ぶらっく・ぶれっとif -転生した少年とIQ210の少女-   作:篠崎峡

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遅くなりました!
展開がゆっくりですが、大目に見てやってください……


第3話 後援者

 ――そして、俺は民警になった。

 民警認可証(ライセンス)と言うから、何か国家資格のように捉えていたが、そもそも民警は警察の代わりにエリアを守護することだ。狭き門としようにも出来ないのだろう。

 普通に試験を受ければもう少しかかったのだろうが、悠長に受けている時間がもったいなく感じ、寝る間も惜しんで試験場に入り浸って、二週間と少しでライセンスを取得することが出来た。

 こんなガキを雇ってくれる会社などないだろうと言うことで、書類にはとりあえず所属を『如月民間警備会社』と書いておいた。致し方なく二人で起業する旨を担当者に話したが、やはり子どもだけではダメなようで、どうやら一ヶ月以内に経営者を見つけないといけないらしい。全く面倒極まりないことだ。

 ライセンス取得に奔走していた分、クラスには進級早々から三週間近く通っていない。

 

「まぁ、大して学校生活が楽しかったわけじゃねぇし、構わねぇけどな」

 六畳一間のボロアパートで朝を迎えながら、響太郎はボソリと呟く。

 こちらの世界では、家族がガストレア大戦で全員死んでから高校に上がるまで、響太郎は東京エリアに暮らしていた遠い親戚の世話になっていた。見方を変えれば死にぞこないである響太郎の家での扱いは、彼にとって忌み嫌われている『赤目』たちと大差ないように思えた。

 行き場のない怒りを当てる先を見つけたと言わんばかりに罵詈雑言を浴びせられたし、暴力も振るわれた。『赤目』と違ってガストレアウィルスを保菌していない響太郎の身体は、暴力を受けても即座に回復しない。理不尽な理由で義父に殴られて数日間身体が思うように動かず、寝込まざるをえない日もあった。

 それでも、食事と住む場所を与えられて生きてきたことを考えると、自分は『呪われた子どもたち』よりも丁寧に扱われてきたに違いない。

 ――隣で安らかな寝息を立てる少女を横目で見ながら、響太郎はそんな自分の過去を皮肉に感じていた。

 彼女たち『呪われた子どもたち』は、何も好きでガストレアウィルスを保菌して生まれてきたのではないのだ。にも関わらず、能力を開放した時に見られる赤目は、かつて人類を蹂躙したガストレアを彷彿とさせる。ガストレア大戦後に生まれた子どもが『赤目』だと判明した瞬間、親は狂ったように自分の子どもを川に捨てたりなどして殺害した。彼女たちが『無垢の世代』などと呼ばれているのは、先のガストレア大戦で惨状を目の当たりにした『奪われた世代』からの最大級の嫌味なのだろう。

 だが、彼女たちに、罪はない。

 『呪われた子どもたち』の一人、千寿夏世と僅かだが共に日々を過ごしてきた響太郎は、既に『呪われた子どもたち』に対する考えを改めていた。

 敵対視するから、拒絶するから何も進まないんのだ。理解しようとなぜしないんだ。

 そう憤慨して、直後響太郎は自分の思考を恥じた。

 ――俺は、完璧にこの世界の人間じゃない。

 今の響太郎にはもう一人分、ガストレアなど現れず、十年前と今も変わらず平和な生活をしてきた『如月 響太郎』の記憶と思考がある。

 そちらの世界の響太郎からすれば、『ガストレア』や『呪われた子どもたち』と言うのは、退屈な日常を刺激するには充分すぎる玩具(おもちゃ)だった。

 その好奇心が、『呪われた子どもたち』に対する考えを改めさせることに拍車をかけているという事実は、胸糞悪く感じざるを得ない。「理由はどうあれ」などと一蹴しようにもしきれないものがある。記憶や思考が複数人分あるというのは、想像以上に不快極まりないものだった。

「どうしたんですか、響太郎」

 気づいたら夏世を見つめ続けていたようで、起きた夏世が不審そうな目でこちらを見ていた。

「……あ? いや、別に何も……」

 突然のことでしどろもどろな返答になってしまう。それが夏世の疑念を増大させたのか、彼女はさらに目を細めて呟く。

「いやらしいことでも、考えてましたね」

「違ぇよ!」

「じゃあさっきの、『ああこの幼女食べたい』みたいな表情はなんですか」

「ンな顔してねぇよッ! 大体カニバリズムなんか興味ねぇっつの!」

 つい布団から飛び起きて否定する。

「冗談ですよ」

「……あのなぁ」

「すごく、辛そうな顔をしていましたから。響太郎」

「……悪ぃな、気ィ遣わせてよ」

「ペアなんですから、気を遣うのは当然です」

 胸を張るように答える夏世。

 実は彼女も響太郎が民警認可証の取得に勤しんでいる間に、国際イニシエーター監督機構、通称IISOでイニシエーターになるべく訓練を受けていた。あらゆる試験をギリギリでクリアした響太郎と違い、モデル・ドルフィンのイニシエーターである夏世は、戦闘能力自体は大して高くないものの記憶能力やIQ、戦闘サポート能力に長けており、夏世のIQが210だと聞いた時には、響太郎は驚いてひっくりかえってしまった。あろうことか響太郎の三倍以上ある。

 

「それより」

 夏世がおもむろに切り出す。

後援者(パトロン)、見つけないとですね」

「あー……そうだな……」

 苦い表情で後ろ髪を掻きながら応える。

 そう、後援者だ。

 新興の民警である上に社員は二人とも未成年。そんな連中の後援者になってくれそうな企業、ましてや個人など、響太郎には全く当てがなかった。

「とりあえず、ご飯食べませんか」

「……だな」

 ボサボサの上に寝ぐせがあちこちで見受けられる黒髪を掻きながら洗面所へ行き、顔を洗う。

 ――目下の不安は、まともに民警として働けるかどうか。後援者もいなければ武器もない。高校に入ってからは家を放逐されたのでバイトに明け暮れていたが、実を言うと家賃をはじめ生活費でほとんど消えていったため貯蓄もない。大家には頼み込んで保証人無しで住まわせてもらっているので、家賃の滞納など出来ないのだ。だがライセンスを取得する際に、不幸にもバイト先へ休暇の申請を忘れていたためサボり扱いされたようで、昨日携帯に届いたメールを見たらクビにしたとの通告が来ていた。

「ちょっとマズったんじゃねぇか、コレ」

 眠気の取れない顔を拭きながら、投げやりに呟く。すると、そこへ追い打ちを掛けるようにして恨めしい色の言葉がのしかかる。

「……響太郎……」

「な、なんだ夏世」

「……冷蔵庫、空っぽです」

「……あっ」

「その上、ご飯もパンもありません」

「マジかよ」

「うどんもありませんでした」

「ご丁寧にどうも……」

「どうして素麺もないんですか」

「なぜそのチョイスなんだ」

 しまった。昨日はライセンス取得ができたことに慢心して、買い出しに行くのを忘れてた。民警が飯も食えずに野垂れ死にとか勘弁だぞチクショウ。

「……今日はコンビニにしよう」

「そんなお金あるんですか」

 訝しむ目をしないでくれ。

「まぁ、しょうがないですね……早くお仕事見つけましょう?」

 微笑みながらそう言って、何かに気づいたのか夏世が呆れたような顔をする。

「……そういえば、武器とか、何もなかったですね。私たち」

「言うなよ」

 とりあえず本当に何もない家にいるのも虚しい気持ちになるだけなので、着替えた後二人揃って外にでる。

「朝ですね」

「当たり前じゃねぇか」

「……響太郎、学校いいんですか」

「……」

 閉口した。どこで手に入れたかなど聞く気はさらさら無いが、今夏世はそこそこ綺麗に手入れされたワンピースを着ている。対して響太郎は、勾田高校の徽章が縫い付けられた黒スーツそっくりの制服を着ていた。別に好き好んで着ているわけではなく、私服のセンスが無いので無難な制服を着ているというだけだ。

 ……私服をほとんど持っていないのもあるけどな。

「行かないなら、別にいいんですけどね」

「ん? ……そうか」

「一緒に居られますから」

「なんだよそれ」

「そういうことです。……行きましょう?」

 夏世に促されて、アパートの鍵をして日向に出る。斜めから差し込む春の陽気が優しく二人を包み込む。貧乏な未来しか見えてねぇのに呑気な空だと響太郎は心の中で悪態をつく。

 

 

――

 

 

 二人は、外周区近くのコンビニに来ていた。

 響太郎はどこのコンビニでも同じだろうと言ったのだが、外周区の方が安売りしているかもしれないと夏世が言い張るので、自転車に二人乗りをして外周区近くまで行くことにしたのだ。

「お前が行くって言ったのに、どうして俺が漕いでんだ」

「響太郎の方が歳上なんですから、当然じゃないですか」

「あのなぁ」

「……それとも、私の後ろに乗りたいですか?」

 10歳の少女が漕ぐ自転車の後ろに乗る高校生。これは想像しただけでヤバイ。色々とヤバイ。

「い、いや俺が漕ぐ」

 そろそろコンビニが近いということで、響太郎がスピードを上げようとしたその時、ライセンス発行時に支給された携帯がけたたましい音を立てた。

「なッ、なんだッ?!」

「……近くに、ガストレアが出たみたいです。先にそっちへ行きましょう」

 報酬も貰えますし、と夏世が同じく支給された携帯を見ながら呟く。

「で、警察の様子はッ?!」

 コンビニに続く道を進まず、おもいっきりスピードを上げてガストレアのいる方向へ曲がりながら響太郎は叫ぶ。

「……監視カメラシステムが見つけたようなので、まだ警察も他の民警も着いていないと思います」

「よし、なら一番乗りだッ!」

 瓦解しかかったビルの合間を縫って、ガストレアのいる場所へ急行する。

 GPSが示すガストレアの位置まで後数十メートルの距離に接近したところで、響太郎はビルの影に身を潜めるようにして隠れているスーツ姿の男性に気がついた。年齢は50を過ぎたくらいだろうか、それでも顔つきはしっかりとしており快活そうな男だ。

「お、おいアンタッ! ガストレアはッ?!」

「き、君は……?」

「俺は民警だ! さっき近くでアラートが出たから来た、警察は?」

 ライセンスを出しながら言う響太郎に、男はほう、とその全身を観察するように眺めると、口を開いた。

「……どうやらアレは感染源じゃなくて感染者みたいでね。それと、まだ誰も到着していないよ」

「そうか、じゃあアンタはここに居てくれ。そのガストレアは俺たちが始末する」

 自転車を降り、慎重にガストレアのいる位置へと接近。二つほどビルを進んでから覗くと、黒塗りの高級車の上で蠢く巨大なクモが目についた。

「……アレだな」

「そうみたいですね」

 頼む、と響太郎が言うより先に、夏世が力を開放する。瞬刻前まで黒かった目が爛々と朱色の光を放つ。

「行けます」

「わかった……行くぞッ!」

 夏世の合図の直後、響太郎は全く無警戒のガストレアの目前に踊り出た。

 

 ――千寿夏世は、モデル・ドルフィンのイニシエーターである。その特性として主に言われることは高い知能であるが、イルカの持つ『特性』はもう一つある。

 パルス音による対象把握と伝達能力。

 イルカには高い周波数を持つパルス音を発し、反射した音からその対象との位置関係や特徴を把握できる能力がある。さらに、把握したそれをパルス音で他のイルカに伝達することも可能だ。イルカの因子を持つ夏世は、無論その能力が使える。彼女が力を解放し続ける限り、響太郎は鷹の目を得たと言わんばかりに戦場の全てが把握できる。

 

 先手必勝――

 ガストレアが明後日の方向を向いた刹那、真横に踊り出た響太郎は左足を踏みしめ、半身を捻って右足に力を込める。

 蹴り方は知っている。前も使った。

 敵を感知したガストレアが振り向いた瞬間、響太郎は渾身の蹴り――初めてガストレアを撃破した時と同じ蹴りだ――を放つ。

「ハアアアアアァァァァァッ!」

 毒腺のある牙が襲いかかるよりも早く、響太郎の蹴りがガストレアの頭部を丸ごと破壊。

 一瞬前まで頭部があったその部位からは体液が溢れだし、数秒苦しむように痙攣してガストレアは沈黙した。

「……撃破、です。完全に沈黙しました」

「ハァッ……ハァ……ッ……そ、そうか……」

 どういう経緯かは全く分からないが、二人分の『如月 響太郎』の記憶を認識してしまった初日。その日出会ったガストレアの思考が突如脳内に入り込んできた響太郎は、それが戦いの中で繰り出そうとしている蹴りを完全に理解し、あろうことかその技を刹那の後に使用した。力加減、筋収縮――全てをまるで既に知っていたかのように繰り出したあの蹴りの構造。それはあれから三週間近く経過した今でも、まるで自分が習得した技であると言わんばかりに脳内に焼き付いている。

 だが、本来ならその技はガストレアの異常な筋力によってこそ本領を発揮する。ただの人間である響太郎がそれを繰り出せば、身体に掛かる負荷は並大抵のものではない。

「君たち……どっちがイニシエーターなんだい?」

 ビルに隠れていた男が姿を現し、面白がるような声を出す。沈黙する二人を前に、男は堪えきれなくなったのかついに笑い出した。

「ッハッハッハッハッ! いや、いいよ君! 気に入った! どこの民警だい? 後援者はもういるのかね?」

「いや、後援者はまだいねぇけど……」

 困惑した様子で答える響太郎を他所に、男はより嬉しそうになる。

「ハハハッ! そうかそうか! まあ高校生の民警の後援者になるなんて奴はそういないもんなあ!」

「……」

「いや、すまないすまない。別に気分を害そうとしたワケじゃないんだよ。……それにどうやら、あまり大きな民警にも所属していないようだ」

 乗り捨てた自転車を振り返って男がそう言う。

「だから、どうだろう? 私を君たちの後援者にしてくれないだろうか?」

「…………は?」

 予想外の男の言葉に、理解が追いつかない。

「言葉の通りさ! なんなら、似た歳の民警が所属してるところの紹介もしようか?!」

「……いや、アンタは……?」

「おや、テレビとかで見ていないかね。私は紫垣(しがき) 仙一(せんいち)。天童家の元執事で、今は……そうだな、資産家ってとこだ」

「ハァ?! ンだそりゃ?!」

「そ、そんな人が私たちの後援者に……?」

 天童家と言えば、何人もの政治家を輩出している名家だ。流石の響太郎でも知っている。

 驚くまま正直な感想を漏らす響太郎と、冷静に驚愕を露わにする夏世。どちらが歳上なのかわからないその光景に、紫垣はさらに楽しそうな表情になる。

「うんうん、ぜひ私を後援者にしてくれ!」

「ホントに、良いのかよ俺たちで」

 自分たちのような新興の民警を相手にするにしては、あまりにも立っている土俵が違いすぎる大物の言葉に、つい疑いをかけてしまう。

「本当さ、ぜひお願いするよ」

 どこか不敵な笑みを浮かべる紫垣に、響太郎は折れた。

「……ああ、そんなに言うならそうしてくれ。俺たちとしても、願ったり叶ったりだ」

「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

 折り目正しく礼を言う夏世に、響太郎は自分の発言が少しだけ恥ずかしくなった。

「ハハハ! じゃあよろしく頼むよ!」

「それで……俺と似た歳の民警がいるところって?」

 流石にこのまま先の見えない『如月民間警備会社』に居続けるのはマズイ。出来れば経営はデキる奴に任せたい。

「あぁ、後で直接紹介するよ」

 会社の名前は、と少し逡巡するような間を置いてから紫垣が言葉を継ぐ。

 

「『天童民間警備会社』だ」




夏世が最初から蓮太郎のようなプロモーターに出会っていたらもうちょっと表情豊かになったのではないか、と思って書きましたw
感想お待ちしています!

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