ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第十七話:芽生える疑心

 朝方、第168特務攻撃中隊が帰還。

 部隊長のメルティエ・イクス少佐が搭乗する新型機YMS-07、先行試作型グフ。

 この初整備に参加しようと担当モビルスーツがない者、非番以外の者は全員基地滑走路に出ていた。

 最新型のモビルスーツ。

 最新兵器を扱う整備兵達にとって、これ程心惹かれる者はない。

 主力モビルスーツ、ザクIIの性能を底上げされた機体。

 遠目から見ても異なる外観は彼らの好奇心を(くすぐ)る。

 最高速度、加速率、スラスターの燃焼力と効率、センサー感度、機体耐久度etc…。

 扱ってきた機体とどれ程までに違うのか。

 慣らし運転が終えた後、問題がないか分解整備(オーバーホ-ル)の許可も得た。

(真っ新な機体の隅々まで調べ尽くしてくれるわー!)

 徹夜明けの人間が多く、イイ感じのテンション具合である。

 地平線から現れたガウ攻撃空母。

 部隊章のつもりか、機体の側面に蒼い獅子のペイントがされている。

 フラつく事も、機首が乱れる事も無く無事に滑走路に着地。五〇〇メートル程走った後に完全に停止。

 ドドドドドッと走り出す整備兵。

 中には「我に続けぇ!」と叫ぶ者も居る。

 重低音を上げながらガウの後部ハッチ、モビルスーツハンガーに通じる出入り口が開放。

 ガシュン、ガシュンとモビルスーツの足音を聞きながら彼らは最新鋭機(グフ)の登場を待った。

 そして―――。

「なん、だと…」

 彼らの目に映る機体。

 滑走路に現れたグフは、損傷していた。

 当然である。

 パイロットは哨戒任務も兼ねて出撃したのだから。

 遭遇戦も検討はしていた。

 何せ乗っている人間が例のアレである。

 無傷で戻るとは誰も考えては居ない、一種の信頼が構築されていた。

 外観は未だ昨日見たグフのまま。

 上半身の前面装甲に弾痕、凹凸が出来ているが些細なものだ。

 専用シールドがなく、一二〇ミリライフルとヒートサーベルの柄を手に持っている。

 両肩の一本のスパイクは、反っていた部分がやや外側に変形しているが、最悪は外せば良い。

「おお、ジーザス」

 彼らが嘆いていた事。

 それは―――四肢が掛けていない事ではなく。

 グフが片足を引き摺る様に歩行していた事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐は設られた執務室で保有する戦力と各地へ伸びた戦線への補給物資輸送率の統計に目を通し、それが終わると第二次地球降下作戦時の行動予測、前日総司令から受けた中東アジアへの進軍ルートを模索していた。

 信頼している友、現状ガルマの右腕と上層部に目されているメルティエに新型機試行に合わせて中東アジア地区への哨戒任務を出した。

(センサー系の感度も見れるし、良い機会だと笑ってはいたが)

 何せ、彼である。

 良からぬものを引き付ける様で心配していた。

 悪運だけは飛び抜けている、帰還する事は問題ないにしても。

「杞憂であれば良いのだが」

 端正な顎を指で挟み、しばし思考していたが空気を裂く音と道路に擦られるタイヤの悲鳴が執務室内に響き渡る。

 ガウの着陸と、ブレーキの音。

 どうやらメルティエの部隊が帰還したらしい。

 当バイコヌール宇宙基地から離陸したガウは彼を除いては居ない。

 他基地からの緊急着陸であったならば、それに入らないが。

 ガルマは執務席の上をある程度、人に見られても乱雑と思われない程度に片付け―――他の者から見れば十分に片付けられた―――、席を立つ。

 別室で他の雑務をこなしていた秘書官に一つ、二つ頼み事をしてから廊下に出る。

 擦れ違う前に敬礼する警備兵や将兵に返礼し、熱気溢れる屋外に出た。

 専用に用意されたエレカーに乗り込み、滑走路へ向けて走り出す。

「うん? 何やら騒がしいな」

 近づけばガウのモビルスーツハッチから出てきたグフとザクに整備兵が群がっている。

「おいおいおい、この左肩、ずれてるぞ。何を受けたんだ」

「敵機の弾幕を正面から、盾で受けた時のものらしい。そして盾が無い。つまり」

「一二〇ミリライフル。やけに小奇麗だな。まるでピカピカだぞ」

「機動力を上げるためにライフルを捨てたみたい。少しでも距離を詰めるために、とか」

「下半身のバランサーにダメージがあるな、宇宙空間のときみたいな立体機動したのか」

「いや、闘牛みたいに肩のスパイクを使ってぶん投げたらしい。モビルスーツ相当の重量を」

「あーだからスパイクが変な方向に曲がったのか」

「整備マニュアル化できてないグフで、ここまでやったか。どうするよ」

「なぁに、お前さんが作成するんだろう?」

「こんな所に居られるか! 俺は担当モビルスーツデッキに戻らせてもらう!」

「ばっか、お前の担当が終わってるのなんざお見通しよ。観念しろ」

「こいつ、綺麗な顔してるだろ? 三徹目なんだぜ」

「立ったまま気絶とかやりおる」

 指差し、議論を交わし本日の予定が確定された事に悲鳴を上げる者、嘆く者、逃げ出そうとして確保される者などで騒いでいた。

 その後方にエレカを停め降りる。

「やはり、連邦軍と遭遇したのだな」

 苦笑いが自然と浮かぶ。

 それでも不慣れな新型で無事帰還するのだ。相当な規格外であろう。

(あの”蒼い獅子”が、遭遇戦で戦闘行動に入らず撤退したとは考えられない)

 もしかしたら部下が制止してくれればと期待したが。損傷したグフを見てそれが成し得なかった、出来なかったのだろうと理解した。

 新型機の実戦データを持ち帰り、哨戒ルートに設定した場所が連邦の網が張られた範囲だと判っただけでも大きな戦果だ。

 これ以上戦果を上げられると、

(いくら姉上の麾下であろうと、口を出さずにはいられない)

 彼の昇進沙汰が訪れない事へ不審の目を向けるのも止む無し。

 第168特務攻撃中隊所属のハンス・ロックフィールド曹長等、機転を利かし降下する他部隊を高高度から援護、無事に降下成功させてもいる。

 それなのに、ハンスは未だに曹長である。

 事実、彼ら以上の戦果がない者達が追い越して昇進しているケースがある。

 今はまだ目の前に連邦軍の脅威があるから一丸となって戦っているが、このままでは不味い。

 後続の者等、彼の部隊が挙げる戦果を(もたら)しても昇進できないのか、と漏らしているのだ。

 挙げた戦果を公平に評価しない事等、戦線崩壊の兆しではないか。

(もし、未だ彼らを評価しないのであれば直談判。最悪は所属を私の麾下にせねば)

 家族に対する不審等、考えた事もないガルマがキシリアの差配を疑う。

 家族をただ信頼すれば良かった昔と違い、現在は前線で戦い将兵の士気を感じ取り采配を振るう立場。

 指揮官としての性質が形成された故の不審であった。

 其処には純粋に彼らを気遣う面が多くを占めてはいた。

 が、有能な軍人であり友人のメルティエと彼が率いる部隊を引き抜きたい願望にも似た感情も秘められていた。

「お。只今帰還致しました、司令殿」

 真面目な言動の中に幾分か混ぜられた親しみ。

 思考の海に沈みながら歩くガルマを、引き上げるように声を掛けた男。

「無事な帰還を喜ぼう、少佐。それでは、散策がてら報告を聞こう」

 灰色の掛かった黒髪を汗で湿らせた友人に、穏やかな笑顔で迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガウ攻撃空母のハッチから出ると、整備兵が悲鳴を上げているのが解った。

 無論、彼らの目線の先はエスメラルダ・カークス中尉の搭乗するMS-06J、陸戦型ザクIIではなくメルティエのグフだ。

 彼女も新型機なのだが、新造された最新鋭機のグフに比べるとやはり印象が違う。

 MS-06Fは地球環境下での行動をも想定した万能モビルスーツ。

 しかし地球では粉塵が可動部分に入り込み動きが悪くなる事や気候変化や様々な地形での行動を強いられ、第一次地球降下作戦では降下ポイント=戦場であったが為に然程問題は上がらなかったが機動力と稼働時間の問題が露呈してきた。

 これらを踏まえMS-06Jは大気圏内では可動、関節部分に粉塵侵入防止材を当てて保護。

 外気温で熱が篭もりやすいジェネレーター周りを密閉型から空冷型に変更、防塵対策処置を施し対策を採っている。

 宇宙対応装備の大部分を省略、推進剤搭載量を削減する事で自重の軽量化に至った本機は重力下での機動性の確保、稼働時間の延長に成功したのだ。

 外観に多少の違いがあるが、MS-06Fとは中身も性能も違う。

 が、見慣れたザクIIよりもグフは外観も性能も違う。

 目立ちたがり屋ではないものの、少し寂しく感じる。

「む」

 おかしい。

 自分は元来人見知りが激しく、人の輪に入る事を苦手とした部類だ。

 逆に人と離れて行動する方を得手とする。

 黙々と作業、課題をする為人が寄ってくる事は稀で、偶にからかい目的の連中や好奇心で遠巻きに見てくる輩が居たぐらい。

 何時だろうか。

 人の体温を感じる事が嫌でなくなったのは。

 何時頃だろうか。

 居て欲しい、居るのが当然と思う様に成ったのは。

 何時からだろうか。

 何気なく視線で追うようになったのは。

「むむ」

 地球に降りて、吹く粉塵と気温調整が完全に成されたコロニーと違い、汗で身体に張り付く長髪が邪魔になり仕方なく断髪の用意をしていた時に。

『長年伸ばしてきた、と聞いた事がある。切るより纏めてみたらどうだ』

 彼は側頭部辺りで器用に結い、髪型を変更する事で彼女の断髪を取り止めさせた。

 手馴れてる事に疑問を抱くと、

『昔、妹分が居てな。その子にした事があるんだ』

 と懐かしむように答えてくれた。

 ツインテールになると基地内では概ね好評を得た。

 訪ねてくる同僚のアンリエッタ・ジーベル中尉に至った経緯を話すと、俯き何故か逆光になって表情が読めなくなったが。

 きっと、些細な問題だろう。

「むむむ」

 今も、ノーマルスーツのヘルメットを脱いで頬をくすぐる髪を指で弄う。

 前面モニターに映るメルティエは、ガルマを発見すると悲嘆に暮れる整備兵から離れ声を掛けている。

 蒼いノーマルスーツに、角の装飾がついたヘルメットを片手にした彼は軍服を完全に着こなす青年と親しげに数度会話した後、いつものように基地内を巡視するのか伴われて歩き始める。

 すっと、宙に浮いた手を、じっと視る。

 なんだ、この手は。

 何を掴みたいのか、彼女は考える。

「難題」

 腕を組み、シートにぽふっと体を預け。

 彼女はしばらく、物思いに耽る。

 それは、機体整備の為に基地格納庫へ誘導しに来た整備兵が声を掛けるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜間も物音が絶えない基地内が日中の熱気活気に後押しされ騒々しい。

 メルティエとガルマは日陰で休憩をとる兵士に労わりの言葉を掛け、隠れて遊戯に興じる者達に制裁を加えながら基地内を時にルートを変え練り歩いていた。

 ルート変更はメルティエの気紛れとガルマの巡回頻度を鑑みて、である。 

 ガルマの巡回頻度はある程度統計を出した上でのルート選別だが、メルティエは気紛れと勘である。

 一度目は注意。二度目は直近の上司へ報告。三度目は制裁、つまりメルティエが拳を振るう。

 ガルマも最初は止めようと思ったものの。

「我々が二度も促し改めてくれと咎めたものの、彼らは懲りていない。体に刻みつけて是正する。警備を疎かにして被害を被るのは彼らだけではなく、基地に所属する皆だ」

 グウの音も出ない正論である。

 多忙な書類仕事のストレス解消ではないなら、止める気も起きないしそもそも招いたのは彼らの職務放棄である。

 メルティエは全員を等しく接することが不得手ではある。

 が慕うもの、尊敬するものでも必要とあれば手を加えるし手を下す。

『己が職務を全うしない者には、優しさは不要である』

 養父母が人に優しくする事が大事だと持論を掲げる少年に、腰を据えて教え諭した結果である。

 出来うる限り優しく伝え、省みてもらおうとするが。

 それが成されない場合は、ラル隊仕込みの格闘術で肉体的に(・・・・)反省してもらう。

 それで恨まれようと悪声が広がろうと彼は受け入れる。

 一人が手を抜く事で全員が死ぬ。

 (ラル)が伝えたい事を理解したが故に、(メルティエ)は違えない。

 蔑視で見下ろすメルティエが呻く兵達に背を向け、それを厳しい目で見ていたガルマは巡視を取り止め執務室へ移動した。

 秘書官に飲み物を頼み、メルティエに座る事を勧める。

 冷たい水で乾いた喉を潤すと、彼らは任務報告に移り。

 戦闘の流れと対処に相槌を打ち、報告を終えた後に感想を述べる。 

「なるほど、連邦が鹵獲したザクを」

「ああ、独自に改修もしていた。モビルスーツの映像記録を参照すれば解ってもらえると思う」

「君の報告を疑ってはいないさ。ただ、前線に敵モビルスーツという問題は出来れば信じたくないものだね」

「実際に遭遇した俺が言うのも何だが、違いない」

 顔を見合わせながら笑う。

 次の瞬間には真顔に戻り、頭を突き合わせた。

「内容を公開すべきか、要らぬ不安を抱かせぬ様にすべきか」

「公開すべきだろう。連邦のモビルスーツ保有の脅威を知らなければ自軍に対し敵の奇襲を増長させる事になる」

「士気は下がるが、仕方ないか」

「何時までも快勝が続くわけではないし。開戦して三ヶ月。鹵獲されていない、調査の手が入っていないと考える人間は少ないだろう」

「中東アジア地区での遭遇、という事は反攻作戦を中東アジアで計画されていると言う事だろうか」

「いや、偶々遭遇した場所がここだった、という可能性も捨てきれない。全軍に通達し警戒を促す事しか今は無理だ」

 地図上の遭遇地域を指で差すメルティエに、ガルマは問う。

「今は、と言うと」

「第二次地球降下作戦の開始に合わせて大規模な陽動を仕掛けるのだろう? 中東アジア地区への橋頭堡確保にもなる。進軍する」

「ふむ。ヨーロッパ地区は制圧できている。半数近くを各基地へ振り分け、残る戦力で進軍を検討するのも必要か」

「可能であれば航空基地を抑えたい。オデッサに駐屯するマ・クベ大佐に援軍を頼めないか?」

 鉱山基地に駐留するマ・クベ大佐麾下のモビルスーツ部隊。

 周辺基地を落とした際に戦力も低下しているであろうが、増援を見込めるならば頼った方が良い。

「彼か。打診を検討すべきか」

「…ガルマ?」

 指を顎に当て、何事か考え出した友人に声を掛けた。

 何故、打診を決定、とは言わず検討と口にしたのだろうか。

「戦力の補強は優先するさ。出し惜しみしては勝てる戦も勝てないからね」

 肩を竦め、ふっと息を吐く。

 その言葉に頷き、先ほどの様子が少しばかり不思議に思ったが、メルティエは気にせず進軍ルートの選定に入った。

 ガルマから目を離した為、メルティエは気づかない。

「信用に値するか、今回で見極めよう」

 指で隠した口元はメルティエには解らず、ガルマは何処か冷たい目で地図上のオデッサを見ていた事に。

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。3月11日。

 地球方面軍総司令キシリア・ザビ少将から第二次地球降下作戦が発令。

 中部アジアに駐屯する地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐はその前日に中東アジア地域へ全戦力の半分を侵攻に当て進軍を開始。

 大規模な陽動作戦を展開し、降下部隊を連邦軍から逸らす為だ。

 その中には盾を背に咆哮する蒼い獅子のペイントを施された新鋭機、グフの存在が確認されたという。

 

 

 

 

 

  




アジア中東部へ向かう。
その為の準備を開始するジオン軍。
前線基地の雰囲気が出ていれば嬉しいです。
遂にいい子だったガルマさんが向けた事のない疑心を家族に。

おかしい、当初ではこんなプランは。
…うっ、頭が。

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