東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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まったり、すすんでいくような……


11話

 射命丸文は、白髪の少女の肩を借りて歩いていた。その肩を貸している犬走 椛も服が乱れて、中の黒シャツがはだけている。二人は疲れ切った顔をして、アスファルトの道をよろよろと歩いている。

 二人の女の子が物理的に何者かに痛めつけられたのは明らかだが、それだけで二人を許すほどに犯人であるスーパーの店員は甘くなかった。それは文の片手に大きな袋が握られていることからもわかる。スーパーのビニール袋ではない。つい先ほど購入したスーパー特製のエコバックである。無論有料だった。

 エコバックには大量のお菓子類が詰め込まれていた。文と椛が買ったのである。買ったといっても自由意思とは限らない。

 

「な、なんで私まで、泣けなしのお金を……あれはいったい何なんだ……」

 

 椛は泣きだしそうな声を出す。彼女の後ろのポケットに入っている茶色の財布は異様なほど軽い。スーパーで中の「お金」を全て吐きだしたから、小銭の音すらもしない。彼女はただ昼ご飯を買いに来て、有り金が全てお菓子に変化したのだから泣きたくもなるだろう。最後は小銭の音がしないか、ジャンプまでしたのだ。

 椛の哀れな状態から文のことは言うまでもない。

 

「………………」

 

 文はうつろな目で歩いている。だが、時折薄ら笑いをするので椛は気味が悪い。しかし、文は狂ったのでもなければ、絶望しているわけでもない。

 

「くっ、く。やりましたよ、椛。あの、あの妖怪には。花が咲き乱れる『異変』の時にもコテンパ……世話になりましたが、ついに弱みを握りました」

 

 言いながらエコバックを握りしめる文。彼女の言う「弱み」とは、フランが持って逃げたデジタルカメラの写真である。あれがあれば、現代のネット上の賢人たちが作ったフリーソフトでいくらでも加工できるのだ。そして、新聞で情報拡散できる。

 そんな黒いことを考えている文を見て、椛はため息をつく。少し、口調が砕けるのはわずかに文への親しみからかもしれない。ちなみに幻想郷においての二人は仲が悪かった。多少なりとも親しげに話すのは現代に来てからである。異常な事態では知らぬ相手より、仲の悪い知人のほうがよいのだろう。

 

「……なにを考えているのかわからないけど、やめておけば?」

「な、なぜですか? こんなにされてあなたは悔しくないの……ですか!?」

「……敬語が染みついてきた、な」

 

 椛はだんだんと人の世に感化されていく己と肩を貸している知人にいろいろと思うところはあるが、今は知人の「復讐」を止める気だった。天狗として悔しいと言われれば文の言う通りだが、現在花の妖怪と戦っても勝ち目は薄い。闇討ちをすれば別かもしれないが、普通に警察に直行する。公僕相手にはもっと勝ち目がない。

 

「たぶん文の思っていることを実行すると、報復を受けると思う」

「ぐっ、確かにそうですが……」

「やっぱり、報復を受けるようなことを思っていたのか……」

 

 多少カマをかけてみて椛はやれやれと首を振る。文はそれで少しうつむく。落ち込んだというよりは、カマに引っかかったことがそうさせたのだ。しかし、椛も油断していた。

 

 文がうつむいたことで、多少なりとも椛は気が抜けたのか、不意にお腹が鳴る。椛はそれで一度目をつむって、紅くなる。お昼時はすでに過ぎているのに、まだ何も食べていないのだから、それも当たり前だろう。

 文は椛を茶化すことはせずに、小さく笑う。わざとらしく声をそっと出す。椛はハッと文を見て、複雑な表情をした。椛にとって文は胸襟を開いて話し合える友と言うわけではない。かといってライバルのような関係でもない。だからこそ、椛は文にお腹が鳴ったことを聞かれて恥ずかしい。

 それでも二人の天狗は並んで歩いてく。アスファルトから立ち上ってくる熱気が、二人の肌に汗を浮かばせていた。

 

 

 

 フランは暇だった。

 スーパーから逃げたはいいが、外は光の満ち溢れる午後。日傘をさしておけば歩けるが、暑いので動きたくないとフランは思わずにいられない。それに文ともはぐれたのであまり遠くへ行くわけにもいかない。

 

 フランは外へ一人で行くことなどほとんどない。ゆえにこういった場合はどこに行けばいいのかもわからないのだ。だから彼女は日傘をさしてあたりをぐるぐる回っていた。やることもなく、文も来ない。

 

「ゲーム。持ってくればよかった」

 

 はあはあとフランは暑さで息を切らし、大量の汗をかきながら言う。手に持ったデジタルカメラは先ほど一度落としたが、特に傷がついていないので大丈夫だった。正確にいうと大丈夫だと思うことにした。

 

 フランは大通りに出ずに小道を歩いている。周りは住宅地、右を見ても左を見ても誰かの家の門構え。そこを金髪で探偵ルックの少女が、日傘をさして歩く。頭には麦わら帽子をかぶっているが、それでも彼女は自分が日光に弱いと思っている。

 

 少女は歩く。唯の住宅地を。

 あまり車の走らないのか道に書かれた「白線」はくっきりで、彼女が遠くを見ると陽炎で景色が歪んでいる。普段は昼に出歩くことなどないフランは、それがなぜなのかわからずに首をひねる。しかし、答えが出る前に彼女の興味は別のことに向かった、

 

 フランは角を曲がる。するとそこには、手すりのようなものにかこまれた「水路」があった。要するに用水路である。しかしフランにはそれが何かわからずに中をのぞき込む。

 水が流れている。当たり前の光景であるが、フランはそれがなぜなのかやはりわからない。彼女は手すりに身を預けて、しばし休息がてらに考える。吸血鬼は流れる川は渡れないが、流れる用水路に近づいても平気らしい。

 

「これ、飲むのかしら?……」

 

 飲料水の可能性を考えるフラン。おそらくその通りであれば現代人の何割かは倒れるだろう。だが、用水路の近くに来てフランが止まった理由はあった。多少涼しいのである。用水路には見た目だけは綺麗な水が流れて、底の方には水草が茂っている。その影に赤い物があるが、流石にフランも「ザリガニ」は知らない。

 

「ふう」

 

 フランは涼んだことで歩き出す。用水路の横、水音を聞きながら。

 日傘を差したまま、少女はお日様の下を行く。吸血鬼としてあるまじき行為なのかもしれないが、フランは見るもの全てが新鮮である。よくよく見れば、道の両側の家々も色合いも大きさも違う。たまに中から人の声が聞こえる。

 

 また、フランは角を曲がった。そこには小さな公園があった。住宅地の真ん中にあるといっても、人はいない。そこには小さなブランコと滑り台がある。あとは砂場があるくらいの本当に狭い場所だった。

 

 フランはその公園になんとなく入ってみる。彼女は砂場を見るが、それには興味をあまり示さず。ブランコをじろじろと観察する。

 

「……」

 

 錆びた鎖に色あせた木の椅子がぶら下がっている。フランはそれに腰掛けてみようとした。純粋に興味、いや子供らしい好奇心が働いたのだ。だが彼女は今日傘をさしている。狭い鎖と鎖の狭間に傘が引っ掛かって、フランの手を離れる。

 

「…あっ!」

 

 フランはあわてて傘を掴もうとして、できない。フランの視界が明るさを増し、太陽の光の下に彼女は曝け出される――。

 

 

「あれ?」

 

 フランは顔を上げた。そこには生まれて、まじまじと見たことが一度もなかった太陽があった。彼女の足もとには傘が開いたまま落ちていて、風に転がる。フランは帽子に厚着をしているとはいえ、顔は何もつけていない。強いて言うなら咲夜が「日焼け止め」を塗りたくったぐらいである。

 吸血鬼は日の光に弱い。それは肌が弱いという人間的な弱点ではなく、自然の摂理としての弱点である。焼けるというのは比喩ではなく、吸血鬼は太陽の光を浴びると「灰」になる。だからこそ、フランもレミリアも外に出かけるときは日傘を離さない。

 正確にいうと、太陽光を浴びたからと言ってすぐに炭化するわけではない。徐々に炭化していくので、すぐに消滅するようなことはない。それでも光を浴びれば痛みを感じる、はずだった。

 

「??」

 

 フランは何も感じない。彼女が見上げた先には大きな入道雲が伸びあがった空がある。光に満ちた世界にフランは居るのだ。それが少女の疑問よりも、とても魅力がある。

 

 少女は麦藁帽をとる。金色の髪が動いて、陽に輝く。白い肌が映える。無邪気な好奇心がフランを動かしたのだ。彼女はきらきらと眼を輝かせて、太陽を見る。嫌いで苦手なはずのそれが美しく見えた。

 

「すごい、すごい!」

 

 あははとフランは笑い、遠くから凄まじい形相で射命丸 文が走ってきているのに気が付かず、彼女はくるくるとその場で回る。トレンチコートの下は赤いワンピースを着ているから、その裾が揺れる。とても楽し気だった。

 

「なんで日傘さしてないんですかぁ!?」

 

 叫びながら文は公園に入ってくる。その手には服が掴まれていて、一直線にフランに突進してくる。

 フランに文は椛からはぎ取った作業着の上着をかぶせて拘束する。陽の光から少女を守るためだが、すさまじい早業にフランはいきなり目の前が真っ暗になった理由がわからない。太陽に眼が焼かれたのかとすら思う。

 

「な、なに? 眼? 眼があ」

 

 フランは作業着の下で叫ぶ。文はそれを眼が陽に焼かれたのだと勘違いする。単に文の目隠しにフランが混乱しているだけであるが、そんなことは文にはわからない。もちろんフランも現状がわけがわからない。

 

「えっ。眼がやられたんですか? ど、どうすれば。水とかぶっかければいいんですかね? ないですけど」

「急に目の前が真っ暗にぃ!」

 

 慌てふためく二人。会話など成立しない。

 そこに顔を赤くして、上半身が黒のシャツをだけになった椛が公園に入ってくる。日傘を持たずにいるフランを発見した文が、急に椛から上着を剥ぎ取って走り去ったのだから、椛は追剥に会った気持ちである。ちなみにエコバックも彼女が持っている。

 そんな椛は文がフランの頭部を上着で包み込んでいるところを発見して、小首を傾げた。

 

 

 

 ひと騒動のあと、三人はようやく落ち着いて公園の端にちょっとだけある木陰に腰を下ろした。公園の景観用に植えられたのだろう、一本の木がそこにあった。

 フランはお尻にハンカチを引き、文は買ったものが入っていたスーパーの袋を引き、椛は恰好からかそのまま座る。三人の中央にはエコバックと大量のお菓子がある。

 文は「カーラムーチョーウ」の袋を開けて、一枚取り出す。赤いポテトチップスらしく、見るからに辛そうである。彼女はそれをちょっと観察して、袋を隠し椛に言う。

 

「椛。これを食べてみてください」

「……はあ。そうだな。今日はこれが私の昼飯か……あっ、なかなかにおいしいな」

 

 言いながら文に袋を渡されて、知らずに食べる椛。普段お菓子など食べないからか、この水のない状況で辛いお菓子を食べてしまう。最初の数枚は別に辛さは感じないが、あとあと効いてくるのだ。袋の絵柄を確認しないことも災いした。

 文はてきとうに「コアラ」がパッケージに描かれたお菓子を手に取る。中にはこれまたコアラ形でクッキーのようなものが入っている。

 

「ん、これチョコが入っていますね」

 

 文はかりかりと食べる。それを見てフランが言う。

 

「アヤ、それ頂戴!」

「いいですよ。はい」

 

 数個、手に取って文はフランに渡す。フランはそれを受け取って全て、口の中に放り込む。がりがりと食べて、とろけるように笑顔になる。彼女は何故、文と椛がお菓子を買ってきたのか知らないからこそ、何のしがらみもなく食べることができるのだ。

 

 このあたりで椛が口元を抑える。そして袋の「辛さで火を噴くおばあちゃん」を驚愕の眼で見て、文を涙目で睨み付ける。しかし、文はぼりぼりと「コアラ」を食べながら知らんふりをしている。

 フランはごそごそとエコバックの中に手を突っ込んで、二つの箱を取り出す。それは片方に「キノコ」片方に「たけのこ」が描かれた、似たようなパッケージのお菓子だった。フランは両方を見比べて一つ、一つが大きそうな「たけのこ」を残す。「キノコ」はエコバックにしまう。

 

 椛は舌を出して、そっぽを向いている。変な顔を見られたくないのと、辛さからそうしている。文は「どうしたんですか?」と言いながら。「よっくん」なるイカの切り身のようなものを食べている。

 抗議したい椛だが、したところで水もお茶もない。実はフランが水筒を懐に持っているが、椛は知らない。

 

 椛は気を紛らわすために公園の外を見た。大通りが近いとはいえ、住宅地の真ん中であるので人通りは少ない。しかし、一人だけ歩いていた。

 ツインテールに、紫のリボンを付けたその少女は、スマートフォンを触りながら歩いている。手には何かが入ったビニール袋を持っている。そして彼女も文たちに気が付いた。

 少女はデニムのハーフパンツに白を基調とした胸元には赤字で「Australia」と書かれたシャツを着ている。

 

「なに、やってんの? あんたたち」

 

 姫海棠はたてはそう言いながら、公園に入ってくる。文は彼女に向かって聞いた。

 

「はたてこそ、何をやっているんですか。そんな変なシャツを着て」

「へ、変? ど、どこかがよ。それよりもなにをやっているかですって」

 

 はたては文を睨み付けながら言う。

 

「レンタルビデオ屋からの帰りよ? 返却しないといけないものが、あったからね!」

 

 多少怒りのこもった声でははたては言う。文はそれが何のことか全くわからない「ふり」をして、お菓子を一つはたてに渡す。それは「ハッピー ダーン!」と書かれたスナック菓子だった、パッケージには黄色い顔のキャラクターが銃を持っている。

 

「まあまあ、これでも食べてくださいよ」

「えっ、な、なんでこんなところで……、ま、まあいいけど。でも、またなんでおかしなんか、こんなに大量に……な、なによそんな目で睨み付けられるようなこと、言ってないじゃない!?」

 

 事情を知らないはたては文の心の傷をえぐっていく。しかしはたてもひとつため息をついて、地面にポケットから出したハンカチを敷いて座る。それから自らが持っていた袋からペットボトルの水を取り出す「ヴォルビッグ」だった。

 椛がいきなり、はたてに飛びつく。舌には辛みが浸透して、いい加減につらいのだろう。

 

「それをのまぜでくれっ」

「うぁ、あ、あんた久しぶりに会って、な、なんなのよ。ていうか吸血鬼の妹もいるし、どんな組み合わせなの?」

 

 わあわあと喚く天狗達をフランはお菓子を食べながら見ている。彼女が今食べているのは大きなパッケージに入った、これまたスナック菓子で一つ一つは小さいが先が尖った形をしている、それは裏が空洞になっていて指が入る。

 とんがったそのお菓子を、なんとなくフランは自分の指にはめていく。まるで怪獣の爪のようになったその手を見て、彼女はなんとなく笑う。そして、自分の指についたそれを外さずに口で咥えて、食べていく。

 

「うわっ、このお菓子粉がすごいっ、おいしいけど、ぼろぼろ落ちる!」

 

 はたてはそう言いながら手で粉を払いながら「ハッピー ダーン!」を食べる。

 

「迂闊だった。文を信じるとは……」

 

 椛はまるで水あめのような、お菓子を食べるのではなく「練っている」。お菓子の中にはいろいろな材料があって、それを混ぜて食べるという「ねりねりねーりね」である。丁寧なことに作り方の説明書まで入っていて「練れば練るほどおいしくなります」と書いてあった。馬鹿正直に信じた椛は練り続ける。

 ちなみに辛さは水を飲んで緩和された。そんな姿を見て文が聞く。

 

「失礼ですねえ……清く正しい私を疑うなんて……そういえば椛は、幻想郷ではもう少し私を立てていた気がするのですけどね。形式的ではあったんですけど」

「今のあなたのどこに尊敬する要素があるんだ?」

「…………椛? スヌーポーのぬいぐるみを集めていることを拡散してあげますよ?」

「! な、なななぜそれをしっている。ストーカーか!?」

 

 ――そういえば、文。知ってる? 椛がぬいぐるみを集めているらしいわよ、あのキャラクターはほら、このスマフォの画面に映っているやつね。

 

 はたてはとある時のことを回想しながら、顔を背ける。まさかこのような迂回ルートで文に情報が回っているとは知らない椛は、怒りながら水あめのようなお菓子を食べる。文はそれに勝ち誇り、ポッキーを食べる。

 

 フランは、そんな彼女達を見ながら静かに楽しんでいる。しかし、文は気にしていないふりをしながら「日に焼けない吸血鬼」のことについて考えていた。ありえないはずのことが、先ほど起こったのだ。それはフランをよく知らない椛も、先ほど来たばかりのはたても認識していないが、文は一人で考えている。

 




次は4日後。

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