キコ族の少女   作:SANO

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第17話「いざ“逝かん”、200階へ」

 「はぁ…」と吐き出す息は熱を帯びていて、自分の体が予想以上に火照っていることを現していた。

 190階に上がった時に割り当てられた部屋で、そう自分自身を分析しながら俺はテトをお腹の上で抱いてベットに仰向けに寝ている。

 

 今日中にこの部屋を出て200階で登録手続きをしなくてはいけないのだが、精神的なものとは別に肉体的な疲労から直ぐに行動に移す気が起きない。

 幸い、今はお昼を過ぎたばかりで時間は充分残されているから、少しぐらいノンビリしていても大丈夫だろう。

 

 

「なぁ、テト。やっぱり今の俺って女なんだな。って、改めて実感したよ」

 

 

 テトに語り掛けるているような独り言は部屋の中に溶けてしまい何者の耳にも届くことはなく、形式的に問われたテトは言われた意味が理解できず、お腹の上で首を傾げるだけで答えが返ってくることはない。

 

 前世の男であった時なんて、状況や相手にもよるが胸を触られても何の感情も抱くことはなかった。

 この世界に来てからは、男の感性で行動していた――着替えやトイレ、食事など――そんな俺を見かねたマチやパクから最低限(彼女等談)の“女性のイロハ”を教えられたが、所詮は外見だけで中身まで変わることない……と思っていた。

 

 だが、実際は原作キャラとして知っていても所詮は赤の他人であるカストロに胸を触られただけで、脳が沸騰したかのような羞恥心に襲われ、反射的に相手を蹴り飛ばしていた。

 そして、敏感だった場所を力強く掴まれたせいで痛みがでているのにも関わらず、痛気持ちいとかいう恐ろしい感覚を味わう羽目になっている。

 お陰で、熱にうなされるように思考はボヤけるわ、身体は火照ってしまうわ、初恋を思い出させるような切なさが俺を苦しめていた。

 

 

「あぁ、もぅ…………賞金稼ぎができなくなったのも、こんな状態になったのも、全部皆カストロのせいだ」

 

 

 八つ当たりな暴言を吐くと、何故かテトが同意するかのように首を立てに振った。

 その反応に笑みが自然と零れたことで落ちていた気分が浮上し、シャワーでも浴びて気分を落ち着けようと思い無理に元気ぶりながら身体を起こす。

 こういうのをアニマルセラピーとでも言うのだろうか? 

 

 そんな、別の事を考える余裕が生まれたのも束の間、

 

 

「ぁっ……んっ」

 

 

 持ち上がった気分を蹴落とすかのように、身体と服の擦れに過敏に反応して喉の置くから自然と声が漏れた。

 男の頃に色々とお世話になった“アレ”のような艶のある声と同じような……。

 

 というか、胸の異常がヤバイってレベルではない。

 ギリギリのプライドから成長を無視してキャミソールで凌いでいたが、そんな僅かに残る男のプライドを捨ててでも本格的にブラジャー装着を考えないと危険かもしれない。

 

 主に、自分自身を(いろんな意味の)脅威から守るためとして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~っ、やっと落ち着いた」

 

 

 頭から水を被り続けること十数分。

 やっと正常になった心身に安堵の溜息をつきつつ、タオル一枚を身体に巻いただけの格好でベットに腰を下ろす。

 ふと、胸に目を向けると掴まれたせいか赤い痕が幾筋が出ていて、幼女で自分の体ではなければ、ちょっと官能的な光景に少しだけ……

 

 

「……アホらし」

 

 

 まだ燻っていた劣情を頭を振って追い出すと、素早く髪を乾かしつつ身支度を整える。

 

 金稼ぎは出来なくなったが何もここでしか稼げないわけじゃないし、天空闘技場での主目的は戦闘経験値を溜めることであるとノブナガ達に説明してあるので、本来の目的を戻っただけだとポジティブに考えることにする。

 

 

「テト、行くよ」

 

 

 日向で転寝《うたたね》しているテトを呼び定位置の肩へ乗せると、俺は少しだけだが世話になった部屋を後にした。

 

 

 

 

 

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「ようこそ200階クラスへ、―――」

 

 

 天空闘技場の入り口で感じた視線を受付のお姉さんから受けつつ、視線から逃れるように背後から感じる気配を探ってみる。

 

 感じる気配は三つ。

 場所と人数からして、ゴン達の会った新人キラーの三人組だろうか?

 

 しかし、時期的に少し無理があるような気がする。

 ただ、感じ取れるオーラ量から三人同時に襲われても軽く返り討ちに出来るレベルという点から、“洗礼”を受けて間もない三人なのかもしれない。

 

 

「―――登録を行ないますか?」

「あっ、はい」

 

 

 後方に意識を移していたために、いつの間にか始まっていた説明の中の声を拾いつつ差し出された用紙を受け取る。

 軽く内容を確認すると、原作と同じ様式をした参戦申込書だ。

 

 

 ん~、療養生活の期間を含めると少し肩慣らしが必要かな?

 

 

 後ろの奴等が新人キラーだとすれば、丁度いい運動にもなるし……

 

 

「……いつでも、で」

「はい、承りました。それでは、こちらがユイ様の部屋の鍵となっております」

「ありがとうございます」

 

 

 差し出された鍵を受け取ろうと手を出すのだが、何の前触れもなく受付のお姉さんは顔を少し赤くして何か言いづらそうに「えっと……」「そのですね……」と途切れ途切れの言葉を漏らして鍵を渡そうとしない。

 だが、すぐに意を決したかのように小さく深呼吸すると、俺の目を見つめてから

 

 

「あ、あの! 握手してもらってもいいかな!?」

「……へ?」

「本当は特定の選手を贔屓にしちゃいけないんですけど、80階で初めて見た時からファンになっちゃって……」

「えと……その……」

「ダメ、でしょうか?」

 

 

 鍵を両手で握りしめつつ、可愛く首を傾げてお願いしているように見えるが、俺からすれば部屋の鍵を人質……もとい物質にしての要求に見えてしまう。

 これを、受付のお姉さんが意識してなのか無意識なのか微妙に気になるところだ。

 とはいえ、相手からは悪い感じを受けないし、野生の勘とでもいうのか悪意に敏感なテトも特に警戒していない相手からであれば、握手程度で喜んで対応しよう。ただし、ヒソ---変態とロリコン! お前らは駄目だ!!

 

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「きゃあーっ、ありがとう!」

 

 

 受け取るために出した手を握手用に変えると、受付のお姉さんは興奮した顔で俺の手を握って上下に振りまくる。

 怖くなるくらい興奮している様子に少し腰が引けてしまうも、数秒だけ我慢すれば済むのだと自分に言い聞かせて耐え忍ぶ。

 しかし、こういう状況で俺が抱く希望といううのは容易に踏み砕かれる事が多いというのを、最近になって学習してきた。

 案の定、興奮するお姉さんの後ろから複数の声が---俺的には悪魔の声---聞こえてくる。

 

 

「あーっ、ズルイ!何、貴女だけ握手してもらってるのよ!」

「そうよ、そうよ!私達だって我慢してたのに!!」

「受付の時間帯はクジで決めたんだから、文句ないでしょう?」

 

 

 軽い口論をしているのに、彼女等の視線は握手している手に向けられている。

 所謂“羨望の眼差し”と呼ばれる彼女等の視線は、なぜか旅団の皆から受ける重量のある視線と同レベルで冷や汗が背中からタラタラと流れる。

 こういう状態になった場合は、一つの行動しか取れないと俺は理解している。それは……

 

 

「え、えと……私でよければ、構いませんから……」

「本当ですか!?」

「やったーッ!」

 

 

 ハッハッハッ。人間、諦めが肝心だよね!

 受付のお姉さんsの圧力に、テトは俺の服の中へ既に避難済みで、俺は流されるがままに握手へ答え続けていったのだった。

 

 

 

 

 

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 ユイが受付の女性に揉みくちゃにされる数時間前、闘技場の観客席にいた一人の男はリング上にいる少女に釘付けになっていた。

 自分より倍以上ある体を持った男を、一蹴りでリング外へ吹き飛ばすという異様な光景を作り出したから……

 

 男の周囲にいる観客であれば、その理由に当てはまっているだろう。

 しかし、男が心惹かれたのが少女の素顔だった。

 観客の殆どが、派手に吹き飛ばされる選手に目が行ったために気づいたものがいないだろうが、勢いよく蹴り飛ばしたためか目深に被っていたフードがはずれ、引き込まれてしまいそうな真っ黒な長髪に、可愛らしい顔を羞恥心からか朱に染め、淡い輝きを放つ右目を潤ませている。

 

 

「綺麗だ……」

 

 

 素早くフードを被りなおしたために一瞬だけしか目に出来なかったが、男の脳裏には絶対に消えない映像として残り続けた。

 そして、そそくさとリングから逃げるように去っていく少女を目で追いながら、男は携帯を操作して“彼”を呼び出した。

 1コール後に繋がった音がすると、男は相手の対応する声を聞くことなく口を開いた。

 

 

「私だ。仕事を頼みたい」


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