キコ族の少女   作:SANO

12 / 31
第12話「旅立ち」

 何の感じない真っ暗な世界……

 

 立っているのか、座っているのか……

 

 上下左右の感覚……

 

 暑さや寒さも……

 

 何も感じない真っ暗な世界……

 

 そんな中に俺は目を瞑り、耳を塞ぎ、体を丸め、ひたすら目が覚めるのを待った。

 これは、俺の夢……そう自覚できるが、自分の思い通りには出来ない夢。

 

 

―――ロシッ

 

 

「……っ」

 

 

 微かに聞こえた声のようなものに、俺の体が強張った。

 

 ”アレ”がきた…

 

 そう思い恐怖すると同時に、もう少しで目が覚めると小さく安堵する。

 が、すぐに気を引き締め”アレ”に備える。

 

 そして……

 

 

『痛い、痛い……身体が焼けるようだ』

『ああ、血が止まらない』

 

 

 聞き覚えのある二つの声が俺を取り囲むよう反響し包み込んでいく。

 

 一つは、初めて殺した男。

 一つは……

 

 

『ああ、憎い、憎たらしい……この親不孝者め!』

 

 

 前世での父親……いや、あの生き物は親ではない……あってなるものか……

 あいつは、あの汚物は……!!

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

バチッ

 

 そんな音が出そうなほど、勢いよく目を開く。

 ここ数日で見慣れた天井が目に入り、現実に帰ってこれたのだと自覚する。

 目が覚めた後は、普段ならノブナガと俺の二人分の朝食を作らなくてはならないのだが、今は両腕にはギプス、首と胸と足には包帯が巻かれていた。

 

 

「ははっ、どこの重傷人だよ」

 

 

 テレビの中でしか見たことのない自身の姿に、思わず苦笑してしまう。

 実際に重傷なのは分かっているので最初は大人しくしていたのが、ある程度まで傷が癒えてくると痛みの代わりに熱さとムズ痒いだけになり、休養にも飽きてしまったので暇が苦痛になってきていた。

 ならばと、念の修行をしようにも「許可するまで修行禁止」とノブナガから言い渡されており、出来ることは“絶”による回復促進くらい……。

 

 まあ、駄々をこねても怪我をしているという事実は変わる訳もない。

 それに、今日こそは”あの人”が来る前に汗で濡れた服を着替えようと、体を起こしてパジャマ代わりのTシャツに手を掛けたる……が、

 

 

「また、無理して着替えようとする」

「うっ」

 

 

 時既に遅し……呆れつつも若干の怒気が混じっている声が、俺の背後から響いた。

 それに対して、俺は油が切れた機械のようにギギギッと首を声のしたほうへ向けつつ、最後の抵抗として何度も使った良い訳を声の主へと伝える。

 

 

「きっ今日は、大丈夫……パクは、心配しすぎだよ」

 

 

 だが、今日もいつからいたのか仁王立ちで、俺の事をジト目で見つめるパクには今日も効果があるようには見えない。

 そして、いつもどおりの返答が彼女から返ってくる。

 

 

「あら、そう? じゃあ、身体に“聞いて”みましょうか」

「ゴメンナサイ。着替エヲ手伝ッテクダサイ」

 

 

 カタコトで返事をする俺に、何故か額に手を当てて溜息をつくパク。

 そんな呆れたような反応をされても、こちらも妙齢の女性に着替えを手伝ってもらうとか、恥かしい以外の何者でもないので小さな反抗心として、頬を軽く膨らませておく……あれ?これ、完全に子供じゃね?

 いや、深く考えるのはやめよう。なんとなく墓穴を掘るだけになりそうだ。

 何か別の事を……うん。現状の確認をしておこう。

 服を脱がされという現象を認識外へと追いやりつつ、自分の意識を内へと向ける。

 

 現在の俺は、先の戦闘で負った怪我を通称”BJ”と呼ばれる医師とそっくりな闇医者による外科処置を受けた後、近くのホテルで入院もどきのような生活を送っている。

 というのも、手ひどくやられた為に定期的な治療が必要で、そうなると流星街より近くにあるホテルのほうが何かと便利なためだ。

 当然ながら、大怪我をした人間―――それも年端もいかぬ少女という、面倒事臭がプンプンする人間―――を泊める事にホテル側は難色を示したものの、ノブナガによる拳と紙束を使ったOHANASIで快諾してくれたそうだ。(パク談)

 ……あれ?別に紙束だけでもよかったんじゃね?

 

 ともあれ、ホテルでの療養生活が始まったのだが、ノブナガは用事があると言ってパクに俺を預けると二週間ほど前に出て行ったきり、まだ戻ってきていない。

 俺を預ることになったパクなら何か知っているだろうと、聞いてみるも

 

 

「ノブナガ、どこいったのか知らない?」

「さあ? 私には分からないわね」

「そっか」

 

 

 収穫ゼロ。

 仕事以外は特に集まることが少ない旅団なのだから、これが普通といえば普通なのかもしれない。

 

 現状確認と言う名の現実逃避をしている間に、俺はパクの手によって綺麗にさせられると、最後の仕上げとして髪を梳かされていた。

 毎回、色々と羞恥心を刺激する時間ではあるが、この時間だけは不承不承ながら性転換も悪くないかなと思えたりする。

 前世では、物心ついたころからスポーツ刈りであったし、身支度は自分で整えないといけない家庭環境だったから、着替えは断りたいが髪を梳かしてもらうのは待ち望んでいたりしなくもない。

 否応なく惚けてしまっている俺の髪を、手馴れた手つきで整え終えたパクは、ルームサービスによって届けられていた朝食の載ったカートを持ってくる。

 

 

「ユイ。いつまでも惚けてないで、冷めないうちに食べましょう」

「あっ、うん」

 

 

 すっかり定位置になった席へつくと、一口サイズにカットされたトーストやオムレツ、ストローがついたオレンジジュース等が並べられ、トドメとばかりに先の割れたスプーンが置かれた。

 もう、諦めている事とはいえ配膳も人任せなので、色々と心にくるものがあるが、ここで無理してナイフとフォークを使ったところで結果は目に見えているので我慢するしかない。

 そんな幼児プレイによる羞恥に耐えつつも食べるものは食べて、食後の一服にミルクコーヒーを、これまたストローを使って飲みつつ、パクととりとめのない会話をしていると、何かを思い出したかのような表情をした彼女は一つのパンフレットを俺に手渡してきた。

 

 

「何これ?」

「貴女が、行きたいって話してた天空闘技場のパンフレットよ」

「あれ?私、パクに言ってたっけ?」

「ええ、貴女の髪を梳かしてる最中に聞いたら、答えてくれたわ」

「ちょっ、それって聞き出したって言うんじゃないの!?」

 

 

 サラリと怖いことを言うパクに抗議の声をあげつつも、俺の目はパンフレットに書かれている内容へと注がれていた。

 唐突に何を?と思うかもしれないが、何も出来ない日々の中で考え続けていたことだ。

 

 時期的にキルアはもういないはずで……ヒソカはいるかもしれないけど、既に(不本意だが)知人関係だから問題ないだろう。

 そこで多少なりとも金を稼いだ後に、200階以上に上がって俺に絶対的に足りない実戦経験をつんでいけば、前回や前々回のようなことにはならないんじゃないのか? と画策していた所だった。

 まあ、パクにバレた時点で画策もなにもあったものじゃないが……。

 

 問題点を挙げるとすれば、この案は俺の保護者であるノブナガから許可を取らないとならないし、出発する為も元手も手に入れなければならない(全てを頼るわけにはいかない)し、何より行動云々の前に怪我を治さないといけない。

 後は、子供の我侭で終わらないように、マチやシャルと言った交流があって連絡を取り合える団員に口添えしてもらえるよう、根回しをしておくことも必要だろう。

 パンフレットを用意してくれるということは、パクは行くことに対しては反対の立場ではないだろうから、彼女を基点に話をしていくとスムーズに事が運ぶはずだ。

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「―――そうだな。実戦が仕事のときだけってのは確かにアレだな」

「だから、行ってみようと思って」

「……分かった。行ってこい」

「ありがとう、ノブナガ!!」

「ぬあっ!? いきなり抱きついてくるんじゃねぇ!!」

「痛っ!?」

 

 

 根回しの効果があったのかは不明だが、これが三日前にノブナガと交わした会話の内容である。

 3ヶ月ほどの療養生活で左腕以外をほぼ完治させ、根回しを済ませた俺は、戻ってきたノブナガの説得へと乗り出した。

 最初は許してくれないだろうとから説得し続けなくてはと覚悟していたのだが、さっきの会話どおりすんなりと承諾してくれてちょっと拍子抜けしてしまうも、認めてくれたことは変わりない。

 嬉々として旅の準備をスタートさせ、年を越えた1998年1月上旬の今日、出発の日となった。

 

 ノブナガに貰ったフード付きコートを羽織り、パクが選んでくれた数点の服と、少量のお金、あと携帯電話を少し大きめのショルダーバックに入れ、肩にかける。

 そうして準備を整えた俺に、久しぶりの再開となるテトが俺めがけて突進してきたのを、抱きしめるように受け止めた。

 

 

「ただいま、テトッ!」

 

 

 前回の仕事の関係上、流星街の知り合いに預ってもらったのだが、俺が怪我をして近くのホテルでの療養生活に移ってしまったので約5ヶ月振りの再会である。

 その期間はテトを成長させるのに充分な時間であり、俺の記憶の中にあった姿より一回り大きくなった体に、孫と久しぶりに会った祖父母のような感情が込み上げてきた。

 テトも俺に飛びつくと、喉を鳴らしながら全身を俺にこすり付けてつつ、尻尾を千切れんばかりに振り回して嬉しさを体全部を使って表現する。

 

 そうして、久しぶりの再開を喜び合った後、テトを定位置である肩に乗せてから見送りに来てくれた人へと向き直る。

 見送ってくれるのは、ノブナガとマチとパクの三人。

 マチにいたっては、わざわざ見送りのためだけに流星街まで戻って来てくれて、嬉しさで少し涙ぐんでしまったのをバレないようにするのに苦労した。

 

 

「まあ、それなりに頑張ってこいや」

「うん」

「何かあったら無理せずに電話しな」

「分かった」

「気をつけてね」

「……ありがとう」

 

 

 漫画の中のキャラだけど、一緒に過ごし、色々と世話を焼いてくれて、気づけば親愛に似た感情が生まれていた。

 そんな彼らと長い間、離れて暮らすことに今更ながら悲しさが俺の胸を一杯にし、掠れてしまった声を皆が気づかないフリをしてくれたことに、感謝で更に胸が一杯になる。

 こうして俺は旅団の元を離れ、一人で外の世界へと足を向けて歩き出した。

 

 

 今回の旅について、天空闘技場へ向う以外に幾つかやっておきたいことがある。

 

 まず、ハンターになることが一つ。

 この世界に来て、結構な月日を過ごしていると自分と同族の存在が少しずつだが確実に気になり始めていた。

 本当に絶滅した種族なのだろうかとか、右目に関することとか、その他にも知りたいことが沢山ある。

 だが、一般的には絶滅したと認知されている種族を調べる以上は、身分不詳では色々とやり辛いし、必ず障害がでるだろうから、それを回避するためにもハンターになったほうが得である。

 最終目的は少し違えど、クラピカと同じ行動原理というわけだ。

 

 次に、神字についてある程度は学んでおきたい。

 自分の指にはまっているこの道具について詳しく知りたいし、できるのであれば、チートなこの指輪をもっとチートにしてみたいとも思っている。

 

 最後に、原作のキャラに会ってみたい。

 「テンプレ乙」とか言われそうだが、俺だって最初の頃は、主人公達周辺の死亡率の高さやストーリーに巻き込まれることを懸念して遠慮していた。

 だが、この漫画を好きな者として一目でもいいから彼等を見てみたい。

 というか、内容を知っている第287期ハンター試験を受験する気だから、拒んだとしても完全に接触を断つことは不可能だ。

 

 ひとまず、これらが今現在の目標というかやってみたいことである。

 

 

「でも、まずは闘技場でお金を稼がないとだよね」

 

 

 偽造パスポートを使用して、天空闘技場のある町へ飛行船で向いながら自分の懐の寂しさを思い出した。

 旅団の皆には実戦経験の補完という理由しか話していないが、俺の為に使ったお金をいくらか返そうと考えている。

 結局、頼ってしまった今回の旅の準備やパスポートの偽造等に掛かったお金や、未だに完治していない怪我の治療費とホテルの宿泊費etc……

 

 ざっと見積もっても数億は軽く超えている。

 そんなお金を、ポンと俺に使ってくれた皆には感謝していると共に申し訳ないと感じている。

 

 しかし、お金を返したからといって「はい、これでおしまい」という訳ではなく。

 まあ、今までお世話になったほんの少しの感謝みたいなものだ。

 

 あ、そうそう。

 偽造パスポートの名前の欄だけど……

 

「ユイ=ハザマ」

 

 である。

 ……だからなんだと言われると、それまでなんだけど報告をしなければという使命感のようなものがあったので、一応。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。