巫女レスラー   作:陸 理明

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古伝<一指>

 

 

「ボクに〈殺人サンタ〉の件を押し付けてきたのは、神撫音(かんなね)ララだ」

 

 御子内或子は憮然とした顔で言った。

 内心では怒り狂っているのだが、さすがにそれを表に出すことはできないからだ。

 

「神撫音ララ? 二学年上の先輩だったかにゃ。確か、沖縄の人だったよね」

「あー、知ってますよー、那覇城で琉球王族を守る一族の末裔って話でしたよねー。てんちゃんが道場に入門したときはもうデビューされてましたからあったことないんですよー。沖縄の(てぃ)の使い手でしたっけ」

「沖縄空手以前の沖縄武術。あたしたちは少し知っている」

「へえ、ララさんって沖縄にゃんだ。でも、西の出だって少にゃいのに南にゃんてもっとめずらしいですよね」

 

 或子がはっきりと批判できないのは、神撫音ララが二つ上の先輩であり、かつて何度か指導を受けたことがあるからだ。

 ただの同僚と呼ぶには問題がある。

 

「神撫音は沖縄で三つ目のキジムナーを退治しちまったらしい。それ以来、沖縄の妖怪たちに狙われることになって関東にやってきたって話だ。で、〈社務所〉の媛巫女としてそだてられることになったと聞いたな。英語がペラペラで何か国語もいけるから、〈社務所・外宮〉に配属されたらしいぜ」

「知ってる。ララから直接聞いたことがある」

「てめえは神撫音と少し親しかったからな」

「―――昔のことだよ。あいつが京一を攫ったというのなら、ボクにとっては不倶戴天の敵になるということだからね」

 

 或子と親しい音子が複雑な目つきをした。

 

「もともと、この話を振ってきたのはララなんだ。〈殺人サンタ〉が今年は日本に行く可能性がある。彼に手紙を送った日本の子供たちのリストを手に入れたから調べて欲しい。そう、あいつが言ってきた。ボクも〈殺人サンタ〉のことは知っていたし、没交渉気味ではあったとはいえ先輩の頼みだ。クリスマス会を取りやめにしてまで任務に入ろうとしたんだけど……」

「でも、グレート或子先輩。それだけではララ先輩が絡んでいるとは……」

 

 てんとしてはなかなかに信じ切れないところだった。

 

「あいつから送られてきたリスト自体がおかしかった。この十年の間にもうほとんどの子供たちが〈殺人サンタ〉の毒牙にかかっていたというのに、わかっていながらボクに調べさせようとした。そのくせ、最後にボクの友達の切子の名前をわざと配置するやり口。アイウエオ順なら最初の「池田切子」をだよ。ボクを思い通りに操ろうとする意図がみえみえだ」

「それだけじゃない。或ッチが〈護摩台〉の資材搬入を頼んだ禰宜に、途中でキャンセルの知らせが入った。或ッチの名前で」

「どれもこれも、ボクを動きまわして京一と引き離すためとしか思えない。揺さぶりをかけてきたんだ」

「あいつらの狙いは京一くんだったんだよ」

 

 それに対しては藍色が異を唱えた。

 

「いや、京一さんを拉致するんだったら、普段、彼が一人の時を狙えばいいんじゃにゃいの。或子さんと一緒にいるときをわざわざ狙う必要はにゃいよね」

「それはそうですよー。或子先輩がいなかったら、てんちゃんなら三分あればおつりが来ますからねー」

「―――それは簡単。或ッチに対する示威行為」

「或子がいるときに拉致れば効果は何倍もあるだろうしよ」

「ボクの目の前で京一をさらって、それが自分たちの仕業だとわかるのならば下手に動かないだろうというのも意図にあるだろうね」

 

 だから、闇雲に動き回れず悶々としているという訳である。

 或子たちがこんな場所で集まっているのは善後策の相談も兼ねているのだ。

 京一の奪還と〈社務所・外宮〉との関係をどうとるか、その他もろもろについて。

 

「でも、なんでこんな方法で或子先輩にちょっかいを掛けるんですかねー。ララ先輩というか、〈社務所・外宮〉さんたちの目的が不明ですよねー」

 

 てんからしてみれば、仲間割れのような真似でしかない。

 古今、仲間割れというのは権力争いや金目当てのものというのが相場だ。

 妖魅退治が基本の〈社務所〉の媛巫女とは縁のないもののはずである。

 

「ボクの考えでは、〈社務所・外宮〉の狙いは―――」

「にゃんですか?」

「京一の〈一指〉だと思う」

 

〈一指〉。

 古代中国から伝わる特殊な条件でしか発動しない絶対的強運。

 升麻京一というただの高校生の少年が〈社務所〉という退魔組織に関わって無事でいられる要因の一つである。

 或子はそれが原因だと推測したのだ。

 

「でもお、〈一指〉って確かに珍しい運勢ですけど、てんちゃんたちを敵に回してまで確保する必要があるものとは思えませんけどねー。京一先輩だってなんだかんだいって、将来は〈社務所(うち)〉に奉職するのは決まったようなものじゃないですかー」

 

 彼女の言う通りに、すでに京一の進路は決まっているといっても過言ではない。

 最近、上司に当たる不知火こぶしなどは京一に対して、神道系の学部のある大学への進学を熱心に勧めているぐらいだ。

 そこは〈社務所〉も噛んでいる大学で、進学すればここにいるてんを除く四人とは同級生になることは間違いない。

 やはり一年にも及ぶ助手生活で適性が見込まれ、禰宜の人手不足を補えるという判断であった。

 大学を出る前にすでに就職先が決まっている状態なのなら取りこむために無理をする必要はない訳である。

 てんの疑問はそこにあった。

 単に拉致してしまうだけならいつでも出来た。

 だが、ただの誘拐では或子や彼の友人たちである巫女たちが必死に行方を追うだろう。

 場合によっては或子の友人である〈裏柳生〉という諜報組織までが猟犬になるとなれば、長く隠匿しておくことは不可能となる。

 そのため、誰が誘拐したかを明確にし、或子たちに釘をさす意図をもってわざと妖怪退治中に引き離すなどという面倒な真似をしたというのはわかった。

 だが、なんのために、となると答えは出ない。

 升麻家はごく普通の家庭だ。

 財産もないし、血統に特別なところもない。

 妹の涼花こそ、妖魅に好かれやすい体質であることは報告されているが、それとて一般人の平均に比べたらの話であり、〈社務所〉が把握している最悪の霊媒体質の足元にも及ばない。

 京一本人もごく普通の高校生であり、ドを越しているほど呑気なところがあるとしてもそれは個性のレベルだ。

 だから、一般通念でいえばたいして誘拐する価値はない。

 あえて言うのならば、〈一指〉という強運だけなのだが……

 

「〈一指〉って、最後の最期まで足掻きに足掻いて、もがきにもがいたあげく、最後に発揮される指先一本ぶんのほんのわずかだけど絶対的な強運というものでしたよねー。〈一指〉を持った武芸者とか学者とかには最後に栄光をもたらすものでしたっけ? 京一先輩じゃあ、どんなに頑張っても危険なものにはならないでしょぅから、警戒したって無駄ですよー」

 

 てんの考えは、〈社務所・外宮〉が滅多にない運勢を警戒しているということに否定的だ。

 

「まさか。いくらあいつらでも京一くんのことを敵視している訳はないだろ。もっとちげえ内容だ」

「……シィ。ミョイちゃんの言う通り」

「だろうね」

「えっ、それはどういうことにゃんだい?」

 

 或子は足と腕を組んだ。

 

「〈社務所・外宮〉にはもっと違う狙いがあるのは間違いない。そのために、ボクの京一を攫って今頃は試験をやっているはずだ」

「試験ってんですかー。てんちゃん、勉強は苦手なのでー」

「そっちじゃない。おそらく〈一指〉の力を計る気だ。もしくは、ボクたちもしらない秘密が〈一指〉にあるのか……」

 

 どのみち、或子にとっては長すぎる時間になりそうであった……

 

 


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