「俺、そろそろ降りるわ」
「な、なにを…」
黒雪が何かを言い始める前に加速が解かれた。目の前には既に世紀末ステージの面影はなく、俺達は一般生徒の入り混じる梅郷中学の校門に戻ってきていた。
「はち…」
「おつかれ。ほれ、かあちゃんからお小言だ」
「か、かあっ!?いいいや、僕と黒雪姫先輩はそんなんじゃ…ってお小言ですか!?」
「い、いやそんな事は言わないぞ!?ナイスガッツだったよ。正直負けたかと思ったが、君の粘り勝ちだな」
「いやぁ、僕もダメかと思いましたよ。それにアイツレベル2になってて……」
後ろでは有田が今日の出来事を話したがる小学生のように戦った感想、感情を告げている。
これでいい。子は親を頼るものだ。どこの馬の骨とも分からない奴に指導だなんだとやらせるもんじゃない。ブレイン・バーストは親に愛情を受けなかった子供達が大多数を占めている。つまりこのゲームの親とは第二の親と呼んで過言ではないだろう。
だから邪魔者は早いうちに消えておくべきだ。人間という生き物は目の前に虫がいればはたき落とさずにはいられないし、目の前に小石が鎮座していれば思わず蹴ってしまうこともあるだろう。
それほどまでに『邪魔者』というのは人間の意識を奪う。その邪魔が俺のような人間なら尚更だ。ぼっちは人に迷惑をかけないように生きているので、俺が迷惑をかけたら本末転倒だ。
さらに言うならば、そろそろ潮時だったんだ。ぼっちの俺が副会長の黒雪と一緒にいること自体間違いだ。ぼっちはぼっちらしく振る舞うことを強要され、リア充はリア充としての振る舞いを強要される。つまりこれはただ元に戻るだけ。明日からは俺は再びクラスメイトHだ。もう食堂で注目されることも、クラスで目立つこともない。そう考えると足取りが少し軽くなった気がした。
☆☆☆
自宅。それは帰るべき場所であり、休むべき場所であり、遊ぶべき場所である。普通の家ならば飯は出てくるし、風呂もトイレもある。ゲームに小説、漫画やテレビと利点をあげればキリがない。その中でも自室というのは絶対不可侵の領域であり、プライベートの塊でもある筈だ。俺にATフィールドが張れるなら真っ先に自室に張るだろう。俺は常に自分に張ってるがな。
だが今、俺の目の前で絶対不可侵の領域が侵されている。下手人は三人。そのうち一人は見覚えがある奴だ。その一人とは…
「んで、なんでお前がここにいるわけ?」
「かったいこと言わないでよお兄ちゃん!可愛い可愛い妹が可愛い妹の友達を連れてきてあげたっていうのに」
俺の妹の小町である。というか今重要なことだから二回言ったのに友達には一回しか言いませんでしたね。この妙にちゃっかりしたところが妹らしいというか、愛嬌があるというか。やっぱり妹は最強ってはっきり分かんだね。
……いやいや、妹の可愛さに誤魔化されるところだった。なんで俺の部屋にいるんだよ。自分の部屋があるだろうが。それとも友達に俺を紹介した後部屋でネタにするとか?お兄ちゃん泣いちゃうよ?
「すみません。勝手にお部屋借りちゃって…」
「こんにちはー。わー、本当に小町ちゃんの言ってたとおり目が腐ってるんですねー。あ、私は一色(いっしき)いろはっていいます!小町ちゃんの同級生でーす!」
「あ、ごめんなさい。えっと、お兄ちゃん?私は上月由仁子(こうづきゆにこ)です。小町ちゃんといろはちゃんの一つ下で五年生です」
「あー!ユニちゃんそれは小町のお兄ちゃんだよ!この比企谷小町の目が黒いうちは実妹の座は渡さないからね!」
そのままの流れで三人で話し始めてしまった。さすが俺。空気になることに関しては右に出るものは居ないな。
……ふむ、女三人が集まれば姦しいというがほんと喧しいな。控えめに喋ってる上月を見習いなさい。一色とやらは小町と同じくらい喧しいからちょっとお黙りなさい。というか顔合わせは済んだんだから小町の部屋に戻れよ。まだ録ってあるプリキュアみないといけないんだからさぁ。
しかし願いは届かず小町が今度は俺の紹介を始めた。
「紹介し忘れてたー。小町のお兄ちゃんの比企谷八幡でーす!」
紹介終わり。短っ!なんと名前だけで終了。自己PRしろと言われても出来ないから別にいいけどさ。それでも何かあるでしょ。かっこいいお兄ちゃんとかイケてるお兄ちゃんとか友達いないお兄ちゃんとか。最後はいらないな。
それにそんな説明されても困るでしょ。ほら一色なんて興味なさそうに携帯弄ってるし、上月に至っては俺の呼び方考えちゃってるよ。…フッ、俺は今日二人目の天使を見つけてしまったようだ。天使と書いてエンジェルと読み、上月と書いてエンジェルと読む。小町?マイエンジェルですよ?
「……顔合わせも終わったし自分の部屋に戻れ」
「えー、可愛い可愛い妹を追い出すなんてお兄ちゃんポイント低いよ。ま、いっか。いろはちゃんもニコちゃんも行こ!」
「はいはーい。じゃあ失礼しました!えーと、……先輩!」
「おう」
「お邪魔しました。ごめんねお兄ちゃん。勝手に入って」
「気に済んな。上月だったら大歓迎だ。いつでも来い。むしろ毎日来い」
「ふぇっ!?」
「私への先輩の対応がニコちゃんと違い過ぎません!?」
「気のせいだろ。ほら、いったいった」
「むー。納得行きませんけどー。まぁ今回は見逃してあげましょう」
「え、えと。じゃあまたね!」
手をフリフリしながら小町の部屋に入って行く上月を見守る。今日は間違いなく良い日だな。ぼっちに戻ったし、天使とも知り合ったし。今日はまさに吉日ってやつだな。よし、嫌な事がある前に寝るに限る。
ニューロリンカーを外し、俺は布団を頭から被りそのまま目を閉じた。
なーんてな。んな訳無いだろ。
ガバッと布団を取っ払い、再びニューロリンカーを首に巻きつけた。俺じゃなければそのまま本当に眠りについたかもしれない。だがな、俺は違う。良い事があった後にはかならず悪い事が起こるのが世の常だと俺は知っている。小学校の頃のラブレターの事も、小町の事も、俺は無駄にするつもりはない。小町とずっと楽しく遊べると思っていた時、一寸先は闇だった。小町の全損の後は一難去ってまた一難とばかりにブレインバーストの記憶や思い出が奪われた。二度ある事は三度あるというのなら、三度目の正直もまた闇だ。仏の顔も三度なら俺の顔が三度以上もつ筈もない。訓練されたぼっちは同じ手には引っかからない。百戦錬磨の強者なのだ。負ける事に関しては俺が最強。負けてそれを次に生かす天才だ。あんま人類舐めんなよ。クーロン力奪うぞ?
「さて……バーストリンク」
すぐさまマッチングリストを調べる。小五、小六なら十分バーストリンカーの可能性はある。だがマッチングリストに写ったのは俺の想像以上の奴だった。
『Clear・Wolf
Scarlet・Rain
Chestnut・Needle』
「スカーレット・レインにチェスナッツ・ニードル。……二人ともかよ!いやいや、つかスカーレット・レインって二代目赤の王じゃねぇか」
なんつーもんをウチにあげてるんだよウチの妹は。いや待て。つまり……つまりだ。上月もバーストリンカーかよちくしょぉぉぉぉ!!いや泣いてない。泣いてないよ。俺を泣かせたら大したもんっすよ。やっぱ俺には小町しか居ないって再確認出来たしな。一色?知らない子ですね。
ガチャ
俺が再び布団に包まり悶えていると誰かが入ってきたようだ。両親は居ない筈だから小町だな。丁度よかった。お兄ちゃん小町が恋しくなってた所だよ。もう小町成分ないと生きていけないかもしれない。ここはもう一気に補充させて頂くしかないな。
「小町ーー!」
「きゃぁむぐぅ」
布団に巻き込むように小町を引っ張り込み抱え込むと、抱きしめながら頭を撫でる。ここは日頃の感謝を込めて一心不乱に愛でよう。
「やっぱりお兄ちゃんにはお前しか居ないよ。俺が間違ってた、他の子にうつつを抜かすなんて。お前というものがありながら。こんなお兄ちゃんを許してくれ」
撫でる、撫でる、抱きしめる。まずは三セットいってみようか。その後は…
「え、えーと。小町ちゃんのお兄ちゃん、大丈夫?」
……………待て。落ち着け。クールになるんだ。俺が見ているのは幻覚さ。マジックが注射器に見えるのと同じ原理だよ。だからほら、見てごらん。腕の中にいる
「こ、上月……さん」
「あ、あの、いきなり激しいのはちょっと…」
赤面してる顔。暴れたからか少し汗ばんだ服。上目遣いでこちらを見つめてくる上月。この(社会的に)死にそうな状況を突破するには……
「警察は勘弁してください」
そう、土下座だ。いやむしろ土下座以外ないな。土下座以外ありえんのですぞwww。現実逃避してる暇はないな。取り敢えずコマンド『ようすをみる』を発動する!
まだ上月は俺がクリア・ウルフだと分かっていないはずだ。ならば謝り倒せばなんとか……。
チラッと上を見ると……ごっつ悪い顔しとるやん。
「へー、こいつはいいな。手間が省けた。ねぇお兄ちゃん。私さ、ちょーっと頼みたい事があるんだけどなー。いいよね……クリア・ウルフさん?」
前半の口調がなんか壊れてる。あれが素なんてことないよね?そうだったら俺そろそろ女性不信に陥るよ?既に人間不信だけど。
…しかしこの状況は断れそうにないな。断ったら(社会的に)死ぬし。
「……分かった。要件を話せ、スカーレット・レイン」
故人曰く、『押してダメなら諦めろ』。諦めることなら得意分野だ。諦める事を諦める事も得意。最終的に諦める事を諦める事を諦めるまである。そんなんで俺は大人しく目の前のちびっ子に従うことにした。
とにかく訂正だけしとこう。やっぱ今日厄日だわ。
出せるキャラは早めに出す。後で空気になっても気にしなければいいのです。