やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

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これで『災禍の鎧〜赤と透明〜』編終了です。


舞台を降りた後

 

 

 

 

 

「…終わったようだな」

 

「……ああ」

 

視線の先、クレーターの中央で立ち尽くしているレインを見ながら呟かれたロータスの言葉に相槌を打つ。長かったようでやはりとても長かった災禍の鎧討伐は、レインの手によって幕を下ろした。あとはストレージに災禍の鎧が存在しなければ加速世界的にはめでたしめでたし、他の奴らから何か言われることもないだろう。

 

「……ないな」

 

一足先にアイテムストレージを確認するが、鎧は存在しない。問題は最も怪しいルークにトドメを刺したレインだが、今のあいつの元へいって不躾に聞くわけにもいかない。しばらくは待機か。

息を吐き、身体の力を抜く。

 

「………なんの真似だ?」

 

しかし、それは直ぐに戻された。常に抜刀されているロータスの片腕が、音もなく俺の首筋に突きつけられたからだ。レーザー系の攻撃だからこそレインの攻撃に耐えられた俺だが、王の一撃なんて食らえば死ぬ。間違いなく一撃死する。逃げようにもこの距離で一か八かを選びたくないので疑問を口にするだけに留める。

 

「…いやなに、鎧は一時的か恒久的かはわからんが討伐された。ならばこそ、今がお前を詰問する絶好の機会じゃないか。

正直に答えろ。ウルフ、お前は何故か私達の後を追わずに先行し、勝手に災禍の鎧と戦った。その理由、包み隠さず答えてもらおうか」

 

嫌な予感がしたからです。なんて、正直には言えない。こういう輩は右と左のどちらかを選べと聞かれて右と答えれば、なぜ右と答えたかとさらに問いかけてくる。そこになんとなくとか勘だとかそんな曖昧なものを許す許容量はないのだ。

 

「………白のレギオン」

 

「!?」

 

だから曖昧なことは言わない。分かりやすく、端的に、相手が欲しい情報を叩き込んだ。

 

「……の一人が今回の事を予見したようなことを言ってた。あの人()が絡んでて良いことが起こるわけがないのは、お前もよく知ってるだろ?」

 

「……ッ!」

 

ロータスがライダーを全損させるに至るまでの背景を俺が把握していることをロータス自身が知っているかは知らないが、加速世界の頂上を巻き込んだ波乱を白のレギオンのトップはあっさりやってのけた。関係者以外には少しも露呈せず、関係者にはまるで答え合わせをするかのように全貌を明らかにする。規模も思考力もオレ達とはかけ離れている人達への悪足掻きに、被害者であるロータスやレインを巻き込みたくなかった。

 

「…一応念押ししとくけど、このことはレインには言うなよ。予測でしかないけど、あいつは今回の件の中心地だが、本質的なところでは無関係かもしれないんだからな」

 

「………分かってる。だが此度の事を予見したという時の事は話してもらうぞ」

 

「また後でな。…おい、クロウ」

 

「……え、あ、はい!」

 

「色だけ交換するからこっち来い。あとパイルはどこに行った?」

 

「パイルなら直接離脱ポイントに向かって貰っている。逃げ方の予想はしていなかったが、少なくとも挟み撃ちにできると踏んでいたからな。爆発を見て恐らく戻ってくるだろうだろう」

 

焦げ焦げになったクロウに輝く銀色を返却すると、ああなるほど。確かにサンシャインシティの方角に青いアバターの小さな影が見えた。この中で唯一重量系のアバターなのに一番遠い場所に派遣されるとは可哀想に。イケメンじゃなかったら同情してた。

 

「……あ、変遷」

 

パイルの方をぼうっと見ていると、その後ろからパイルを呑み込もうとしているかのような勢いで迫り来るオーロラのような幕が現れた。その幕が通った場所は今までいた鋼や荒野を塗りつぶすように姿を変えていく。太い幹を持つ大樹が連なり美しい自然が溢れかえる。ついにそれは俺たちの所にも訪れ、ゴツゴツした足の感触がどこか柔らかい物へと変わっていく。空気すら美味しいと思える程爽やかだ。

 

「…へえ、こんだけの景色は久しぶりだな」

 

後ろから聞こえた声に振り返る。そこにはクレーターから這い出たレインが頭のツインテールをピョコピョコ動かしていた。

 

「……もういいのか?」

 

「おう。こんな景色見せられちゃメソメソなんてしてらんねえしな」

 

ハハッと軽快に笑うレイン。足取りも軽く、影も感じられない。完全に乗り越えたかは分からないが、それでも笑える程度には受け入れたようだ。

 

「んじゃあエネミーが沸く前にストレージ確認してとっとと帰るか」

 

パイルが息を切らしながら辿り着いたタイミングで、初めての変遷に戸惑っているクロウや嬉々として説明に走っているロータスに提案する。あれだけの死闘を繰り広げたのにまだ騒ぐ元気がある若者達にほとほと呆れるが、鎧があるかもしれない状態で気を抜くのは下策だろう。

 

「そうだな。では、全員ステータスを開きアイテムストレージを確認しろ。そしてそこに災禍の鎧があったのならば、絶対に消し去れ。二度と同じ事が起きないように」

 

ロータスの言葉に従い、改めてストレージを確認する。真新しい項目は見つからず、それらしいアイテムは存在しなかった。

 

「俺はないな」

 

「……ありません」

 

「あたしもだ」

 

「僕もです」

 

俺、クロウ、レイン、パイルが順々に結果を報告する。そして自然と視線はロータスに集まる。俺たちのところにないということは、必然的にロータスの元か、あるいは……

 

「………私もない」

 

ロータスの報告に全員が沈黙する。持ち主が全損した時に一定確率で倒した相手のストレージに移動する災禍の鎧。それが無いということは、ついに何処にも移動せず消滅したということになる。

 

「……消えたんですよ、今度こそ」

 

「ええ。あの爆発はサンシャインシティの方からも見えました。消滅したって証、でしょうね」

 

どこか確信めいたように宣言するクロウに同調するパイル。確かにこの面子で嘘を平然とつける奴はいないと思う。怪しいのは俺くらいだ。そして俺が俺である以上俺が嘘をついていないことがわかっているので、きっと本当のことなんだろう。

 

「ならば、ミッションコンプリートだ。諸君、帰って祝杯をあげようじゃないか」

 

「お、いいね!シャンパン開けようぜシャンパン!」

 

「馬鹿者、子供はジュースを飲め」

 

可愛らしい言い合いをしながら二人の王が歩き出す。それに付き従うようにクロウとパイルが後を追い、最後尾に俺がついていく。団欒を聞きながら変遷によって出来上がった世界樹の根元に着くと、青い光が渦巻きながら輝いている離脱ポイントにたどり着いた。

ようやく帰れる平和な我が家が目前にある。前々から振りかけられた重荷も解かれた。ならば足が軽くなるのも仕方がないだろう。寸分の狂いもない結論を端に、光の中に消えようとしている王達の順番待ちをしているクロウ達と距離を詰めた。

 

「………え?」

 

するとまるで惚けたような、息が僅かに止まったかのような反応をクロウが起こした。

 

「…どうした?」

 

「あっ、いえ。あの…先輩、今何か言いました?」

 

まるで答えが分かっているかのような問いかけ。独り言が漏れることなどプロボッチたる俺がする訳もない。独り言は予想以上に教室で響くのでヘイト集めが捗ってしまうことを、俺以外のボッチを見て知っている。

 

「いや、何も言ってない。なんかあったか?」

 

「…た、多分気のせいだと思います!お腹が空いたからかな!あはは…」

 

誤魔化すように笑いながらクロウもポータルの中に消えていく。声なき声でも聞こえたのだろうか。あれ、ならそれ俺じゃね?俺超少数派だし。むしろ最小まである。

 

「っと、俺もとっとと帰らねえと」

 

フヒッと不気味な笑いが湧き出そうな顔を引き締めてポータルに向かう。現実時間的にほんの僅かだろうが、遅れたら遅れたで文句言われそうで怖い。多数派のあいつらに俺の声は聞こえないのである。そんなことを思いながら足をポータルに踏み入れた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ舞台の表へ」

 

 

 

 

 

 

背中を押される感触と同時に聞こえてきた声。バッと反射で振り返った時には、既に俺の家で椅子に座っていた。突如奇行に走った俺を皆が訝しげに見ていたが、それを気にしろというのは今の俺には難しいだろう。あの声を聞き間違えるほど難聴に陥っているつもりはない。

 

……あれは、間違いなくスピリットさんの声だった。

 

『舞台裏は、客席から見えないだけで舞台の上であることに変わりはないんだから』

『物語の冒頭、それに相応しいこわ〜い敵がでてくるまでは舞台裏で待っててね』

 

……本当にあの人はどこまでも心を縛ってくる。《物語の冒頭》《こわ〜い敵》そして《舞台の表》。かつて言われた言葉で今まで頭に入れていなかった事が全て繋がる。今日は一度もスピリットさんを見ていなかったのにあの一言で頭を支配するのは流石というべきか。

詰まる所、俺は脚本家たるスピリットさんの手のひらから逃げられていなかったという事だろう。それも今回の事件は《物語の冒頭》と来たもんだ。そしてスピリットさんの言う通り(台本通り)俺が舞台の表に引き摺り出されたということは、彼女らが書いている脚本の主人公がこの中にいるのだろう。そしてそれもまた、言うまでもない。

プロローグ、または第一章で早くも怪物を倒した姫の物語。そして次からは更に強大な敵が現れることだろう。そしてそれは、舞台の表に出た俺にも降りかかる。脚本家はそれを躊躇わないだろう。台本通りに動かされるキャラクターが、脚本家に対抗するには何をすればいいのだろうか。

 

考えることに夢中になっていた俺は背後から近づいてくる一人の少女に気づかなかった。突如バシーン!と背中を叩かれる。驚きのあまり身体が縮むかと思った。恨めしげに横を見るとレイン…いや、上月が快活に笑い、俺を叩いたであろう右手をプラプラさせていた。

 

「辛気くせえ顔してんなよ!ほら、お前も早く混ざれ!」

 

もう片方の手には何の変哲もないオレンジジュース。押し付けるようにそれを押し付けてくる。気づけば黒雪や有田に黛も同じように片手にジュースを持ち、笑っていた。

 

「………ハッ」

 

思わず俺からも笑みが漏れる。そうだ、あの人達のことは、舞台から降りてまで考えることじゃない。脚本家たる彼女らがだって、こんなところまでストーリーに含めたりはしないだろう。第一章が終わって、その打ち上げだ。だったら今くらい、考えるのを止めて楽しんでもいいに決まってる。

 

「…コホン。では、八幡もコップを持ったところで。災禍の鎧、クロム・ディザスター討伐を祝して、乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

軽くコップを上げて音頭に合わせる。

何はともあれ、俺たちは帰ってきたわけだ。情報の仮面に顔を隠した加速世界じゃない。隠した仮面を剥ぎ、素顔を晒せる、現実世界に。

 

「うっまー!」

 

隣で馬鹿みたいに笑っている上月を見てまた笑ってしまう。言葉遣いこそ変わっていないが、その笑顔は天使モードの時と遜色ない程に輝いている。憑き物が取れたような爽快さだ。この笑顔が見れるんなら、現実世界も悪くない。

馬鹿げているが素直にそう思える不思議な笑顔から目線を外し、俺もコップを傾ける。それは、今まで飲んだ中でも格別に美味かった。

 

 

 

 




ってことで改めて第2章〜完〜
まあ終了というより次回以降の布石を作り上げる章でした。
次以降は後日談的な幕間を挟みます。それかまたオリジナル作るかですね。

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