それでもにとりは取ろうとしない。元々自分から「ちょうだい」と言ってきたはずなのに、彼女はどうしても取れなかった。それはにとりに視点になってみればすぐにわかることだった。
にとりから慧音見ると、この長い髪をした女性は目元に涙をためて顔を赤くしている、ぷるぷると震える姿は小動物の様である。
泣き落としではない。本気で泣いているだけだ。だからこそにとりもずけずけと封筒をとることをためらうことになってしまった。ある意味もっとも性質が悪いと言っていいだろう。無論のこと、本人には悪気も何もない。
遠くからは蝉の声が聞こえてくる。もう夏が終わりに近づいていることもあり、必死に最後の声を張り上げているのだろう。にとりはそれを聞きながらごくりと息をのむ。ここでは心を天狗にしても卑劣にならなければならない。
「じゃ、じゃあいただいてたたたた」
すっと封筒を取ろうとするにとりの片手をぐっと誰かが掴んだ。結構強めに握ってくるからにとりは思わず悲鳴を上げてしまった。全く予想していなかったのだから仕方名がないだろう。
「れ、霊夢」
慧音はにとりの手を掴んでいる者の名前を呼ぶ。単純労働で鍛えられた握力がにとりの腕を締め上げるのだ。しかし、その当人である巫女は少々困ったような表情で慧音を見ていた。つまり河童は無視しているのだ。
「慧音。それを渡すことはないわよ」
「あ、あたたた、れ、霊夢さんそれはないよっ」
にとりはあまりに傍若無人な言葉に抗議する。それで霊夢もはあと一つため息をついて、河童の細腕を話す。ばっと下がったにとりの頭でルイージ帽子がずれる。実は現代に来てから買ったものだったのだ。
慧音が霊夢の肩を掴む。どことなくおどおどとしている。
「霊夢。確かに家計は厳しいからお金を渡したくないのはわかるが……こ、この場合は仕方ないじゃないか」
「……誰か払わないって言ったのよ」
「えっ?」
霊夢は肩にかかっている黒髪をかき上げて、にとりに言う。当の河童は訳が分からずきょとんとしている。それも不思議ではないだろう、霊夢とさとりがほぼ無一文なのは先ほど確認したのだ。逆立ちしても無理であるし、バイトで巫女をしている天邪鬼を連れてきても変わらないだろう。
しかし、霊夢には腹案があった。彼女はにとりを指さして言う。
「あんた、いろいろと商売をやっているんじゃないかしら? この慧音のお金の代わりに代金分だけ働けば文句ないでしょ!」
「えっ。霊夢さん……そ、それよりも普通に払ってくれれば……なにも」
「あ?」
びくっとにとりは身を震わせる。「あ?」と言った霊夢の言葉があまりにはまりすぎて怖い。ぎらっとした霊夢の眼光からにとりは眼をそむけてしまった。霊夢も現代に毒されている。唯一人だけ社会で揉まれているからこそ、多少のことでは怯まないしその上迫力がある。
それでも冷静な打算はにとりにもできた。確かにこのまま押し問答を繰り返していても回収ができない可能性がある。そもそもこの「集金」は表だってできる物ではないからこそ苦戦しているのだ。
それに慧音の封筒の中身がいくら入っているかなどわかりはしない。多少の補填になるのかそれとも全額集金できるのかも謎である。そこに行くと、慧音初め三人の人手を得られるとすれば十分元は取れる。
それに今、河童の事業には人手が必要なのだ。だから彼女は言った。ちなみに両手は組んでできるだけ偉そうにはしている。
「わ、わかったよ。……私たちは今海でとあることをやっているんだけど。それに参加してもらおうかなっ。もちろん交通費とかは自腹だよ、制服とかは用意するけどね。それでいいんだね、霊夢さん」
「わかったわ。でも、私にも仕事があるからあまり長い日数は働かないわよ」
「……霊夢さん……すげえ」
ずけずけとモノを言う霊夢に感嘆の声をあげるにとり。慧音とさとりはもはや空気とかしている。しかし、にとりは頭の中で算盤をはじいて言う。要するに利益が出ればいいわけであり「時給で働いてもらう」のではなくともいいのだ。
「う、うん。じゃあそれでいいよ。……あっ」
にとりは何かに気が付いたようにポケットから何か取り出す。それは一枚のパンフレットの様だった。くしゃくしゃになっていても「海開き」という文字がカラフルに書かれている。実際海の写真と地図が乗っている。
「これが場所だよ。遠いけどまあ、電車で行ける範囲だから。働くのは明日からでいいよ。利益が回収できたら解放するから」
それを霊夢に手渡すにとり。巫女もこくりと頷いて、返す。
「わかったわ。でも工場の仕事はじめ――」
「じゃあ! そういうことで!!!」
さらに何か条件を付けようとした霊夢からにとりはあわてて逃走した。これ以上言質を取られるわけにはいかない。放っておいたらいつの間にか借金がちゃらになりかねない。普通ならあり得ないがにとりはそんな危機感を覚えた。
ばたばたとにとりは玄関から出て、アパートを離れていく。それをドアから顔を出して霊夢は見送ったが、ちっと舌打ちして「値切ればよかった」と小さく言う。もしかすると幻想郷の少女達の中で最も図太いかもしれない。
「れ、霊夢」
その声に霊夢が振り向くとぽかんと口を開けている慧音がいた。彼女は何がおこっているのかわからないといった顔をしている。今の状況で言えば、普通にお金を渡せば済んだ話であり、霊夢とさとりまでも河童の事業に参加させる意味などはない。
「な、なんで」
「……別に……。ただ生活費を河童なんかにそのまま渡すのが癪だっただけよ」
霊夢はふんと鼻を鳴らす。しかし、その返答には多少の矛盾がある。だからますます慧音はわからないといった顔をした。しかし「わかるもの」はいるのである。
「…………」
さとりは部屋の隅で口を手で覆っている。その肩が小刻みに震えているのは、笑っているのだろうか。横ではチルノとルーミアが不思議そうに見ていた。蛇足だがルーミアは慧音を河童が泣かせているのを見て、今度町内の「仲間」を集めてアレしようと考えている。ただしルーミアはおくびにもださない。我関せずといったすまし顔をしている。
「なによさとり」
むっとして霊夢が言う。さとりはあわてて笑いを収めて、返す。
「い、いえ何でもないわ……」
もちろんその言葉の裏腹に彼女にはわかっている。そう『心を読まず』とも。それが彼女には新鮮で、おかしくて微笑ましいから笑ってしまったのだ。
要するに霊夢は慧音が頑張って持ってきた「お金」を渡したくなかったのだ。霊夢も言葉には出さないが、慧音の頑張っている日常にもその苦悩にも思うところがあるらしい。だからこそ、渡したくなかった。
それは自分も同じとさとりは思う。
「そうね……とりあえず。働きに行く準備をしないといけないかしら? ね、霊夢……。」
さとりはからかうでもなく霊夢に言う。いろいろと準備することはある。少なくとも遊びに行くわけではないから、ルーミアとチルノはどこかに預けていかなければならないだろう。
霊夢はさとりに言われてめんどくさげに髪をかき上げる。しかし、内心ではさとりに見透かされているような気もするから、恥ずかしくもある。
「はあ、せっかくの休みなのに」
わざとらしく霊夢は言う。それを聞いて慧音は申し訳なく思うが、さとりはあんまり見え見えの照れ隠しなのが分かって笑いそうになる。辛うじて口元は動かなかった。
慧音は何でこのようなことになったのかわからなかったが、手元に残った「封筒がある」のを見て。なんとなくではあっても霊夢達が、自分を気遣ってくれていることが分かった。言葉で言ってくれないから感じるしかない。
「れ、霊夢、さとり」
だから慧音は二人を呼んで。
「ありがとう」
と言う。さとりは柔らかく笑い。霊夢はそっぽを向く、絶対に表情を悟られないように。
霊夢はそれから「天人」が電話をかけてくるまで、一言もしゃべらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日ならできる。
その少女は肩まで伸びたウェーブのかかった薄緑の髪をして、きらきらと光る瞳を持っていた。頭にかぶっているのは黒い小さなハットをかぶっているが、何故か服装は「じんべい」である。顔はどことなく「さとり」に似ているかもしれない。
彼女はとある寺の庭先で草履をはいたまま「道着っぽい」という理由で着ているじんべいを着たまま、腰を少しだけ落とす。そして両手を前に突き出して、その手首を同士をくっつける。
顔を風が撫でる。よい日だからこそ、今日なら出せるかもしれない。
「かぁ」
少女は言う。そして両手を合わせたまま腰のあたりまで引く。手のひらはふくらみを持たせているから「気」が溜まるはずなのだ。
「めえ」
少女が言う。急激に力(リキ) が溜まっている、ような気がする。しかし抑えていないと地球を崩壊させかねない。それでも少女はカッと両目を開いて、さらに力を手中に集める。
「はぁ……めえ」
すでに太陽系を吹っ飛ばす程度の力が溜まっている可能性がある。彼女は地球に当ててしまわないように空に向かって両手を突き出す。
「はぁー!」
ちちちと小鳥の鳴く声がする。
少女、古明地こいしは両手を睨んで修行が足りないと思った。
「彼女は……いったい何をやっているんだい?」
「さあ、なんなんですかね?」
お寺の縁側に座って、不思議そうな顔でナズーリンは聞いた。相手は村紗 水蜜である。
水蜜は縁側に寝そべって、「ドラゴンなんとか」と書かれた漫画を読んでいる。恰好はホットパンツにノースリーブのシャツという涼しげな格好だ。健康的な足を出しているのだが、ナズーリンには多少気に食わない。女性が肌を見せるのは、はしたないのだと、最終的に海で見せることになる彼女は想った。
妙蓮寺組は次で