始めチーちゃんが来るはずだったのに、能見の監視がーこの先の展開がー三章短くねーなどと考えてたらこうなった。
黛に心意の先を教え込んだ翌日。俺は非常に満足しながら惰眠を貪っていた。
自覚するというのは大事なことだ。例えばテストの時、何がダメだったかを認識することで次に備えることができるだろう。それがわかれば確信を持って前に進んでいける。
そう、確信を持つことが大切なのだ。だから俺が黛に教えたことは単純なこと、自分が何をするためにいるのかを自覚させること。自分の弱さを見つめ、ゼロフィル現象に至るまで心の弱さに向き合えたならば、その心の意思を一つの方向に向けられる。
実際に一ヶ月近く向こう側に潜っていたせいで俺は足に不便がある状態であることを忘れかけていたが、黛は何一つ忘れることなく現実世界に戻っていった。今日にでも……は無理だと思うが能見との対決となればただの心意しか使えないと思われるそいつに負けはしないだろう。多分、恐らく。フラグじゃない。
…まあともかくとして、黛を送り出した時点で俺の役目は終了したに等しい。足の骨を折っているのにさらに骨折って働く必要はないだろう。むしろ俺のために誰かが働いてくれて、さらに養ってくれるまであるはずだ。……はずなのだが、最近学んだことがある。俺の周りの女子はどうやら俺の望んだとおりには動いてくれないようだ。何言ってんだ当たり前だろと言われればそこまでなのだが、彼女らはむしろ望んでいることの真逆をついてくる。思考回路までマイノリティに陥ってしまったのかとぼっちとしてあまり誇りたくならないところだ。
「お久しぶりです!先輩!」
「………どちらさま?」
しかしそれは俺の
「え、えっと。お、覚えてませんかー?少し前に小町ちゃんとニコちゃんと一緒にお家にお邪魔したんですけどー」
「……………………おぉ」
「ほんとに忘れてたんですか⁉︎」
いや、忘れてない。今思い出したんだ。脳の引き出しの奥にしまってただけ。人間の脳は100年以上分の記憶を蓄積できるらしいから忘れてない。ただ出てこなかっただけである。たしか名前は一色……。うん。
まあ思い出した。災禍の鎧での上月のインパクトが強すぎてすっきりさっぱり忘れてた。しかもあのアバター名もどっかで見たと思ったらそんなところだったとは。
「いや、ほらあれだ。あー、うん。それだ」
「どれですか⁉︎もう、こーんな可愛い後輩の知り合いがお見舞いに来てあげたっていうのにそんな失礼な態度を取るなんて。私が来るなんて同じクラスの男子なら発狂ものですよ?」
「さらに可愛い妹が見舞いに来た後だったんでな。早さが足りなかった」
「へー。まーいいですけどー。こんな話に来たわけじゃないですしー」
思いっきり顔を顰め、今にも唾をぺっとしてきそうな顔だが水に流してくれたようだ。まあ俺の対人記憶容量は妹・妹・妹で埋まってるから仕方がない。自分に対してのみのアナリストである。
「じゃあ早速本題いっちゃいますね」
一色は近づくと鞄の中から水を取り出して一口飲むと、直結ケーブルを互いに入れた。なぜみんな流れるように直結してくるんだろう。今度イタズラ用のアプリでも流せば止めてくれるんだろうか。
『…なんで直結?』
『は?そんなの他の人に聞かれないようにするために決まってるじゃないですか。まさか直結したからってもう彼氏面ですか?ごめんなさい2度しかあったことのない人と付き合うとか無理ですごめんなさい』
『言ってないから。あとごめんなさい二回言うなよ傷つくから。……なんで俺告白してもない相手にフられてんの?』
入院しても世界が俺に優しくないのは変わらないようだ。というより直結したということはまた加速世界絡みなのだろう。もう一々一喜一憂するのも面倒と思えてくる自分に関心すら覚えてくる。
『まあそんなどうでもいいことは後にして。では…バーストリンク』
名探偵は俺かもしれない。
☆☆☆
加速の後、いつも通り透明になった俺はカーソルに従いすぐに合流したのだが、広くなっているところでお相手さんは大地よ滅べと恨み言を吐きながら泣き言をこぼしていた。
「うえぇ。腐食林ステージですかぁ…」
嫌だ嫌だと声から分かる嫌悪感。そのアバターは入学式に見たのと全く同じで、右上には『Chestnut・Needle』の文字。これで一色が自称ナッツであることが証明されたわけだ。ほんの少し残された憂いが取れたことに安堵すべきだろうか。それとも厄介ごとの気配が消えないことに悩むべきか、迷うところだ。
「………おい」
「えっ⁉︎キャァァァァアアア!」
「あぶなっ⁉︎」
声をかけると同時、ナッツが手にしていたらしき針が一斉にこちらに伸びてきたのをギリギリ避ける。というより距離を取る。方向が適当だったせいか直撃コースがなかっただけで、向きが違えば当たってたぞこれ…。
「…おいこら、私の本題は闇討ちでしたー☆とでも言う気じゃないだろうな?」
「違いますよ!乙女の目の前に気安く立つから悪いんじゃないですか。しかも透明で。なんですか、スケルトンで覗きし放題の変態ですか気持ち悪い」
「ここまでこのアバターを馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。あとマジトーンの気持ち悪い止めろ」
こいつ本当は敵なんじゃないだろうな?俺に対する暴言とか悪口とか
友好的に来たと思えないんだが。
「はぁ、まあいいですよ。こっちも時間ないんですから手間かけさせないでください」
「手間の全てがお前のせいなんだが…」
「ほーらまた話を脱線させるー」
「…ぐぬ。……んで、なんだよ」
口で対応できない相手には黙るしかない限定的なコミュニケーション。相手が感情論しか使ってこない時に使う苦肉の策である。ちなみに言葉が通じる相手にも使える万能ツールでもある。あらやだ全然限定的じゃない。
………そんな悪ふざけは、ぴょこんと指を立てて放たれたセリフに一瞬で弾き飛ばされた。
「先輩にお願いします。今日の夜、能見君と有田先輩達がブレイン・バーストをかけて戦います。だから先輩には有田先輩達の手助けをして欲しいんですよ」
「………待て。なんでそれをお前が知ってる」
さも知っているのが当然のように言い放たれた言葉に、俺は遅れながらに反応する。ああそうだ、なんでこいつがそんなこと知っている。確かにこいつは梅郷中の生徒でありバーストリンカーだ。だが今の梅郷中は件の能見とやらに引っ掻き回されている。ただのバーストリンカーで事情を知っているのなら、『既に巻き込まれているか』『不干渉を貫くか』のどっちかのはずだ。
入学して日の浅いこいつが能見と有田達両方と関わりを持っているとは考え辛い。そもこいつは女子だ。噂のチーちゃんとやらは有田と黛の幼馴染らしいのでまだ分かるが、男子と女子で活動範囲が違う上に有田達に至っては学年すら違うというのに。
「ああ。そういえば、先輩にはまだちゃんと名乗ってませんでしたね」
思考の渦に嵌り込んでいる俺を見て?嘲笑うかのようにポンっと手を叩く。その姿にイラっとくるも、そんなものは次の言葉で全て吹き飛ばされた。
「私は
堂々と、言い放った。『加速研究会』。それこそまさに、今有田達を陥れている能見が所属していると言っていたサークルじゃないか。なんだよおい、冗談なんかじゃなくて、こいつはまさに敵も敵じゃねえか。
「…なんで加速研究会の奴が俺に頼むんだ。能見とやらが身内の恥だってんなら、それこそ自分達で処理しろよ」
「くふふ。私としては正直それでもいいんですけどねぇ。姐さんがダメだーって言ってるんでできないんですよぉ。で〜も〜、やっぱりお灸は必要じゃないですかぁ?それも敵に圧倒された、っていう大きなのが」
「それこそ思い通りにはいかねえだろ。梅郷中は俺の学校でもあるんだ、不安要素でしかねえ奴をそのまま学校に放置なんかできないぞ。そいつを全損させる可能性とか考えねえのかよ」
「そっちもそっちで考えてありますけど私、というより姐さんはその可能性は万に一つもないと考えてますよ」
「……それこそ甘く見過ぎだ。俺が相手を全損させるのを躊躇うとでも?」
「いーえいえ?先輩は決める時はビシっと。そう、嫌で嫌で仕方がないことでもできちゃう人です。だからちゃんとそのことも考慮に入れて先輩にいい案を持ってきたんですよ。
それが今日の私の本題の本題。ぜーんぶ解決のウルトラCです」
にっこりと、顔も見えないのに笑っているのがよくわかる。その姿に、一歩後ずさってしまう。こちらが見えていないはずなのに、何もおかしいことはない中で全てがおかしいと感じてしまう。こいつの一挙手一投足が毒蛇に対してするような警戒心を芽生えさせる。
それなのに、
「先輩、私達の仲間になってください。加速研究会は、スピリット姐さんは先輩を歓迎します」
それなのに、その警戒を全てすり抜けてこちらの思考回路を乱してくる。ああ、そうだこの既視感。何度も、この気配を俺は受けているはずだ。一色じゃない。もっと、もっと危険な人を相手に。こちらの警戒の全てを見透かし、その警戒を上から叩き潰す達人が。
ちくしょう、会ってなくても
「は、はは。いや、ねえだろ。怪しげな事してる奴が仲間で、怪しい人物筆頭の傘下とか、ありえねえよ」
多分、この抵抗すら無意味なのだろう。口だけの否定を、あの人が想定していないはずがない。その否定全てを叩き潰すくせに、こちらをオモチャのように甚振ってくるのだろう。
…今回も、あの人は変わらずに魔王なのだ。
「ーーーーーーーー」
一色の示した言葉に、抵抗できる
爆弾は投げ捨て、伏線は堂々と貼っていくスタイル。
君の名は。見てきました。あれは個人的に1クールアニメとして見たい映画でした。駆け足感が少し残念だった。面白かったけど。