東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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4話

「ふ、へへ」

 悔しさのあまり射命丸文は変な笑い方をしながら歩いていた。その両手にはぱんぱんになったビニール袋を持ち、重さに負けないように彼女は歩いている。

 その顔は苦虫をかみつぶしたかのように歪んでいる。彼女は先ほどあった屈辱的な出来事を忘れようとしていたが、両手にあるビニール袋がそれを許さない。しかもこのビニール袋はエコだかなんだか文は知らないが、一袋「二円」取られた。無料ではないのだ。

「…………」

 文は重量的にも心情的にも重い足取りで、駅へ向かっていく。これから彼女の働く会社へ戻っていかなければならないのだが、よくよく考えれば外回りに出て、帰ってきた時に大量のウインナーを持っているという状況は上司への説明に苦労することは間違いない。

「あっ、そういえば飲み物を買ってません……」

 文はあのにっくき花の妖精が働くスーパーへは、元々飲み物を求めて入ったのだが、出る時にはウインナーを大量に買って出てきた。一応袋の中に「柔軟剤」は入っているが、液体だからといって飲み物ではない。しかも種類の違うものが二つ入っている。

 文は喉の渇きを覚えて、さらに足取りが重くなる。すさまじくあのスーパー内で慌ててしまい、恥ずかしいほどに取り乱したことも彼女には屈辱であった。しかし、伝統の幻想郷での「ブン屋」は転んでもただでは起きない。

「そうです! はたてのところに行きましょう!」

 思いついたように文は言う。ぐっと自らの思い付きにガッツポーズをしたかったが、袋が重いのでできなかった。

 

 

 

 

 現代では凄まじい勢いでコンビニエンスストアが数を増やしている。その「コンビニ」ついては、ほとんどの者には説明が要らないだろう。それがコンビニというものが、いかに世に浸透しているかを表しているといえる。

 都会において最近では道を挟んで「同じグループ」のコンビニがあることなどもざらである。それだけ数を増やせば利益がでるということだろう。そして姫海棠はたてはその「歯車」の一つになっていた。

 

 

 大通りに面したそのコンビニは青い外観をしており、狭い駐車場しかないが、それなりに人の出はいりが多かった。

 店内はスタンダードなレイアウトで、入り口のすぐ目の前にはレジがある。その前に並んだ棚にはコーナーごとに固まった商品が置いてあり、外から見える場所には雑誌の置かれた棚が並ぶ。その奥にはATMが置いてあった。

「いらっしゃいませー」

 姫海棠はたてはそんな店内で笑顔を作りながらそう声を出す。彼女は頭に小さな帽子をかぶり、白と青のストライブ模様をした制服を着ていた。彼女は髪が長いほうではあるが、ツインテールにしている。少々くせ毛なのか、緩やかなウェーブがかかっていた。

 はたての前を、今入ってきたお客が通り過ぎる。彼女の横には「から揚げ様 紅」と書かれたPOPの張られた保温什器がある。それには鶏の絵も描かれていた。

 はたては客が通り過ぎるのを見て、ふうとため息をつき、隠れてスマートフォンを取り出す。そしてトークアプリを起動して、今朝に話をした「射命丸文」の項目を開いた。

 

 →とりあえず! 私はおごるお金なんてないからねっ

 →ちょっと、聞いてるの! 文!

 →ねえ、今日どうするの?

 

「既読つかないぃ」

 はたてはどこか残念そうな顔をして、スマートフォンをポケットへしまった。彼女は少し怒ったように頬を膨らませるが、もう一度スマートフォンを取り出して文からの返信を確認する。もちろん来ていない。それで残念そうな顔をする。

 しかし返信は来てはいないが、射命丸文の「本体」はすぐそこまで来ていた。はたてが入り口をみると、自動ドアが開いて、両手に大きな荷物を持った女性が入ってきた。

「いらっしゃませエ」

 はたては最初にこっと笑ってから、挨拶をしようとしたが、入り口の人物が知り合いだったので語尾が上ずってしまった。それでも、内心では嬉しいらしく。その「少女」が見えないところで手をぐっと握る。

 勿論のこと、そこにいたのは文だった。外の猛暑を重たい荷物をもって歩いてきたからか、額には汗が見えるが、彼女ははたてのところに来てから言う。

「どうも、ほたて~」

「ほたっ……? はたてっ!」

 開口一番に人をおちょくり始めた文に、はたてはムキになって言い返す。だが、それすらも文には想定内でしかない。文はふっと口元をほころばせると、はたてに近づいていく。言葉では言わないが、冷房の効いた店内は心地いい。

 はたては呆れ顔のまま、文に言う。

「まったく。あんたは相変わらずね……ていうか、どうしたのよ。その袋」

「……実は今日の飲み会の為に買って来まして……」

「えっ? 今日はあのヤツメウナギばっかりだすとこじゃないの?」

「……とりあえず、今日ははたてのところでこれを」

 文は二つの袋をレジの台に下ろして、中からウインナーの袋を取り出す。そしてはたてに見せながら言った。

「はたての家で焼きましょう。確かホットプレートがありましたよね? 懸賞で当たったとか喜んでいたやつが」

「あるけど……あんた、それを全部二人で食べる気? なんでそんなに買ってきたのよ……。ちょっ、ちょっと何よその眼。な、なんなの歯を食いしばってまで怒ること言ってないじゃない!」

 はたては何故文がここまで大量にウインナーを購入したのか、その経緯について全くをもって知らない。だから、文の心をえぐるようなことを平然と言ってしまうのだ。文は少し涙の滲んだ目元を指で擦った。

「とにかく、はたての家でウインナーを肴に飲みましょう。ただしお酒ははたてが買ってきてくださいね。私は、もうこれだけ出費したんで。多分、十一時くらいには行けますから」

「……まあ、いいけど。だれか呼ぶわよ。そんなに食べれないし。てっ何よこれ」

 はたてはレジの上の袋を思わず凝視した。中に見え隠れするものはウインナーだけではない。いろいろなものが入っている。

「何で……洗剤の詰め替え用ボトルが四つも入ってるの? しかも、全部違う種類。あっ、なにこれ?」

 そういいながら袋の中からはたての取り出したのは、洗濯ばさみセットである。はたては頭に疑問符を浮かべて、眼で文に問う。文は下唇を噛んだまま、笑顔である。はたてに「なにこれ」と言われても文にこたえる言葉などない。

「…………」

「…………」

 二人はレジで無言のまま見つめ合った。文は何故か悲壮な笑顔のまま、はたては困惑しながら。それでもこほんとはたては咳払いをして、文に聞いた。

「ま、まあ。これも必要よね……あ、あんたはなにか買わないの? ここであまり話しているとサボりと思われるんだけど」

 洗濯ばさみが飲み会の何に必要なのかは、言った本人にもわからないが、文を気遣うためにはたては謎の理論を展開する。それも一つの優しさであろう。このあたりではたても、文に何かあったことに勘付いた。

 文ははたての憐れみに胃を痛くしながらも、少し考えるようにして、飲み物コーナーに向かった。その後ろ姿になにか言い知れぬものを感じたはたては、眼を背けてしまった。

 

 

 文は飲み物を選びながらなんとなく、店内を見回した。しかし、その不用意な行為があるものを見つけて彼女はびくりと、体を震わせた。

 雑誌を読んでいるスーツの男性陣に混じって、大きなリュックをからい、青い髪で二つ結びの「河童」を見つけてから、文は足音を気取れないように後ろへ下がった。その青いレインコートのような服装から見間違えるはずはない。幻想郷での住民の内で最も「出会ってはいけない者」がそこにいるのだ。幸いにも相手は気が付いていない。漫画に夢中になっているらしい。

「な、なぜ『奴』が」

 素早く奥の飲み物コーナーで缶コーヒーをとると、文は物陰に隠れる。名前を呼ぶと気が付かれる可能性があるので名前は呼べない。気が付かれれば恐ろしいことになるだろう。文はそそくさとはたての元に戻り、レジにコーヒーを出す。はたてはそれを取って、スキャナーでバーコードを読み取る。ちなみに文の袋はレジの内側に入れられていた。邪魔だったのだろう。

「なんで、本棚に『奴』がいることを言ってくれなかったんですか?」

「あ? ああ……。あれね。単に忘れていただけよ。はい、104円になります」

 文は本棚のほうを警戒しつつ、財布からお金を出す。百円玉を二枚、はたてに握らせてから「おつりはいりません」と耳打ちして、コーヒーを取る。そのまま逃げるように出口から出ていった。「名前を読んではいけない奴」に気が付かれないように、素早い行動であった。

「ありが……ん?」

 はたては一応ありがとうございました。と言おうとして、何かを忘れている気がした。ふと、足元を見ると、大きなビニール袋が二つ置いてある。その中には大量のウインナーが入ったままなのだ。

「!!」

 はたては驚愕の表情をして、それから肩から力が抜けて、呆けた顔をした。今更あの射命丸文が戻ってくるはずがない。これはどう考えても計算の上でのこととしか思えないのだ。

 

 

 

 

 文がはたてのアパートの前にたどり着いたのは、彼女の腕時計が十一時半を少し回ったころだった。夏の長い昼は、とうの昔に終わり、すでに空は暗い。それでも文は蒸し暑さを覚えた。だから少しだけシャツの首元を緩めて、袖はまくり、細い腕が見えている。すでにスーツも脇に抱えている。

 アパートは二階建て。新築とはいいがたいが駅からは歩いて、十分程度。コンビニも近く、なかなかの立地ではあった。それでいて家賃は安い。はたてが借りる時にとあることで「命蓮寺」の者に霊的なことで助けを借りたことを除けば、最高だった。

 

 文は今解放感に包まれている。明日からは「盆休み」らしい。幻想郷でも「お盆」程度はあるが、日本社会として休むのはこちらに来てから初めて知った。そもそも天狗社会は基本的には年がら年中、好き勝手できる。文が今働くようなタイムカード文化などないのだ。

 文は、スマートフォンを取り出してはたてに電話する。インターフォンを押しても、彼女は出ない。出れば、宗教か集金かそれとも他の謎の勧誘なのかということくらい、幻想郷の者でも学習していた。つまり誰かが騙されたということである。

『文? 遅いわよ、はやく上がってきて。開けとくから』

 はたてが電話に出てそう告げると、すぐに切られる。意地悪をしているのではなく、それ以上は必要ないとお互いにわかっているのだ。文は外階段を上って二階に上がる。そしてはたての家の前に来ると、遠慮なくドアを開けた。鍵はすでに開いていた。

 

 文の目の前には少し驚いた様子のはたてがいた。構造上、玄関のすぐ目の前には台所があり、その向こう側に居間がある。はたてが文の目の前にいるということは、台所で何かを用意していたということだろう。彼女は部屋着の短パンにシャツを着ていた。そのシャツの胸元には「NEW YORK since1937」と意味の分からない単語が書いてある。

「あっやっと来たわね。もう、始めようかと思ってたわ」

「すみません。仕事を休みの前に片付けておこうと思ったのもので」

 文は言いながらも、軽く謝りながら部屋に上がった。台所の隅には、大きなスーパーの袋が二個転がっているが、文はそれを見ていないふりをした。ウインナーは抜かれているのか、多少はふくらみがなくなっている。

「はたて、なにしてるんですか?」

「キャベツ買ってきたから、切って洗ってボウルに入れていただけよ」

 見ると、はたての手元に銀色のボウルに入った、青々としたキャベツの山があった。ウインナーを包む気なのだろう。文はそれにおおとわざとらしく感心して「流石はたて」という。はたてはその様子にはにかみながら、居間へ向かう。

 

 居間は一人暮らしにしては広々としている。中央に台が置いてあり、そこにはホットプレートが載せてあった。そしてその傍らで、手持無沙汰にしている赤毛の少女がいる。落ち着いた色のホットパンツにストライブ柄の赤いシャツ、それを袖のあたりでまくっている。

 文はその少女を見つけて、言う。はたては台の上にキャベツを置いて、また台所にもどっいていく。

「どうもー」

「おや、珍しい顔ですね」

 軽い感じ文に挨拶したのは堀川雷鼓だった。はたてが誰か呼んでおくと文に語ったが、それは彼女だったのだ。幻想郷ではほぼかかわりがなかった三人だが、現代に来てから少々交流を持っていたのだ。

 

 雷鼓はとくに何をするでもなく、部屋のテレビを見ている。おっとりとした顔立ちをした彼女は付喪神である。神様と言えば神様なのだが、文は特に敬う様子も見せずに、彼女に言う。

「堀川さん」

 仕事柄、というか現代社会に感化されたのか、文は人のことを名字で呼ぶことが多くなっている。はたてについては、幻想郷の時から多少にしろ、いがみあった仲なので、下の名前である。

「もちろん今日は、なにかもってきてくれたんですね?」

 文は聞く。雷鼓は「ニヤリ」として、彼女のものだろう部屋の隅にあったバッグを引き寄せる。そこから黒い瓶を一つ取り出した。表面には「玄霧島」と書かれている。焼酎である。

 文と雷鼓は目を合わせて、不敵な笑みを浮かべる。そこにはたてが手に多くのシャウエッフェンの袋を持ってやってきた。

 

 

 ホットプレートの上で、何本ものウインナーがじゅうじゅうと音を立てる。油がぱちぱちと音を立てて、ウインナーの表面に焦げを作っていく。

 雷鼓はそのうちに一つをフォークで刺して、手にもったキャベツの間に挟む。そしてその青い野菜の上からかりっと食べる。あつあつのウインナーを冷えたキャベツでくるんで食べるとき、じゅわりと口の中に肉汁が広がる。

「あちち」

 雷鼓はそういうがもぐもぐと、口の中で咀嚼してごくりと食べる。そして。傍らにあったビールの缶をもって、ごくごくと飲む。眼をつむってキンキンに冷えたそれを喉を鳴らして飲む。

 雷鼓は口元から、缶を離す。

「~~!」

 声を出さずに彼女は、おいしそうに顔を綻ばせる。それからまた、ウインナーを食べるのだ。ちなみにお酒はお昼の打合せ通り、はたてが用意している。

 文とはたても同じように食べている。ただはたてのフォークだけが、数が足りないからか子供用なので赤い取ってが付いて、先が丸みを帯びている。はたてはそれがうまく刺さらないらしく、取り皿に取ったウインナーをフォークで刺そうとして油ですべり、ウインナーがくるくると皿の上で回っている。

「意外にこれは正解だったかもしれませんねー」

 文は雷鼓の持ってきた焼酎をロックで飲みつつ、言う。ほのかに頬が赤いのは、すでに何杯かを干しているのだろう。

「最初はこんなにウインナーを買わされ……買ってどうしようかと思いましたが、結構お腹にたまりますし」

 文の言葉にはたてはウインナーに苦戦しながら言う。

「まあ、文にはしてはいい案だったかもね。あっ」

 はたてが気を抜いた瞬間、彼女の取り皿からすべりに滑ってウインナーが飛び出し、床にべちょりと落ちた。はたてはなんともいえぬ顔のまま、ウインナーだけを手で取り。ティッシュを洗面所に取りに行く。余談だが、このアパートには風呂が完備されている。しかし、現代ではないほうがおかしいのかも知れない。

「んー」

 雷鼓がキャベツをしゃきしゃきと音を立てて、食べる。無論中にはウインナーが入っている。雷鼓は大量のキャベツでウインナーの熱さを軽減させているのだ。だが、文がそれを見て言う。

「こらこら。いけませんよ。あまり取りすぎたらなくなってしまいます」

 ウインナーだけでも肴にはなるが、キャベツがあることに越したことはない。しかし、そのあたりには特に問題はなかった。なぜなら、

「ああ、大丈夫よ、文。結構キャベツは買ってきたから」

 はたてが用意しているからだ。文はそれならばとボウルから手で取って、ウインナ―を取る。酒との相性は上々である。雷鼓は下で赤い唇を嘗めながら、新しいウインナーの袋を開けて、どばとホットプレートにぶちまける。ころころとウインナーが鉄板で踊る。

「あーああ。それはちょっと多すぎるわ」

 はたてはあわてて菜箸でウインナーを散らす。その時、膝立ちになってしまったのだが、膝にべちょっとした感触を覚えた。先ほどウインナーを落として、その上から踏んでしまったのだ。

「……」

 はたては無表情でウインナーを動かす。

 

 

「あははは」

 雷鼓と文は焼酎だとか、はたての買ってきたウイスキーだとかを飲みに飲んで真っ赤になって笑っている。はたてはほろ酔い気分でカルゥピスのチューハイを飲んでいた。彼女は目がとろんとして、ほおが桃色に染まっている。

 文はウインナーを食べてお腹いっぱいになったのか、シャツの上からお腹を撫でている。雷鼓はまだ食べられるのか、むしゃむしゃと食べてはビールを飲む。幻想郷では日本酒、というのも語弊があるのかもしれないが、ともかく清酒が基本だったので現代のお酒は、彼女達には刺激的であるのだろう。ちなみにウインナーで開けてしまっても、残りの入った袋は洗濯ばさみで閉じてある。

 それでもそろそろ退屈してきたのだろう。文は聞いた。

「はたてー。なんかDVDとかないんですかー」と文。

「えー、ないけどぉ。プレーヤーならあるわよぉ」とはたて。

 文はロックの焼酎を飲みながら、首を傾けた。酔いが回ってきたのか、そういう体勢になってしまうのだ。身体能力が減退しているということは、新陳代謝も衰えているのだ。だから天狗としての酒豪ぶりも多少は軽減されている。それでも人間基準で考えるのなら、中々に「飲める」ほうだろう。

「じゃあ私は借りてくるわ。目の前のゲイオで」

 雷鼓が不意に立ち上がって言う。はたてと文は、酔いの回ったおっとりして口調で聞いた。

「なにかりてくるんですかぁ」

「文にもわかる程度のやつねぇ」

 雷鼓はそれを聞き流して、乱れたシャツのまま外へ出ていった。酔っ払いにDVDを借りにいかせる暴挙に、同じ酔っぱらいの二人は危機を覚えなかった。文もはたても手元のお酒をぐいと飲み干す。

 

 

「かりてきたわー」

 雷鼓が透明な袋にDVDを入れて戻ってきたのは、十分もたっていないころだった。それなりに早い帰りに文とはたてはそれぞれお帰りと言う。はたてはのっそりと立ち上がって、雷鼓からDVDを受け取ると、テレビの前に座ってごそごそと埃を被ったDVDプレイヤーを取り出して、テレビにつないだ。

 はたてはDVDをケースから取り出して、眼を見開く。瞬間的に顔が真っ赤になる。

「あ、あんたこれ」

 はたてが慌てながら雷鼓を振り返る。雷鼓は飲みのこしていたビールをあおってから、またあの「ニヤリ」と笑う。それにつられてか文もはたてを見る。

「ここ、これ、これ。な。なんでこんなの」

 はたてがしどろもどろのなっていると、文が近づいてきてDVDを覗き込む。表面にはタイトルが書かれている。文はそれではたての狼狽の理由がわかったのか、声を上げた。

「ああー」

「ああーじゃないわよっ文。こ、こんなの」

「まあ、いいじゃないですか。もしかして、はたて、恥ずかしいんですか?」

 文は挑発するかのようにはたてに言う。はたてはそれではっと顔を上げて、返す。

「そ、そんなわけないじゃない! いいわっ、見てやろうじゃないの!」

 ケラケラと雷鼓と文が笑うのを背に、はたてはDVDをプレイヤーに入れた。

 

 

 ――そういう風に最初は誰もが余裕だったのである。

 雷鼓と文はウインナーを食べながら、画面をあははと笑いながら見ている。はたては正面から見るのが恥ずかしいのか、体を斜めして片目だけを開けてみる。

 

 ――5分後。

 はたてはリラックス熊のぬいぐるみをぎゅうと抱いて、真っ赤な顔をそれで隠しつつ、見ている。文はいつの間にか体操座りして、黙り込んでいた。

 雷鼓にいたってはこのあたりですでに酔いがさめてきたのか、あわあわと文とはたてを見る。はたてと文はただ「もってこられた映像」を見ているだけだが、雷鼓は酒の勢いに任せて「持ってきた映像」を二人とみているのである、あまりの恥ずかしさに顔が紅潮して、手で口を覆っている。

 

 ――二十分後。

 はたては画面からできるだけ離れている。その手にはリラックス熊が首を絞めるかのように抱かれている。

 文は膝に顔をうずめて、顔をちょっと出してみている。

 雷鼓は両手で顔を覆って、真っ赤なまま、指のスキマから画面を見ていた。

 

 

 ――映像終了。

「…………」

「…………」

「…………」

 はたてはDVDを取り出す。文と雷鼓は言葉もないが、完全な静寂でもなく、ホットプレートでウインナーが焼ける音がする。

「……あ、あの」

 雷鼓は口を開く。それを文とはたてが見る。雷鼓はうぐと涙ぐんで、言う。お酒は情緒を多少不安定にするのだろう。それに彼女はこう見えても、付喪神として自我を持ったのはつい最近である。つまるところ、精神的な経験が薄い。

「ご、めんなさい」

 雷鼓は立ち上がって、逃げるように部屋から出ようとする。あまりにいたたまれなくなったのだろう。だが、隣にいた文がその足を掴んだ。座っていたので仕方なく足を掴んだのだが、そのせいで雷鼓は体勢を崩した。

「あっあぶない」

 はたてが倒れ掛かる雷鼓の下にヘッドスライディングを行う。文も、雷鼓の動きに引かれて、倒れこんだ。

 

 はたての部屋にヘンテコな組体操みたいに、三人はなってしまった。はたてが一番下の土台になり、雷鼓は片手を天に、片手を地に付けている。はたてを避けようとして、避けきれなかったからか、その変なポーズで固まってしまったのだ。文に至っては雷鼓の足の下に引かれ、その上はたての足が顔にかかっている。

 

 一番下のはたてが苦しげに言う。さっき雷鼓が倒れ掛かってきたのを背中で受け止めたので、酔いがさめてきた。

「こ、こんな形で終われるわけないでしょ! 後味が悪い!」

 雷鼓はそのポーズのままなにかうめくが、声にならない。ちなみに雷鼓は先ほどのDVDを店員に取ってきてもらったのだ。それすらも雷鼓の冷却された羞恥心を加速させている。

 文はそんな雷鼓の足を掴んだまま、言う。

「そうですよっ。はたて! 『あたりめ』はありますか?」

「は? あるけど。イカが何ですって?」

「落ち着くにはあれがいいんです。もってきてください」

「わ、わかったわ」

 はたてはもぞもぞと芋虫のように這い出ると、あたりめを取りにいった。雷鼓と文はその後ろ姿を見ているだけである。

 

 

 しばらくして、はたての持ってきた「あたりめ」を三人で噛み始めた。ちなみにあたりめとは、イカの干物のことであり、噛めば噛むほど味が出るものだ。文はデジカメの資金を作るために、ひもじい思いをしている時に噛んで過ごしたから、そういう使い方も知っていた。

 そして人だろうが何だろうが、動物であれば物を食べれば、大抵は落ち着きを取り戻すものである。だからこそ、文ははたてに持ってこさせたのだ。

 

 雷鼓、文、はたてはくっちゃくっちゃとイカを噛みながら、何も話さない。部屋には咀嚼音だけが響き、すさまじく雰囲気が暗い。確かに落ち着きを取り戻した三人だが、逆に勢いを全て失った。

 はたてが固い身をむりやり噛み千切って、ごくりと飲む。そして文に言った。

「な、なんか変な空気になったじゃない!」

「あ、あれおかしいですね。これを食べているとなんだか落ち着くのですけど」

「いや、落ち着いてはいるけど。あれ、みてよ」

 二人は雷鼓を見る。どんよりした顔で、もぐもぐとイカを食べているその姿には、哀れみすらも感じられる。それを気遣ったのか、はたても今度は小声で言った。

「ど、どうすんのよ。これから、文」

「どうといわれても……」

「わかったわよ……」

 はたてはばっと立ち上がって、言う。

「ちょっとコンビニ行ってくるわ! 文、火消しておいてね!」

 

 コンビニ行ったはたてだったが、そうたいした時間はかけなかった。この蒸し暑い夜の世界を、走ったのか、帰ってきた時には汗をかいて、息を切らせていた。

 はたてが買ってきたのは「プリン」だった。上にホイップクリームの載ったもので、近くのコンビニで買ってきたのか、雷鼓が触るとまだ冷たかった。

「とりあえず。甘いものを食べて」

 そういうはたてが雷鼓にスプーンを渡す。雷鼓は口の中でイカをまだ噛んでいたが、とりあえず飲み込んで、ぺりぺりとプリンの蓋をあけて、スプーンで掬う。

 口に入れると、甘みが心地よく広がる。雷鼓は口元をほころばせて、「ん」と小さく声を出す。その笑顔が、どこか愛くるしい。

 だが、はたても文もほっとした。

 

 しかし、文も雷鼓の為に何もしなかったわけではなかった。あのDVDのケースに「返しといてください」とメモを張って、はたての家の洗面所にそっと置いておいたのだ。雷鼓のことを第一に考えた素晴らしい行為である。約一名ないがしろにされるが、ささいなことだろう。

「それじゃあ、飲み直しますか」

 雷鼓が落ち着いたことを見て文がビールを片手に言う。はたてと雷鼓もそれぞれ缶をもってあつまる。三人は合図するでもなく、こういった。

「カンパーイ!」

 部屋の中に、カーンと音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで射命丸文の一日は過ぎていった。彼女は、二時過ぎにタクシーを呼んで、雷鼓を送って帰った。べろんべろんに酔った赤毛の少女は「もう一軒~」などと寝言で言っていたが、タクシーに乗ってからはすやすやと眠ってしまった。逆に文は、運転手に指示するために眠れなかったということである。

 帰りに文のスマートフォンが何度か鳴ったが、それについて、文は気が付かないようにした。だいたい要件はわかっている。

 雷鼓を家に送り届けて、文は自らの住むマンションに帰ってきた。

 

 文の質素な部屋にはベッドと机、それに本棚程度しかない。無駄なものはなく、それが彼女の性格を表しているかもしれない。とりあえず文は、カバンを下ろしてスーツを服掛けにかけてから、そのまま洗面所にいく。そこで気合を振り絞って歯を磨き。シャツを洗濯機に放り込んで、ズボンを着替え、ベッドに横になった。

「もう。だめです」

 文の視界が黒く染まって、眠れることへの充足感が体を満たしていく。すぐに彼女も寝息をたてはじめた、その吐息は起きている時の彼女から、想像できないほどに可愛らしいものである。

 

 

 

 

 

「ふぁーあ」

 文はベッドの上で伸びをして、こきこきと首を動かした。時計を見ると、まだ七時を回ったところである。彼女はそれでも、体を起こして簡単な体操をする。いつもの癖で一度起きたら、二度寝しないように行動してしまうのだ。

「あ……今日は休みでしたね」

 文は気が付いて、冷蔵庫に歩いていく。そこから瓶の牛乳を取り出して、ごくごくと飲んだ。頭が冴えるような気はするがリポビダンAがほしい気もする。それも職業病だろうか。

 それはそうと文は「文々。新聞」の原稿を作ろうと、壁にかけてある紺のスーツの内ポケットを探った。あの咲夜のカフェで使ったUSBには、「文々。新聞」の参考資料も入っているのだ。

 あの中には「赤毛のメイド」だとか、「男性同士の恋愛小説を読む、桃頭」だとか、「工場でタンポポの花を握り潰している巫女」などという、新聞に使えるネタと写真が保存されているのだ。そしてそれが、

「あれ? ない…ですね…?」

 文の手元から消えていた。どこかで失くしたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カフェのカウンターでその少女は4DSをしていた。上下に分かれた二画面から「ポケモン」が飛び出してくる。それを見ていると楽しいのだが、眼が疲れてくるのだ。それを目の前の銀髪の女性に注意される。

「妹様? ゲームは一日一時間までだそうですわ」

「咲夜……それ、絶対に間違っていると思うわ」

 そう文句を言う金髪の少女だが、しぶしぶゲームを終わらせて、目の前にある冷たいミルクを飲む。咲夜はレミリアには変なものを飲ませるが、他の者には普通の物を飲ませる。

 少女は口を離して言う。

「はあ、ねえ咲夜。なにか事件が起こらないかしら」

 少女はレミリア同様に退屈そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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