巫女レスラー   作:陸 理明

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ハロウィーンの夕方に

 

 

 レイさんたちが建物に入ってすぐに、最新のスカイラインGT-Rが門のところに横付けした。

 助手席から降りてきたのは、黒い露出過多なミニスカの小悪魔仮装の美少女だった。

 

「てんちゃん、ただいま到着でーす」

 

 ひと際子供っぽい喋り方と顔つきをしているが、実のところ、戦闘狂(バトルジャンキー)の御子内さんたちよりもヤバさでは折り紙付きの退魔巫女―――熊埜御堂てんさんだった。

 小悪魔っぽい仮装はまさにお似合いといえる。

 あまりに子供子供しているので、色気っぽさは皆無だが、おかげで彼女特有の恐ろしさは微塵も感じない。

 GT-Rを運転しているのは、彼女の助手であるイギリス人の透明人間であるロバート・グリフィンさんだった。

 ただし、招待したはずの彼は車から降りてこなかった。

 

「ロバートさんもどうぞ。駐車場は奥にあるみたいですよ」

「……いや、私はいい」

「どうしてですか?」

 

 すると、ロバートさんは熊埜御堂さんをちらりと見てから、僕を手招きした。

 運転席側にいってみると、パワーウインドウが開いて耳打ちをされた。

 

「……おまえはよく平然としていられるな」

「え、何がです?」

「てんもそうだが、御子内や神宮女の同類しかいないパーティーなんかによく出られるなということだ」

 

 ロバートさんが何を言いたいのかよくわからなかった。

 

「この間の〈砂男〉との戦いでも感じたが、御子内なんかもうスーパーマンかバットマンレベルの超人だろう。しかも、女だ。あんな連中の溜まり場で平然としていられるおまえが私にはよくわからない」

「とは言われても……。みんな、普通の女の子ですよ」

「マイガッ!! 真面目に言っているのか! おまえの神経はきっと宇宙開発にでも使えるようなワイヤーでできているに違いない!!」

「酷い言われようだ」

「いやいや、これは事実だ。いいか、おまえの立ち位置は、アレだ、事件に巻き込まれて右往左往する新聞記者とかその辺だ。好奇心のままで生き急ぐとろくなことにならないぞ」

 

 とは言われても……

 ロバートさんが相当苦労しているのはわかるけどね。

 

「私なんか、ちょっと変な音が聞こえると全部てんが敵の骨を折る音に聞こえるんだ。もう、なんでもかんでも」

「はあ」

「骨が折れる音なんてそんなに聞きたくないのに……耳から離れなくてさ……」

 

 結構、深刻だった。

 慰めるのも躊躇われるような深刻さだ。

 熊埜御堂さんの相棒役というのはなかなか辛い立場なのだろうなあ。

 ちらりと熊埜御堂さんを見ると、前髪を手鏡で弄くっている。

 ああみると普通の可愛い女の子なんだが、躊躇なく骨を折り、関節を外してくるコマンドサンボの使い手なんだよね。

 

「わかりました。お疲れ様です」

「そのあたりで休んでいるから、終わったらてんを迎えに来るんで連絡してくれ。ついでに帰り道なら、猫耳も中野まで送る」

「盛りあがったら、ここで一泊するかもしれませんよ」

「だったら、福生のホテルにでも泊まるよ。どうせ、私には明日の急ぎの仕事はない」

 

 そう言って、ロバートさんは去っていった。

 苦労人なのか、世捨て人なのかわからない人だ。

 しかし、GT-Rは格好いいなあ。

 テールランプとかのデザインには魅かれるけど、維持費がかかるんだよ、あれ。

 

「京一さんは入らないんですかー」

「僕は音子さんと御子内さんを待っているよ。……そういえば他の退魔巫女の人はこないの?」

「グレート或子先輩たちの同期の先輩方は、あと静岡とか山梨とか、ちょっと遠くに派遣されているんで厳しいみたいですよー。群馬にいる先輩はもともと出不精で誘っても来てくれないしー」

「へえ、そうなんだ」

「宇都宮の先輩は日光の守護で忙しくて現地を離れられないから仕方ないんですがー」

 

 わりとたくさんいるんだな、〈社務所〉の退魔巫女って。

 あまり秘密結社の内実に首を突っ込むのも問題かと思って詳しく聞いたことなかったけど。

 

「まあ、てんちゃんとしては、セクシー皐月先輩に会えて嬉しいんですけどねー」

「熊埜御堂さんは皐月さんと仲がいいの?」

「はい! てんちゃんに対しては、イエスロリータ・ノータッチだそうでーす」

 

 ……昔は相当ロリロリしてたんだろうな、この子。

 ただ、なんというか鬼畜というか残虐というか、サイコパスロリータだったんだろうけどね。

 熊埜御堂さんがいなくなって僕がスマホを弄っていると、ごく普通のグレーのシビックが停車して、すぐに二人の退魔巫女が降りてきた。

 御子内さんと音子さんだ。

 二人ともすでに仮装は終わっていた。

 音子さんは、三角の帽子とマントをつけて、黒いゴスロリチックなドレスを着た魔女スタイル。

 手にした星の飾りのついたステッキは魔女っ子みたいだ。

 ちなみにいつものレスラーのマスクはやめて、ラ・セーヌの星みたいな眼の部分だけの仮面をつけている。

 透き通るような美少女なので、なんというか一種独特の妖気があった。

 コンセプトとしては熊埜御堂さんと同じようなものなのに、はっきりと「魔女」とわかるところが凄い。

 あと、ドレスなのにスリットが入っていてチラチラ生足が見えるのは眼の毒だ。

 

Tanto tiempo(タント ティエンポ )!」」

 

 お久しぶりって意味だったっけ。

 

「久しぶり、音子さん。似合ってますよ、ドレス」

「グラシアス、京いっちゃん!!」

 

 と首っ玉に抱き付かれた。

 恥ずかしいのですぐに引きはがしていると、御子内さんがシビックの運転手の人に何やら話しかけて、すぐに車は出発してしまった。

 僕の位置からでは運転手の人の顔すらわからなかった。

 誰なんだろう?

 

「ああ、ボクの父さんだよ。―――こら、音子、ボクの京一から離れろ」

「お父さん!?」

 

 さすがに驚いた。

 御子内さんの実家は立川市にあるということは知っていたが、これまで行ったことはない。

 彼女がうちにくる頻度と比べたら、僕に実家を知られるのを嫌がっていると思ってもしょうのないところだ。

 ただ、よくご両親の話は聞くので仲は悪くないはずだけど……

 

「御子内さんのお父さんに送ってもらったの?」

「そうだよ。音子なんか、昨日の金曜の夜からボクんちに泊まっていて、ついでに送ってもらったんだ」

 

 一度も挨拶したことがなかったから、いい機会なのでしておくべきだったのに参ったな。

 御子内さんみたいな女の子のお父さんがどういう人なのか、すごく興味があるし。

 そう言えば、退魔巫女たちの誰の身内とも会ったことないな。

 わざと会わせないようにされているのかもしれないか。

 理由はわからないけれど。

 

「小母さまと小父さまは良い方なのに、アルっちはケチンボで困った」

「―――ボクのベッドに寝させてあげたのになんて言い草だい」

「アルっち、寝相が悪いから困る。あたし一人で布団で寝れば良かった。ダブルベッドなのに脚がずり落ちるって酷すぎ。ベッドの下の怪物に足を持っていかれても知らないから」

「キミだって、変な寝言を言うじゃないか。なんだい真夜中に突然「銀行強盗をやってるんだ(We rob banks)!!」って? ボニーとクライドかい!!」

「あたし、フェイ・ダナウェイに似ているでしょ?」

「呆れるほどの傲岸不遜ぶりだね」

 

 相変わらずこの二人は仲が悪い。

 いや、とても仲はいいのだが(でなければどちらかの家にお泊まりなどしないだろう)、いつも顔を合わせれば喧嘩みたいなことをしている。

 喧嘩友達というやつなんだろう。

 僕にはそういう親友はいないのでちょっと羨ましい。

 

「御子内さんは、そのマントだけ?」

 

 彼女は襟のやたらと大きなマントをまとって、よこしまのセーターとパンツ姿をしていた。

 あまり仮装っぽくはない。

 

「いや、これがある」

 

 といって、紙袋から取り出したのは橙色のカボチャの頭だった。

 それをすっぽりと頭からかぶる。

 それから玩具の鎌を構えてみると、出来上がったのは見事なジャック・オー・ランタンだった。

 おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――いい出来だね」

「だろ?」

 

 カボチャ頭の中からいい笑顔で御子内さんが言った。

 自分からやりたいと言い出しただけあって、衣装には中々凝っている。

 

「さて、みんなもう待っているよ。他には誰も呼んでいないんだよね」

「ああ、もう一人群馬の厄介者を誘ったんだがつれなくされた」

 

 群馬……ああ、熊埜御堂さん曰く出不精の先輩か。

 ということはやっぱり僕の知らない人は来ないということでいいのね。

 

「おや」

 

 建物の敷地にはいったとき、御子内さんの足が止まる。

 

「どうかしたの?」

「いや、気のせいかもしれないけど、妖気みたいなものを感じたんだけど……。音子、キミはどうだ?」

「シィ。でも、この程度だと、戦った後の付着残留分ぐらいのレベルだから、ミョイちゃんかあいろんが仕事帰りだったんじゃないの?」

「そんなところか。ここの物々しい警戒態勢を見ていると、ボクも用心深くなるのかもしれない」

「……そんなものなんだ」

 

 厳重に門の扉を閉めると、僕らはスターリング家の仮邸となった建物の中に入っていった。

 この時の御子内さんの勘について、あとでさすがと感嘆することになるであるが、それは少し先のことである。

 

 


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