東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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遅れてすみません。


秋のおまけ:布都が帰ってこない

 ここは商店街の一角にある、小さなお店だった。

 

「おっ?」

 

 そのお店にある冷蔵庫を開けて、物部布都は首を傾げた。今から布都コロッケを作ろうというのに、肝心要のサツマイモがどこにもないのだ。彼女は冷蔵庫に顔を突っ込んでさがしてみるが、焼きそばの麺やお好み焼きに使う具材などは綺麗に整頓して置かれているがイモはない。

 布都の頭に載った烏帽子が冷蔵庫の縁に引っかかってずれる。彼女は「おっお?」と変な声を出してそれをかぶりなおした。なぜ現代においても烏帽子などをかぶっているのかはわからない。

 

 布都は冷蔵庫を閉めて、店の中を見渡した。横ではつまらなさげに前掛けを付けた水橋パルスィがフライパンを油紙で拭いている。お昼を過ぎて中途半端な時間ではお客もいない。さっきまでは「太子」がいたが、既に帰っている。

 

「妬ましいわぁ……」

 

 フライパンをふきながら妬むパルスィ。その相手は「太子」であった。このごろはよく店に来ては布都の料理を食べていくが、基本的に会計は後に布都が自腹で行う。「太子」自身は払おうとしているのだが、布都は頑なに受けとらない。しかし、明日も来てくれと懇願するのが日課になっていた。

 その主従関係も妬ましいことだが、それよりもパルスィは「太子」の内面もうらやましい。

 見目麗しい姿に、大きな瞳。いつも余裕のある優雅な態度。会ってから何度爪を噛んだかもわからない。それに彼女の日常の情報も布都から耳にタコができるくらいに聞かされている。

 

 どうにも新しいもの好きらしく、現代にある書物などを初めに、機械、施設、制度とありとあらゆるものを視察して回っているという。古代ではこの国にいろいろな技術や制度の基礎を築いた女性だとは聞いていたが、パルスィも実際に見てみるとその魅力の一端が分かるような気がする。

 

 ――太子はすごいであろう! ふふん。

 

 パルスィは不意に得意げに自慢してきた布都の記憶を思いだして、イラッとする。

 

 ――太子はこのごろ「ぱそこん」に凝っておられるのだ! ご自分で組みたてて見られたりもされておる。それに、羽なし扇風機などという摩訶不思議な物も買ってこられた。それだけではないぞ、へるすめーたーとか言う物も買われたし……ははは、ただ物を買うだけでなく最近は朝に「ランニング」をされておられる、やはり健康は大事だからな。

 

 

 一日の自慢話の二十分の一程度を思い出してパルスィはげんなりした。「太子」が店に来るようになってからは毎日毎日このような話を聞かされるのだ。今では「太子」のフルネームも言えるし何が好きで、何が嫌いかもついでにいうとここ数日のスケジュールもパルスィは言える。

 

「まるでストーカーみたいね」

 

 パルスィは自嘲して、はあとため息をつく。それからフライパンを下ろした。とりあえず食器類や調理器具の洗浄は終わったから、布都に話しかけようとしたのだ。内容は特に思いつかないから羽なしだろうがなんだろうが「扇風機はいらないのではないか」と伝えようとした。

 パルスィはそう思っていたのだが、彼女はあれと眼を見開いた。

 

「…………え?」

 

 いつの間にか物部布都の姿はそこにはなかった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 道路の両脇には街路樹が並んでいる。それは黄色く色づいた銀杏の木々であった。

 たまに落ちてくる銀杏の葉が道に積み重なり。「彼女」があるくたびにくしゃくしゃと小気味よい音がする。

 

「へくしゅ」

 

 布都は外に出ていた。サツマイモを近くのスーパーに買いに行こうと思ったのだ。商店街で買ってもよいのだが、スーパーで他の物を買いたい気持ちもあったのだ。パルスィは何か独り言を言っていたので、そっとしておいた。まさか自分が原因だとは思わないだろう。

 彼女は首にはマフラーを巻いて、茶色のPコートを着ている。それに半ズボンを穿いているので健康的であろう。靴はショートブーツだった。上から下まで一式は彼女が選んだのではなく、とある仙人が持ってきたものだ。

 

「うう、ここのところとみに寒くなってきたな」

 

 布都は鼻を指でこすりながら言う。彼女が歩きながら顔を上げると、空には雲一つない快晴だが、それでも夏に比べれば太陽の光が弱い。

 木枯らしが布都の髪をなびかせる。日に日に冷たくなっていく風が、冬が近づいてくることを教えてくれる。しかし、布都は今でも足元から震えるような寒気が這いあがってくる気がした。こんなに厚着をしているというのに今からこれでは本格的な冬の到来が少し、怖い。

 

 寒さに身を震わせながら布都は歩いているととある自動販売機が眼に付いた。普段は節約のためにあまり使わないのだが、今日は何か温かいものが欲しいと思ったのだった。

 

「……どれ、どれ」

 

 わざわざそんなことを口に出して自動販売機に布都は近づいた。数多くの飲み物が並んでいるのを一つ一つ見ていく。そこで布都はとんでもない物を見つけた。

 黄色い缶のサンプルがそこにはあった。表面に書かれているのはトウモロコシの絵である。言わずと知れた有名なスープの缶飲料だった。

 

「こ、こーんすーぷだと!?」

 

 ばっと下がって布都は身構える。なぜこんなところにスープが売っているだと彼女は驚愕したのだ。普通であればレストランなどのスープバーか単品で頼まなければ来ないはずの物ではないのかと彼女は驚いたのだ。もしくはスーパーで粉を買わなければならないはずである。

 

 布都は冷や汗を流した。油断すればやられると思う。罠の可能性もあるのだ。コーンスープの下には「あったかーい」と書かれているがぬるいかもしれない。

 でも飲みたかったので布都は気が付くとお金を投入して、コーンスープのボタンを押してしまった。

 

 

 

 

「うまいではないか。うまいではないかっ」

 

 両手で缶を持って、しゃりしゃりと中に入っていたコーンを噛みながら彼女は言う。ほっぺたが赤くなっているが、その顔は本当に美味しそうである。あまり隠し事ができない性格はこんなところにも出ているのだろう。

 布都は缶を口に付けて一気に流し込む。あったかいそれが冷えた体に染みわたっていくかのようだった。しかし、所詮は缶である上に一般的な飲料よりは小さな容器に入っている。ゆえにすぐに飲み終ってしまった。

 

「…………」

 

 布都はぺろりと唇を嘗めて、名残惜しそうに缶を自動販売機の横のゴミ箱へ捨てようとする。だが、その手はピタッと止まった。

 布都は手に持った缶を振ってみると何かが入っているような異物感がする。彼女は飲み口を覗き込んでみたが、無論のこと暗くてわからない。しかし、何らかの物体が缶の底にたまっているような、そんな感覚が彼女にはするのだ。

 

「ま、まさか底にはまだ、こ、コーンが」

 

 はっと気が付いた布都。そうなるとどうしても、残ったコーンも食べたいという欲求に駆られてしまう。そもそも缶の底にトウモロコシがある状態でゴミ箱に捨てるのははばかられる。

 布都は上を向いて、缶を口元に持ってくる。とんとんと缶の底を手でたたいてみるが落ちてこない。彼女はムキになって歩きながら、コーンを口に入れる作業に没頭した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 気が付くと布都は少々店から離れた公民館の前にいた。スーパーの道からも外れているから、完全に缶の罠にひっかかった。しかも食べれたコーンは一個か二個である。まだ残っている気がするが流石に布都は缶を捨てた。名残惜しそうに。

 

「む? 何をしておるのだ」

 

 公民館の前は広場になっている。毎年地域の小さな行事をやっているので、それなりにひろい。遊具も多数あり、敷地に沿って木が植えられている。それもまた、銀杏の木だった。

 しかし、今日はなにをしているのか公民館には大勢の人がいた。布都がぱっと数えてみると二十人程度はいる。平日の昼間だがらか成人の男性はいないが、うら若い女性の姿が多数見られた。後は年配の人々である。

 人々はみな箒を持って、公民館の広場を掃除していた。並木道には銀杏の落ち葉は多く敷かれていたように、広場にも多くの落ち葉があった。それを箒で掃きながら、何か所かに集めているのだ。集められたそれはまるで山のようになっていた。

 

 布都は買い物のことは忘れて、広場へ足を踏み入れた。今日は近所の大掃除の日だったかと焦っては見るものの、掃除をしている者たちはどことなく朗らかな印象だった。

 特に真ん中のあたりで掃除をしている、二人の少女は楽しそうに箒を動かしていた。まるで秋が来たことを喜び、楽しんでいるかのようだった。その二人はとても良く似ていたが多少服装が違った。

 

 布都は近くにいた者に今日は何故皆が集まっているのかを問おうとしたが、その前に彼女の肩を後ろから叩くものがいた。彼女は振り返る。

 そこにいたのは変人だった。

 その変人は大きな茄子のような傘を持っている。その傘には「眼」が書かれており、べろんと赤い舌のような飾りが付けられている。それでなくとも「彼女」の容姿も奇抜だった。

 青い肩まで伸びた髪に左右の色の違うぱっちりとした眼。それでも可愛らしいダッフルコートにチェックの青いスカート。それに黒のタイツを穿いている。どこかの誰かの様に短パン生足などではない。

 その少女は布都の前で顎をあげて、ふふんと鼻を鳴らしている。まるで何かを誇っているかのようだった。笑いを堪えているようにも見える。

 

 ――どやあ

 

 布都はきょとんとしてその少女の顔を見るが、いったい何の用なのかわからない。しかもいきなり勝ち誇った顔をされて訳も分からない。しかし、完全に知らないかというとそんなこともなく、布都はその少女がクリーニング屋で働いているところを見たことがあった。

 それで布都も聞いた。 

 

「だ、誰なのだ。おまえは」

「えっ!? わ、私よ。この前の夜にあったじゃない?」

「よ、る? 我は……」

 

 布都は顎に手をあてて思案する。この頃外には出ていない。少し前に中秋の名月を鑑賞しようと外へでた時から、夜は危険だとわかった。あの日にとんでもない化け物と出くわしたことが布都の教訓になっていたのだ。巨大な体躯をした化け物が「ぅらめぃやぁ」と日本語のようなことを言って襲ってきたのである。

 だから目の前の少女の言っていることは嘘だと布都はわかった。会っているわけがないのだ、最近は夜に外へ出ていないのだから。

 

「我は、知らんぞ?」

「え、ええ? え? で、でも? ……そ、そんなぁ」

 

 何をがっかりしているのか少女は肩を落として、とぼとぼとどこかに行ってしまった。本当に何の用だったのだろうと布都は思ったが、特に後を追うことはしなかった。

 そのかわり布都を呼びこえがした。

 

「おや、あなたも来たんですね?」

「!」

 

 そこには黒髪の少女が立っていた。短く切ったそれがすっきりとした印象を強めている。頭には何故か錨のマークがついた小さな帽子をかぶっている。紺のパーカーには首元にラインが入っており、胸元は白いネクタイ状になっている。下にはスカートを履いている。

 

 彼女こそ、幻想郷にて「宝船」を操船していたといわれる村紗 水蜜であった。彼女も手には箒を持っている。だが、それ以上に布都は彼女に対して身構えた。なぜならば水蜜の主人と布都の主人は昔敵対していたこともあるのだ。

 

「き、貴様。なにをたくらんでいる!」

 

 だからとりあえず布都は相手が企んでいることにした。証拠とか、根拠とかと言った物はないが水蜜も布都にとっては苦手な相手なのだ。なんといっても宗教が違うことが大きい。ちなみに個人的な恨みは一切ない。

 

「い、いや。なにも企んでないですけど……」

「嘘をつくでない! あのような破廉恥な格好をしていた奴を信じることなどできぬ」

「……! 河童写真……あれは……一輪が悪い、です」

 

 手で顔を覆う水蜜。指の隙間から見える肌は赤い。しかし、気を取り直して彼女は布都へ向き直る。もう二か月以上前のことなのだから、いつまでも恥ずかしがっているわけにはいかない。

 

「ま、まあ。近所の掃除に参加すれば焼き芋がもらえるということで来たんですけど……あなたもそうじゃないのですか?」

「や、焼き芋だとっ?」

「えっ、知らなかったんですか? 落ち葉を集めてから、後でイモを焼くらしいですよ。けっこうもらえるらしいですから、寺にも持って帰ろうと思っていたのですけど……」

「箒はどこだっ!」

「……これ、つかってください」

 

 一瞬のうちに水蜜への確執も忘れて布都は箒を受け取る。普通に「かたじけない」とお礼も言ってしまった。

 

 布都はそれから広場中の落ち葉を掃除してまわった。欲しいのは芋である。

 真面目にというよりは情熱的なその掃除ぶりに、参加者達の間で目立ち、功労者としていっぱい焼き芋をもらうことができたのだった。水蜜も寺の住民分程度は確保したので満足な顔をしていた。

 

 

 

 

 

「うまいではないかっ。うまいではないか!」

 

 両手に新聞紙に包まれた焼き芋を持って布都は焼き芋を食べた。焼きたての湯気がたつイモはとてもおいしく、甘い。布都は小さな口を大きく開けてそれにかじりつき、もぐもぐと食べていく。

 それにこれから公民館の中でお茶会のようなものもあるらしい。布都はもちろんのことそれに参加するつもりだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「妬ましいわ」

 

 夕方になり、店内には塾に行く前にと集まってきた小中学生のお客が充満していた。もちろん小さな店であるから、人数自体は大したことはない。それでも焼きそばを付きりながら、水橋パルスィはちらりと時計を見た。

 

 もう五時三十分を超えているが布都が帰ってこない。どこで何をやっているのかはわからないが、それでもいないことには変わりない。それゆえ彼女は一人で全てやらなければならなかったのだ。

 たまに布都コロッケを頼まれると、戸棚の奥からサツマイモをだして作ってだした。いつもパルスィはそれを作ってはいなかったが、意外とやればできるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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