東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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お待たせしております。

前のお話で描いていますが、二部は8月中旬です。つまり現在からみれば過去のお話になります。


7話

 フランは汗をかいていた。トレンチコートに手袋をして、それに日傘をさしてもらっている。複雑な表情で日傘をさしているのは射命丸文である。いくら自らの保身のために、フランの同行を了承したとはいえ、まるで従者のようなことをするとは思わなかった。

 

 空には夏の太陽が燦々と照り付けている。無論であるが吸血鬼の天敵である。

 吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になる。それはレミリアやフランとて、変わることない最大の弱点である。しかし、フランの姉、レミリアもそうだが、直射日光を浴びなければ彼女達は「灰」になることはない。付け加えると、日に当たったからと言って瞬間的に蒸発するわけではないので「昼に行動する」こと自体は、フランにも問題ない。

 それでも、凄まじいほどに厚着をしてフランは外へ出たのだ。彼女はカフェから麦わら帽子を深くかぶっている。それに加えて先に書いた通りの服装である。確かに「灰」にはならないが、熱中症になりそうな恰好であった。ちなみにその対策だろう、フランは首から水筒を下げていた、

 

 文とフランの二人は、これから三つの訪問先に向かうために、とある駅のプラットフォームにいる。それは何時も文が出勤するときに使う駅である。普段、文は切符など買わずに電子マネーで会計するが、フランの為に切符を買った。久しぶりに買ったので、値段を間違えて高めに払ってしまったことを除けば、フランも電車内で一息つけるだろう。

 

 遠くから蝉の声が聞こえる。終わりに向かう夏を表すかのように、一際激しい声で鳴いているように、文は聞こえた。

 文は遠くの景色をゆがませる陽炎を見ながら、夏のことを思う。毎年の幻想郷での夏とは違い、今年はいろんなことを知った夏であった。その中の一つを彼女は想う。

 

「……そういえば、コーシエンとかいうのも、もうすぐ終わりなんですね」

「……ぜえ、ぜえ。お姉さまは、とーいん? が勝つとか言ってたわ。お姉さまは毎日、あのよくわからない玉たたきをテレビで見てるから……ゲームできなくて、ほんと、うっと……」

 

 フランはそこで言葉をいったん区切り。喉のまで出かかった言葉を飲み込み。そして、「コーシエン」に関係のある言葉を頭の中で探して言った。誤魔化している。

 

「わたしは、ぱわぷろしか知らないし……」

 

 フランは文の理解できない単語を口にした。文は「ぱわぷろ」とは一体何なのかを考えたが、わからない。聞いたことがあるような気もするし、ない気もする。それにフランもそれを詳しく知っているわけではないから、話は続かなかった。

 しかし、そうこうしているうちに、プラットフォームに電車が入ってきた。

 

 電車の椅子に座って、フランはごきゅごきゅと「ジバニャン」が表面に書かれた水筒を飲んだ。口を付けて飲むからだろう、少し麦茶の滴が口元から流れる。フランは水筒をおろして、それから取り出したハンカチで両手を使い、存外にも口元を上品に拭く。

 ただし、そのハンカチには丸っこい顔にくりったした眼をして、さらに頭には大きなピンク色の帽子をかぶっているトナカイのイラストが描かれていた。その帽子には「×」のマークが大きく書かれている。端的にいうと子供っぽい。

 

 夏の昼間の電車は空いていた。フランと文は隣り合って座り、何を話すわけでもない。社交的な射命丸と非社交的なフランの組み合わせも珍しいかもしれないが、少なくともお互いに共通する話題がすくないことは双方ともに自覚している。

 

 ごとごとと電車がゆれる。外は快晴。明るい景色が、電車の窓の外を流れていく。それでいながらも、涼しい車内では、言いようのない心地よさがある。それも外との気候的なギャップからくるものかもしれない。

 文はなんとなく、話す。

 

「いい天気ですねえ。こんな日に空を飛ぶと気持ちいいんですけどね。今は、無理ですけど」

 

 文が窓越しに空を見ると、巨大あな入道雲が眼に入る。蒼穹に浮かぶ白い雲の塔。文はうずうずとしてしまう。ここが幻想郷であれば、間違いなく空へ「散歩」に出かけているだろう。

 その様子をフランはじっと見ていた。美鈴との時もそうだったが、彼女は相手の「挙動」を見る。たまにしか誰かと交わることがないからか、珍しいのだろう。

 

「ねえ」

「ん? なんですか」

「あなた……名前はなんていったかしら」

「光彦ですよ~」

 

 文は根に持っていることを口にしたが、フランが「みつひこね」と信じはじめていたから、慌てて訂正する。

 

「あ、あやや。すみません。私は伝統の幻想ブン屋、射命丸文と申します」

「へえ、ブンヤシャメイマル アヤね。変な名前、じゃあブンでいいかしら?」

「ち、違います。くっつけないでください! 射命丸 文です」

 

 フランは文がさらに訂正する姿をきょとんとしてみる。それからくすりとした。それから「アヤね。わかった」とつぶやく。その姿に文ははあ、と息を吐いた。危うくペットみたいな名前を付けられるところであった。しかも「ブン」は「文」で表せる。

 文は、入り口の上にある停止駅の案内を見た。目的の駅まではまだ、少しある。時間にすれば15分程度かかるだろう。彼女はどうせならばと、フランに話かけた。

 文は手にはメモ帳とペンを持つ、それは取材の恰好である。姉の方には会う機会は多いが、フランと会えることは少ない。この場所で情報をもらっておこうと考えるのは、新聞記者としての職業病である。

 

「そういえば、普段は何をされているんですか?」

「……? ゲーム」

「ははあ。なるほど。どんなものをされているのですか?」

「ポケモンとか……」

「なるほど、なるほど」

 

 文はメモ帳に書き込んでいく。フランはそれを見ながら、ふと思ったことを言った。いや、どうしても文にやってもらいたいことができたのだ。

 

「ピカチュウを描いて!」

「えっ!?」

 

 フランがきらきらした目をし始める。文は目線を外して言う。

 

「え、えーと。そ、そうですね。いや。一応これは取材用のメモ帳なので」

「じゃあヒトカゲでいいわ」

「い、いやキャラの問題では無くですね」

「描いて! 描いてくれないなら、USBを見つけても返さない!」

「…………」

 

 文は渋い顔で、メモ帳に絵を描き始める。ページ上部にふざけているのか、本気かはわからないが「極秘」と書かれている。しかし、そのページの下部に文のペンによって生まれた「ピカチュウ」によって、どう見てもふざけているようにしか見えなくなった。

 黄色いネズミは丸っこい体にデフォルメされた可愛らしい眼をしている。それをみてフランは言う。

 

「う、うまいじゃない」

「そ、そうですかね」

「じゃあ、次はね――」

 

 フランは文がメモ帳にキャラクターを描くたびに、次の注文を付ける。そして、文のメモ帳は「キャラクター帳」へと変わっていくのだ。たまに文もわからないキャラクターをフランが注文することはあるが、そこは文明の利器である文の「スマートフォン」で画像を検索して、描いてもらった。

 時間はあるから、文は何体ものイラストを描いていく。最初はいやいやだったが、描けば描いた分だけフランが無邪気に喜ぶので、そのうちに楽しくなってきた。天狗は幾分、気分屋でもあるのだ。

 

「むむむ。それは難しいですね」

「これはルギアっていうのよ」

 

 フランが文のスマートフォンで調べた画像を指で示す。それを文が覗き込む。

 一つの画面をフランと文は仲良く、見ている。そんな構図は幻想郷ではありえたのか、それはわからないが今この場にはあった。

 

 それから、4,5ページ分のイラストを描き終ってから文は顔を上げた。

 

「え、駅を通り過ぎています!

 

 彼女達は降りるべきの駅、その次の駅で下車した。その時に、文はメモ帳をぱらぱらと見て。思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

『ラブ! 恋をして』

 画面に映ったその少女は、大声で愛を歌った。彼女は肩口の大きく開いたドレスを着ている。スカートも丈が短いが、足にはニーソックスを穿いているので、彼女の肌はスカートとニーソックスのわずかな隙間からしか見えない。

 画面はどこかのライブ会場である。最前列に「YOUMU」というプラカードを持った男性が大勢いて、彼らは片手に光る棒のようなものを持っている。そして、それとは対照的にステージ上のアイドルは片手に光る刀を持っている。

 

 甘い、甘い歌詞の唄が画面から流れる。画面上の銀髪の女の子は「ワァーオ」とノリノリで歌っている。マイクを片手に、天を向いて声を張り上げている。最近では、アイドルといえども「口パク」という手法でライブを乗り越えることがあるが、武術家である彼女はそんな卑怯なことはせずに、真向から歌っていた。

 そんな情熱的な姿に、観客の熱も一層上がっていくことが、デジタルな画面からもわかる。

 

 そんな映像が流れるテレビの前で魂魄妖夢は刀を研いでいた。場所は事務所の控え室である。ガムテープで補修されたソファーが置いてる以外はいたって普通の部屋で、壁に妖夢のもう一振りの刀が立てかけられているくらいだ。

 妖夢は研ぎ石で自慢の愛刀を「ザッザッザッ」と研いでいる。眼には大量の涙をためて、口を引き結んだまま、手を動かす。耳は画面から流れてくる音を聞いている。彼女は一旦、刀を持ち上げてその刀身に自らの顔を映す。眼が赤いのは血走っているのか、単に涙目だからだろうか。画面の少女が歌うたびに、死にたくなる。

 

『み、みんな。ありがとうございます……』

「これならよく切れそうね……」

 

 画面の中の少女が観客にお礼を言っている時に、妖夢は刀の研ぎ具合を眼を皿にして確認する。いずれ、鴉をおろすために今の内から準備しておかなければならないと彼女は思っているのだ。昨日は失敗したが、今度こそは仕留めなければならない。

 

「ああ、今日はこないかしら?」

 

 まるで恋する乙女のようなことを言う妖夢だが、現状の彼女はそんなに可愛い思想は持ち合わせていない。自らをこのような場所へ送り込んだ「お礼」をその身に刻んでやらなければ気が済みそうにないのである。しかも当初の目的である主さがしが遅々として進まない苛立ちもある。

 妖夢の後ろで電話がなった。妖夢は刀を持ったまま、立ち上がり電話に出る。もちろん外からの電話ではない、事務所内の人間からの内線電話である。

 

「はい。私です」

『あっ妖夢さん。今射命丸さんが、探し物があるとかで来られているのでちょっと通してもいいですか』

「はい!」

 嬉しそうに電話にこたえる妖夢の右手には研ぎ澄まされた刀が握られているのだ。まさか電話口に相手も、刀を握った状態の彼女と電話しているとは思わないだろう。しかし、妖夢は文が訪ねてきてくれたことがとても嬉しかった。なますにしてやる、と思う。

 

 

 そんな妖夢は数分後苦虫を噛みつぶしたような顔で文と対面していた。「斬る標的」が「斬れない理由」を持ってきたのだから、彼女の心中黒いものが渦巻いている。そう、その「二人」は修繕したソファーに座っている。妖夢は別から持ってきた椅子に座っている。

 

「いやあ、すみませんね。実はなくしものをしてしまいまして」

「……」

 

 文は手短に妖夢へUSBを失くしたことを告げて、それがこの部屋ではないのかとも言った。妖夢はそんなことはどうでもいいうえにUSBなど見ていない。文も彼女の様子からなさそうだと感づいたが、とりあえずあたりを見回した。逆に妖夢の眼は一点に注がれている。

 

 妖夢は文の横にいる金髪の少女を見ている。

 フランがストローで出されたオレンジジュースを飲んでいる。何故かこんな夏の日に厚着をしている少女を妖夢は、不思議に思う。フランのことを吸血鬼の妹らしいくらいしか、妖夢は知らないが、少なくとも子供のような彼女の前でスプラッターなことをするわけにはいかない。

 

「ねえ。文。こいつが容疑者なの?」

「へ? ああ、そうですよ」

 

 妖夢の目の前で文とフランが会話する。失礼なことを言われていることは妖夢にもわかるが、今はどうにもできない。只々、鴉天狗への敵愾心に燃える心を抑えることに必死だった。しかし、文は煽る。

 

「そういえばこのごろは、アイドル活動も好調の様子ですねー」

 文はにっこりと言う。

「ありがとう。オカゲサマヨ」

 

 妖夢は引きつった笑顔で返す。微妙に皮肉を織り交ぜているが、文は「それほどでも」とわざとらしく照れるので、妖夢はお腹が痛くなってきた。しかし、ズズズとオレンジジュースを飲んでいるフランの手前、何もできない。

 

 これこそが永い時を生き抜く鴉天狗の知恵である。たかが半分生きて、死んでいる人間の魂魄妖夢の直線的な行動原理では、文には敵わないのである。

 文はしゃがんで床にUSBが落ちていないか探しながら言う。

 

「ここで、誰かさんが暴れましたからねー。奥の方に落としてしまったかもしれません」

「…………」

 

 ぎぎぎと妖夢は唇を噛む。文はちらと妖夢を見てから、もう一度ちらと見る。その行動に何の意味があるのかはわからない。嫌がらせのようにも見えるが、手にはいつの間にかデジカメを掴んでいるから、単にシャッターチャンスをうかがっているのかもしれない。

 

 ここまでは完全に天狗の勝利といっていい。しかし、どんなに緻密な計略であろうとも一点の綻びから破たんすることはある。そもそも勝負とは最後に笑った方の勝ちなのだ。

 

「トイレ」

 

 フランは立ち上がって、部屋から出ていく。目的は手短に告げている。文も妖夢もぽかんと口を開けて、彼女を見送った。しかし、妖夢はそれからぱあと笑顔を作って刀を抜く。長い刀身を狭い空間で抜く、その妖夢の技量は優雅ですらある。

 

「じゃあ、覚悟はいいわね?」

 

 ニコニコして刀を構える妖夢。文は思わぬ方向から訪れた危機に冷や汗を流す。まさか、フランドールがこのような行動に出るとは思わなかったのだ、これでは本当に連れてきた意味自体ない。そもそもフランとレミリアの喧嘩は文には一片の関係もないから、フランを連れてくる必要性は保身だけなのだ。

 だが、それでも文は斬られたくはない。彼女は妖夢を刺激しないようにゆっくりと立ちあがった。まるで獣を相手にしている時の対処法のようである。そして文は「打開策」を考えて、実行する。失敗すれば死ぬことが聡明な彼女の頭脳をフル回転させた。

 

 

 くるりと妖夢に向き直った文の顔には余裕があった。演技だろうか、それとも自然にだろうか、わずかに顎を上げているので妖夢を見下しているようにも見える。だが、何故かそこには迫力がある。

 

「やれやれ。まったく。人間風情が私に勝てると思っているんですか?」

 

 いきなり挑発を行う文。しかし、真面目な妖夢はその言葉に激昂してとびかかるのではなく、むっとして文を睨み付ける。それすらも術中だとは気が付かない。文が恐れているのはいきなり斬られることである。睨み付けられている間は、妖夢は「止まっている」のだ。

 正確にいうと妖夢は人間ではなく半人半霊であるが、そんなことは文には些末なことでしかない。

 

 

 文はポケットに手を入れる。そして今まで隠していた「切り札」を取り出した。白い一枚の紙である。彼女はそれを妖夢に見せつけた。妖夢はそれに驚愕する。

 

「ま、まさか。それは」

 一枚の紙切れ。それを妖夢は恐れた。いや、正確にいえば紙切れではなく、この目の前にいる天狗を恐れた。まさかと今度は妖夢が冷や汗を流す。

 

「これが何かわかったようですね。そう、スペルカードですよ」

「なっ……!」

 

 妖夢は文の言葉に身構えた。そして距離を取ろうと後ろへ下がる。そして刀を鞘に納め、居合の構えを取る。しかし、その表情は驚愕に青ざめていた。まさか、現代でスペルカードを使える者がいるとは思わなかったのだ。

 

 スペルカードとは厳密にいえば単なる「お札」である。幻想郷での弾幕ごっこをする時に使う、力も何もない紙に過ぎない。しかし、それはそれを使う者が「力を行使する」前に提示するものでもある。

 そして文は幻想郷でも強者の部類に入る妖怪であった。もしも本当に彼女が幻想郷上での力をその十分の一でも使えるのなら、妖夢とて勝てるかはわからない。だからこそ、緊張して構えるのだ。

 

 

 だが、文は妖夢が下がった一瞬を見極めると、ゆっくりと入り口に近づいて妖夢に背を向ける。一瞬「ドやぁ」という顔をしたが、すぐにドアを開けて出ていった。帰ってきたのだろう、部屋の前にいたフランは何が起こったのかわからないまま、文に連れられていく。

 

 後に残ったのは居合の構えのまま、ぽかんと口を開けた魂魄妖夢とひらひらと舞い落ちる、一枚の「スペルカード」だけだった。文が逃げ出すときに落としたのか、それともわざと残していったのか。それは妖夢にはわからないが、彼女の前に力なくその紙は落ちた。

 妖夢は自らの構えを解き、目の前に落ちた「スペルカード」を拾い上げてみた。

 

 ――缶コーヒー OYABUN 108円

 

 妖夢は手に持った「レシート」を千切り、凄まじいほどに苦渋に滲んだ顔になった。まんまと鴉天狗の策略に乗せられてしまったのだ。しかし、このことが後に文を苦しませることになる――

 




おつかれさまでした。

次は9月3日まで、更新遅く失礼足します。
うまくいかない……少しお待ちください。

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