ぶらっく・ぶれっとif -転生した少年とIQ210の少女- 作:篠崎峡
俺は土下座をしていた。
「本ッッッッ当に申し訳ありませんでした」
「……」
夏世は黙ったまま肩をさすっている。あの威力の攻撃を受けて、既に回復が始まっているのは彼女がイニシエーターだからだろうか。
「完全に俺の失態です」
「……私は」
響太郎の額とコンクリートが熱烈なキスを交わす中で発された夏世の声は、見るからに苛立っていた。
「私はいらいらしています」
「すみませんでした。弁解の余地もありません」
俺が、もっと戦えていれば。そもそも、装備を忘れてなどいなければ。そうすれば……夏世はこんなに傷つけられなかったかもしれない。
額をさらに押し付ける。謝罪とは、その意思を伝えることが最も難しいカテゴリだ。どうしようもなく馬鹿な格好でも、やれること全てをやらなければ伝わらない。……全て行ったところで伝わるとも限らないのだが。
「何ですかあのクソ野郎は!」
「申し訳ありませんでした!!! ……ん?」
珍しい。夏世が代名詞を間違えるなんて…………待てよ。やはりそれほどまでに怒っていると言うことか。いや……それも当然か。俺はあいつ一人に戦わせてしまった。まるで道具か何かみたいに……。クソッ、そんなんじゃ結局は俺も他の差別主義者と同じじゃねぇかッ。
「コラ聞きなさい」
「……ハッ……す、すみません!」
「全く……なんでそんなにひれ伏せってやがるんですか。別に響太郎について怒っているわけじゃないです」
「本当に、本当に申し訳…………え」
「だーかーらっ」
「……はい」
「あの飄々としたクソ男のことです!!」
珍しく夏世が怒りを表層に表したことに、響太郎は驚いた。だが実際その男――
「……クソ……」
「あの」
「?」
夏世が突然いつもの口調に戻り当惑し、うっかり顔を上げてしまった。額にはまだコンクリートのアツイ感覚が残っている。
「確かに響太郎は無能で馬鹿でどうしようもないグズです。本当に何故あなたをプロモーターにしてしまったんでしょうか。もし過去の私に会えたならロードローラーで轢きます。ついでに響太郎も轢きます」
「いっそのこと轢いてください俺だけを!」
「は?」
夏世の目から表情が失せる。そして視線が凍る。まるで矢のようだった。
なぜ出来たかはわからないが、ガストレアを蹴倒したことで俺は調子に乗っていたんだ。肝心のところでは糞の役にも立たなかったのに……最早轢き潰されても文句は言えん。
「――嫌に決まってるじゃないですか」
「なぜ照れるんですか」
「私の帰る場所が無くなってしまいます」
「な……」
怒っていたかと思いきや、いきなり照れに入った夏世を見て響太郎は少し動揺する。
だが、その動揺の理由を思考することは出来なかった。
「えー……こほん。と、言うわけで、響太郎には特訓してもらいます」
「は?」
反射的に呆けた返しが出る。同じ台詞を言って、こんなにも重みに違いがあるのかと逆に感心した。
「……ってまぁ、より実戦的な力をつけなきゃならねぇとは思う。ガストレアを素手で倒すとか……そんなどうやったかすらわからねぇ力で敵と戦うのは、馬鹿のすることだ」
「今の今までその馬鹿でしたよね」
「うっ」
悲しいかな、図星だった。
「そ、それで、だ」
「なんですか馬鹿さん」
「それ敬称つける意味ねーから! ……んで、特訓つってもな……」
「ちゃんとアテがあります」
「マジかよ」
「当然です」
「なんでもっと早くに言ってくれなかったんですか」
「予想外の敵が現れたからに決まってます」
あぁ、そういうことか……天満の野郎や、奥にいたマスケラ男の強さは多分ステージⅠ程度のガストレアは一蹴できるんだろう。マスケラに至っては、イニシエーターがいながら自分はその隣に立つ堂々っぷりは、自身の戦闘力に自信があるからだ。かく言う俺も……そうだった。その自信は一瞬で粉砕されたが。
「それと響太郎がゴミ屑のように弱かったのもありますね」
「ぐ」
「では早速行きましょうかゴミ屑」
「馬鹿野郎俺は負けんぞ俺は……」
精神的な面でな!
「次あのチャラチャラした男に出会った時は、視線だけで捻り殺せるようになりましょう」
「なにそれこわい」
「自称サポート系の私に戦わせたんですから、代償としてそれくらい強くなってもらわないと」
「え、論に繋がりが見えないんですが」
「そうじゃないと心配で胃に穴が開きます」
「す、すまん……」
「開いてもすぐ治りますけどね」
「俺の感傷返せ!」
照れ隠しだと思おう、うん。脳内の精神安定委員会による決定事項です。
「……ってか、行くってどこに行くんだよ」
俺学校行こうとしてたんですが。別にいいけど。
「少し前に知り合ったイニシエーターなんですけど、とても強いです。プロモーターもかなりの強者で、IP序列は私が聞いた時で305位でした」
「305位!? めちゃくちゃ強えじゃねぇか!」
「高性能なエクサスケルトンを身につけていましたし、強力な
「なんだそれ……そんな奴に戦闘を教えてもらうなんて出来んのか? 俺たちのIP序列なんざ下から300位くらいにすらなってねえのに」
「つまらない冗談ですね」
「すみません……」
今日の夏世さん毒舌キツイっす。でも、危険に巻き込んだのは俺だし…………やっぱり強くなる方が先、だな。精神安定なんざ二の次だ。ノイローゼを起こさないように気をつけよう。
「ところで彼女のプロモーターはゴツいスキンヘッドのおじさんです」
「ヤ○ザかよ……」
毛筆で侠気とか書かれた奴が部屋に貼ってあるんじゃなかろうか……思ったより早くノイローゼになるかもしれん。
「ま、まぁ人は外見じゃねえよな。うん」
「響太郎は外見通りだと思いますが」
「どういう意味だ!」
「そろそろあなたがノイローゼになりそうなので言わないでいてあげます」
「……」
話を、逸そう。
「それで、お前の知り合いってなんて名前なんだ?」
「うわ、幼女趣味」
「なんでそうなる!」
ドン引きされている……口を開けば墓穴しか掘らないんじゃねーかコレ。
「……えと、名前ですよね。
「この辺には……いねぇよな」
「はい。中央の方にいますので、行きましょう」
「連絡しないのか?」
「大丈夫ですよ」
そう言って夏世が口元を綻ばす。その黒い微笑を響太郎は見なかったことにした。過去に一体何があったのか気にはなったが、多分聞いたら胃が泣いてしまう。穴が開く的な意味で。夏世さんコワイ!
淡く薄雲のかかった晴天の元、駅に向かって二人は歩き出す。
夏世に対して、何か重要なことを聞きそびれている気がした。
キャラ萌え(謎)回。
丁寧語キャラ同士の会話って割とやりづらいんじゃないかと今更。
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