予告しなくてよかった。
東京のとある一角、ブレイン・バーストというゲームアプリをインストールしている者のみが入れる仮想空間で一つ、見れば誰もが気にして止まない対戦が行われていた。
少し前からタッグ戦を行っていたものなら間違いなく気づき、しかし決して対戦を挑まないであろう相手に、ついに一つのペアが対戦を申し込んだのだ。
しかも挑戦者は現在加速世界で知らぬ者なしといって過言ではないシルバー・クロウとバウンサーとして名が通っているアクア・カレント。これに興奮しない奴はモグリだと言わんばかりに観客のテンションは右肩上がりだ。
しかし、ほんの少し冷静になるだけで上がっていたテンションは、下降こそしなくとも停滞するだろう。その理由は、もう片方のペアに誰も挑まなかった理由と共に容易に理解できる。
・Silver Crow(Level2)
・Aqua Current(Level1)
VS
・Sky Raker(Level8)
・Clear Wolf(Level9)
誰もが思った。
…これはひどい。
ブレイン・バーストは『同レベル同ポテンシャル』を基本としている。もちろん多少なりとも差はあるだろうが、圧倒的な差はない。なのでレベルが相手より上というのはそれだけでアドバンテージになるのだ。
それだけではない。このゲームにおいて、当然ながらプレイヤーにはレベル上限が定められている。某モンスターゲーのようにlv100か、はたまた廃人作成ゲーのようにlv9999までいけるのか?
答えは、それより圧倒的に少ない。lv10が最大である。
ゲームをある程度していれば納得できると思うが、ゲームそのものが手抜きでない限りレベル上限が低ければ低いほどレベリングにかかる時間が増えるといっていいだろう。さらに一つレベルがあがる度にてぎるステータスの差も想像に難くないはずだ。
さて、それを踏まえてもう一度対戦プレイヤー達を見て欲しい。
片やレベル初期値とその一つ上。片やレベル最大値寸前とその一つ下。差は歴然だ。単純なステータスなら天と地の差があり、クロウとカレントの敗北は確定しているように見えた。
観客もどっちが勝つかではなく、何分粘るかとか何故挑んだのかという話に移行している。
しかし始まったからにはひたすらバトル。どのプレイヤーもひたすら闘争心を……
「無理です!ぜっっったいに無理ですって!」
闘争心を……
「レベル8とレベル9って……もう最強クラスですよ⁉︎しかも一人王ですよ⁉︎やれてもひたすら逃げるくらいしかできませんって!」
「速度の関係上あちらの方が速い。だから逃げることもできないと思うの」
「ならなんで挑んだんですか⁉︎」
…一部逃走心を燃やしていた。
ハルユキにとって、王とは親である黒雪姫と同等の存在。つまり自分では手が届かない、遥か高みの存在となっている。
「えーと、えーと。たしか前にウルフ先輩のアバターについて少しだけ聞いたことがあるんです。早く思い出さないと…」
とはいえ、口では逃走心丸出しでもハルユキだって始めから逃げる気なんぞはさらさらない。ゲーマーであるハルユキには、王と戦えることがビックイベントなのは分かる。
だからこの対戦で少しでも学べることはないか。それをするために必要な記憶を、必死に思い起こしていた。
☆☆☆
「なに?クリア・ウルフの特性?」
たしかあれは二週間ほど前、幼馴染であるタクムと和解できたと思ったら今度は比企谷からの決別宣言をされた、その三日後だったか。
黒雪姫が退院する前にレベルアップしてみせると意気込んでいたハルユキはタクムの援助の元、様々なバーストリンカーと戦うと同時、加速世界についての知識も取り入れていた。フィールドの属性、自分のアビリティの活用の仕方などをだ。
その中の一つ、アバターの色の特徴で気になったことがあった。基本的に赤なら遠隔、青なら近接、緑は防御に優れ、黄色は妨害に優れている。そんな基礎の基礎程度の知識だが、それでも疑問に思った。
「…ええ。比企谷先輩の色って透明…なんですよね?でも教えてもらったカラーサークルに透明なんてないじゃないですか?だから参考までに教えてほしいかな…と」
比企谷の話を出した瞬間に黒雪姫の機嫌が直下したのを察し辞めようとも思ったが、ハルユキにとっても引いたらそこまでと思い、とりあえず最後まで言い切った。さすがに三日程度で自分を拒絶した人間の話をするのもどうかと今更ながらに感じたので、これで断られたらそこまでと思おうとしていたのだが、小さく咳払いをしてハルユキに向き合う黒雪姫を見るにどうやら答えてくれるようだ。
「…ふむ。まあ可愛い我が子が教えを請うているのだ。素直に教えてやりたいのは山々だが…正直私にも正確には分かっていないんだ」
「へ?黒雪姫先輩にも、ですか?」
「ああ。そもカラーサークルによる特性も説明書があるわけではないんだ。だから言ってしまえばバーストリンカーが勝手に言っているようなものなんだよ。
未だに黒や白の特性も分かっていない現状で、透明色の解明などは論外とまで言われている。……まぁあいつを記憶してる数少ない奴らからだがな」
「ほへぇー」
黒雪姫の説明にハルユキは静かに感嘆の溜息を漏らす。ブレインバーストは2039年に配信されたはずなので、現実時間で既に5年以上、加速世界で換算すればそれ以上の時間が経っている。
それだけの時間があれば各々がこのゲームについて調べまくったはずだ。バーストリンカーの中には調べ物が得意なアバターだっていなくはないだろう。それでも解明されていない比企谷と黒雪姫の希少性に素直に驚いた。
それと同時、加速世界初の完全飛行型アビリティという希少性でならその二人にすら勝っているかもしれないと思い至り口元が緩むが、自分はまだまだペーペー。気をぬく暇はないと己を律した。
「……だが、分かっていることも幾つかはある」
しかし話は終わらないらしい。微笑ましいものを見るような顔でハルユキをみる黒雪姫は、子としてはなんとも頼もしく見えた。
そんな親の言葉を聞き逃さんとしっかり耳を傾ける。
「透明色の特性かは判明していないが、彼奴の必殺技にはある特徴があるんだ」
「必殺技?通常技やアビリティにじゃなくてですか?」
「そうだ」
何人ものバーストリンカーを相手にしてきたが、色の特性は通常技やアビリティに強く出るとハルユキは思っている。
近接の青なら剣などの近接武器、遠隔の赤なら銃などの遠隔武器だったりだ。そうでなくても紫系統ならば必殺技ゲージを使わずに電気を放ってきたりする。もちろん必殺技は一層特性が出るのは間違いないが、それは相当珍しいものだと思った。
(いや、それを言ったら僕なんか必殺技を使ったって銀の特性なんて出ないじゃないか。それより今は先輩の話を聞かないと)
「そ、それでその特徴ってなんなんですか?」
「……それは」
ゴクリ、と自分の喉がなるのが聞こえる。特性が解明されていないアバターの特徴。希少な者はそれ相応の強さを備えてるのが王道だ。エグい能力かもしれないし、ハイリスクハイリターンの代物かもしれない。期待と不安が入り混じる中、黒雪姫が口を開くのを待った。
しかし、それは違う意味でハルユキを驚かせるものだった。
「それはな、
「びょう、どう?」
「ああ。あいつの必殺技は全て、全プレイヤー全カラーに同効果をもたらす。まあ敵ではなく自分を対象とする必殺技も幾つかあるから一概に全てとも言い切れんがね。
しかしそれ故に、下位のプレイヤーとの差は他の王と比べて小さいと言っていい。王ともなれば通常技一発で中堅プレイヤーを葬るなど珍しくもないからな」
くっくっと笑う黒雪姫に薄ら寒さを覚えると同時、比企谷もそんな人達と同レベルの存在なんだと再認識する。
「まあ奴のアイデンティティーであり最も厄介でもある、透明で見えないということそのものの方が特徴と言ってもいいかもしれないな。
実際に戦えば分かるが…何もないところから痛みが来るというのは中々の恐怖体験だぞ?しかも八幡は現加速世界最速と言われている。見えず、すばしっこいとなるとこれまた面倒くさいこと限りなしだ」
「か、加速世界最速⁉︎」
あまりにさらりと出てきた称号に、ハルユキは目に見えて動揺を表す。
それもそのはず。最も優れたステータスを持っているだけでも驚きなのに、それを持っている人が人なのだ。なにせ…
「見えない上に最速って…それなら、もう最強じゃないですか‼︎」
見えなければこちらの攻撃は当たらず、逆にあちらの攻撃は防げない。さらに最速ともなればなおさらだ。しかもレベル9ともなれば素のステータスも違う。下位のプレイヤーとの差が小さいなんて言っていたがむしろ逆、最も遠いバーストリンカーではないか。
「落ち着きたまえ。ブレイン・バーストは同レベル同ポテンシャルを基としているのは君も知っているだろう。君が想像しているようなぶっ壊れ性能ではないさ」
「え、えぇ〜?でも、見えなくて速くて強いんでしょう?神聖系ステージでは僅かに見えるといっても、やっぱり強すぎませんか?」
考えれば考えるほど比企谷先輩に勝てる姿が想像出来ない。むしろノーダメージで比企谷先輩が完勝する未来だけがありありと想像できるようだ。
「確かに彼奴は見えないし速い。だがな、強いというのは間違いだ」
「へ?」
しかしその予想を黒雪姫はバッサリと切り捨てた。
「八幡のクリア・ウルフは色を持たない。それはこのゲームで言えば長所を持たぬとも言えるのだよ。青色を持てば近接に強くなれるように、何色も持っていない彼奴には切り札になりうる攻撃手段がないのさ。さらに緑のような守りを強める色もない。
はっきり言えばクリア・ウルフの攻撃力、守備力は全アバターで最弱なんだよ。それに加え、常時透明色を保てないようにするためか奴の体には色を吸収する特性もある」
「色を、吸収?」
「うむ。これは又聞きになるが、彼奴が直接相手のHPにダメージを与えた際に確認された情報らしい。そのダメージ量に比例して、クリア・ウルフの色が徐々に攻撃したアバターと同じ色になっていくそうだ。
予測ではHPのやパーセンテージ量の可能性が一番高いと言われているよ。二割削られれば20%色が染まる、という感じでな」
「な、なるほど。半分も削られれば完全に視認できるってことですか。
ん?でもそれって…
「それだと今度は最弱に近くなってくるんじゃ…」
レベル云々を抜けば攻撃防御ともになく、色によるアドバンテージも時間によってなくなる。それでは勝てる勝負がなくなってしまう。
「…余ったポテンシャルを全部速さに持ってかれた、もしくは速さ以外に注ぎ込むポイントが無かったと言われるほどだしなぁ。必殺技も私の知る限り一撃必殺なんぞ皆無、むしろじわじわ削ってくものばかりだし」
うーむ、と考え込むが黒雪姫は小さく笑い、いたずらっぽく言った。
「ま、戦ってみれば分かる。長所だなんだと言い表せはしないが、奴は強いよ」
☆☆☆
あの時はこんなに早く戦うだなんて思いもしなかった。それでも僅かながらでも情報アドがこちらにはある。善戦、あわよくば勝利を目指そうと力強くハルユキは拳を握った。
そうこうしているうちに敵が十メートル以上離れている時に表示されるガイドカーソルも消えた。つまりそれは相手が近づいている証拠だ。
ローレベルのこちらが仕掛けるには力不足だったので、仕掛けてくれるのはありがたい。気持ちのいい緊張感を張り巡らし、ジッとガイドカーソルが消えた方向へ警戒を向ける。
「…シルバー・クロウ」
「はい、カレンさん。頑張りましょう!」
「それはもちろんなの。でも…」
「大丈夫です!もう覚悟完了しましたから!」
「だからそうではなくて…」
逃走心に火を燃やしていたことについてだと思ったがその心配はもうない。やる気も闘争心も漲っているのだから。
「敵。後ろなの」
「へ?」
緊張感が不意に途切れる感覚と同時、僅かに振り返れたその先には空色のアバターが二つハルユキ達に襲いかかった。
まさかのクリア・ウルフのアバター解析だけで一話使うことになろうとは。
こ、今度こそ!今度こそはバトルを…