巫女レスラー   作:陸 理明

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妖怪〈犰〉が狙うのは

 

 

 僕たちは区内にある明慶大学という、偏差値が高くてお金持ちの子息が通う大学に、学校見学という名目で潜り込んでいた。

 もともとオープンキャンパスに熱心な学校らしく、僕らが潜り込んでもほとんど目立たない。

 週末に、大学祭というのが予定されているということもあり、そういう運の良さも僕たちには味方してくれていた。

 やはりお祭りが近いということもあり、学生たちもテンションが高いらしく、キャンパスも人がたくさんいて、盛り上がりを見せていた。

 

「……大学というのは楽しそうなところだねえ」

「御子内さんは進学するの? それとも就職?」

「うーん、実家でニートしながら〈社務所〉の妖怪退治をしていると思うよ」

 

 妖怪退治って仕事じゃないんだ。

 お給料でているのに。

 

「京一はどうなんだい?」

「一応、進学かなあ」

「〈社務所(うち)〉の禰宜にでもなるかい? あ、でもあれは取り合えず宮司の資格がいるからなあ」

「資格がいるんだ? そういう場合、神道学部とかがある大学に入る必要があるの?」

 

 さすがにそういう学部があるのは知っていたけど、進路として考えたことはなかった。

 ただ、〈社務所〉の禰宜さんが有資格仕事だとは初耳だ。

 

「いや、どこか由緒ある神社の跡継ぎになるとか、婿に入るとかでもいいんだよ。うちは意外と身内で固める融通の利かない組織だからね」

「雑だなあ。でも、婿に入るって結婚するってこと?」

「うん。例えば、音子んところやレイんちも規模の大きい旧い神社だし、藍色も一人娘だから婿を募集しているはずだ。あいつらとくっつけば、普通の家の出身の子供でも禰宜にはなれる」

「へえ。みんな、やっぱり産まれも巫女なんだね。御子内さんもそうなんでしょ?」

 

 すると、御子内さんは頭を振った。

 

「ボクんところは(やしろ)じゃないよ。父さんも母さんも、普通のサラリーマンとお局様だしね」

「そうなの? 僕はてっきり、御子内さんもいい神社の出身だとばかり」

「そうじゃないんだな。格でいえば、ボクなんか退魔巫女の選抜にもなれない程度の家柄の出身()だしね」

 

 意外な事実に驚いているうちに、僕らはサークルのポスターなんかが貼ってある掲示板に辿り着いた。

 ベタベタとチラシが貼りまくられていてすごくカオスだ。

 大きい大学というのは雑多なサークルや部活の集まりなんだというのがよくわかる。

 体育会系から文科系、その他、なんだかわからない政治的結社と盛りだくさんだ。

 

「京一、これ」

「うん」

 

 指さされた先には、『大学未公認・フットサルサークル“ガリバー”』というものがあった。

 チラシに書いてある情報だけで読み解くと、フットサルを愛好するインカレサークルという感じだ。

 ただ、学校公認のフットサル同好会とソッカー部という名前のサッカー部があるので、これは正式なものではないのだろう。

 だいたい、インカレとはIntercollegiateの略の「大学の間」ということであり、インカレサークルとは、さまざまな大学に通う学生で構成されている活動のことである。

 大学が公認するということはあまりないのも当然だ。

 一つの大学の学生だけで活動するよりも幅広い人材を集めて、色々と大きなことができるので参加者は多い。

 ただし、問題がない訳ではない。

 

「―――フットサルの同好会なのに、どうしてボールよりもビールのイラストばかりなんだい? フットサルと言うのはアレだろ、ミニサッカーみたいなやつだろ」

 

 もっともな疑問を御子内さんが口にする。

 確かに、フットサル同好会のはずなのに、活動日も活動場所も一切書いて無く、飲み会の日時だけが定期的にシールで上書きされているようだ。

 

「フットサルはもう結構サッカーと違うスポーツなんだけど、そこは別にいいか。……えっと、インカレサークルってなんていうか学生同士の交流って名目でパーティーを開いたりして遊ぼうというものが多いんだよ。はっきり言うと、飲み会のためのものかな」

「……フットサルをしないで遊ぶだけなのかい?」

「一応、少しはやると思うよ。そのあとで、ばーっと居酒屋に行ったりするんだろうね」

「ふーん、だからビールの絵なのかい?」

 

 わりと世間を知らない御子内さんはしけじけと眺めている。

 JKたるもの合コンとかに一度は参加しておくべきだとか変な主義を持っている彼女には興味深いのだろう。

 僕はポスターの中の代表者の名前と番号を確認する。

 それから、近くを歩いている少しケバい女性を捕まえて、

 

「三回生の阪井(さかい)さんってご存知ですか?」

「さかい? ああ、阪井か。知ってるけど」

「今、学内にいるかわかりますか?」

「うん、とガリバーの連中と食堂にいるんじゃね? あいつら、結構食堂でたむろってから」

 

 見た目に反して親切なお姉さんだった。

 お礼を言うと、

 

「あんた、一年? なんで、阪井なんか探してんの?」

 

 僕はまだ高2だけど、よく老けて見えるといわれているので、このお姉さんには新入生と誤解されたようだ。

 いい機会なので誤解は利用させてもらおうかな。

 

「阪井さん、ガリバーの代表ですよね。そこが夏休みに河口湖で合宿したんです」

「ああ、聞いた。例のヤリ合宿みたいな奴だろ? あんな不健全なもんに参加するのがいるのが不思議なぐらいだぜ」

「……そのときに阪井さんたちに迷惑を掛けられたらしい他校の学生の知り合いなんですよ、僕。だから、顔だけでも確認してくれないかって頼まれちゃって……」

 

 ここで神妙な顔をする。

 御子内さんも並んで演技した。

 彼女はどうも面倒なことにつき合わされた彼女ポジションらしい。

 

「お願いします」

 

 お姉さんは少し考えた後、

 

「まあ、しかたねえな。ついてこいよ、阪井のツラぐらいは確認させてやる。でも、あいつら性質(たち)悪いから近寄るのはオススメしないよ」

「わかりました」

 

 そういうと、彼女は僕たちを食堂に連れていき、隅っこだが、全体を見渡せる場所に陣取った。

 一点をあごでしゃくる。

 十人ぐらいの学生が、男女問わず一つのテーブルで歓談していた。

 女性は三人ぐらいだが、そのうちの一人の胸をたまに両隣の男子学生が揉んだりしていて、とても昼間の大学での行動とは思えない。

 覗き見していることもあり、無表情でいるので精いっぱいのモラルのなさだった。

 

「……真ん中のイケメンが阪井だ」

「ああ、確かに……」

 

 透明感のあるイケメン―――というよりもハンサムだった。

 思うにイケメンという言葉には行動によるものも含まれる「いい男」の広義の名称だが、

 ハンサムとなると特定の美形青年にしか相応しくない気がする。

 そして、あのグループの中心にいる阪井という青年は紛うことのないハンサムだった。

 あの顔で口説かれたら誰でも陥落してしまうかもしれない。

 

「ふむ。稀に見る黒いオーラだな。あれは相当他人の恨みを買っているね」

「よくわかってるじゃないか、あんた。……阪井はああ見えても悪い噂ばかりの男でね。あいつの率いるガリバーだって、もう最悪の評判ばかりさ。田舎から出てきたばかりの初心な新入生をあの顔でものにして、どんどんサークルに入れて、あとは好きに弄ぶって言われている。もう最悪のクズさ」

「……人は見かけによらないということですね」

「ああ。かなりの有名人だしな。だから、あんたたちの知り合いが顔を知りたいのなら、うちの大学の自称モテの顔本をよくチェックすればいいよ。すぐに写真がヒットすんだろ」

 

 実はその手はもう試している。

 その上で、僕たちは実物を拝みたいからここまで接近してみたのである。

 

 

「じゃあ、あたしは行くけど、なんかあいつに対して裁判でも起こす気なら検察側の証人になってやるよ」

 

 颯爽と去っていくところは、なんとなく女子大生のお姉さんという感じでかっこいい。

 ケバいとかいってごめんなさい。

 

「さて、本人であることの確認はできたな。あとは、どうするんだ? あの〈犰〉に教えてしまうかい?」

「それはそうなんだけど、あのバニーガールの言う印象とまったく違うんだよね……。彼女のイメージではもっと優しそうだったのに、実際はもう色欲の権化みたいな下品さでさ。……あ、女性の尻を撫でまわしているよ。なに、変質者なの、あいつ?」

 

 この明慶の食堂はかなり垢ぬけた人たちが多いが、その中でも彼らは浮いていた。

 チャラチャラを通り越して、もう痴漢や痴女の集まりにしか見えない。

 

「とにかく、〈犰〉の要求は叶えよう。でないと、タヌキたちが安心できん。あいつらが不穏な動きをしていると〈社務所(ボクら)〉まで影響を受けかねないしね」

「仕方ないか……」

 

 そうして、僕らは明慶大学のキャンパスを後にした。

 例のバニーガール姿の妖怪〈犰〉と連絡を取るために。

 

 

 

 


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