やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

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足の骨折りました。原付怖い。雨ウザい。
そんな気持ちで書きました。


黒蒼の劣等感

「正の心意と負の心意の、同時使用?」

 

心意について素人とはいえ、また新たに出てきた言葉に首を傾げる。既にうっすらと負の心意を纏った無色の王は原始林ステージの中でもよく目立つ。気怠げにこちらを向き、それでも真っ直ぐ教授しようとしていた。

 

「そうだ。んじゃあ先に負の心意の習得、と言いたいところだがこっちに関しちゃ教えることは殆どない。正の心意が使えるならその応用だ。そのアバターを作り上げるに至った欲望や願望を感情のままに振るえばいい」

 

そう言った無色の王は身体中に負の心意を纏い振り上げることで、黒々とした過剰光が加速世界に一筋の線を作り上げた。破壊不能オブジェクトである大地すら捲りあげんばかりに一閃された跡を見つめ、自分がゴクリと唾を飲む音を鮮明に感じる。

それと同時に、やはり負の心意の方に親和を覚える。あの光り輝く心意を否定するわけではない。むしろシルバー・クロウとの和解を果たした時に自分は心を入れ替えた。ならば負の心意ではなく正の心意、正しい心を持ってこの世界を生き抜くべきだ。

 

……そう分かっていても、人は簡単には変われない。右腕に宿るこの杭打ち機。これはかつて虐められていた自らの傷跡だ。何度も何度もこの首を突き抜かれ、何度も何度もその首を突き貫き返してやりたいと願ったその願望。ハルの翼とはえらい違いだ。

バックドアプログラムでハルが虐められていたのは知っている。それなのにハルのアバターは前に進む翼を宿し、僕はその痛みと恐怖に囚われやり返すことしか考えていないかの如き強化外装。いったいどこで此処までの差がついてしまったのか、

 

「おい」

 

「っ。なんでしょう?」

 

「妄想はいいが心意使う時にそれはいらん。とりあえずやってみろ。正の心意が出来たなら簡単にできるはずだ」

 

「そう、ですね」

 

ふぅ。と小さく呼吸をし、心を鎮める。これは剣道で習得した技術だ。明鏡止水、とまでは言わないが雑念を払い集中力を高めていく。正の心意を獲得した時に必要だったもの、それは強いイメージ。打ち倒され見下され、嘲笑われ逃げ出そうとした時にも立ち向かい、剣を振るった過去の自分。正々堂々真剣勝負を貫かんとした自分の姿。

でも今イメージすべきなのはもっと醜い自分だ。打ち倒された相手を跪かせたい。見下された相手を踏み潰したい。嘲笑った相手の喉元に風穴を開けてやりたい。冷静を装った自分の顔の下に常に被っていた薄汚い自分を鮮明にイメージする。右手にあるのは喉元穿つ新鉄杭。あの痛みを、苦しみを、屈辱を……!

その怒りがたまりきった時、右手の杭打ち機は禍々しい過剰光を現した。

 

「……たいしたもんだ」

 

「……僕も、ビックリです」

 

正の心意を習っていたとはいえ、こうも容易く習得できるとは思わなかった。赤の王との修行の時は体感時間で二十日間。ほぼみっちりやってようやく初歩の初歩を習得できた程度の自分が、負の心意に至っては一日も使わないとは。

 

「……首無牙突(シャープ・ピアーズ・ネックレス)!」

 

ガツンッ!と右手に備え付けられている杭を発射する。前方にあるのは原始林ステージの巨木。その胴体目掛けて深い深い蒼色の光が突き進む。

カッと、発射音より小さい音で大木を貫く。その後も断続的にカッ、カッ、と音が遠ざかりながら響き続けた。しばらく伸ばし手元に杭を戻すと、残るのは拳大に残されたたった一つの丸い穴。それが向こう側をずっと遠くまで見通せるように真っ直ぐ伸びている。これが他のアバターの首元に迫れば…きっとこの大木のように綺麗なまん丸型の穴が刻まれることだろう。こんな憎しみに染まった心意を見たらハルはなんて言うだろう…。

……いや、その覚悟はしているはずだ。見栄を張るより実利を取る。カッコつけて守れないよりずっとマシだろう。なにせこれから王の教鞭を受けられるのだ。葛藤するより時間は有意義に使うべきと意識を入れ替える。

 

「………これで、正の心意と負の心意。両方会得したことになりますか?」

 

「おう、十分だ。それにお前の心意はどっちも常時展開が基本みたいだからな。難易度は変わらんが使いやすさならそっちの方がうえだと思うぞ」

 

「では、御指導お願いします。王の手を煩わせるのは心苦しいですが、明日にでも能見と戦うかもしれないと思うと…」

 

「ああそういうのいいから。そんなこと言ってたら俺なんか明日も食っちゃ寝のグータラ生活確定なんだ。むしろ人任せにしやがって少しは役に立て程度に扱ってくれていいぞ」

 

「……そういうわけには…」

 

そう言われても正の心意と負の心意の同時使用がイマイチしっくりこない。単純に正の心意のイメージと負の心意のイメージを重ねるだけならば、そんなに強くなるとは思えない。むしろイメージが不十分になり威力が落ちるのは目に見えている。

……正々堂々とした自分と怒りに満ちた自分。同時に二つの心意を使う。自分で考えた通りやってみる。……が、あっさり輝いた心意は消え去りドス黒い蒼色だけが存在を強調していた。

ならば次は、と再び試そうとし始めた僕を笑う小さな声が聞こえて、まだ話の途中であったと慌てて前を見る。どうにも今日は思考が迷子になることが多い気がする。

 

「冗談だ。つってもこっからはあっさり習得、ってわけにもいかねえぞ。下手すりゃ1ヶ月かけてもモノにできませんでしたーなんてこともありえる」

 

負の心意そのものについては何も言わず、むしろ飄々とした態度で会話をしてくれることに安堵を抱く。それと同時に、目の前にいるのにまたも居ないかのように扱いそうになる自分に静かに驚く。無駄に熱心な親の教育上、会話をしている相手から意識を逸らしながらでも会話ができる術は身についている。愛想のいい笑顔を浮かべるのもほぼデフォでできる程度には鍛えられているのだ。

なのにこの先輩といると目の前よりも自分自身に視点を持って行ってしまう。まるで全ての目から解放された自分の部屋のように。考えだけに集中できる空間が不思議と今もここに存在していた。

なんというか、遠いんだ、距離が。肉体の距離は近いのに、当然のように心が離れてる。そのせいで遠くよりも近くを見ようと、先輩よりも自分を見てしまう。

殻にこもった城壁のような頑丈なものではなく、底なしの谷のように互いが見渡せるのに近づけない。一定以上近づくことは許さない、そんな距離感を常に置かれている。それなのに向こうからはまるで観察され、見透かされ、してほしい対応をされているような違和感。今まで対面した青の王とも黒の王とも違う。最弱と他称されてもぼっちだと自称していても測れない人間性。やはり彼も王の一人なのだな、という納得と悪寒が背筋を撫でる。

 

「……それで、どうすればその心意を使えるようになるんですか?」

 

「その前に、一つだけ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「はい、なんでも」

 

享受ではなく質問。質問とは、答えを知るために行うもの。僕の何かを聞き、それを知るという行為。さっきの言ったような心の距離が遠い先輩にはなんとも不似合いな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、自分は好きか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

……訂正しよう。むしろ、これ以上なくお似合いな質問だった。この質問を受けて『ナルシストですか?』なんて回答ができるバーストリンカーはいないだろう。一部、いや相当数の人間が怒り落ち込む問いだ。何故なら僕たち全てのバーストリンカーは、自分の()()()()()()()戦っているからだ。

僕がいい例だ。『相手の首を貫きたい』。親すら知らない自分の劣等感の塊を、あろうことか顔すら知らない他人に晒しながら僕はこのゲームの中で存在し続けているのだ。王であるマスターことブラック・ロータスですら自らのアバターを醜悪と一言言ってのけたとハルから聞いている。

自分しか知らない劣等感。それを肌身に感じるこのゲームは、どれほど熱中しても『自分』という枠から逃げられない。その醜さは、どれだけ強くなっても消えることはない。それが現実にまで足を伸ばし始めるのが更に問題だ。

 

バックドア・プログラム。未だ消えない僕の罪。一生背負うと覚悟した自分の愚かさ。ゲームのために、ポイントのために、欲望のために、恋人であったちーちゃんを裏切り、親友だったハルを踏みにじりながら、僕はただ現実を荒らした。そのあとこの罪からすら逃げようとしたこともあったっけ。それすら許したマスターとハルへの感謝は今も忘れていない。そう、あの時から僕はこの身をハルとマスターのために……あれ?でも今の状態はどうだ?ハルは翼を奪われ、マスターのいない梅郷中は能見に荒らされ、それどころか絶対に守ってみせると誓ったちーちゃんすらも巻き込んでしまっている。

 

 

「………そうですね、自分が好きか、ですか」

 

 

こんな状況だからと言い訳して、周りを見ることで自分は冷静だと言い聞かせて、人伝でさらに他の人に頼らなくちゃ何もできない。その上博士とか呼ばれているくせに能見に対する妙案も思いつかない。なんて無能で無力で無価値なんだ。

自覚した愚かさが全身の血を冷たくする。思い出せば出すほど自分が何のために存在しているのかわからない。ハルがレベルアップ時に全損しかけた時のように、あらかじめ説明しておけばと思う事だっていくつも湧いてきた。心の闇と向かい合わなくても、自分の弱さが身にしみる。抑えきれない負の気持ちがまるで呪いのように体から湧き上がる。深くドス黒く染まっていく蒼色。劣等感で染め上げられた負の心意は、イメージで固めたものよりずっと強く硬い力をもたらしている。

……ほんとに、聞くまでもないでしょう。僕は、こんな僕が…

 

 

 

 

「…………大っ嫌いです」

 

 

 

 

その答えを待っていたとばかりに、視界を黒が覆っていく。立つ気が起きず、自分の存在すら不要と思える。足が動かない。手が上がらない。目が……開けられない…。地面が…近く…。

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

「……十分だ」

 

 

 

 

 

倒れた僕の耳には、もう、何も聞こえなかった。




実際「自分が好きか?」って聞かれたらどう返すんでしょうね?
アクセルワールドの人達はこぞって嫌いって答えそうですし、好きって言える人は現実でも少ない気がする。

あ、修行パートは飛ばします。幾ら何でもテンポが悪い。回想で頑張ります。

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