ぶらっく・ぶれっとif -転生した少年とIQ210の少女-   作:篠崎峡

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第1話 疑心と邂逅

 ――俺は、誰だ。

 

 

 それが俺が目覚めてから行った最初の思考だった。

 自分の名前を確認する。俺の名前は――どちらの世界でも如月(きさらぎ) 響太郎(きょうたろう)、か……。

 

 おかしい。

 俗にいうならば、俺は『転生』したはずだ。

 俺には記憶が二人分ある。それはまだ良い。それでこそ転生した、と認識できるんだからな。だが――

 

 

――どちらが本物の俺かわからない。

 

 

 片方の記憶は第二次世界大戦終結から70年程が経ち、各地の紛争は尽きないものの大規模な戦争にはならず平和を享受していた世界の記憶。

 もう片方は人類がガストレア戦争に敗北してから10年程経ち、その後東京エリアで暮らしてきた記憶。

 

 

「クソッタレ、なんなんだよコレは……ッ」

 自身の現状に堪らず悪態をつく。自分が何者かわからない事がこれほど苛立つとは。序列の付けられる『二つ』の記憶ではない。ただ『二人分』の記憶があるだけなのだ。これじゃまるで横並びになったセーブデータだ。右が一つ目なのか、左が一つ目なのかわからない。……じゃあ俺はそのセーブデータで遊ぶプレイヤーってとこか。

 特に頭痛がしているわけでもないが、自身についての詳細がわからないことへの焦燥から思わず頭を押さえる。

「とりあえず外に出よう……ここは、どっちの世界なんだ……」

 

 一歩外に出てまず目に入ったものは、天高く聳える黒柱だった。チクショウ、依りにもよってこっちの世界かよふざけんな。俺はどっちの世界でもただの16歳、高校二年生だ。……こっちの世界だと勾田高校の二年生か。どちらにせよ戦う力なんてもってねぇっつの。ふと春特有の草木の香りが鼻を突く。チッ、学校なんて行ってられっか。今日はフケるぞ。

 ボサボサの黒髪を手入れをすることもなく服だけ制服に着替え、アパート下に停めてある自転車にダラダラと乗る。いや制服っつっても学校には行かねぇけどな。手頃な服がなかっただけだ。

 

「どこ行くかな……」

 特にアテがあるわけじゃない。――が、とりあえずこっちの世界のことは確認しておきたい。知ってる世界だけどな。

 気づけば自転車はモノリスへと向かっており、辺りは閑散とした外周区だった。いくらアテがないとは言え、デカイものの方へ向かうとか流石に短絡的すぎだろうが……。

 

 

「ぐアッ!?」

 突如、キーンと言う甲高い音を伴い激しい頭痛が響太郎を襲う。急ブレーキをかけて何事かと辺りを見回すが、周囲は静寂で回答する。だが、響太郎の直感は告げていた。『モノリスへ向かえ』、と。

 

 

 

 

 特に理由があるといったワケじゃない。あるのは明らかに嫌な予感と、それでも進めと告げる勘だけだ。自転車のペダルをブン回し、そびえ立つモノリスへと疾走する。背景を彩る倒壊した建物への皮肉の如く綺麗に整備された道路を突っ走る響太郎の行く手を阻んだものは、意外にも何かに撥ねられたような勢いで道路の右側から転がり出た少女だった。

 

 

「くはッ……!」

「な……ッ?!お、オイお前――」

「お話は、あとにしてください。死んだら、お話できません」

 またもや急ブレーキをかけ、反射的に話しかけた響太郎の言葉を正論が遮る。

 

 

「――私が押しとどめますから、あなたは逃げてください」

「はァ!?バカかお前――」

 言いかけて、数瞬前の状況を頭で再生する。こいつ、まさか……それに『アレ』って――

 

 

 予感は不幸にも全て的中した。少女は立ち上がり、年齢不相応な速度で元来た方向へ駆けだす。その一瞬で捉えた響太郎の目は、彼女が今世間で、いや世界中で忌み嫌われている“赤目”――則ち、ガストレアウィルスを体内に宿した『呪われた子どもたち』であることを認識していた。

 

 

 そして、彼女が向かった方向へ目を見やると――そこには顔だけで縦5メートルは超えるであろう蟻型をした『ガストレア』がその右前足を少女に殴りつける瞬間だった。

 だが刹那、少女の目が一層強く赤色に輝いたかと思うと、彼女は右腕でその足を受け止め、払いのける。

 凄ぇ、と響太郎が外見10歳程度の少女に対して思ったままの感想を述べようとした直後、ガストレアが左前足で少女の空いた右脇腹へ鋭い殴打を加える。端正な顔を一瞬だけ苦痛に歪ませた少女の体は宙を舞い、道を突っ切って既に崩れたかつてのビルの外壁に全身を打ち付け静止する。

 

 

「大丈夫かッ!?」

 あいつ、戦い慣れてないのか――何故だかはわからないが、響太郎の体は無意識に彼女の元へと向かっていた。

 

 

「ば……ばかですか……どうして今のうちに逃げなかったんですか……」

「いやお前だってさっさとやられてたじゃねぇか」

「それを言われるとなんとも言えませんね……」

 そもそも私の能力は戦闘向けの能力じゃありませんから……、とかなんとか言ってやがる。んなこと言ってる場合かよ……。

 

 

 突如、こちらのささやかな応酬を全く意に介さず地を砕く音が鳴り響く。チクショウ、俺じゃコイツを守ってやれない――向かってくるガストレアから目を背けるようにして響太郎は目を閉じる。

 

 

 刹那、低く濁った音が響太郎の耳を貫き、つかの間の静閑が訪れる。しかし、響太郎はその音の寸前に自らの横をすり抜ける気配を感じていた。――目を開きたくない。

 

 その思いを無視するように横方向へ一陣の風が吹き、直後。どさり、とまるで荷物の如く何かが地に着く。寸秒前の感情が上書きされる。響太郎はその双眸を千切れる程に見開き、音のした方角を見やる。そこには、腹部に大穴を空け力なく倒れこむ少女の姿があった。そのままガストレアへ居直り、その禍々しい容貌を感情の消えた目で見据える。

 

 

 

 

 

――コロス

 

 

 

 

 

 そう意識した瞬間、響太郎の頭に『何か』が流れ込み、彼は瞬時にそれを処理する。この感覚は二度目だ。

 視える。いや、これは?……俺は奴の動き方がわかる……俺は、その動きを知っている。いや『今』知ったのか。思考の濁流に飲まれながらも、豪速で繰り出されるガストレアの刺突を上体を左に捻り安易に躱す。――へぇ。んで、足はこう使うのか。

 

 

「デアァァアアァァアアアアッ!」

 

 

 ガストレアが続けてその左前足で薙ぎ払おうとするよりも早く、響太郎は上体を捻った流れで左足を軸に回転。叫び声を右足に乗せ、目睫の間に迫ったガストレアを蹴りつける。その足はめきめきと音を立て強引にめり込み、そのまま顔面を引き千切り吹き飛ばす。拉げた顔面はそのまま道路の上を滑走し、行路を邪魔するように正面にそばだつコンクリートの残骸に激突し、四散した。

 

 

 

 

「……ハハッ」

 思わず右手で頭を押さえ、そこから渇いた笑いが漏れる。ガストレアを倒した?この俺が?大体さっきの蹴りはなんだよ、俺は『人間』だぞ。イニシエーターでもない俺のどこにあんな力が――

 

 

「助かりました」

 混乱する響太郎の思惟を、落ち着いた少女の声が遮る。

 

 

「あ、あぁ。……ってお前、傷は――」

「もう治りました。私たちは『呪われた子どもたち』ですから。傷の治りが早いんですよ、知らなかったんですか?」

「……自虐か?」

「ふふっ………………えっと、その……ありがとうございました」

 若干頬を紅潮させながら、少女が礼を言う。皮肉だか自虐だかわからない言葉の後に、突然感謝の意を示され響太郎は面食らってしまった。

 

 

「む。なんでポカっとしてるんですか」

「……その、悪ぃ」

「どうして謝るんですか」

「いや……お前さっき俺を庇ってアイツに刺されただろ?その、それが――」

「あの時あなたが刺されればおそらく即死だったので。それならば私が身代わりになった方がダメージは軽微で済みます」

「……え」

「え、とはなんですか。あの状況ではベストの選択でした」

「……それなら俺を押し飛ばせば良かったんじゃねぇのか」

「そうしたら私の頭が刺されてしまいます。さすがに脳の再生は未知数なので、実践できませんでした」

「…………そうか」

 見かけ通り、というのが適切だろう。俺よりもよく考えて動いてるんだな、コイツは。

 

 

「――ありがとな。……あ、俺は名前は如月 響太郎だ。お前は?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は千寿(せんじゅ) 夏世(かよ)です」

 

 そうして俺は、一人の少女と出会った。

 その出会いが意味することを、俺はまだ知らない。




原作一巻で出た夏世ちゃんが好きすぎてこのままじゃ終われないとつい勢いで書いてしまいましたw
最初は蓮太郎主人公にしようとも思ってたんですが、それだと夏世が幼女ハーレムの一員に加わるだけで終わる気がして・・・
いや、この後の展開を考えたら別キャラを立てたほうがやりやすいって思っただけです!(言い訳

同ペンネームで小説家になろうにオリジナル作品を投稿してるのでそちらもよかったらぜひw

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