ぶらっく・ぶれっとif -転生した少年とIQ210の少女-   作:篠崎峡

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(´・c_・`)気づいたら二ヶ月経ってた、訴訟(言い訳)


第5話 お前は誰だ

「お兄ちゃん」「響太郎」「響くん」

 またかッ――

 幸せな家庭、幸せな交友関係、幸せな……世界。

 なんなんだよ、これはッ。今の俺は――もうそっちの人間じゃねえんだよ。一々出てくるんじゃねぇよ。……チクショウ。

「――郎っ」

「ッ――」

 誰の声だ。話しかけないでくれ……、俺は……俺は……。

「響太郎っ」

 その声で、意識が“現実”に引き戻される。ハハッ、やっぱ、そうだよな。こっちが……このクソッタレた世界が、今の……いや、『俺』自身の、現実なんだ。

 雀の鳴き声が耳に入る。朝か。学校……面倒くせえなあ……。

「……夏世、か」

 布団の上で目を閉じたまま、声の主であろう相手に語りかける。俺は今、どんな声をしているだろうか? 問うまでもないか。俺は――

「大丈夫、ですか」

「ちぇっ……そんなにかよ」

 少しばかり自分が嫌になった。

「そんなに、つらそうにしないで」

「悪ぃ」

 夏世の声は、いつもの毒舌からは想像できない、今にも深淵へ消え入ってしまいそうな声だった。――お前、俺の痛みまで抱えようとなんてしなくていいんだぜ。

「よっし、んじゃ起きるか」

 ウジウジしてたって何も始まりゃしねえんだ。だったら、前を向くのが一番じゃないか?

 気合を入れるために伸びでもしよう。目を開けるのは、気持ち入れ替えてからで良いか? 相棒。

 

「ひゃぅ……」

 オイ待てや。なんだ今のえろ……ステイ、じゃないストップ、なんだ今の何かを堪えるような……恥ずかしがるような恥じらうような可愛げな声は。てか、恥ずかしがるのと恥じらうのってどう違うんだ? 全然違う気がするが具体的な差異を問われると――って、今はそんなトーストの焼き加減論争くらいどうでもいいことを考えている場合じゃねえ。あ、ちなみに俺は中のモチモチ感がバッチリ残ってるレベルの、浅い焼き加減が好きだぞ。確か夏世も俺と同じで――あっ夏世。

 恐る恐る右目から開いてみる。直後、後悔した。どうして俺は伸びをしたまま――正確には両手が何かに触れているまま――それを確認しちまったんだ。

「……ばか……」

 ウムム、ばっちり触れていますね。胸に。まあ正直コイツの胸は『これ凄いまな板だよ!』とかTOK○Oが見たら絶対言っちゃう程度だけどさ。そういう問題じゃないんだよね、これ。大体なんでキミは恥ずかしがってんだよ。これじゃ俺性犯罪者のソレじゃん。

 試しに全体を撫でてみようかと言う非常にまずい(法的な意味で)欲望に駆られてしまったが、俺の理性は強いぜ? その位の感情には左右されねえよ。

「ひぁっ?! きょ、響太郎のばかっ」

 Oh,my god. My hands,なぜ勝手に動いた。夏世ドン引きじゃん。

「いや、その……すまんな」

 え? 待て待て、さすがの俺でもグヘヘまでは言わなかったから! そこまで言うと某脳内選択肢の野郎じゃなきゃ言い訳できないから! いやそもそも言う気ないからね。いやマジで。

 なんだよ畜生、今朝の感情やけに変遷激しいなオイ、思春期かよ。あ、思春期だわ(笑)

「も、もう……すごく悲しそうにしてたから、心配したのに……私の無駄にした心配返してくださいっ」

 一歩後ずさり、夏世が頬をふくらませながら憤っている。……のだが! 両手で胸を隠しているのと顔が紅潮しているという三つが合わさるとショック・ルーラーがエクシーズ召喚……違う違う、あのファッキン野郎じゃない、……とにかく、本人は怒っているつもりなのだろうが――むしろそれすら合わせても良いだろう――ポーズと表情のせいですごく可愛い。

「って違ぇよ! もうダメじゃん俺!」

 流石にこれ以上の思考はまずいだろ。今度こそ本気で気を取り直して、夏世に向き直る。

――思い詰められた思考を追いやるためにオカシな行動を取ってしまったことは、流石に謝らないとな。

「ごめんな、夏世。心配かけた」

「ぁう、突然そんな真顔になられると困ります」

 響太郎の行動の変遷に、夏世が少しばかり当惑する。しかし、こいつ最初に会った時より大分表情が柔らかくなった気がするな。

「そんなにジロジロ見て、またセクハラですか」

 ……前言撤回しようかなあ。

「違ぇよ。今日のお前、ずいぶんと感情豊かだなと思ってな」

「ばかですか……突然同居している人からセクハラされて無反応のほうがおかしいです」

「……一理あるな」

「とりあえず、響太郎は今日学校でしょう? さっさと行ってください」

「行くのかよ面倒だなあ……」

 心底嫌だと言わんばかりの声質だ。これが“普通”の世界だったら尻を叩かれてでも行かされたかもしれないが、生憎ココはそんな“日常”が通じる世界じゃない。それぞれが関わること無く生きていた頃――違う世界の記憶同士が混ざり合う前――はダラダラとこの非日常を受け入れていた。だが……ガストレアのいない世界を、俺は知ってる。今のままで……俺は良いのか?

「猿の脳漿を砕いて出汁を取った後の、残りカスを天日干ししたみたいなその脳みそで何を考えてるか知りませんが、早くご飯食べてください」

「それじゃ干物以下ダルォオ!? ……まあいいや、すぐ行くよ」

 なんかホ○ビの人(曖昧)みたいになっちまったゾ。……あぁクソ、何考えてたかすっぽり抜けた。とりあえず着替えて飯食おう。

 

「本当に……大丈夫……かな」

 響太郎がのろのろと着替えていることを確認した夏世は、彼に聞こえないように呟く。声を出さずには、いられなかった。このまま自分の中に収めているだけでは、止め処もない負の思考に頭がやられてしまいそうだった。

 私が響太郎のイニシエーターになって、二週間近くが経つ。起きている間、響太郎は普通にしているけれど、それが“努力”して作っている仮面であることが、ここ数日でわかってきた。……この間、眠っている時――正確には夢を視ている時だろうけれど――彼はすごく苦しそうにしていることに気がついたから。ここじゃない『どこか』を拒絶しているような……寧ろ、その『どこか』への憧憬を無理やり掻き消そうとしているような。それでもソレは、ただの妄想だとは思えない。知能指数(IQ)が210だと診断を受けた夏世の頭脳を持ってしても、響太郎の苦しみの原因は推し量り損ねていた。

「私……響太郎に信頼されていないんでしょうか」

 少々感傷的になってきた彼女の鼻孔を、トーストの香ばしさがくすぐる。その香りが、尚の事彼女の感傷を促進してしまう。

 そう、これまでも家事を手伝ってこそいたが、料理は何だかんだ言って響太郎に任せていた。料理をすることと二人の信頼に明確な因果関係は無い、と断言できる。だが、それでも夏世には苦しむ響太郎のためにしてあげられることは、この程度の事しか思いつくことが出来なかった。自分の知能指数はなんの為にあるのだ。こういう時、大切な人を導いてあげるためにあるのではないのか? 自分の無能さに――腹が立つ。

「お、今日はパンかー」

 パジャマから制服に着替え終わった響太郎は欠伸をしながら朝食の置かれたちゃぶ台へと向かう。

「と言うか、わざわざ飯作ってくれたんだな」

「いえ……いつもご飯は響太郎任せでしたから。たまには私の甘美なる料理センスに酔いしれてもらっても良いかな、と思っただけです」

「なんじゃそりゃ……」

 適当なことばかりすらすらと出てくるな……と思ったが、どう転んでも今夏世は自分の本音を話せるとは考えられなかった。

「――ところで夏世さん」

「美味しくないですか?」

「まだ食ってねえよ! 食う前にしておくべき質問だよ!」

「仕方ないですね、聞いてあげましょう」

「なんで胸張ってんだオマエ……まあいいや。――このトースト、何が乗ってんだ?」

「もやしですが」

「Oh」

 あれ……おかしいな、普通トーストにもやしって乗せなくない? 水っぽくない? いいの? これ?

「無駄にネイティブっぽく言わないでください気色悪い。中国系アメリカ国籍の方々に対して、頭蓋が割れるまで土下座しますか?」

「怖ッ! 割れたら脳みそ出ちまうよ嫌だよ!」

「ボールの端でカンと叩けば綺麗に割れますよ」

「生卵かよ!」

「響太郎の脳みそは干物でしょう」

「そのネタまだ引っ張んのかよ!」

 なんだ……今日の夏世やけに毒舌……いやコレただの悪口だな、どう見ても。

 諦めて、トーストを見る。待て待て、決して口で夏世に勝てる気がしないからとかそういう意味じゃないぞ? ……すみません嘘つきました。あっそこホモは嘘つき(迫真)とか言うのやめてくれる? 俺ノンケだから(迫真)

「何気持ち悪い顔してますか。ホモですか」

「ESPテスト満点差し上げます!」

「もう取ってますよ」

「ウッソダルォオ!?」

「嘘です」

「なんなんだオマエ!」

 己の喘鳴を聞いて、響太郎はさらに呆れた。

 朝っぱらから幼女と話して、疲れて肩で息してる高校二年生ってどうなんだよ。……ん? この文じゃ俺ただの性犯罪者じゃねえかクソ。

「ところでこのトーストですが」

「さらっと話戻すんかい!」

「……干物の続き話しましょうか?」

「結構です続けて頂いて構いませんむしろ続けてください」

 これ以上俺の精神いぢめないで!

「仕方ないですね。……で、このトーストですが。結論から言うとツナは偉大でした」

「非常に残念なことに、俺の脳では理解しかねた」

「まあ食べてみてください」

 このもやしトースト……いや、ツナもやしトーストか? この際どうしてツナトーストにしなかったのかは聞くまい。でも夏世さん、ツナって高いんですよ。万能材料なのは認めるけどさ、これ高いんだよ。

「安心してください? このツナは誤発注で大量入荷してしまったものが安売りされていたものですから」

「……ならいいか」

 読心術、信じかけています。俺。

 危ない新興宗教への架け橋になりかねない思いを払拭して、改めてトーストを見る。

 フム、一見トーストからただもやしがはみ出ているように見えるが、その実しっかり調理がされているようだ。具材でよく見えないが、軽めのトーストの全体には綺麗にマーガリンが塗ってあるようだ。パンの端側をバターナイフで穴を開けてしまったりせず、尚且つ均等に塗られている辺り、夏世の性格が垣間見られるというものか。

 ……さて、問題は具材である。あ、このもやし卵とじにしてあるぞ。ってコイツ溶き卵上手すぎるだろ。もやしが変な黄色になってるかと思ったら、上手いこと溶き卵がもやしに絡んでやがるのか。……こんな芸当一朝一夕で身につくようなものじゃないと思うけどな。しかも、ただのもやし卵とじじゃなくて、ツナが綺麗に絡んでいる。ツナ缶のツナは油っぽいので、油切りをせずに使うのは、こういった具材として使用する場合あまりオススメはできない。それを知ってか、このツナは見たところ丁寧に油切りがされているようだ。しかし……

「どうしたんですか?」

 キッチンを眺めていた響太郎の疑問に気がついたのだろうか、夏世が続ける。

「調理はツナ缶の油でやりましたよ」

「合格どころか満点」

「やったあ」

「素直に喜んだ……だと……?」

 顔を一瞬で綻ばせてえへへ、喜ぶ夏世に響太郎は面食らった。……いつも表情薄いくせに、こうやって時々可愛らしい表情みせるのがセコいんだよなあ。

「さて、じゃあ頂くとするか」

 響太郎は別に神道の崇拝者であると言うわけではないのだが、最早惰性と化した動きで「いただきます」をし、トーストを頬張る。

「んむ。…………旨ッ」

 なんだこれ! マーガリンを塗ったトーストと絶妙なハーモニーを奏でるツナと、その旨味をたっぷり吸い込んだ卵も、勿論のこと旨い。だが…………このもやしシャキシャキだよ! すげえシャキシャキだよ! このアクセントむしろ良いよ!

「美味しいですか?」

 若干だが不安そうな色を見せる夏世。これは全力で旨いと伝えねばなるまい。

「マジで旨い! ツナもそうだがもやしヤベエ! コイツこんな安価なクセして、万能材料の仲間入りできるぞ!」

「そ、そんなに美味しいですか」

「おう、これは旨いわ。もう嫁に出れるレベル」

「お、およめさん……っ」

 夏世の紅潮が、沸騰するようにして瞬時に頭まで昇る。ちゃぶ台を介して目の前に座る響太郎に、自分を見られないように「あぅ……」などと呟きながら両手で顔を覆うものの、肝心の響太郎は「旨い旨い」と満面の笑みを湛えてトーストを貪り食っているので、逆に興ざめだった。

「…………鈍感とかいう話じゃなくて、これはただのばかですね」

「んぁ? どうした? 要らないなら貰うぞ。嘘だけど」

「……響太郎はそのままでいいです」

「お前はあんまり背負いこむなよな」

 何気なく返答したつもりだったが、それを聞いた夏世の表情が一瞬陰ったのを響太郎は見逃せなかった。

「いや……なんでもねぇよ」

「……そう、ですか」

「話したくなったら話せば良いんだ」

「それも、そうですね」

 ――じゃあ私に、あなたの悩みはまだ聞かせてくれないの? それはすこしだけ寂しい気もするけれど……。それはきっと、私を信用してくれていて……自分の中で整理が付くまで、私なら待ってくれるって、そう思っているから? ……問いかけは言葉にならず、空を震わさない。私、思ったより嫌な子なのかもしれないな……。

「響太郎、スープも作ったんですよ」

「おっ、どんなだ?」

 動いても、動かずとも深みに嵌っていく黒い思考は、無かったことにするのが一番都合がいい。

「硬くなりかけていたフランスパンと、賞味期限があぶないチーズと玉ねぎの処理も兼ねました」

「ちょっと言葉余計だと思うんだよね。うん」

 夏世が立ち上がり、とてて、と可愛らしくキッチンへ駆けていく。越してきた時に意気がって買ったはいいものの、バイトに明け暮れていたせいでそれこそトースト程度にしか使う機会のなかったオーブントースターが開かれる。中からはこちらもまた使う機会が殆ど無かった耐熱容器が顔を出した。

「何作ったんだ?」

「聞いて驚きましょう。グラタンスープです」

 なんだ驚きましょうって。……まあ確かに、ちょっと驚いたけどな。

 そう言って彼女が盆に乗せて運んできた二つの器を覗く。すると、とろけた玉ねぎがぎっしりと詰まったスープの上に、スライスされほどよく焦げ目の付いたフランスパンが鎮座している。見ているだけで充分美味しいのだが、残念なことにそれでは腹が膨れない。響太郎は仕方なくスプーンでスープを掬って口に運ぶ。

「……!?」

「美味しいでしょう」

 自慢気だ! 自慢気だぞこの幼女! ……だが…………確かに、美味い……。

 じっくりと弱火で煮込んだと思われる玉ねぎは形を残しているモノの方が少ないのではないか。それ故に、スープには玉ねぎ特有の甘みが浸透しきっている。その上、この食欲をそそる吸い物みたいな風味は……?

「白だしか!」

「正解です。市販のものを買うのは出費が嵩むので、おすそ分けしていただいた昆布を使って今朝自作しました」

「お前今日何時に起きたんだよ……」

「……さあ?」

「そことぼけるのかよ!」

 可愛らしく――どうみてもわざとらしい――小首を傾げてみせる夏世を尻目に、響太郎はもう一口を啜る。……玉ねぎの甘みを基調としているものの、それ単体だと行き着いてしまいがちな味の平坦さに、白だしのほのかな風味が起伏を作っている。ひと通りスープを楽しんだところで、ずっしりと浮いているフランスパンを齧る。

「うま!」

「余り放っておくとリスでも齧れなくなってしまいますからね」

 なぜか呆れた様子で夏世が言い放つ。……いやいや、俺だってフランスパンの調理はそろそろしようと思ってた頃だからな?! ブルスケッタやトーストはもちろん、サンドイッチやフレンチトーストにだって使える良い子なんだぞフランスパン!

「お、チーズ」

 フランスパンの焦げ目かと思ったが、どうやらパンの上に乗せられたチーズが溶け、それに付いた焦げ目もあるようだ。

 スープの上品さを上手く取り込みつつも、軽くトーストされたフランスパンと溶けたチーズのインパクトは……まさにグラタンスープ。普通に作るなら、もっと手間がかかるはずだが、夏世はそれを文字通り朝飯前にやってのけたのだ。料理にはそこそこうるさい響太郎も、この朝食は普通に賞賛を贈ろうと思える。

「……ありがとな、夏世。マジで美味い」

「このくらい朝飯前です」

「これから毎朝作ってくれねえかなあ」

 あ、しまった。ウッカリ本音出た。

「いいですよ」

「マジ!?」

「毎日ここまで凝ったものは作れませんけどね」

「いやいや、いいよ。せめて日替わりにしようぜ」

 女の子の手料理が毎朝食べられるというのはこの上ない幸せではないか。……とはいえ、こんな幼い娘に毎朝作らせるというのは、さすがに良心の呵責を感じざるを得ない。

「……わかりました。じゃあ明日は響太郎ですね」

「おう」

「それより響太郎、遅刻しますよ」

「……ゲ」

 始業、十分前。さようなら、俺の無遅刻登校歴。あ、もう無断欠席が山のようにあるから関係ないか。

「行ってくるッ!」

「いってらっしゃい」

 柔らかく微笑みながら右手を振る夏世を視界の隅に残しながら、玄関の扉を勢い良く開け放つ。扉が閉まると同時に夏世が見えなくなってしまった事が、少しばかり感傷的な出来事に思える。……いやいや、遅刻の言い訳づくりにしては気持ち悪いぞこれは。

 己の変態的思考を払いつつ、置場から自分の自転車を引き出す。もう遅刻確定だし、ゆっくり行って良いよな……。若干登校のやる気を無くしながら、自転車に乗ろうとした瞬間――

 

 

 

 突如、左側から叩きつけられるような重い衝撃が前輪のハブを襲い、ハンドルが暴れて響太郎の手から無理やりに逃れる。

「ッ!?」

 反射的に左へ顔を向ける。やけに大きなアイアンサイトに加えて消音器(サイレンサー)付きの拳銃を構え、飄々とした雰囲気を全身に纏った青年が立っていた。距離は三十メートルと言ったところか? 俺は、気が付かなかったのかッ。

「あっはは、いやいや。あの人が“存在しない者(イレギュラー)”だなんて言うもんだから、どんなものか試してみようと思ってねぇ」

 雰囲気同様、その飄々とした口ぶりはナンパでもしているかのようで、高く澄んだ声をしている。男は、拳銃を右手の人差し指でオモチャを扱うかのごとく回転させながら響太郎に近づきつつ、一方的に話を続ける。

「てか、元々キミに会うつもりとか無かったんだよね。蛭子先輩どこ居ったんだよって感じ」

「テメェ……誰だッ」

「それはコッチの台詞だよ? 君は、一体“誰”なんだい?」

「何ワケのわかんねぇこと言ってやがるッ」

 発言と同時に右手を後ろに回し、本来『そこ』にあるはずのモノを触ろうとする。

「ッ」

 しまった――ホルスターが無い。付け忘れたのか?! 我ながら馬鹿すぎるぞチクショウッ。

「ん? キミ、装備付けるの忘れてんの? あっははははは! “イロイロと”自覚のない奴だなぁ」

「クソッ、何なんだテメェはッ」

 一歩後ずさる。彼我の距離は、十メートル。怒りよりも、焦りが先立つ。

「ボクかい? ボクは――そうだな、ちゃんと名乗っておこうか。ボクは椥辻(なぎつじ) 天満(てんま)と言う者だ。これから……ウーン、キミはさっさと死んじゃうかもしれないけどね、ククッ。まぁ、ヨロシク頼むよ? えーと――」

「響太郎――如月、響太郎だ」

 馬鹿かッ。何呑気に名乗ってんだ俺はッ。怒りながらも焦る思考は、次に現在所持している武器へと移行する。

 拳銃は――無い。なら、ナイフは……クソッ、こっちも忘れてやがる。自覚もクソも無いな俺はァッ!

「あはは、そんなに怒らないでよー。まあ? キミが何に怒ってるかは、ボクにはわからないけどねぇ?」

「黙れッ」

 心を読まれたようで不快極まりない……! だが――最後の武器が俺にはある。

 天満が余裕たっぷりと、さらに一歩を踏み出す。コイツ、俺が丸腰だと知って舐めてやがんのか? なら――今すぐ後悔させてやるッ。

「ハァァッ!」

 まだ覚えている。いや、それ以上だ。俺は――アイツ(蟻型ガストレア)の蹴り技を完全に体得しているのか……? 待てッ。今はそんな余計なこと考えている場合じゃねぇッ。 目の前の脅威に対処することが先決だッ。

 響太郎の蹴りが天満に炸裂する手前――本当に後十センチの距離で、彼の蹴りは()()()()()に阻まれた。天満は、響太郎の蹴りなどそもそも無かったと言わんばかりの表情で喋る。

「そもそもさ、“ソレ”おかしいよね。ただの“人間”であるハズのキミが、どうしてガストレアと同等の技を繰り出せるんだい?」

「――なッ」

 天満の言動よりも、蹴りが見えない壁に防がれると言う不可解な現象に対する当惑が勝る。その隙を突き、天満が鋭いパンチを繰り出す。――表情は相変わらずの軽さの上に、サディスティックな笑みが付与されていた。

「――がッ」

 思った以上の力だった。およそ、予備動作を殆ど行わずに繰り出されたものとは思えない。てっきりマンガやアニメのよう後方へ吹き飛ばされたかと錯覚したが、現実はそうではなかった。

「ぐ……カハッ」

 息がし辛い。鳩尾に食らった突きが、体内全ての空気を口から押し出したのかと思う。身体の内部を揺さぶられるようなダメージを受けた響太郎は、千切れるでも吹き飛ぶでもなく、その場に崩れ落ちた。

 なんだ、コイツは。力量差が――ありすぎる。目の前に居やがるのに、その姿は触れらないほどの遠くにいる。それは幻覚でも妄想でもなく、事実として響太郎に突きつけられた絶望だった。

――こんなトコロで死ぬのか、俺は。

 力なく腹を押さえてうずくまる響太郎にできることは、抵抗の意志を持って睨みつけることだけだった。

 

「おや? ひょっとして、天満君かい?」

 天満の後方から紳士らしき男の声がかかる。助かったか、と淡い思いを胸にしながら視線をそちらへずらし、間もなく失望した。

 男は燕尾服にシルクハットと言うふざけた格好の上、顔には更にふざけたマスケラを付けている。見るだけでわかる。コイツはおかしい。だが、その男は幼い少女――偶然か、夏世と似た背丈だ――を引き連れている。待てよ。もしや、この男は民警か?

「あ、蛭子先輩じゃないッスかー。どこ行ってたんすかー」

 天満が響太郎に対する口調と全く変わらないそれで男に話しかける。蛭子先輩と呼ばれた男の隣にいた少女が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら響太郎の方へ視線を遣り、すぐに男の方へ視線を変える。

「ねぇパパ、あの横になってる奴斬っていいっ?!」

 おねだりをする子どものような口調で、あろうことか許可を求めた内容は殺害だった。――冗談じゃねぇッ。

「んー。私はこの男に興味が無いからどうでもいいんだがね。それに、一応これは“彼”の案件でもあるし」

 男は、どうやら俺の殺害には乗り気ではないらしい。天満も完全に男の方へ意識を向けている。この場を打開するのなら、アイツらが踵を返した直後だ――

 響太郎が現状の打開策を模索し終わるのと時を同じくし、男が口を開く。

「まあそれでも、“存在しない者(イレギュラー)”の本領は、気になるよねえ」

 そう言いながら、男が二丁拳銃を取り出す。マスケラに隠されているため見えようもないが、なぜか響太郎は男が笑ったような気がした。

 

――嘘だろ。脅威が増えやがった。

 こんなところで死んでたまるかよッ。

 響太郎を支配しているのは、死への抵抗と――動かない身体だった。




(´・‿・`)え?キャラ崩壊?(震え声)

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