キコ族の少女   作:SANO

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第29話「ユイとスクワラとエリザと……3」

「……す、スゲェな」

 

 

 スクワラの引きつったような声と唖然としているエルザを背後から感じつつ、俺は中庭にいる犬30匹(+テト)それぞれに1体ずつ宛がった30体(+テト用)のヒスイが低空飛行で犬から逃げる様を、自分視点の左目と各ヒスイの視界を映す右目の双方で確認していた。

 そして、自動操縦(オートパイロット)で逃げている為に捕まりそうになっている個体を、一時的に手動操縦(マニュアル)にして回避を行ってから戻したりなどの調整を行っている。

 傍目からは、60匹を超える犬と鳥が中庭を所狭しと走ったり飛び回っていたりしているサーカスより派手な状況として見えている事だろう。

 

 こんなことをしているのには、当然ながら訳がある。

 ケーキをお腹いっぱいに食べてしまった俺に、スクワラが「腹ごなしに」という誘い文句で中庭に誘ってきたことから始まる。

 さすがに先ほどあったことを体験して覚えているので、案の定というべきか構ってもらおうと津波のように迫ってきた犬達に対して、ヒスイを顕現させて犬達の眼前を横切らせるようにして飛ばせることで興味の対象を変更させることに成功させて“犬波”に呑み込まれるのを防いだ。

 

 しかし、ここで誤算が生じた。

 

 スクワラに調教されていた彼らは、こちらが想定した以上に速くて連携が取れていたのだ。

 なので、顕現させたヒスイが1体で自動操縦(オートパイロット)だったとはいえ1分もせずに捕獲されてしまう。注意を逸らす目的だったので極少量のオーラしか込めていなかった為に、捕らえられたと同時にガラスが砕けるようにして消えてしまった。

 

 自分の部下(犬)が相手の部下(念獣)を軽く倒して見せたことで、「俺の部下が優秀でごめんねぇ~」とでも言いたげなドヤ顔に、カチンと俺の頭の中で何かが着火した。

 「子供相手に大人げない」という俺の売り言葉に、「都合の悪いときだけ子供扱いして欲しいのか?」の買い言葉で返されて事で、エルザの主にスクワラに向けた呆れた視線と溜息を背景に軽い言い争いが起きた……というか、軽い挑発に乗せられてしまった。

 そんなことがあって、勝負という形で今現在の状況へとなったわけである。

 

 こちらの実力を測る目的だったことは、多数のヒスイから周囲に設置されているカメラや中庭を注視している人影などの視覚情報から分かった。

 とはいえ、複数の念獣を使役できることはエミリアとの対決の時に露見しているので、複数から多数に情報が変更される程度だろうし、これに関してはヒソカのように知られたところで問題にはならない。

 

 

 しかし、実力を測る為の相手が犬っころとは……。

 ふっふっ。俺が本気になれば犬っころ相手なんて、こんなもんよ!

 ヒソカを相手に―――

 

 

「ドヤ顔してなくても、その表情で何考えてるか分かるわよ」

「ひあっ!?」

 

 

 いつのまにか隣に移動して目線を合わせるように屈んだエルザが、こちらを覗き込みながら苦笑しつつ声をかけてきたので、思わず喉の奥から変な声が出てしまう。

 そして、俺の動揺が反映したのかヒスイたちの動きが鈍ったことで約半数が犬達に捕まり砕け散る。

 

 戦うためではなかったとはいえ自動操縦(オートパイロット)や視界共有などの能力を付与した為に少し多めにオーラを込めていたのが災いした。

 一度に半数が失われれば失血量はそれなりになるので、必然的に貧血からくる立ち眩みと軽い脱力感から崩れ落ちるように座り込んでしまい。同時に生き残っていたヒスイが霧散して、それらを追っていた犬達が驚いたり混乱したりと少し周囲が騒がしくなる。

 

 

「え?ちょっと、大丈夫!?」

「だ、大丈夫……です」

「嬢ちゃん!?」

 

 

 突然の俺の急変に、エルザが座っているのも苦しくて倒れそうになる俺の体を慌てて支えてくれながら、心配そうに声を掛けてくれる。

 大丈夫だと答えようとしても息苦しさから強がりにしか聞こえず、実際に冷や汗が出てきたりして時間経過と主に症状が重くなっていく。

 ポケットに入っている造血剤へと手を伸ばそうとするが、医師からの安易な使用は厳禁という言葉と、自分の弱点が知られることになるという事から躊躇してしまう。

 

 そんな葛藤している俺を、後ろから駆け寄ってきたスクワラが自然に抱きかかえると、いつの間に来たのかエルザと同じ格好をした女性が数人いて、そのうちの一人が先導するかのように俺達を案内し始めた。

 エルザの方にも似た格好の人が近づいて、「貴方はこっちよ」と別の場所へと案内されていくのが、スクワラに抱えられながらも通路に入るまで見えていた。

 

 そして、朦朧として抱えられるがままの俺の周囲はあれよあれよという間に変化していき……

 

 

「貧血持ちなら、最初からそう言ってくれ」

「すみません」

 

 

 一般サイズ―――幼女サイズの俺にとってはビックサイズ―――のベットに寝かされている俺は、隣で椅子に座って盛大な溜息をつくスクワラに謝罪していた。

 ちなみに、テトは俺がぶっ倒れることの多さに慣れたのか最初の時は心配そうにしていたが、今は枕横で丸くなりながら寝息を立てている……まあ、耳が立っているので完全に寝入ってはいないようだけどね。

 

 この部屋に運び込まれて、すぐに訪れた専属医師のような女性から貧血だと診断された俺は、とっさに「よく貧血になるんです」という設定を作り出して“念の制約”についての隠ぺいを図った。

 エミリアは俺の入院理由を「違法薬物の多用による副作用」だと思っているようなので、そこを理解しつつ“貧血”という設定を組み込むことは難しい事ではない。

 

 

「まだ少し、顔色が悪いな」

「……んっ」

 

 

 少し寒気を感じていた時にスクワラの温かい掌が額に置かれたので、程よい温かさに喉の奥から音が漏れる。

 

 ふと、スクワラが俺に触れる様子がノブナガの姿とダブって見えた。

 その幻覚を見て、この世界で生きていく事になった最初のうちは生活環境のすべてが激変したことに身も心も対応しきれなかったために、その不安定さが体調に影響されて週一で寝込む時期があり、ノブナガに少々乱暴ながらも看病をされていたことを思い出して、懐かしさに頬が少し緩んだ。

 

 

「……夕食まで時間があるから、寝てろ」

「分かりました」

 

 

 俺が思い出し笑いをしたことに何を感じたのか、スクワラは頭を軽く振ると俺に眠る様に言いながら頭を一撫でしてから手を離すと「ちゃんと寝ろよ」と釘を刺してから部屋を出て行った。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 他人がいなくなった自分とテトだけの部屋で、無意識に張っていた体の力を溜息と共に抜くと柔らかいベットに体が沈み込む様な心地よい感覚が全身を包み込んだ。

 それに合わせて少しボヤけていた思考が霞みがかっていくとともに瞼も重くなってくるが、眠る様に言われているので特に抵抗することなく睡魔へ身を委ねていく。

 

 

 そういえば、ネオンは別としてダルツォルネにスクワラ、あとエルザもだが俺に対して大小の違いは有れど好意的な接し方をしてくれていた気がする。

 エミリアと同じで特異な存在であり、子供だから囲い込もうとしているのだろうか……ぁぁ、ダメだ。睡魔に身を委ねた状態での考え事なんて、できる、わけが……


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