ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第61話:北の大地 〈その4〉

 現在ジオン軍と連邦軍のミリタリーバランスは、危うい均衡の上で成り立っている。

 ジオン軍においては、地球侵攻作戦の要諦である降下作戦そのものは成功したものの、広大な地球の大地、海原を支配するには人的要員が足りなかったのだ。(いたずら)に占領域を拡大すれば、管理運営が疎かになるだけにとどまらず、防衛能力の低下等の問題が積み重なり、自らの首を絞めかねない。

 では連邦軍はどうかというと、宇宙艦隊の壊滅的打撃と緒戦から続く敗戦が度重なり、熟練した将兵や有望な若者達の流血を代償に、まだ抗戦を続けられる余地を残していた。ジオン反抗作戦の一環として新型モビルスーツ開発に着手してからの速度は凄まじく、加えて既存艦船の改修と今後の戦いを踏まえた新造艦の建造に腐心していた。

 時間を掛ければ掛けた分だけ、両軍とも問題点を改善、解消でき得るだろう。

 一部例外を除いて、各地域の前線は停滞していたのだから。

 

「その状況から脱する為にパナマ攻略作戦を練っていた、という訳か」

 

 ザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」のブリッジは、普段とは異なる空気が流れていた。

 無論、険悪な雰囲気や殺伐とした類のものではない。

 部隊長と馴染み深いクルー達は、己の職務を果たそうと真摯に取り組んでいる。

 艦長席のサイ・ツヴェルク少佐は航行状況を確認しつつ、到達予定地の情報を取り纏め司令席に座るメルティエ・イクス大佐へ提出していた。彼は項目に目を通しながら副官へ一言、二言送るとブリッジのフロント部に立つ人物へ答える。

 

「ガルマ閣下の考えに賛同はできる。そうでなければ、太平洋を渡って来るものか」

 

「不満が見え隠れしているように聞こえるが、構わないのか?」

 

 白色に角飾り付いたヘルメットに赤い軍服、顔半分を覆うマスクが特徴的な軍人は不敵な笑みを浮かべながらメルティエを窺う。

 仏頂面を隠さない彼へ注意を促しているとも、本意を探ろうと尋ねているようにも思える。

 

「はて。シャア・アズナブル中佐はいつからタレコミ屋に成られたのかな?」

 

「フッ、密告等はしないさ。

 ただ、メルティエ・イクス大佐の指揮下に入るのなら方針を聞いておかねばなるまい」

 

「それはそれは? 職務熱心で助かるよ。

 ……しかし、実動員がシャア中佐だけとはな。何かと勘繰ってしまうが」

 

「こちらはまだ、地球に降下してまだ一週間も経っていない状況だ。

 コムサイに搭載しているモビルスーツは宇宙仕様で、部下達のものを用意できていない。

 私は副官の操艦技術は信頼しているが、白兵戦ができるとは思っていないのでな。戦力が整っていない状況で他部隊と合流するのは得策ではない。ならば、私だけでも”指揮下に入る”事で体裁をとるしかあるまい」

 

「一々ご尤も。それで、持参したモビルスーツは使えるか?」

 

 ならば「戦力足り得るか」と問われ、シャアは細い顎に手を当てる。

 マスクの下でどのような思考を巡らせているのか、メルティエには解らない。

 しかし、視点を変えれば何処か懐かしいものを覗かせてくれるようで。他の階級が高い者なら「不遜」と怒るだろう仮面の男に、その仕草と癖に懐旧していた。

 

「過不足ない、と答えたい所ではある。

 実情は心許無いな。私の機体を調整してくれた者達はまだ宇宙にいる。地上には地上のやり方があるのだろうが、やはり機体の調子を理解できる人間に任せたい。

 これが単なる我が儘ではない事は、イクス大佐にも理解してもらえると思うが?」

 

「理解できるが、それは武器にならんよ。同情を買ってくれと言っているようなものだ。

 ガルマ閣下へ補給申請はしたのであろう? 任務に赴くのにそれもなしでは話にならんぞ」

 

 肘掛けに体を預ける灰色の男に、仮面の男は肩を竦めてみせた。

 隣に居るサイにとって、シャアの態度は上官を挑発しているように見える。

 だが、メルティエの人となりを紐解けば、こうした相手を許容できると納得してしまう。

 腕利きの狙撃兵ながら前部隊で問題を起こしているハンス・ロックフィールド少尉然り、若輩ながら整備主任を任せているメイ・カーウィン然り。前歴が不透明なシーマ・ガラハウ中佐然りだ。

 そうした様々な人間を内包するのがネメア隊であり、メルティエ・イクスの麾下部隊である。

 潜在的なダイクン派も所属している等、他では難色を示すだろう将兵らが集い過ぎていた。

 

「何処もパナマ攻略作戦を見据えて行動している。名札の付いていない機体は少ないのだろう。

 無論予備機もあるだろうが、それはキャリフォルニア・ベースの防衛戦力になる。簡単に譲渡できるものではない、そう言われてしまったよ」

 

「ふむ……シャア中佐の言い分とガルマ閣下の返答を聞くと、嫌な予感がする。

 もしや、モビルスーツの換装作業すらしてないのか?」

 

 額に拳を当てるメルティエの様子に、

 

「整備と称して分解されたくはなかったもので」

 

 しれっと答えるシャアである。

 

「……これから部下になる男の傲岸不遜ぶりに、俺は呆れて物が言えぬよ」

 

 言葉を裏切るように渋面に顔を歪めず、薄い笑みすら浮かべている。

 その反応は想定していなかったのか、流石のシャアも「おや?」と様子を見ていた。

 息を一つ吐いたメルティエはシートから腰を上げると副官の肩に手を置く。シャアから死角になっているため表情を読み取れないが、その横顔が見えるサイには口元が斜め上へ引かれている事が丸分かりである。

 

「サイ、後は任せる。何かあれば連絡してくれ」

 

「は。地形情報収集のためポイント21-25へ偵察機を向かわせたいのですが、よろしいですか?」

 

「なら、ルッグンだけでは敵軍と鉢合わせたとき火力不足だろう。ドップをつけて出せ」

 

「了解しました」

 

 手を軽く振り「ついて来い」と意思表示をするメルティエを追い、シャアも退出しようとする。

 そのとき、身に迫るものを感じて振り返り、

 

(――――なるほど、『ネメアの獅子』という二つ名は伊達ではないのだな)

 

 クルー全員の視線が己の身へ針の筵の如く刺さっていたのだと知る。

 まるで振り返るのを待っていたように、彼らは部隊長とは異なる意思表示をしていたのだ。

 それはシャアをして着目せざる得ない強固な結束力であり、一人の男を案じるが故の警戒心とも縄張り意識とも呼べる類のもの。

 ”同胞”なぞ持たざるものである『赤い彗星』のシャアは、自身の意識へ触るものが酷く癇に障るものに覚えた上で、()()らしいと自然な苦笑いを浮かべた。

 上下関係から成る「縦の結束」ではなく、仲間意識からの「横の結束」から部隊を纏め上げた。これは部隊責任者のダグラス・ローデン大佐の仕業ではなく、ほぼ間違いなく『蒼い獅子』のメルティエが形作ったのだろう。

 其処へ至るまでにどれほどの事があったのか、部外者であるシャアには分からない。

 ただ。容易く理解できるのは確かにあった。

 此処へ集う者達は軍隊である前に、とある獅子の下へ集った一つの”群れ(プライド)”である、と。

 

 

 

 大方の作業は済んだのか「ネメア」のモビルスーツハンガーは普段に比べ穏やかだった。

 休憩時間なのか整備士も疎らで、各々が世間話に興じている。

 

「おや、大佐ではありませんか。如何しました?」

 

 モビルスーツデッキへ足を踏み入れた蒼と赤の軍人を発見したのはロイド・コルト技術大尉だ。彼は最終チェックをしている最中だったのか、手元の携帯端末を操作し何か計測をしていた。

 メルティエはシャアとロイドに互いを紹介すると、早速とばかりに用件を切り出す。

 

「どうだろう、例の機体は?」

 

「あぁ、進捗を確認に来られたのですね。機体の方は仕上がっております。

 どうぞ、此方へ」

 

 ロイドはタブレッド型の端末を脇に仕舞うとハンガーの奥へ足を進め、二人のやり取りに訝しむシャアを置き去りにしてメルティエも続く。

 シャアは胸中で「まさかな」と呟きつつ、実は良く知る彼とこの場所へ案内された流れから否が応にも期待してしまうのは仕方がない事であった。

 

「ジェネレーターの出力は安定域に収まりましたが、試乗運転がまだなので完全とは言えません。通常機動は問題ないと断言できますが、長時間の高速機動はどのような負荷が機体に掛かるか見当がつかない、と言わざるを得ないのが現状です」

 

「機体状況を都度確認しながらの作戦行動は難がある。改善はできそうか?」

 

「限られた時間と機材で組み立てたものなので、こちらも難しいと言うしかありません。

 尤も、推進剤や機体の調子、パイロットの呼吸にもよりますが高速機動の時間は大凡三分前後。それ以上続けると機体がオーバーヒートを起こすか、パイロットの身体にダメージが生じます」

 

「ふむ。……後はパイロットとモビルスーツの相性次第と?」

 

然り(イクザクトリィ)。そのような考えで宜しいかと」

 

 ピタリ、とロイドの足が止まる。メルティエは数歩進んだ所で向き直り、シャアは話の内容を心に留めていたせいもありロイドの背後で停まった。

 

「これが?」

 

 シャアの目前にあるのは、防塵シートを掛けられたハンガーだ。

 モビルスーツらしい姿はおぼろげにうかがえるが、愛機であったザクIIと比べるとややサイズが異なるように見える。

 ロイドが操作台に立ち作業アームを器用に動かすと防塵シートが取り除かれ、その下から搭乗者を指名するかのように赤い機体が姿を現す。

 

「これで、予備パーツはほぼ使い切りました。補給申請が通るまでは厳しくなります」

 

「問題ない。此処に居る『赤い彗星』と、俺が信頼するパイロットが操縦するんだ。総合整備計画が間に合ったおかげで共用消耗品の流用が利く。やってくれるさ」

 

 戦闘機の機銃をものともしない頑強な装甲と体格、熱核ジェットエンジンを脚部に搭載する事で最高水準の機動力を誇る重モビルスーツ、ドム。

 左肩のラックには直立型のヒート・サーベルがマウントされており、かの機体から引き継がれたのであろう背中に装備されたビーム・キャノンが存在感を放つ。

 ネメア隊所属機のドム、アンリエッタ・ジーベル大尉の機体と異なる箇所は、腰のスカート部が肥大化し推進器が増加されている事と脚部の構造に補強が施され、耐久性の向上から急激な制動と格闘戦に長じている点である。

 MS-09、ドム『赤い彗星』専用機と称した、前所属機の流れを汲むモビルスーツ。

 彼のカラーを反映し、既に赤く塗装されている事から搭乗者は揺るがないだろう。

 新鋭機、その改良されたドム改とも呼べるものを用意され喜ばないパイロットはいるだろうか。

 そもそも、シャアはメルティエ直属の部下ではない。

 部下持ちであるし、宇宙にはまだ彼の座乗艦「ファルメル」もある。突撃機動軍と宇宙攻撃軍という枠組みもあり、一時的に指揮下に入るだけの身だ。

 であれば尚のこと、破格の待遇である事は間違いなかった。

 

「パイロットからの改善点を聞く前に、改修とは」

 

 額面通りに受け取るなら文句だが、シャアは笑っていた。

 今までの質とは違うのは、そこに親しみが込められていたこと。

 

「搭乗予定のパイロットに合わせて機動力を底上げ、装備も試作品ながら高火力のものを用意させてもらった。どうする『赤い彗星』、言っとくがこれ以上のものウチにはないぞ? 

 それとも、持参したザクIIで地上戦をやってみるか?」

 

「フッ。そこまで期待され、煽られては乗りこなすしかあるまい。

 有り難く頂くとしよう、メルティエ・イクス大佐」

 

 両手を上げて降参するシャアに、鼻息で勝ちを誇るメルティエである。

 どうにか仕事が一段落したロイドは、二人の様子をみて意外に仲が良いことに聊か驚いた。

 動と静の人物と思える両者が会しているのに反目し合わず、それどころか日常会話の延長のように楽しんでいる節すらある。

 演習訓練で相当にやり合った筈なのだが、意外に馬が合うのかとロイドは思った。

 

「ザクIIとはコックピット形式が違うだろう。ご対面がてら説明しよう」

 

「私はそこまで手間が掛かる人間ではない積もりだが、せっかくなので頼もうか」

 

 そのままコックピット・ハッチを開放し中へ乗り込む二人の姿に、子を持つロイドは小さな冒険へ出掛ける子供達を思い出して静かに笑った。

 

「ザクを凌駕するとは聞いていたが。なるほど、これは確かに」

 

「単純なパワーだと数値通り。重モビルスーツの名に恥じない防御と頑丈さ、耐久性もある。

 が、ドムの素晴らしい所はその機動力だ。試乗運転は本日行うかね?」

 

「是非頼みたい。機動の癖と瞬発力を体感しておきたいからな」

 

 モビルスーツの機動戦で最有力者である赤い軍人に、蒼い軍人は至極当然に頷いた。

 一通りのレクチャーを済ませると、メルティエはドムのモノアイを動かし、

 

「それで。これからどうするんだ――――――()()()()()?」

 

 突如浮上した名前に、瞬間風が凪いだ。

 狭所のコックピットで両者が互いの拳銃を引き抜き突きつけ合い、貌を隠すキャスバルと能面を晒すメルティエは視線を交差させた。手にした拳銃は支給される一般的なもので、既にセーフティは解除され弾丸が装填済みの銃口は心臓の上に置かれている。

 無駄な動きを一切省いた体裁きは狭い空間でもその性能を発揮し、空間を押して除けた程度で静穏に過ぎた。

 

「やはり気付いたか。いや、違うな――――先日の戦いで保護した女は、もしや」

 

「耳が早い。何処から仕入れたんだ? 保護した女は、お前が想像している通り妹だ」

 

「敢えて聴こう、何故だ?」

 

「何故? 何故と聴くのか、お前が!?」

 

 目を細めた幼馴染に対する応えは、ただ銃口が押し付けられるだけ。

 即死の弾丸を放つのに震えもしない銃身、引き金に掛けられた指先が今の彼なのだろう。

 不意に「アイツなら迷わず撃てる筈だ」と内なる声がメルティエを揺らす。

 

「彼女のことなら、あの木馬の戦いでだ。パイロットをしていたよ、モビルスーツの。

 戦いを嫌っていたあの子が軍人の真似事で戦場に居たんだ、おかしいと思わないか?

 何かあったと思えないか? それとも――――原因だから、答えられないか」

 

「私は諭した! お前に戦いは似合わないと。静かな場所で過ごせと」 

 

「それで忠告を聞くような、素直に頷く子だったのは昔の話だろう?

 彼女はもう大人だ。やりたい事もあれば、しなければいけない事も分かる歳だ」

 

「だが、今は貴様が保護しているのだろう。戦火が届かない場所へ匿ってやれ。

 ――――アルテイシアには、もうダイクンの名に振り回されずに生きて欲しいだけだ」

 

「責任感が強い、お前の妹だぞ? 兄を放って置いてのうのうと生きれるような子か?

 お前が何をしようとしているのか想像はつくが、それを止める為に行動したんじゃないか?

 なぁ、キャスバル。お前が目的を達成した時に、ジオンの名を冠する国は其処に在るのか?」

 

「父ジオンが今の公国の礎を築いた。国盗りのザビ家を放置することはできん!」

 

「国盗り? 結果からしてみればそうとれるが、ザビ家が国父を(しい)した証拠は?」

 

「……私達を匿ったジンバ・ラルの証言だ。何か確証があったように思える」

 

 メルティエは目を見張った。

 ()()キャスバルが。キャスバル・レム・ダイクンが言う余りにも幼い動機の理由に。

 そうして思い知った。老害は思いもよらぬ負の遺産を遺すからこそ老害なのだと。

 

(よくもコイツを、キャスバルを歪めて逝ってくれたっ!!)

 

 公務中に急死したジオン・ズム・ダイクンは当時暗殺説が飛び交っていた。

 毒物や物的殺傷が無かった事と生前大病を患っていた事から、ダイクンは発作による病死と公表されている。ザビ家による謀殺が根強いのはダイクン派の粛清と独裁体制に因るものだ。

 尚且つ、ジンバ・ラルとデギン・ソド・ザビは政敵の間柄であった。デキンはダイクンの死後、迅速に行動を起こし混乱を治めジオン共和国のトップとなった。今までの地位を追われ、口惜しくも逃亡する羽目になったジンバからすれば恨み骨髄であろう。

 メルティエにとって養父ランバ・ラルの親とはいえ、出会った当初から目もくれない所か邪険に扱われた過去もある。単純に嫌いだった点を除いたとしても、あの老人はよからぬモノにとり憑かれたような、鬼気迫るものを感じていた。

 日々繰り返される老人の恨み言に、両親を殺し離されたと洗脳すらされた。そうとして人の中に溶け込み、狂人とならずにすんだのはキャスバル自身の精神力の賜物か。

 今となっては本当に病死だったのか、ジンバ・ラルの言葉が正しかったのかは立証できない。

 だが、既にジオン共和国は公国と名を変えて地球連邦政府と独立戦争の真っ只中なのだ。

 ダイクンを偲ぶ人々にとってザビ家が仇敵だとしても実質的サイド3を運営し、継戦を維持しているのはザビ家の力である。ダイクンの求心力よりザビ家の支配力が上回っているとみていい。

 この独立戦争に勝利し、平穏な時代にザビ家を打倒するならばそれも善かろう。

 しかし、今この時に事を成すのは不味い。メルティエ自身が当世のキシリア、ガルマと縁があるというのもあるが、ザビ家を失うとジオン公国の屋台骨が崩れてしまうのだ。

 ダイクン派を糾合しザビ家に取って代わるとしても、ザビ家に恩顧ある人々も必ずいる。重要なポストに収まっている人間も少なくない事から、大規模な混乱が必至なのは想像に難くない。

 そうなれば今の形勢が逆転する事は必定であり、宇宙移民者(スペースノイド)が再び地球住居者(アースノイド)に搾取される。

 否、戦争を実行できる事を証明してしまっただけに更なる重課となるは火も見るよりも明らか。

 自分如きでも此処までは想像できる。

 ならばメルティエ・イクスの最善とは、何なのか。

 

(どうすれば良い!? 成功する可能性が低いとはいえ、ザビ家打倒の意志が見えてしまった!

 キャスバルの行動が時代、スペースノイドとアースノイドの関係を左右させる事になるのは間違いない。だが老人の妄執が毒となってヤツの血肉に回っている、どう取り除けば正気に戻るのだ?

 もしくは。もしくは、今此処でキャスバルを誅殺するのか?

 俺の、この手で?

 そうすれば、いやしかし、残されたアルテイシアはどうする?

 俺が殺し、キャスバルが殺されたと知った後の、あの子はどう生きるんだ。

 ……待て、落ち着け! そんな誰も救われない解決方法を模索してどうする。

 たかが、手段の一つだ。……友人を殺すことが? 妹を泣かせることが?

 ――――くそっ、俺は、どうすればこの兄妹を助けてやれる!?)

 

 目視できない、思考の袋小路に囚われたような錯覚が襲う。

 友人が老害の妄執を断ち切り、今の時勢を読んでくれる事をメルティエは切望した。

 

「いいか、よく聞けよ」

 

 頭は沸騰しそうなほど茹っている。

 心はとうの昔にくたばった爺を絞殺する事を夢想する。

 なのに、口から出た言葉は冷え切っていて。

 手にした拳銃は「もし撃たれてもやり返す」だけの力をトリガーに掛けている。

 

「ジンバは、政敵のザビ家を恨んで死んだ。お前に復讐心を植え付けてな」

 

 互いの心臓を賭けた説得は、自分自身が招いた事ではなくて。

 

「ザビ家が行ったのは確かに独裁政治だ。国父ジオンの政治とは違う。それは確かだ。

 だが、急死した先代の意志を継いだ訳ではない。ザビ家の思うが侭になるのは当然だろう。遺言をデギン・ソド・ザビへ遺している訳でもない、血判状と宣誓をしていた訳でもないんだ」

 

 過去に起きた出来事と、過去の人間が遺したものを除くためのもの。

 

「一部の人間が冷遇され、死んだのも確かだ。俺の生みの親もきっと、その内に入るんだろう。

 それが人間の組織だ。自然の摂理と同じように排斥されたんだよ、ラル家はザビ家に。

 政争に敗け、淘汰されて地に墜ちた。結果はもう分かるよな、キャスバル。

 ジンバは単なる私怨を、ダイクンの死を利用して復讐代行をお前にさせようとしてるんだよ」

 

「私の行いを、其処までして堕としたいのか、メルティエ!?」

 

「昔のことだ。断定はできないし、証拠も揃えられない。

 だがな、お前も腑に落ちない点があるんじゃないのか? 疑問があるんじゃないか?

 デギンは正しく謀叛人だったのか? ジンバは真実忠臣の鑑だったのか?

 なぁ、もし知っているなら聞かせてくれ。当事者なのはお前自身だし、俺は部外者だ。

 どうか、俺にも分かるように教えてくれ。キャスバル・レム・ダイクン。

 どうして、ダイクンが死んだ時。駆けつけて保護したのはラル家だけだったんだ?

 他の、ダイクン派はその時どうしていたのか、知ってはいないのか?」

 

「……今更それを掘り返して、何があると言うのだ?」

 

「キャスバル、お前の正当性だ。俺は復讐を行うに足るお前の大義名分を問いたい。

 お前が老人の復讐代行人なのか、偉大な指導者を亡き者にした一族への鉄槌なのかを。

 ――――もしかしたら、お前は哀れな道化(ピエロ)でしかなくなるんだぞ!?」

 

 仮面の男は語らない。シャア・アズナブルは答えない。

 キャスバル・レム・ダイクンは、メルティエ・イクスへ言葉を紡がない。

 灰色の男が感情を剥き出しにすればするほど、仮面の男は静謐さを取り戻すのか沈黙を返す。

 二人に共通するのは、相対する碧眼と灰色の眼が同質の温度を持っていたこと。

 

 そして、ふと息が漏れる頃に。

 ただ、パンッ、と。

 何かが破裂する音と、軽い金属が床に跳ねる音だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベース地上施設にて、ダグラス・ローデン大佐率いるギャロップ艦隊は補給物資の搬入とそのリストの提出に追われていた。

 あまり欲張れないが、いざという時に地力を出させるのは根性でも気合でもなく、その場に必要な物資の量である。現場経験が長いだけに此処は誰もが生真面目に働き、小さなミスも許さない。

 先行したザンジバル「ネメア」の後詰を任されたギャロップ艦隊は自前の補給物資は勿論の事、「ネメア」の補給物資も運搬しなくてはならない。

 ギャロップが牽引するカーゴの最大積載まで積んでおきたいところだが、自分達の拠点ではないだけにキャリフォルニア・ベースの担当者と長く粘りのある交渉を必要とした。

 それもジェーン・コンティ大尉が対応することで一応の決着を見たが、流石にガードが固かったのか出撃予定日近くまでかかってしまった。

 

「やれやれ、慌しいったらないねぇ」

 

 同艦隊のモビルスーツ隊を率いるシーマ・ガラハウ中佐はややげんなりとした顔で、しかし扇子で表情を隠しながら搬入作業を見下ろしていた。

 ギャロップ二番艦はシーマの座乗艦となっており、ブリッジも搬入作業の進捗確認と航行準備の為に騒がしい。

 シーマは騒がしいのを嫌う性質ではない。むしろ観るだけにとどまるが活気ある喧騒を好む。

 とはいえ、漸く許可が下りてから昼夜問わず作業されれば疲れもするのだ。

 佐官階級のシーマも現場指揮をする事はあるし、物資受領の認可を受け取るためにこのキャリフォルニア・ベースを走り回ったりもする。

 

「シーマ様、ビーダーシュタット中尉がお見えです」

 

 副官のデトローフ・コッセル中尉がブリッジの窓際に立つシーマへ報告する。

 彼女は扇子をヒラヒラと揺らし了解を伝えた。

 

「ケン・ビーダーシュタット、出頭致しました」

 

 振り返ったシーマの視界に、青みがかかった黒髪に鳶色の眼をした士官が現れる。

 顎を引き、直立不動の姿勢で待つ彼は真面目な人物なのだと解る。実直さ責任感を匂わせる男にシーマは歓迎の意を示した。

 

「忙しい身でよく来てくれた。歓迎するよ、ビーダーシュタット中尉。

 太平洋横断で懸念されていた塩害と防錆処置、モビルスーツの整備状況はどうだい?」

 

「はっ。塩害は比較的軽微で済みました。防錆処置も滞りなく完了致します。

 モビルスーツの整備状況も同様に完了しております。我が隊は問題なく出撃可能です」

 

()し。中尉が乗るギャロップの搬入作業は?」

 

「先に大型機材から搬入しましたので、残りは小さいものだけとなっています。

 手が空いている人間全員で掛かっていますので、あと一時間以内に完了する予定です」

 

「……ふふっ」

 

 不意にシーマが扇子で顔を隠しながら肩を震わせ、ケンはその態度に僅かながら片眉をつる。

 

「そうまで急いで、大佐が心配かい?」

 

「無論」

 

 じゃれる程度に遊ぼうとしていたシーマに対して、ケンはぴしゃりと小気味良い言で返す。

 『蒼い獅子』が信頼厚い小隊長の問答を両断する勢いに、シーマはますます笑みを深めた。

 相手を嘲笑する類のものではなく、微笑ましい形を彼女の赤く濡れた唇が描く。

 

「ガルマ閣下から直々の命とはいえ、イクス大佐は何も慌てて出て行った訳じゃない。

 あの人のことだ、敵軍の戦力を甘く見ることはせず先行偵察程度で収めている筈。

 ……押っ取り刀で駆けつけて、大佐に気苦労をさせる積もりじゃないだろうね?」

 

「そんな事はありません。機材のチェック、モビルスーツの稼動率に対する整備も万全です。

 懸念すべきところは、大佐自身が渦中となる事が多い点です」

 

「ほぅ? 大佐が心配で、だから緊急出撃並みの時間で準備したのかい?」

 

 ケンは戸惑った。彼女の言葉に困惑したからではない。

 開いた扇子から覗く半面の、シーマの瞳があまりにも優しかったから。

 

「人間ってモンは、何かと急いで事を成すときに失敗を起こしちまうもんなのさ。

 過去の偉人達が、それこそ様々な言い方で後世の人類を諭していないかい?

 向かう先ばっかり見て、足元を疎かにしちまってる。

 足元を掬われるって意味、アンタなら解る筈だ。ケン・ビーダーシュタット中尉」

 

「確かに、性急であった点は認めます。

 ですが、私は、私達は大佐を失う訳にはいきません!

 あのようなことは――――もう二度と、我々は遅過ぎた援軍などしてはならんのです!

 ……止めようとも、私達は往かせて頂きます。シーマ・ガラハウ中佐」

 

 敬礼のあと、素早く踵を返すケンに。

 

「待ちな」

 

 扇子を畳み鋭い音を発したシーマが溜め息を一つ吐いてやった。

 

「性急だったと認めたわりには、分かった訳じゃないらしいねぇ」

 

「? それは」

 

 どういう事か、とケンが聞く前にシーマは己が声をブリッジに響かせる。

 

「コッセル、搬入状況報せ!」

 

「搬入状況九九パーセントです。残り一パーセントも間もなく完了します」

 

「航行準備はどうか?」

 

「エンジン稼動率は五〇。六〇を切れば問題なく航行できます」

 

「全クルー及び戦闘班、各機材チェックは?」

 

「滞りなく完了しております。シーマ様の指示通り、二重チェック済みです」

 

「――――好し! エンジン稼動率を持ってギャロップ二番艦は先行発進する。

 後続艦と情報リンク、迷いたくなければトレースして来いと伝えろ!」

 

「アイ・アイ、マム! ――――野郎ども、出るぞ! 腑抜けの連邦だからって油断すんな!」

 

 固唾を呑んで見ていたケンは、刹那の間に戦闘体制を構築したシーマに、いやガラハウ隊の戦意に呑まれていた。それと同時に、彼らもまたネメア隊である事を再認識する。

 自分達こそ駆けつけるべきと思っていた。

 そんなケン達の考えが薄い思い上がりであると言わんばかりに、彼らもまた準備を入念且つ早急に行っていたのだ。

 

「悪いねぇ、ビーダーシュタット中尉」

 

 行動と思考で上を行った者達を呆然と見やるケンへ、彼女は楽しげに宣う。

 外界へ向けた扇子、その先を覗くのは快活に吼える女傑。

 

「皆が焦がれる『ネメアの獅子』への後詰第一陣は、あたし達さ!」

 

 黒瞳の目元を緩め、穏やかな表情の中で映える赤い唇が笑みを深める。

 茶目っ気を敷きながら視野狭窄に陥っていたケンを正し、過去の対応を悔やんだ事から先読みと実行力で一番乗りを決めるは戦闘部隊長次席(ナンバーツー)のシーマ・ガラハウ。

 煙に巻く態度と言動ながら、猛々しい戦意を燃やす彼女達も『ネメアの獅子』に集う獣なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャスバル兄さんのことを、メルティエ兄さんに話して良かったのでしょうか」

 

 ぽつり、と漏れた独白にランバ・ラル大尉とクラウレ・ハモンは顔を見合わせた。

 次善策として多数の人間が足を運ぶメルティエの自室から、ラルのギャロップ級陸戦艇へ移ったアルテイシア・ソム・ダイクンはキャスバルの件で悩んでいた胸の内を明かせた事と、話を聞くにつれ表情を冷凍させたメルティエに後悔を覚えていた。

 ラルやハモンも同様に衝撃を受けたのだが、二人はダイクンの代から騒動に巻き込まれているお蔭で立ち直りも早かった。第一にアルテイシアの安全優先に動いてくれたのも二人である。ラルのギャロップへ移動する際も、メルティエの反応は乏しかった。

 航行ブリッジからキャリフォルニア・ベースを観れば、ネメア隊のギャロップが一隻地上を滑走していく。出だしは穏やかだったが速度がのるとすぐに視界から姿を消す。

 指揮云々よりも立場的な点から司令席に座っているアルテイシアは、その美貌を曇らせ遥か遠方に居る二人の兄を想っていた。

 ラルとハモンは観照していたモニターから視線を外し、物憂げな姫君を見上げる。

 

「アレは自由奔放に見えて責任感もある。悪いようにはせんでしょう。

 ただ、キャスバル様が御存命だと知り驚いてしまったのは確かです。亡くなられたと思っていた時に、強くなりたいとせがまれ戦い方を教育した事もありましたので。今までの自分の行動と現実の情報に折り合いがつくまでは」

 

「今は忙しい時期なのでしょう? 時期を考えず急ぎ過ぎたのは私です。メルティエ兄さんもそうですが、ラルおじさんとクラウレさんにもご迷惑を」

 

「気になさいますな。我々が必要なときは決まって忙しいのが普通です。倅もそこは良く分かっているでしょう。地球降下作戦から今日まで、満足に休む暇もなかった筈でしょうから」

 

 悩み考える暇もないから、気にするなとラルは言いたかったのだが。

 アルテイシアが小さく唇を震わせ、ハモンに肩を引かれて慰めは失敗したのだと理解した。

 

「親の贔屓目ですけれど、あの子は心身共に強く成長してくれました。

 あの子を称える宣伝にある「逆境をものともせず、戦いに身を投じる獅子」という文句は流石に言い過ぎでしょう。けれど、それは下地があってこその言葉だと私は思うのです。

 今はメルティエの強さに甘えてしまいましょう、アルテイシア様」

 

 柔和に微笑むハモンの優しさに触れ、下がり気味であったアルテイシアは顔を上げる。

 クラウレの言を借りて翳りを払う彼女は、どうにか自責の念から逃れられたようだった。

 

「ありがとうございます、クラウレさん。ラルおじさんもありがとう。

 メルティエ兄さんには悪い気がしますが、今回は兄の度量に甘えることにします。

 今後の予定はどうなさるのでしょうか?」

 

「そうですな……我が隊は現在遊撃戦力として数えられております。危険を伴いますが作戦予定地の下見と称して南米へ寄ろうかと。敵境界線上の巡回も任されておりますので」

 

「パナマ攻略作戦の為にメルティエは招聘されております。事が終われば任地へ戻れるでしょう。その時にアルテイシア様はメルティエと共にこの北米から脱出なされませ」

 

「メルティエ兄さんの任地は此処ではなかったのですか?」

 

「左様です。倅は本来アジア圏の制圧を任されております。アジア方面軍と繋がりがあり、其処で連邦軍が破棄した基地を丸まる譲ってもらったとか。嘘か誠か分かりませんが、新しい町までできたそうで」

 

「基地? 町? すいません、メルティエ兄さんは然るべき地位を与えられ、任地に封ぜられたのですか? まるで領地持ちのように聞こえるのですが」

 

「……いえ、正確な情報では基地は譲渡されております。半壊している基地を。

 あー……町については、付近の住民が次第に集まり形成して行ったとしか」

 

「……今のメルティエ兄さんが、理解できません」

 

 アルテイシアは両手を膝に置きシートに身を預けると顔を反らした。

 我が子の事ながら何とも言えない状況にラルは困り、隣に立つハモンはしなやかな指先で細い顎を沿わせ、一つ頷く。

 

「うーん、私もその点だけは弁明できませんわ」

 

「ハモン? それ以外は了承済みなのか?」

 

 思わず言ってしまったラルは、失言だったと後に語る。

 たおやかに笑うハモンはいつもと変わらず良い女のままだったが、何処か浮ついて見えた。

 言い知れぬ予感にラルが話を流そうとするが、

 

「はい。私はあの子がどんな女性と付き合おうと、それこそ複数であっても驚きませんよ。全員を平等に愛せるのならば、むしろ応援するくらいです」

 

 そう、遅かった。

 歴戦の勇者であっても、口撃の抜き打ちは女に勝てないのか。

 威力も中々のものだったらしく、背筋を痛めんばかりに身体を起こしたアルテイシアを目にすればどれほどのものか想像できるというもの。

 

「その話、詳しくお願いします」

 

「えぇ、構いませんよ。でも場所を変えませんか? なるべく分かり易く説明したいので」

 

「是非に」

 

 コツ、コツ、と口を挟む間もなく二人の女性がブリッジを後にする。

 ラルは件のシナモンケーキを思い出し、報復行動に出たハモンに溜め息を吐いた。

 しかし、あの時は仕方がなかったのだと親父殿は思う。

 キャスバル生存を聞いたメルティエは、ハモンと満足に会話できないまま呆けていたのだから。

 

「許せ、息子よ」

 

 ご愁傷様です、とクルーらが言う中でラルと副官のクランプだけはメルティエに同情した。

 女性の攻撃はねちっこいと、ハモン自身が言っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二次作品の三種の神器。
それはつまり、「オリジナル展開」「独自設定」「原作改変有り」である。

後は読者層が許容してくれれば波風が立たない。
そう。この上代は初投稿の段階から、既に予防線を張っておいたのだ……!

「な、なんだってーーー!?」

と、茶番劇は置いといて。第61話をお送りします(ぶん投げて退避するとも言う)。
アンケートは継続して収集してますので、興味がある方は作者の活動報告を参照してくださいな。
気のせいか、若い女性より幼女と妙齢の方に票が来ているような……まさか、君ら(ガクブル)


では次回もよろしくお願いしますノシ


追伸:執筆速度低下するかもしれんけど、笑顔で許してくれ。
   いつもの事だけどね!

※問題が発生したので修正、追記しますた。

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