ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

2 / 72
第01話:帰還者

 

 遺憾ながら、世の中には不条理がよくよく(まか)り通る。

 

 それは往々にして突拍子もなく訪れ、人を当惑し、思考を停止させ、危機感を与えるものだ。

 

 例えば就職を考え、入社を目指すと語ればジオン士官学校に進学と変更されるとか。

 例えば技術士官を志し、必須項目や試験問題を紐解こうとすれば行軍訓練に拉致されたとか。

 例えば初の任務を控え、叱責覚悟で後方任務を嘆願すれば、前線希望に捏造済みであったとか。

 

 ジオン公国国防軍所属、メルティエ・イクス少尉の短い二十二の人生は概ねこんなものである。

 

 彼が住まう部屋には備付けの机と椅子、寝台以外は簡素な調度品しかなく、白を基調とした室内が寂然感を際立たせた。

 

 これには理由がある。

 

 メルティエはここに住み始めてまだ一週間も経過しておらず、正確に言うと半分の四日間は作戦に従事していた為だ。

 

 彼が居るのはズムシティに在る軍事施設、その中の兵舎で割り振られた自室。

 引っ越して来た時に荷物を入れたダンボールが、今も未開封のまま放置されている。

 密閉していたからか、生活感はなくとも埃はありそうである。幸い掃除に邪魔になるものはなく、スムーズに清掃作業は終えた。

 

 その分悲しくなるほどお手軽で、虚しくなったが。

 

 型遅れの掃除機――軽量で小型だが吸い込み量は大きさ相応で遊び機能がない――を片付けながら、メルティエはへばり付く疲労感に苛まれていた。

 

(激務だとは聞いてはいたが、まさかここまでとは思いも寄らなかった)

 

 彼が目指す進路は異なる筈だったのだ、思いを巡らすのも当然と言えよう。

 

(あ、いかん。考えると欝になる)

 

 椅子に腰掛けたままで早一時間。机上には明朝に届けられた封筒。ペーパーナイフで開き内容に目を通してからは絶賛黙考中である。

 

 寝台とは反対側に設置された姿見鏡に映る灰色の混じった黒髪、鋭さを秘めた灰色の瞳に彫りが深い顔立ち、長身の体格にジオン公国軍の通常時の軍服である第二種戦闘服、その上に尉官以上に与えられる丹念な刺繍入りマント。

 襟元にはモビルスーツパイロットを示す徽章――ただしフェルト製――が存在を主張する。

 

 彼は今日も懲りずに自問する。真っ当な企業人になる筈だったと。

 いやさ、なれる筈だったと。

 

 それが今や修正され、軍服を見事に着こなし、対面者に綺麗な敬礼を決める程だ。

 かつて、士官学校卒業後に配属した先で上官に辞令と共に敬礼すると「教本に載せられる」と太鼓判を押された事もある。

 

(本当に、どうしてこうなった。ジオニック社でも、ツィマッド社でも何処の企業でもいい。

 モビルスーツの部品を製造、開発するメーカーに入って仕事すると思っていたのに)

 

 企業に入る為の資格、教育は受けてきた。

 それなのに、メルティエは技師とか職人という類ではなく立派な軍属だ。

 軍事施設、基地に入ればパイロットのイクス少尉として振る舞っていた。

 

 ふと、脳裏に訓練生時代に”教育”を処された記憶が蘇る。

 あれは嫌なものだ。指導(物理)的な意味で。

 

「はいはい、現実逃避しないの。戻っておいで」

 

 彼の鼓膜を甘い声が震わせ、肩を小さく揺さぶられたのは意識が士官候補生時代に至った辺りだった。

 メルティエは天井に移していた視点を下げ、予想していた女性に合わせる。

 

 首の後ろで束ねた蜂蜜色の髪は僅かな光にさえ映える、見つめれば引き込まれる円らな碧眼に、通った鼻筋と桜色に潤う小さな唇、実年齢二十二よりも幼く見える顔立ちのうら若き乙女。

 ジオン公国軍の軍服には身体のラインが浮き立ち、その女性らしい曲線に思わず目を引かれた。彼女もメルティエと同じく軍服の上にマント、モビルスーツパイロットを示す徽章を付けている。

 

 アンリエッタ・ジーベル少尉。メルティエの同僚にして幼馴染、()()()()()()()()()()()であり何かと困惑される事が多い美女。

 彼女が入室しても気づかなかったのか、やはり睡眠不足なのが一番の原因か。

 

「……何しに来やがりましたかねぇ」

 

 思わず口角が吊り上がり、目元の隈も相まって鋭い目が睨んでいるように見える。

 いや、これは明らかに睨んでいた。

 

「あ、ひどいんだ。今頃は悩んでいると思って態々足を運んだのに」

 

 傷ついたと言わんばかりに眉根を寄せ、頬を膨らませる。

 男なら非が有ろうと無かろうと謝り機嫌を取ろうとするだろう、愛らしい彼女に対し。

 

「――へいへい、わたくしめがわるぅござんしたよっ、と」

 

 悲しいかな、彼も男である。

 

 そして、臍を曲げた彼女は色んな意味で強敵である。

 実体験が彼に「波風立てんな」と助言。彼はそれを甘んじて受け入れた。

 

 悪態と嘆息を一つした後に、苦い笑みを浮かべる。

 昔から脹れたり泣いたりした彼女には勝てた(ため)しがない。恐らくはこれからもそうだろう。

 人差し指を宙に浮かべ、そのまま膨らんだ彼女の頬を突っつき、柔らかさを堪能した。

 アンリエッタはむうっ、と目を細めるが何も言わず受け入れている。

 

(あ、なんだか癒された。気分変えなきゃな)

 

 椅子から腰を上げ、充電された電気薬缶に向かう。

 離れた時に彼女の唇から声が漏れたが、聞き取れなかった。

 

「それで、俺が悩んでいるとアンリが思い至った理由はなんだ?」

 

 戸棚から安物のカップと紅茶パックを取り出し、電気薬缶を注いで即席紅茶(インスタント)をソーサーに載せる。二つ用立てた彼は机の上に一つ、寝台で腰掛けるアンリエッタにもう一つを渡しながら促した。

 

「ん、ありがと。メルは今日のお昼まで任務に従事していたから、分からなかったんでしょ? 

 他の同期は昨日受け取っているからね、辞令」

 愛称で呼んだのが良かったのか、紅茶が気に入ったのか相好を崩した彼女が言う。

 

「あ~……そういうことね。しかし、内容が把握できてないんだよ。何せ俺のところに来た内容は

『第八艦船ドックに来られたし』だけでな」

 

 続く指定時刻に視線を移し、粛清とかじゃないよな、と呟くメルティエに彼女は両手でカップを持ち、続ける。

 

「前の戦闘で功績を上げた、もしくは戦果振るわず降格された、とかが昨日までの辞令九割だね。メルに届いたのはそれとは違うみたいだけど」

 

「降格はない、と声を大にしたいが。どうにも、睨まれている感が拭えない、俺は」

 

 肩を落としつつ、紅茶を口に含む。

 

 メルティエ・イクスという一個人には然したる問題はない。

 問題というか、抱える悩みは孤児だった彼の後見人、養育してくれた人物にある。

 ただ彼自身としては養育してくれた恩人に感謝する気持ちはあれど、恨み言なぞ一言も無い。

 

「ううむ……内部闘争とか、政争、権力争いとかはあと半世紀後でもいいじゃないか。

 開戦したのだから、ここは一致団結する時だろうに」

 

「ストップ、それ以上はダメだよ。秘密警察とか、親衛隊がどこで聞き耳しているかわからないんだからさ」

 

 愚痴った男が零した内容に、聡明な女は待ったを掛ける。

 

「う、ぐ。確かに、失言だった」

 

 彼が舌にのせた言葉は街中で話す内容ではない、聞かれたらまず確実にブラックなのだ。個室でもギリギリグレーゾーンと厳しいもの。

 

 ジオン公国の実質的支配者、ザビ家の内部事情に関する事だ。一般人に聴かせて良い類のものでは決してない。

 国家元首は公王のデギン・ソド・ザビで、ダルシア・バハロ首相が政府の首班である。

 しかし、実質的には公王の子息のギレン・ザビが総帥として国政の実権を掌握しているし、権力の度合いは長女キシリア・ザビと続きその下に三男ドズル・ザビと並ぶ。

 末弟ガルマもザビ家に名を連ねているが士官学校を卒業した時分であり関わっていない、筈だ。

 権力争いというのは水面下で行われるものが通常だが、戦時下だからか派閥の露骨な行為も目に付き、黒い噂は絶えない。

 

 しかし、それはジオン公国勢力下に属する将兵全てに関わるものだ。メルティエに関連する悩みはまた別である。

 

「…はぁ、ここで云々と唸っていても仕方ない。腹ぁ括って指定された場所に行くよ」

 

 机の引き出しから支給された拳銃を手に取り、ベルトに吊るしたホルスターに差込む。ポーチに小道具を装填、お守り程度の代物だが無いよりは余程良い。

 ザビ家のお膝元、ズムシティで戦闘に入るとは思えないが軍人の身嗜みである。

 

「さて、決めたらさっさと済ますに限る。飲み終えたらカップは流しに置いてくれ」

 

「ん。鍵とか平気?」

 

「合鍵持ってるでしょ、しらばっくれないの」

 

 バレたか、と小さく舌を覗かせる彼女に一言物申したいが、ぐっと我慢。

 いってらっしゃい、と小さく手を振るアンリエッタに背を向け、力無く掲げた手で応じた。

 後ろ手で扉を閉めながら、手に持った封筒に意識を向ける。

 

「―――よしっ」

 

 嫌な予感しかしないのは、きっと疲れているからだ。

 彼は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たな。作戦明けと聞いていたから、夜に来るものだと思っておったぞ」

 

「いえ、大事なお話かもしれませんし、早めに伺った方が良いと考えまして」

 

 第八艦船ドック、関係者以外立入禁止区域の中でメルティエはとある人物と会い、同ドック内を先導されていた。

 

「はっはっはっはっ、その姿勢は大事だがな。目に隈こさえた男が歓迎されると思うのは捨ておけ。無用の(いさか)いに転ずるぞ」

 

 先導者は肩越しにこちらを見遣り、にやりと笑う。

 

「はっ、返す言葉もございません」

 

 反射的に敬礼。その綺麗な型がますます相手の笑みを深ませる事になった。

 

「変わらんな。どれ、付いてこい」

 

 野太い声で告げると、軍靴を鳴らし歩き出す。メルティエもそれに倣った。

 体感で五分ほど歩いただろうか、幾つかある中で利用されていないミーティングルームに着く。その中に入るよう促され、彼は無言で従った。

 

「久しぶりだな、メルティエ。息災だったか?」

 

 室内の照明が順に点灯、直前まで休憩室に使われていたのか、煙草の臭いが残っていた。

 追い越し、適当な机を見繕い共用椅子に腰掛けた人物。

 

 整えた焦茶の頭髪、戦士の風格を滲ませる巌の如き顔つき、太い眉の下に鋭い眼光。豊かな口髭と三十代半ばにしてがっしりとした体躯。

 隙無く着込まれた軍服は大尉のものでメルティエのマントよりも上質なマント、襟元に在るモビルスーツパイロットを示す金属製の徽章がきらりと輝く。

 彼が孤児であったメルティエを保護し、養育してくれた大恩人。

 

 ジオン公国軍所属、ランバ・ラル大尉。

 青い巨星の異名を取るジオン軍きってのエースパイロットである。

 

「楽にしろ、()()にそう構えられては息苦しいわ」 

 

 ラルとの縁はジオン公国が前身の共和国だった頃にまで遡る。

 ジオン・ズム・ダイクンの急死と彼の関係者が暗殺、事故に見舞われる事件が多発した。

 その事件に運悪く遭遇した結果、メルティエの父母は()()()した。

 親族は無く、両親を失ったメルティエ少年は暖かい家庭から一転、孤児となる。

 死亡した父の友人、そう名乗り現れたのがランバ・ラルだ。

 

 十に満たない歳とはいえ、父母の記憶が確かに在った彼はぐずり、ラルを大いに困らせた。

 両親の死を受けきれてなく、失った姿を求める幼心を理解して接してくれたラルは養子縁組をせず、保護という形で迎えてくれた。

 

 ―――イクスの名を捨てずとも良い。

 

「変わらないね、親父殿は」

 

 一パイロットとしても、一男子としても目標の人物。

 

 それがメルティエにとっての、親父殿(ランバ・ラル)だった。

 

「人間そう簡単に変わるものではない。お前もそうだろう」

 

「いや、まったくもってその通りです……元気そうで安心したよ」

 

 目で座るように指示したラルは、一つ息を吐くと机の下に予め置いてあったのだろう、荷箱を取り出す。

 

「親父殿?」

 

「わしは気が進まんのだがな、上からのお達しだ。謹んで受け取れ」

 

 ラルが荷箱を開封、中には新品の軍服とマント。

 

「メルティエ・イクス少尉」

 

「―――はっ」

 

 立ち上がる大尉に従い、少尉は直立する。

 

「先の戦いで貴官は戦艦三、戦闘機十八を撃破せしめた上、友軍の暗礁宙域を先駆け無事踏破させた。戦術、戦略上貴官のもたらした功績は高く、昇進という形で報いるものである」

 

「はっ、ありがとうございます!」

 

「今後も貴官の活躍を期待する。以上だ、メルティエ・イクス()()

 

「はっ……え、大尉?」

 

 性に合わん事はするものではないな、と呟きながら大尉昇進に合わせて用意された軍服とマントを手に取り、メルティエに差し向けた。

 

「単機で撃破しただろう。二階級昇進は珍しいが、それに見合う功績だった。ようやった」

 

「いや、でも……親父殿は昇進してないじゃないか」

 

 思わず受け取りながらも釈然としない息子に、

 

「わしはもう昇格とは縁がないだろう。ダイクン派と見倣されているからな」

 

 ふっ、と笑う。

 

 ダイクン派。故人ジオン・ズム・ダイクンの信奉者、もしくはジオニズムに惹かれた派閥。

 一族のザビ家にもギレン派、ドズル派、キシリア派と派閥は形成されている。

 ジオン・ズム・ダイクンの急死には暗殺説が根強く、当時側近であり協力者だったデキン公王がその黒幕だ、というものが有力だ。

 

 権力か、人望への嫉妬か、もしくは他の理由かは解らない。

 確かなのはザビ家がダイクン派、それに近しい人物を失脚、粛清した事。

 前ジオン共和国を牛耳り、ジオン公国として名を変え現在は地球連邦政府と国家間戦争に入っているという事。

 ランバ・ラルの父、ジンバ・ラルはダイクン派だった。

 既に死去しているがその嫡男である彼もダイクン派、とザビ家は見倣している。

 他にも理由があるかもしれないが彼の出世、昇格は絶望的だという現実が確かに在るのだ。

 現にラルは予備役とされている。

 ドズル中将麾下に配属されてはいるが、開戦時には召集も無く。それどころかラルの部下を呼び任務を与えたと聞く。歴戦の勇士を出撃させず、その配下を出撃させたのだ。

 

 メルティエをして、挑発とも取れる行動であった。

 彼がザビ家を受け入れ辛い下地は、つまりはこの一点に集約されていた。

 

「親父殿」

 

「馬鹿者、そう暗い顔をするな。出世はもう望むべくもないが、悲観するほどでもない。

 まぁ、そう思えたのは最近だがな」

 

 じっとメルティエの顔を見る。

 

「只々、壮健であれ、息子よ。功を焦るな、大事なものを失う事になる。良いな?」

 

「これ以上出世は遠慮したいよ。椅子を温めるのがお仕事です、何て思われたくないしね。

 そもそも事務屋になりたくて軍に入った理由(わけ)じゃあない、ぃたあっ!?」

 

「ナマを言うな、馬鹿者。素直にわかりました、と何故言えん」

 

「おぐぅう…久しぶりの鉄拳制裁で目の中から星が出そうだ」

 

 ラルの林檎を握りつぶす勢いで固めた拳が脳天に突き刺さり、激痛に膝をつくメルティエ。

 彼は厳しい顔に笑みを浮かべ、今も唸り声を漏らす不肖の子に視線をやる。

 

「甘いな、馬鹿息子。鍛えが足りんよ!」

 

 その目は、どこまでも優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




表現力を養いたいものです。
内容で「え、その人なの」と思えてもらえたら嬉しいものです。
本作品はWikipediaの資料を基に

【作成+捏造=合体事故】でお送りします。

この場を借りて、作成に尽力した諸兄に最大限の感謝を申し上げます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。