ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第45話:先行試作機

 煌々と地上を照らす日差し。

 それを遮蔽しようとする霧の中を光が差し開いては道を作り、幻想的な世界が姿を現す。

 コロニーの中では光と影の演出でしか見れないが、此処には天然ものがある。

 現地人ではない、生粋の宇宙移民者(スペースノイド)がこの風景を目にしたのなら、感嘆の声を上げるだろう。

 金髪碧眼の青年も観光目的でこの地を訪れていたのなら、確実に心を動かすに違いない。

 だが、生憎と彼は旅行客ではなかったし、目を見張る光景に感動するどころか忌々しげに舌打ちすら立てる。

 

「参ったな、地球の地形情報がこうも安定しないものだとは」

 

 小声で情報不足の身を嘆くが、それで右往左往しているわけではない。

 各モニターに視線を散らしカメラから出力される映像を逐一チェックするが、お目当てのモノは一向に現れない。どうやら、相手は中々焦らすタイプだったらしい。

 緊張と興奮に晒されているせいか、空調が効いている筈のコックピット内で青年はじとりとした暑さを肌で感じていた。

 

 愛機が宇宙用であった事から新しく用立てた真紅のMS-06G、陸戦高機動型ザクIIは初乗りにも関わらず、身体に染み込むほど慣れ親しんだ操縦性からか、しっくりくる。

 統合整備計画以前のものだったから対応できたが、その後の生産ラインで組み立てた機体だったのならば、こうはいかなかっただろう。

 懸念するべきは搭乗したモビルスーツは陸戦仕様ではあるが、それを操るパイロットが地上にまだ馴染めていない事か。

 無重力地帯で武威を誇った青年も、重力下に置かれては理想とする機動はおろか移動も難しい。

 これが経験の少ない新兵であれば不安を抱かずモビルスーツを歩行させ、泥濘や脆弱化した地面に足を取られ無様に転倒している。彼は起動前に地形情報を抽出し、無難な場所に重心を移動させて進むと共に、実際の地形をコンピュータに計測させながら行動していた。

 酷く地味な作業ではあったが、兵士として戦地を知る事は必要不可欠な要素である。直情径行の人間にしては意外な神経質さに、普段の青年を知る連中が今の姿を見たら驚くに違いない。

 もしくは「おい偽物、本物を出せよ」と暴言を吐かれるかだ。

 

「向こうは仕掛けて来ない、か。

 場所を理解するまで手を出さないってワケか、舐めてくれる」

 

 作戦が開始されてから、二十分が既に経過していた。

 視界の状況から早期捕捉が困難だとしても、時間を掛け過ぎだ。

 相手は地球に降下して間が無い不慣れな自分とは違う。半年もの間この重力に抗いながら戦闘を繰り返しているのだから。

 可能な限り近い状況下で戦いたいのか、勝負にならないだろうと高を括っているのか。

 前者なら敵に対する姿勢が甘い野郎だと嗤い、後者だと是が非でも叩き伏せなくては気が済まなくなる。

 不利だと重々承知した上で沸々と闘志を燃やし、それでも待ちの姿勢を守り地形データをザクIIのコンピュータが収集し終えた頃、

 

「――――来たか!」

 

 ザクIIのセンサーが感知し警告音(アラート)が鳴る前に金髪碧眼の男、ジョニー・ライデンは反応した。

 

 ライデンが戦士の勘とも呼べるもので気付いた方向は、ザクIIの左手側であった。

 主兵装のMMP-78、一二〇ミリマシンガンの射程距離にも関わらず、マシンガンは右手に備えているため左後方から迫る相手に対し自身が邪魔で射線が通らない。必然的に機体を旋回させるか、足を動かして向き直る必要があった。

 判断する刹那の間、同装備の弾丸をばら撒くように発射されたマズルフラッシュを認める。

 その次の瞬間、真紅のモビルスーツは旋回も向き直りもせず、垂直方向に跳躍した。

 背のメインスラスターから伸びる高熱の炎と衝撃波に霧は吹き飛ばされ、地上に漂う泥水の群れが大気に上がる。

 重力が正しくライデンの体躯をシートに圧し付け、その力に負けじと抵抗する全身の筋肉が悲鳴を漏らす。

 瞬きせずに睨んだザクIIのカメラには水面を大きく叩く音と共に火線が走り、密度が薄れた霧の中で走る銃火がリアルタイムで流れた。

 ばら撒かれた鉛の牙は、こちらを探る為の餌だ。

 慌てて反応し、反撃に転ずればこちらの場所を知らせてしまう。

 それだけでなく、最悪は相手の術中にハマる可能性すらあった。

 ならば敢えて無視し、敵の射線から位置を測定し、かつ即席の遮蔽物を生み出す事で奇を衒う。

 迫る敵への対応を一先ず置き、相手も自分と同じ視界不良の中に居る事を再認識したライデンは逆に敵の位置を確認し、一時凌ぎとはいえ壁を作り視界を封じる事に成功した。

 果たして、この即断即決は妙手か、悪手か。

 

「これでも、撃ってくるかよ!」

 

 撒き上がった大量の泥と水が地上に叩きつけられる打音が、機体の各所に設置された集音マイクを占領する。それに紛れるのは、ライデンの搭乗するザクIIのスラスターが大気を燃やす噴射音と同様のもの。加えて位置を把握しているとばかりに放たれる、弾丸の空間を裂く音だ。

 急場凌ぎながら自分が形作った視覚と聴覚を幻惑する戦場だというのに、変わらず今も追い立てられる状況。

 

(――――上等だ! 首根っこを押さえ込んでやる!)

 

 尚更負けられぬ、と軽く痺れが走った四肢に喝を入れた。

 加速に震動した操縦桿を握り締める指が、手が淀み無く動く。

 真紅のモビルスーツは乗り手の導きを従順に辿り、空中に身を置いたまま殺到する弾丸を捌き、宇宙(そら)での動きには及ばぬもののAMBACを利用した舞踏にも似た動きが、装甲表面をなぞる程度の損害に抑えた。

 滞空維持にメインスラスターが、位置取りに脚部の補助推進用スラスターが吼える。

 もし、ライデンのザクIIを視認できる者が居たとすれば、地上に向けて真っ逆さまの体勢を取る全長十七メートル越えの巨人を仰ぎ見る事が出来ただろう。

 小刻みに機体を動かした結果、相対する目標に対して機体の被弾箇所を限定する、宙間戦闘の癖が現れてしまったのだ。

 射撃地点を捉えたが、急激な重力加速度に臓腑が悶え、続いて視界が黒く染まる。

 反射的に喰いしばって胃液の逆流を防ぎ、暗転する前に特定した標的に向け、撃音(トリガー)

 

「ならぁぁぁあああっ!」

 

 地上から対空砲が如く撃ち出される質量弾の群れ、その中をジョニー・ライデンは真紅の稲妻が異名の如くモビルスーツを疾駆させる!

 

 コックピット内に響く軋む機材、それらに気を配る余裕を許さずパイロットの戦意を奪おうと身体を捩じる圧迫に抗うライデンは脂汗と苦痛に塗れたまま、しかしモビルスーツの動きを細微まで支配した。

 発光が交差する中で紅い残像がジグザグに大空を走り、地表まで二〇〇メートルを切ると、応戦はそのままにザクIIの下半身で反動を作り、転じて足先を下へと戻した。

 重量物が大地を踏み締める前に少しでも緩和しようと各部バーニア噴射口(フィルターノズル)から轟き、暴風にも似た風圧が着地点一帯から霧を退ける。

 そうして至近距離に出遭うモビルスーツの姿が前面モニターに映ると、ライデンは疲弊した貌に獰猛な笑みを至極自然に刻んだ。

 

 真紅と対峙したのは、蒼いモビルスーツ。

 天空から飛来した稲妻、是を迎撃するは巨躯の獅子。

 

「ハッ、捉えたぜ、メルティエ・イクス!」

 

 大兜下のモノアイレールを滑る単眼が、その言葉へ応じるように、鈍く輝いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃機動軍のエース同士が機体慣熟を兼ねた演習訓練を行うと聞き、興味を惹かれた事もあって見学席へと招かれたアイナ・サハリンは、目前の光景に酷く困惑した。

 第一作戦会議室、と書かれた部屋に入ると正面にある大型モニターには銃火器とテールノズルの発光現象が瞬き、三秒に一度は蒼か紅どちらかの機影が映る。

 室内が暗いために何人居るのか判らないが、全員が目に飛び込む映像に意識を奪われていた。

 正面最前列に座るノリス・パッカード大佐が気付き、身振りでアイナの席を案内すると彼に軽く頭を下げながら近付く。

 やや音量を抑えてあるとはいえ、モビルスーツの足が地を踏み締め、草木を散らして跳ねる音は耳に優しくない。

 外見を気にする立場ではあるが少し険が出てしまうのは仕方ない事だったし、表情が見えない程度に暗い状況はアイナにとって救いだった。

 漸く席に辿り着き腰掛けるとモニター画面に集中する事ができた分、視覚と聴覚から提供される情報にたじろいだ。

 上空から観測する側から見れば本格的。否、純然たる戦闘行動に移行した二機のモビルスーツは、今も着色弾頭とはいえ至近弾を撃ち合い、降り掛かる泥水を高速機動の際に発する衝撃と風圧で吹き飛ばし、局地的ながら霧を物理的に晴らしていく。

 兄ギニアス・サハリンが建造したモビルアーマー、アプサラスのテストパイロットであるアイナは、以前は試験用モビルスーツに触れていた経緯からライセンスを有している。

 であるから、モビルスーツがこうも動ける事実に驚愕していた。

 

「あの、これって演習……ですよね?」

 

 その驚きも回りに回って、困惑に突入してしまったが。

 

「うむ、演習だよ。……名目上はね」

 

 司会壇上でアイナの呟きを聞き、見学席を設けた男は答えた。

 特務遊撃大隊ネメア統括責任者のダグラス・ローデン大佐は、ギャロップ級陸戦艇に代わり部隊旗艦となったザンジバル級機動巡洋艦のブリーフィングルームに必要な機材を運び込み見学会場にすると、先述の演習訓練とは別にジオン軍最新モビルスーツ性能のお披露目と称して多数の人間を呼び込んでいた。

 エースと称されるパイロットの動きを見て各自に感じて欲しかったのもあるが、正しくはモビルスーツ同士の戦闘に陥った場合の対処を既存の兵器と間違えないよう意識を変えるためだ。

 完全に量産体制に入った連邦軍は、質はともかく量はすぐにでも優位となるだろう。

 そうした同戦力を持つ敵との戦いは、今までと違う戦場になるという事だから。

 

「確かに演習ではある。

 アイナ、機体各部に感知器を張り付けられているだろう?

 あれに彼らが撃ち合っている着色弾頭が当たるか、もしくはそれ並の衝撃が加われば該当部位が停止するように制御機器へ指令が出るようになっている。

 弾丸自体も装甲を撃ち抜くほどのものではないし、弾頭も柔らかく着弾した際に円状に広がり、衝撃が一点に集中しないように出来ているから、機体に対するダメージも少ない筈だ」

 

 アイナの隣に座るギニアス技術少将が普段と違い、角が取れた声音で語る。

 出会った時に比べて少し頬がこけているが、傍らに控える側近のノリス・パッカード大佐がギニアス少将に何も言わない事から、外様のダグラスも多少は推察できた。

 

「驚嘆すべきは新型機の瞬発力、それに乗ずる加速度ですな。

 このモビルスーツが実戦配備されれば、迅速な部隊展開と攻撃速度で連邦を翻弄できます。

 問題は、この暴れ馬を乗りこなす人材を多く揃える事が出来るのか、という点でしょうか」

 

 ノリスは胸を張った堂々たる姿勢を崩さず目で見たものを評価し、最後に戦力として数えて良いものなのか疑問であると口にする。

 一般兵向けではないな、とギニアスも頷く。

 画面内では一気に距離を詰めた真紅のモビルスーツがマシンガンを向けると蒼い方は飛び退り、追撃を右方向に三六十度ロールすることで回避した。

 

「あれじゃ、中佐の身体が……」

「おとうさん、スゴイ!」

「……なぁ、今のジョニー、零距離射撃狙ったよな」

「そうね。かなり頭にきたんでしょ、被弾覚悟で胴中心部に射線を取ったように見えた」

 

 右中列で見守る子供達の色が異なる声が上がる。

 先日に隊長の実情を知ったリオ・スタンウェイ曹長は不安を隠せず、戦火から救ってくれた大人に全幅の信頼を寄せるロザミア・バタムは裏表のない感想を、指導者が見せた確実に仕留める動きにユーマは戦慄し、たかが演習でどうして熱が入ったのか理解できないイングリッドは嘆息した。

 仲良く固まって居るが、互いが演習相手の連れである。

 勝負が決まったら幼心に第二戦が此処で開始されないか、周囲の大人達は多少気を揉んでいた。

 

「相変わらず、中佐の動きはおかしいな。それとも例のコンピュータのおかげなのか」

「おかしい、というか。チラッと見ましたが操縦機器が今までと違うものですよ、あの新型。

 手癖が染み付いたままだと、乗り換えに苦労しそうです」

「地球降下してソツなく機体を動かす真紅の稲妻が異常なのか。

 操縦系が変更された機体で平常運転のままの蒼い獅子が変態なのか、難しい所だぜ」

 

 子供達の後ろ、右後列に陣取り戦績を認められ階級が上がったネメア第二小隊の面々は、苦笑いを禁じ得なかった。

 ケン・ビーダーシュタット中尉は耳にしたジオン軍を超える連邦軍のコンピュータが気になり、機体の動きはその影響なのか判断に困っていた。

 小隊長に別方面の問題をもたらしたガースキー・ジノビエフ少尉は漸く手に馴染み始めた愛機が実は統合整備計画前の機体で、また同様の悩みに直面する日が近い事に苦いものを感じていた。

 じっと画面を見据えるジェイク・ガンス准尉はというと、褒めているのか貶しているのか、微妙な事を口走っていた。

 顔が笑っている事から、口が悪い彼なりに賞賛しているのかもしれない。

 ケンとガースキーは目が合うと、不器用なジェイクに溜め息をついた。

 

「そろそろ、決着が付きそうですかね」

「いや、大将の動きが攻め一辺倒になってねぇ。まだ慣らしてる最中だろう」 

「……長く地上で戦っているイクス中佐は、まぁ納得できる部分があるのですが。

 地球に不慣れなライデン少佐が攻勢に転じてますし、エース級というのは全員おかしいですね」

 

 自身がモビルスーツパイロットではないサイ・ツヴェルク少佐が隣に尋ね、七割方が守勢の蒼い機体をハンス・ロックフィールド少尉は静観していた。

 ロイド・コルト技術大尉もハンスに倣うが、戦場では経験がものを言うと普段から聞いていただけに、真紅のモビルスーツに不自然な挙動が見られない現状はおかしいと結論する。

 そうしてる間に真紅のザクIIが押していた攻勢を止め、大木等の物陰を移動しながら距離を取った。

 

「あっ、それは」

「まぁ、そうなるだろうな」

「あー、大将の勝ちだな」

 

 リオは状況に驚き、ケンも終着が読めたのか頷き、ハンスが口角を上げて顔を歪めた。

 

「ジョニー、()()()は不味い!」

「あいつ、ジョニーの機体に熱が()()()()()まで待ってたんだ」

 

 ユーマが自身の認める最強のパイロットに叫び、イングリッドは獲物が弱る時期を待つ獣じみた思考に嫌悪を感じた。

 

 見学者達が騒ぎ始める中、蒼いモビルスーツはフレア状の脚部から一際大きくバーニア光が膨らみ、目前の障害物を文字通り薙ぎ払いながら真紅の機体へと突き進む。

 進路に迷いが無い事から熱源探知(ヒートシーカー)まで正確ではないが、高熱体を追跡できる赤外線視野にカメラを変更したのだろう。

 最短距離で攻める積もりなのか一直線に走り、排熱していた真紅の機体に迫る。

 攻勢を強め、追い付き脅威を与え続けた真紅のモビルスーツは”息切れ”を起こしていた。

 無論、当人も排熱管理を疎かにしてはいない。

 地球は宇宙と違い、空気がある。

 温度差による空冷は発生するものの、絶対零度の宇宙空間とは異なる環境であった。

 得手した戦場に比べ、その上予想よりも冷却期間が遅い。

 最初こそは用心深く各部稼働、冷却状態に意識を割いた。理想とする機動と、現実の鈍足の折り合いをつけるのには苦労したが、既にタイミングを覚え、機体が必要とする”一休み”を把握した。

 だからこそ、確認作業を省いた分だけパイロットの意識は戦場に集中し、微かな隙も逃さない。

 これは操縦環境が酷似した機体ならばこその、体感で機体状況を理解するジョニー・ライデンほどの手練れだけに可能な芸当である。

 事実、対するメルティエ・イクスは搭乗経験のあるザク、グフ、ドムとも似通った、または別物の操縦性に四苦八苦していた。

 メルティエもライデンと同じく感覚で機体を動かす事に長けていたが、今回はそれが悪く作用している。

 体で覚えた操作が一方で動き、また一方では動かない。

 経験した感覚の混乱が機体の挙動を鈍らせ、彼本来の尖った行動が出来ないでいた。

 このパイロットとモビルスーツの行動不一致が、メルティエよりもライデンの攻勢が多く占めた原因であった。

 

 個々人の機体と環境に、また宇宙と違うものがあった。

 それは機体の表面に付着した泥、である。

 場所が霧の中であったり幾分かの水冷効果もあって気にはならなかったが高機動戦闘中に着地、跳躍を何度もする間に飛散した泥が張り付き、それが乾燥して固まると機体内部に溜まった熱を封じ込める層を作り上げたのだ。

 排熱状況が悪くなるころには既に遅く、地上戦闘のノウハウが無い側が術中にハマった。

 稲妻が距離を取った事で”攻め時”を理解した獅子は、猛然と攻め掛かる。

 何故ならば、乾燥した泥は強烈な圧力を加えれば思いの外容易く払い落とせるからだ。

 モビルスーツが最高速度で跳躍すれば、ある程度の泥は取っ払える。

 そして其処に思考が辿り着くまで、排熱するまで待つ気は攻守が切り替わった側からして更々ない。

 動けないならば迎撃するまで、とばかりに真紅のザクIIは応戦するが、先程まで攻撃すれば反撃もそこそこに空中へと飛び退った相手が、鋭角な動きを見せる。

 高速機動のままに左右へ不規則に動き、射線を定めさせず迫ってみせた。

 但し、左右に動く時は両腕部に内蔵されたジェットエンジン補助推進システムのみ、である。

 両腕を交差させ、その一時噴射のみで機体を逃がし、メインスラスターは一瞬でも目標物に至る為に、全力突進の構え。

 

 背のバックパック、腰部、脚部のバーニアは二基以上設けられ、バランスを考慮して配置されている。だが腕部のジェットエンジンは確かな力を有するが補助推進用で備わったもので、片腕に一基しかない。

 本来の用途は同一方向へ航行中に加速を得る為の使用であるから、急旋回や進路変更に用いるものではない。

 その力で、高速飛来するものの一点に力を加えたら、どうなるか。

 

 ――――正気ではない。

 

 力を加える角度を間違えれば悪戯に回転するだけとなり、最悪は制御不能となって其処らに生える樹木か地上に激突するだけだ。

 宇宙攻撃軍が赤い彗星と戦った結果が、旧第168特務攻撃中隊の面々を恐怖させた。

 あの時はコックピット部に損傷しただけで負傷したが、今度はどうなる。どうなるというのだ。

 

 真紅の機体が異常な行動に出た同胞を機能停止させようと、マシンガンの銃口を定め、撃音(トリガー)

 

 ――――だが、蒼い機体は止まらない。

 

「う、腕が!」

 

 肉迫する蒼い機体の変化に、室内で誰かの悲鳴が広がった。

 マシンガンの弾丸は確かに当たった。そう、当たったのだ。

 ジェットエンジン補助推進システムが内蔵された、()()に。

 機能停止の指令が走り、だらりと下がった両腕。

 スラスターは、解除されない。

 放たれた銃弾は両腕の機能を止めたが、胴体部と脚部には命中しなかったからだ。

 つまりは、直進するのみ。

 そして、距離は既に五十メートルを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っしゃおらぁぁぁあああっ!』

 

 突如響いた声に、二人の女性は反応した。

 新兵だった頃に、ある男は飛来する戦闘機をモビルスーツで蹴り砕いた事がある。

 その時に自身を鼓舞する為、コックピット内で叫んだとも。

 

 バックパックの推進を停止させた蒼い機体は脚部のスラスターを全開のまま左脚を振り上げて機体を無理矢理上げると、右脚を大きく振るい機体を旋回させそのバーニア光で目前のモビルスーツのカメラを焼く。

 見学席のモニター内で蒼い残像が映る次の瞬間には、既に”蹴り”のモーションを始めている最中であった。

 体勢修正と並行して腰部スラスターを最大限に出力を上げ逆噴射を利かし、制動を生じさせる事に成功した蒼いモビルスーツは推進部が強制停止(オーバーヒート)した頑丈かつ太い脚を相手の胴体部に叩き込む。その拾われた金属同士の衝突が戦闘を見守る人々の下へ大音響を送り込んだ。

 耳を塞ぎ目を閉じて耐えるもの、喚き叫んで音を相殺しようとするもの、ただ映像を睨み結末を見届けるもの等に分けられ、画面の動きに中てられたのか歓声を上げるものすら存在した。

 頭を音撃されながら見学席に居る人々は仰向けに転倒する真紅の機体から、蹴り抜いた際に推進力が偏り気味になった結果不格好を晒し、腰を屈め右足を軸にした体勢で泥濘の上で六度旋回し、垂れ下がった両腕が粘り気のある地面に置かれると四足歩行の獣が如き姿で佇む、蒼いモビルスーツを見つめた。

 排熱が呼気に、駆動音が唸り声に、爛々と蠢くモノアイが生物の眼にすら思える。

 それが十秒か、一分か、五分か。

 時間の感覚が定まらないうちに、蒼いモビルスーツのモノアイが光を無くす。

 再起動する様子が無い事に、誰かが息を吐いた。

 

「……相討ち、なのでしょうか」

「いや、演習のルールで言えば先に機能停止した方が負けだな」

「最後は強襲かと思えば、奇襲とは。……幾つか苦言を呈した方が良さそうな最後でしたが」

 

 アイナが呆然と、ギニアスは努めて冷静に、ノリスは真面目にコメントした。

 流石のダグラスも言葉が出ないのか、顔を手で覆っていた。

 

「は、早く救助班を!」

「世話が焼けるなぁ、もうっ」

「メルティエも心配だけど、機体の損害も気になるよ! 予備パーツ余裕ないのにぃ」

 

 ユウキ・ナカサト曹長とキキ・ロジータが廊下へと飛び出し、続くメイ・カーウィンも損害状況確認のために現地へと向かった。

 他の面々も沈黙から回復すると席を立ち、各々行動を開始した。

 その人波から勢い良く、飛び出す二条の薄紫色の髪。

 

「さっき、メルの声が聴こえた」

 

 慌ただしく移動する群れを背に、ぽつり、とエスメラルダ・カークス大尉は呟いた。

 耳に残る怒号であったのに、他の人は聞こえていなかったのかパイロットの声に反応すらしない。

 

「うん。聞こえたね……僕達二人だけなのかな」

 

 隣を走るアンリエッタ・ジーベル大尉が同意した。

 蜂蜜色の髪が乱れ、足は一歩でも早く進もうと床を蹴る。

 

「分からない。でも、あの時動いたのは私達だけ」

「幻聴、じゃないね。二人同時に聴こえてるから」

「謎は深まるばかり」

「意外と、難しい話じゃないのかもしれないよ?」

 

 二人の身長差から、エスメラルダがアンリエッタを見上げる。

 興味深い、先を話せと目で伝えると彼女は唇に人差し指を当てて、微笑んでみせた。

 

「求め合っているから、大事な時に声が聴こえる。

 ――――なんて、どうかな?」

「最近のアンリは、思考がおかしい」

 

 自然に見せた所作が可愛く思えた事に、エスメラルダは何処か刺激されたようで公私共に親友の物言いを辛辣に、バッサリと斬った。

 むっ、と不満を表した後に「ちょっと恥ずかしい、かな」と発言内容を省みたようで、白い頬に朱が差した。

 

「乙女になると夢想家。確かに覚えた」

「う、うるさいな。少しくらい、別にいいじゃないか」

 

 むくれ始まるアンリエッタに、エスメラルダは確認を取った。

 

「つまり、演習で”大事に至る”行為をした、そういう事」

「……今日はお説教だね」

「そう、お説教(物理)」

 

 アンリエッタは小さく溜め息を吐き、エスメラルダは不機嫌さを隠さずに告げた。

 また彼女らが回収に向かう現地では、

 

「おい、さっきのノーカンだろ、ノーカン!」

「ところがどっこい、これが現実、圧倒的現実!」

 

 機能停止したモビルスーツから這い出た大の大人が、取っ組み合いをしている最中であった。

 移動する際に泥を被った紅いノーマルスーツの男が「もう一度勝負しろ」と再戦を求め、それに加速度と衝撃で千鳥足となった蒼いノーマルスーツの男は「勝ちは勝ち」と頑なに応じなかった。

 ライデンは蹴りを入れられた事で敵愾心が燃え上がり、メルティエは命の駆け引きまで至らないと引き分けか、勝ちを拾わせない赤系統のパイロット達にお腹一杯だ。

 

「くそっ、俺も同じ機体だったら!」

「いや、其処は腕で勝ってやる、とか言うとこでしょ」

「機体も同じモンでやれば、技量差で俺の勝ちだ!」

「ハッ、抜かせよ。()()蹴り飛ばしてやろうか!?」

 

「ちょ、何してるの、あの二人!?」

「イクス中佐、ライデン少佐、止めてください!」 

 

 ファットアンクルを飛ばし回収班が現地に到着して第一に行ったものは、モビルスーツ回収作業やパイロット救助活動ではなく、リアルファイト開始に陥った二人の仲裁であった。

 離された後も子供のように罵り合うエースパイロット同士の言い争いは、ダグラス大佐の一喝と叱責を浴びるまで続けられたという。

 

 その様子を眼下に収める蒼いモビルスーツ。

 これは試験運用が終了し近々生産ラインが構築されるMS-06R-2、高機動型ザクIIの問題点を改善されたものだ。

 MS-06R-03の型番を有する本機は実験機として開発された数機の一機であり、連邦軍の教育型コンピュータを模造した代物を搭載後、突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアへと送られた機体である。

 後世の研究では連邦軍の教育型コンピュータと比べ、明らか劣悪品(デッドコピー)であり集積能力、処理能力が劣っていたとされる。

 また限定生産であった為、戦闘データ収集が悪く十分に推し量るものに不足し、当初期待されていた「モビルスーツのOS強化」は半分も満たなかったと記録されている。

 しかし機体性能は高く、本機は名称を改められ一部のパイロットに長らく使用されたという。

 

 新しい名は、先行試作型ゲルググ。

 後にジオン軍モビルスーツの中で傑作機と評されるMS-14、ゲルググの先駆けであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です、ご機嫌如何。

年が変わる前に投稿できた……年始までまったりと過ごす所存ですぞ。
皆様、良いお年をノシ

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