作者として投稿しないわけにはいかないので頑張りました。
といっても特別編などではなく単純な続きです。
そしてこの話から第二幕の始まりです。
災禍の鎧編もどうぞよろしく
それが、君の望みか?
『八幡……世の中にはな、【本物】なんてものはないんだよ…。【本物】に見えても、そいつは【偽物】なんだ」
妙に悲しそうな顔と声をした親父が、不思議な絵を弄びながら俺に言った。
これは確か俺がまだ保育園の時、親父が俺の迎えをしていた帰り道で綺麗な女性に騙されて贋作の絵を買わされた夜のことだったか。詳しく会話は覚えていないが、女性は本物にしか見えない笑顔で親父に近づき、巧みな話術で絵を進めていた気がする。何を持って親父が絵が偽物であるか気づいたかは知らないが、実体験からの言葉が嫌に耳に残ったのを覚えている。
だがその頃はまだまだ子供で、大人に出来ないことが出来る自分がカッコいいと思っていた。だから見つけてやろうと思ったんだ。親父のいう【本物】ってやつを。
曖昧な意味なので正確にどんなものかは分からなかったが、とにかく正しいものだと思った。キラキラ輝いているかもしれない、見るだけで幸せになれそうな、そんなものだと。
しかし、俺はその翌日に親父の言葉が真実であると知ることになる。
その日はみんなが楽しみにしている運動会だった。ニューロリンカーで電脳化が発達してきても、身体を動かさないと不健康であるのは今も昔も変わらない。
みんなが楽しみと言ったが、当然俺も例外ではなく朝どころか前日の夜から興奮して、親父の悲しみなど頭の片隅に追いやっている程だった。
事が起こったのは運動会最後の種目、クラス対抗リレーの時だ。当時の俺は足が速く、なんとリレーでアンカーを任されるレベルだった。まあジャンケンで勝っただけのものではあるが今はいいだろう。
さて、対抗リレーは予想以上に盛り上がった。子供たちが必死に走り、互いに抜き抜かれを繰り返しては手にあるバトンを次の子に渡していく。そしてついにアンカーである俺の番になった。俺の前の走者である女子が一瞬俺に近づくのを躊躇ったので、少し遅れそうになったが現在俺たちのクラスは一位。このままいけば優勝も難しくないだろう。バトンを受け取った俺は全力で走った。チラッと後ろを見ても追いつける距離にはいない。十分安全圏内だった。
これはいける、と思った時だった。子供にとって、寝不足というのはかなりの強敵である。つまりはそういうことだ。襲いかかる眠気が、足元のバランスを崩した。一瞬早く表示された警告も間に合わず、俺はそのまま地面にダイブした。なんとかすぐに起き上がることはできたが、その間に抜かされてしまい、俺たちのクラスは2位になった。
『みんな、ごめん』
俺は泣きそうになりながらみんなに謝った。俺が転けなければ一位になれたのに、と。
『気にすんなよ、比企谷』
『そうそう、惜しかったって。また頑張ろうよ』
『それより足大丈夫?』
『うわー痛そう』
そんな俺にみんなは攻めるでもなく普通に接してくれた。先生も一緒に、むしろ励ましの言葉をかけてくれた。当然嬉しかった。親父に向かって本物なんてこんな近くにあるじゃないかと言ってやりたくなったほどだ。
『おーい比企谷!足擦り剥いてるだろ。保健室行ってこい!それ以外は教室に戻れー』
担任の声に促されて俺は保健室に向かい、他のみんなは教室に戻っていった。とはいえ足の傷も大したことはなく、消毒とガーゼを貼るだけでみんなと合流するよう保健室の先生に言われた。
教室の前に辿り着き、もう一度だけ謝ろう。そう決意して扉に手をかけた。
『あ〜あ、比企谷がいなけりゃ勝てたのになー』
教室の中から聞こえた声が、俺の動きを全て停止させた。
『ほんと、あそこで転ぶとか…』
『みんな頑張って一位になれそうだったのに…』
『私なんか比企谷にバトン渡したくなかったけど、一位になりたくて頑張ったのに〜。あいつに少し触れちゃったよー』
『うわー。洗った方が良くない?バイキン…いや、比企谷菌が移っちゃってるかも」
『やだー。比企谷菌タッチ!』
『わっ!いまバリアしてたもーん』
『比企谷菌にバリアは効きませーん』
僅かに空いていた扉の隙間から中を見て、愕然とした。あいつらは、本当にさっき俺と話していた奴らなのか?さっきまで悔しそうでも同情の視線を向けていた奴が、今では嘲笑うような笑みで笑いあっている。
…ああ、これか。これが、【本物】に見える【偽物】か。
一字一句違わず親父の言葉が思い返る。気づけば俺は教室を離れていた。
無意識のうちに保育園を彷徨い、職員室の前に来てしまっていた。といっても職員室に用はないので、そのまま通り過ぎようと歩みを進めた。
『くっそ、比企谷め。なんであそこでコケるんだよ…』
また、身体が止まった。
『いやーあの時はもうダメかと思いましたよ。んじゃあ約束通り、今日の晩飯ゴチになります』
『ちっ。やっぱり比企谷なんかにアンカーは失敗だったか。ジャンケンじゃなくて俺が決めればよかったぜ』
『ははは、結果論ですね。そんなこと言っても奢ってもらいますよ』
『わーってるよ。来年は他の奴にアンカーやらせるから今度こそ奢らせてやる』
ハハハハ。中から聞こえる笑い声が、いやに薄気味悪く聞こえる。あいつは、本当にさっき俺を励ましてくれた奴なのか?気にすんなと肩を叩いてくれた奴が、今では吐き捨てるような扱いをしている。
これもか。また、【本物】に見える【偽物】か。
気づけばまた、俺はその場を離れていた。
☆☆☆
『おーい比企谷。何してるんだ?そんなとこで』
教室に入る気にもならず、少しの間だが保育園内を彷徨っていた俺に後ろから声をかけてくる人がいた。
『はーん。さてはまだ転んだことを気にしてるんだな。大丈夫だって!もう誰も気にしてねーよ。教室戻るぞ』
そいつは、俺の担任だった。さっき職員室で話していたのが嘘のように
(…気持ち悪い)
何事もなかったかのように笑えるこいつが気持ち悪い。偽物を、まるで本物のように貼り付けられるこいつが気持ち悪い。偽物が本物のようになっているこいつが気持ち悪い。
そう思っても、担任の意思を無視するわけにもいかず俺は教室に戻された。
『あ、比企谷。足、もう大丈夫なのか?』
『もう痛くない?』
教室に戻れば、さっきまで比企谷菌と嘲笑っていた姿を何処かに隠したクラスメイトが心配そうな顔で近寄ってくる。
(…怖い)
怖い。目の前の仮面を貼り付けたこいつらが怖い。本性を、まるで蓋をするように隠せるこいつらが怖い。偽物を本物のように見せられるこいつらが怖い。
それからは、誰の姿も偽物にしか見えなくなった。
『あれ面白いよね!』
『わかる!あれすっごい感動した』
『名作って感じだよね!」
ずっと楽しそうに笑っているのに…
『ねえ、あいつ最近ウザくない?』
『わかる。ちょっと知ってるからってテンション上げ過ぎ』
ふとした時に仮面がずれる。いつの間にか、偽物のメッキが剥がれる瞬間を探すのが得意になっていた。全くもって嬉しくない。そんなことを続けていたら、そのうち裏があるのが当たり前という結論に達してしまった。
そう、裏があるのが当たり前……それを当たり前と思っている時点で、俺は自分が毒され始めていることに気づいた。偽物だらけの世界で、偽物である事が当たり前でなことが、どうしても許せなかった。
自分勝手な願いであることは分かっている。全ては自分の為で、そのくせ浅ましいくて愚かしくおぞましい。その上【それ】が何なのかと正確に言えないほど曖昧なものなのだ。
でも、それでも望まなくてはいられない。親も、子も、友人も、隣人も、知り合いも、他人も、全てが偽物で出来上がっているかのような世界で。可能性が低くても、それを得るのが困難でも、そもそも存在しなくても、手にすることも触れることも出来なくても、望むことすら許されなくても。それでも、それでも俺は……
「俺は、本物が欲しい」
『ーーそれが、君の望みか?』
と、いうわけで夢だけで一話。
アクセルワールド的に『それが、君の望みか?』はやらなくちゃ(使命感)な感じだったので。
あと原作のように時間飛ばします