なんか失敗した感が否めないけど…まあいいかな。
俺とレイカーは視線を合わせずじっと旧東京タワーから見える景色を眺めていた。とある事情で膝から下がなくなっているレイカーも、わざわざ車椅子から降りて隣に座っている。めちゃくちゃ座り辛そうに見えるが本人は大丈夫らしいので気にはしてない。
「話してくれませんか?今日ここに来た本当の理由を」
肩が触れ合いそうな程の距離からレイカーが優しい声で問いかける。元々ここに来たのはレイカーと黒雪がリアルでの知り合いで、唯一連絡先を知っているので報告しようと思ってきたのだ。八割くらいゆっくりしたかったからだけど。
「……黒雪。いや、ロータスが交通事故にあった。集中治療室に運ばれて意識が戻らない状態だってよ。しかもタイミングの悪い事に……」
「さっちゃんが!?」
弾かれたように此方を向くレイカー。って近い!近い!アバターでも男子に不用意に近づいちゃ行けないって教わらなかったの?勘違いしちゃうでしょ!俺が!だから近い!
「お、おい落ちつけ。お前が慌てても何も変わらないぞ」
「…すみません。取り乱しました」
ようやく離れてくれて一息つけた。この慌てようだと黒雪に襲撃仕掛けてる奴が居る事は言わない方が良い気がしてきた。俺のHP的に。幸いにもさっきのセリフは途中までしか聞かれてなさそうだしな。
「それで、タイミングが悪いというのは?」
………しっかり聞かれていたでござる。大丈夫かな、俺。ここから突き落とされる未来が見える気がするけど問題ない?いや俺悪くないよな?
「…あいつの子が言うにはここ何ヶ月かロータスがレベル4のバーストリンカーに襲撃を受けてるんだと。マッチングリストに現れないというおまけ付きでな。で、だ。あいつは事もあろうに学園ローカルネットで使うアバターで決闘を受けちまったらしい」
「……ということは、敵にリアルが…」
「そういうこった。敵にリアルが割れてる以上、このチャンスを相手が逃す筈がない」
「なら今さっちゃ……ロータスは無防備って事に」
「あー、今ロータスにはあいつの子がずっとついてるから大丈夫だって」
「………その人のレベルは?」
「………1」
「病院に行ってきます」
「待て待て!俺にも考えがあるんだよ!」
いくら俺でもレベル1の有田が完璧にどうこう出来るとは思ってない。信じはしよう。しかし、それでなにもしないかどうかは別物だ。
「いいか?敵はバーストリンカーである以上中学生以下だ。もしも対戦を挑んで来るとしたら学校前の早朝、最悪授業時間くらいだ。深夜に来る可能性は限りなく低い。無いと言ってもいい。だから俺達の仕事は早朝からだ。まずは襲撃者、もしくはあいつに対戦を挑ませる。そっからはひたすら泥試合だ。俺とあいつ、もしくはお前も来るならロータス含めた5人でひたすら対戦。こっちは3であっちは1。やり続けりゃ相当疲労がたまる。人海戦術ってやつだ。で、そうなったらこっちのもん。病院のネットワークからそいつの名前が消えた時……」
ニヤァと音がしそうな笑いを浮かべる。そこまでくればもう詰み。
「病院から出た奴が襲撃者、『シアン・パイル』だ」
数の暴力、物量作戦。本来向こうがやってくるはずの戦術を此方がやってやる。嫌われ者にとってアウェイはホームだ。ルールも決まりも縛りもない。好き勝手やるのに文句は言わせねぇ。
「………やはり、貴方は凄いですね」
黙って聞いていたレイカーが口から称賛の言葉を出した。
だが褒められた作戦でないことは確かだ。これはあいつ、有田の覚悟を踏み躙る、もしくは利用するのと変わらない。対戦で俺とレイカーが負ける事は多分ないだろう。だからレベル1の有田はただ相手の体力を削る捨て駒役だ。レベル4がレベル1を倒してもそこまで得はない。そんな打算で俺はあいつの思いを潰そうとしている。
それで悪意をぶつけられるだろう。起きた黒雪からも敬遠されるかもしれない。それでも今重要なのは黒雪のポイント全損を防ぐ事だ。こんな不確定で失敗するかもしれない作戦を偉そうに語っているのも虚勢である部分が高い。綺麗な方法で勝てないなら、無茶苦茶にしてやった方が俺らしい。
「…まあそういう事だから安心しとけ。敵が使ってるバックドアだかは踏み台にされてる奴が病院に来なけりゃ使えない。だから今度こそ本人が来る。だから後は…」
「狼さん」
…大人しく待ってろ。と言おうとしたがまた遮られた。最近話を遮られる事が良くあるけど流行ってるんだろうか。流行りには疎いもんで。
しかしノリでレイカーも来るかと聞いたが女性にリアルばれは怖いだろう。なんせ俺も怖いからな。黒雪にばれた時も夜寝れなかったくらいだ。
「私にもお手伝いさせてくださいね。ロータスは私にとって大事なお友達ですから」
…ピシッとした声で言われてしまえば俺にはもうどうする事も出来ない。自由意志は尊重すべきだと思うしな。
…あれ?それって結局俺もリアルバレするのか。うわ、会いたくねえ。治療室の前で二人も男子中学生がいれば嫌でもバレるだろうし。女性との出会いは黒歴史の始まりだって名言を知らないのか。今作ったけど。
「…なら一つだけ条件がある」
「条件、ですか?」
「ああ。一番始めの戦いだけはロータスの子のシルバー・クロウに任せてやってくれ」
「…シルバー・クロウ。しかしなぜ?貴方の話し通りなら彼のレベルは1、襲撃者は4。同レベル同ポテンシャルの法則に従うなら無謀とは言いませんが、勇気があるとも言い難いと思いますが…」
「あー、なんていうか。あいつの覚悟を聞いたから、かな。それと……今お前が言ったのが理由だな」
「?私が何か言いましたか?」
「無謀と勇気って奴だ。レイカー、お前は無謀と勇気の違いってなんだと思う?」
「無謀と勇気ですか。また難しい問題ですね」
たびたび使われる『無謀と勇気は違う』という言葉。俺はこの言葉が嫌いだ。『勇気』は物事を恐れない強い心を持った奴。『無謀』は後先考えないただのバカ。まあ多少の違いはあれどだいたいこんな見解だろう。
では勇気と無謀の違いは何か?
それは行動を起こす奴の元々の評価だ。例えばイケメンリア充が成功率50%の行動を起こしたとする。それが成功しようが失敗しようがそれは勇気があると周りに褒め称えられる事だろう。
だがそこいらのボッチが成功率10%の行動を起こした場合はどうだ?やる前から無理だ無謀だと嘲られ、成功すればまぐれだ偶然だと軽んじられ、失敗すればやはり当然と嘲笑われる。イケメンより40%分多くの勇気を出したというのに周囲の奴らはそれを見もしない。
そのくせ日本一怖いお化け屋敷だとかジェットコースターだとか大した危険もない事に勇気という言葉を使い内輪で盛り上がり、一世一代の告白は皆で誤魔化しながら勇気という鎧を纏いただの逃走経路に作り変える。「俺は勇気を出した」と周りに触れ回り、「勇気を出したのだから仕方ない」と周りに慰めて欲しいだけだ。
あいつらは一人で奮い立たせる勇気を知らない。誤魔化しようがないのに、一人だからこそ誤魔化せてしまう勇気を外に出す事を知らない。誰も知らないから、誰にも言っていないから、自分の心の中だけだから、きっと成功しないから、そんなふうに自分の中に積み重なった想いを弾き出す事を知らない。逃げ道を用意出来ない恐怖と戦いながら、後の事を想像しながらどうにか絞り出したモノを、『無謀』だと理解していてなお引き摺り出した力を本物の『勇気』と呼ぶんじゃないか?
だったら有田が出したモノは本物の『勇気』だ。俺という身代わりが、責任を押し付け悪意を背負わせられる存在が居たにも関わらずあいつは俺を追い払った。黒雪を守る存在が自分しかいない事をわかっていながら、黒雪を守り通す事が『無謀』だと分かっていながら、逃げ道なんてないと分かっていながら、あいつは黒雪を守る事を選んだ。
知っているんだ。大切な人が消えそうになる恐怖と実際に消えてしまった悲しみを。その恐怖から絞り出した『勇気』の大きさを、俺は知っている。
ガムシャラになったとしても、6人もいたあの場所に突っ込むのは怖かった。小町と共に俺も全損の危機にさらされるんじゃないかと身震いがした。なまじ残っていた理性が悪い想像を幻視させてきた。だがそれ以上の勇気を出した自信が俺にはある。無謀だなんて上等だ。バカの代名詞くらい好きなだけ背負ってやる。大事な奴を守るための扉を通るためなら軽いもんだ。
そしてあいつはたった一つの前に進むドアをこじ開けた。
だったら後は有田次第だ。そこから先はただの純然なる興味。先が気になるアニメのように、ただ結果が知りたいだけ。
だから未だに考え続けてるレイカーに言ってやった。
「ただ俺は、あいつが『無謀』は『勇気』だって証明してくれるかもなって思っただけだよ」
ヒッキーの有田絶賛回でした。
こんなのヒッキーじゃない!別の何かだよ!と言われてもまあいいかなって吹っ切れてきた。
読みづれーって方はすみません。