巫女レスラー   作:陸 理明

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謎の三体目

 

 

 高崎安丸(たかさきやすまる)という人は、農家をやりながら、サブカル関係のライターという副業もこなしているらしく、広めの敷地に大きな倉庫を資料室のために所有していた。

 普通の一軒家の四倍はあろうかという倉庫のほとんどが、その手のグッズや資料だというのだから凄いものである。

 倉庫から少し離れた空き地に明らかに高崎さんのものではない車が五台ほど停まっていて、知り合いが集まっているらしいことがわかった。

 MIKAさんは車種とナンバーで誰がきているか推察していた。

 

「あのハスラーは柚希かな。ヴェルファイアは臼井っぽいね」

「お知り合いですか」

「まあねー。みんな結構なオタ仲間」

 

 どうやら高崎さんが入手した〈怪獣王〉の着ぐるみのお披露目が行われるため、みんなで集まっているらしい。

 少なくとも十人前後はいるようだけど、あの倉庫だとそんなに狭くは感じないだろう。

 僕らはステップワゴンから降りて、出入り口に向かった。

 すぐに高崎さんが迎えにでてくれて、内部に案内された。

 坊主頭のガタイのいいおじさんだった。

 三十代半ばという話だが、丸メガネをかけていて、感じのいい人だ。

 日焼けしていて体格がしっかりしているのは農家の人だからであろうか。

 少なくともインドアが趣味の人とは思えない。

 

「よく来たな、美佳。―――そっちの二人は高校生?」

「うん。セリーナと京一くんだよ。あんたの〈怪獣王〉が見たいだろうと思って強引に拉致して来た」

「そりゃやりすぎだ。悪いね、二人とも。ひどいオバサンで」

「そんにゃことはにゃいです。MIKAさんに頼み込んだのはわたしたちにゃので」

「はい」

「はははは」

 

 壁にはポスターやら吊るしグッズやらが溢れていて、混沌とした状態だった。

 ただ、乱雑という感じではなくしっかりと管理されているのはわかる。

 まさにマニアの部屋そのものだ。

 これだけのものを集めようとしたら相当のお金がいることだろう。

 

「結婚しないでいれば、これぐらいは意外と掻き集められるものだよ」

「へえ」

「収入の結構な割合、趣味でトんでいるしね」

 

 個人でもこのぐらいは普通ということか。

 僕ら以外にちょうど十人のお客さんが来ていたが、内部に集められているものを見ているだけで相当の暇つぶしにはなりそうだった。

 

「じゃあ、みんな奥に来てくれ。ちょっと持ってくるのは難しくてね。なんせ、平成〈怪獣王〉だと重さだけで八十キロはあるから」

「安丸さあ、おまえが手に入れたのって、陸なのかね」

「全身型抜きで造られているのは確かだぜ」

中身(なか)、入れんの?」

「人手がいるけどな」

 

 わいわい言いながら、奥へと進む。

 やや広めのスペースがあり、そこに白い布を被せられた巨大なものが鎮座していた。

 アレが目的の品だろう。

 わざわざ時間を掛けて見物に来た甲斐があるといいのだけど……

 

「じゃーん!!」

 

 多少、大袈裟な演出をしてから、高崎さんが布を剥ぎ取った。

 すると、隠されていた巨大な爬虫類の姿が明らかになる。

 恐竜のような前傾したシルエットを持った、まさに怪獣というべきものだった。

 脚部は股が大きく切れ上がり、女性の腰ぐらいはある太モモががっしりと自重を支え、腹部はやや細いのでハイレグにも見える。

 矢鱈と長い尻尾はやや後ろ向きについていて、アグレッシブかつ、前傾した美しいともいえるラインを描いていた。

 牙と爪、背びれもしっかりとしていて、今にも襲い掛かってきそうな躍動感がある。

 思った以上に、いや、想像を絶する迫力に僕は仰天した。

 ただのぬいぐるみや着ぐるみではない。

 映画に使われるのもわかる圧倒的な完成度だった。

 柄にもなく感動してしまった。

 

「凄い」

 

 僕だけでなく、ここに集まった全員が息を呑んで魅入っていた。

 これは驚異的だと。

 

「しゃ、写真撮っていいか?」

「俺も」

「私も」

「いいぞ。しばらくは撮影会だ。入手したときの武勇伝はこのあとで説明するぜ。運転しない奴用のビールもあるから、呑みながらじっくりと自慢してやる」

「ひゃっほー!!」

 

 こうして撮影会が始まった。

 数枚スマホで撮らせてもらったが、僕よりも年上の人たちの熱狂的な反応がすごくて引いてしまうほどだ。

 きっと〈怪獣王〉が好きでしょうがない人たちなのだろう。

 気持ちはわかるのでコメントは差し控えるとしようか。

 色々と騒々しい中、僕と藍色さん、MIKAさんは高崎さんによる講義を受けていた。

 若くて無知なため、基本的なものを教えてもらっていたのだ。

 

「陸とか、海とかいうのは、下半身があるかどうかってことだよ」

「下半身?」

「〈怪獣王〉は海からやってくるだろ。そのときはプールで撮影するんだけど、着ぐるみが全身あるとどうしても危険なんだ。だから、下半身は切断して上半身だけで撮影することになる。だったら、最初から下半身なしで造ればいい。その分、安く仕上がるから。で、下半身なしが海、ありが陸って風に呼ばれている。現場では、弾着用にも使われているし、アップのために造りこまれたのもあるらしいね」

「アレは陸用なんですね」

「ああ、だいたい映画ごとに作り直されることはなくて、たいてい補修して使いまわされることになるけど」

 

 ……すると、おかしいな。

 僕の手元にある84年公開の〈怪獣王〉の写真と、あの着ぐるみはほとんど変わりない。

 補修されていないのか。

 

「そうなんだ。普通は、陸と海の二つしか造られない。予算の関係でね。ただ、前々から噂されていたんだよ、三体目の着ぐるみの存在がね」

「三体目?」

「ああ。公式の記録にない三体目だ。それが紛失したり、盗難したりしても、警察に届けられることもないという」

 

 もう二十年以上も前、92年に成城にある撮影所から、撮影用の本物の〈怪獣王〉が盗まれる事件があった。

 一週間ほど後に奥多摩湖畔で発見されて回収されたが、何故か犯人の造ったらしい、あまり出来の良くない怪獣スーツも一緒に捨ててあったそうだ。

 ある主婦が「近くの道路の脇の竹藪に怪獣のようなモノが死んでいる」と警察に通報して、確認をとったら〈怪獣王〉だったという話である。

 主婦もそれは驚いたことだろうことは間違いない。

 だから、今では着ぐるみは厳重に管理されているはずなのに、どうしてここにあるのだろうと思ったら、これは()()()()()なのか。

 

「……本物なの?」

「これでもマニアなんでね。しっかりと確認したぜ。アレ、おそらく足の裏に鉄板が仕込んであるしな。中には入れそうにないのが難点だけどな。ちょっと開け口が見当たらないんだ」

「どうして鉄板を?」

「特技監督が、歩きにくくして擬人化を排する意味でやったらしい。初代とかは着ぐるみがあまりにも重いので逆にそれがリアリティーあって良かったという意見を汲んだみたいだ。ちなみに、当時の証言ではあの中に入ったら三分ほどしか動けないほど重くて暑いらしい。スーツアクターが酸欠で死にかけたそうだぜ」

 

 スーツアクターという人たちは相当鍛えていて、中には化け物クラスもいるという話なのに、その人たちでも三分が限度なのか……

 改めてみると恐ろしいな。

 映画やらがCGに移行するのもわからなくはないか。

 ただ、僕同様に話を聞いている藍色さんがちょっとおかしな反応を見せていた。

 

「どうしたの?」

 

 彼女はマナーよく触らないように撮影をしたりしている人たちの後ろを指さした。

 それで気が付いた。

 なんだか、荒れている。

 物品が散らばっているし、少し広めにとられている。

 この着ぐるみを運び込んだ跡かと思ったが、それにしては妙だった。

 なんというか、まるで……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何気ない僕の呟きが的を射ていたとわかるのは、それから数時間後のことであった……

 

 

 

 


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