ボーダレス ホルダー   作:紅野生成

50 / 52
50 無能の面を外す時

 山間の平地を囲む赤い点は寄り集まり、森の縁を赤い線で染め上げ今だ集まってくる者達も、山全体を埋め尽くすように数を増やしている。木々の枝葉で見え隠れを繰り返す赤い光は、ちらちらと点滅を繰り返し不気味な息吹となって森の闇を揺らしていた。

 

 ジュクジュクと溶けていく繭が、雲を抜けた月に照らされる。

 どろりと固まった繭が、自らの重さに耐えかねてぼとり、ぼとりと地に落ちる。

 

「シュイ、繭が溶ける速さが遅くなっていやしないか?」

 

 膝を抱えて座っているはずの和平の頭さえ見えてはいない。シュイでさえ想像がつかない和平の命の在り方を考えるのは恐ろしかったが、身動きの取れない状態が続いて円大に仕掛けられるのは取り返しのつかない事態を招く。

 

「なんの予測もつかないんだ。こんなこと、初めてだからな」

 

 拗ねたように語尾を上げたシュイだったが、小さく握りしめた手が微かに震えている。

 

「おまえさ、子供らしさをどこに置いてきたんだ?」

 

「じっちゃんに預けてきた」

 

 冗談とも本気ともつかないシュイの答えに、ヤタカの心が落ち着きを取り戻す。

 

「繭の中でどんな事が起きていようと和平を守るぞ」

 

「あぁ」

 

「イリスのことも諦めない。まだ終わっちゃいないからな」

 

「当たり前だ。死ぬ前に諦めたら、本気でぶち殺すからな」

 

「死にかけてるのに?」

 

「死んでたってぶち殺す!」

 

 まるで宿屋あな籠もりで交わされるようなシュイとのやり取りに、ヤタカは冷静な思考が戻って来るのを感じた。

 

 ザリ ザリ

 

 土を擦る音と共に円大がゆっくりと数歩動いた。

 

「まずは、愚かな裏切り者の口を塞がねばならないね」

 

 視線が真っ直ぐに幼なじみの二人へと向けられた。

 

「いったい何を吞ませたんだい? 死ぬどころか元気になったように見えるが」

 

 ゴテと野グソは前を見たまま動こうとさえしなかった。

 

「何やってる! 逃げろ!」

 

 叫んだヤタカの声に、野グソがゆっくりと首を振る。

 

「こうなることは想像がついていたんだよ。ぼく達が助けてあげられるのはここまでだ。

あとはヤタカしだいだよ?」

 

 穏やかな野グソの声だった。

 

「この先に奪われる何十人もの命を無駄にするな。無駄死にさせたら、あの世で百万回はぶん殴る」

 

 愛想の無い表情のままゴテがいう。

 一族を守る為に取った裏切り行為ではなかったのか? チヨちゃんはどうする? 

 ごちゃ混ぜの疑問がヤタカの思考を掻き乱す。

 駆け出そうとしたヤタカの腕を、がしりと掴むものがあった。

 

「シュイ! 離せ!」

 

 身代わり草に助けられ気を失ったときヤタカを宿まで引き摺った異物が、人力を越える強さでヤタカを押し留めていた。

 

「駄目だ! 裏切りが知れた以上、関わった者の死は避けられないんだ。ここで荷物持ちが動いても誰も助けられやしない!」

 

 ヤタカはキッと振り向いてシュイを睨む。

 

「避けられない死なら、尊い無数の命が散る意味を無駄にするなって言ってんだよ!」

 

 脳みそを蹴られた思いだった。

 目の前の事だけに囚われて、どれだけのものを見過ごしてきただろう。

 幾つの思いを無駄にしてきただろう。

 避けられた悲劇を、何一つ回避できなかったのは……

 

――俺のせいだ

 

 ヤタカの腕からだらりと力が抜けた。

 異物が離れ、シュイがまだ小さな手でヤタカの腕をぎゅっと握る。

 

「悪くない……荷物持ちが悪い訳じゃない」

 

 囁いたシュイの言葉が、胸に錐のように突き刺さる。

 

「子供に諭されるなど、そんなことだから全てを仕損じるのだよ?」

 

 小首を傾げて円大が微笑むのと、左手がすっと肩まで持ち上げられたのは同時。

 

「ゴテ! 野グソ!」

 

 一瞬のできごとだった。閃光のごとく伸びた蔦が、二人の首を掠めただけだというのに、どさりと体が崩れ落ちる音が重なった。 

 

「動脈に直接毒を打ち込んだから、苦しんでなどいないさ。残念な殺し方だが、宴の前にこの場を無駄に汚したくないからねぇ」

 

 半分折り重なって倒れているゴテと野グソの姿に血が逆流した。

 爪が食い込むほど握りしめた手を、シュイがぴしゃりと叩く。

 

「熱くなるなよ、荷物持ち」

 

「心配するな。もう……打った後の鉄みたいに冷えちまった」

 

 心配げにヤタカを見たシュイは、寂しそうに顔を伏せるとそっか、と小さく呟いた。 

 

「ヤタカ、生きて目にできることをありがたく思った方がいい。それからそこの、馬鹿を絵に描いたような小僧もな。力も知恵も持たないくせに、大人の世界に首を突っ込むから無駄死にすることになるんだよ?」

 

 だから馬鹿面の子供は嫌いだよ―――と円大は吐き捨てた。 

 

「めったに見られる光景ではないからね。この手で殺す必要もない。耐えきれずに水の器も出てくるだろう。ヤタカ、数の暴力だよ。数こそが、暴力なんだ」

 

 円大は高々と両手を掲げ、仰ぎ見た天へと蔦を伸ばした。

 月明かりに蔦の影が不気味に蠢く。

 

「さぁ、宴の始まりだ!」

 

 叫んだ円大の声を待っていたように、辺りを囲む森の木々の葉が一斉にざわざわと揺れた。風もないというのに、揺れる葉が擦れる音は無数に重なって空気を揺らした。 

 動きを止めていた赤い点が、一斉にぶわりと宙に浮いた。

 まるで身を寄せ合う者達が最初から決められていたように、浮かび上がった赤い光は山のあちらこちらで細長い固まりとなり、更にそれらが絡まって太くうねる赤い束となった。

 

――まるで赤い大蛇だ

 

 数を把握することなどできなかった。木々に身を絡ませ葉の上を滑るように這い、赤い大蛇は山間に立つヤタカ達へと向かってくる。

 

「あれだけの数の異種に宿られたなら、たとえヤタカでも耐えられないだろう? 水の器もね。境界線を持たぬ者……か」

 

 くくくっと円大が歪な笑い声を上げる。

 

「類い希なる力を持ち、この世を守るとされる境界線を持たぬ者とやらの限界を、今宵みせてあげられると思うと」

 

 本当に嬉しいよ―――そういって円大は幼子のように小首を傾げて微笑んだ。

 

 ちっと舌を鳴らし迫り来る赤い大蛇と繭を見比べたヤタカは、目を細めて眉根を寄せた。

 

「赤い光が動き出した途端、繭が急速な勢いで解け始めている。異種に反応したとでもいうのか?」

 

「繭を解かしたのは異物の力だから、多量の異種に反応することは有り得るかもしれない。でも間に合わない。これ以上は待てない」

 

 そういうとシュイは手の平を噛んで血が止まりかけた傷口を広げ、細く流れた血を口に含んだ。

 

「シュイ?」

 

 胸一杯に息を吸い込んだシュイが、体を折り曲げる勢いで声を張り上げた。

 

「おい!」

 

 隣に居たヤタカが思わず耳を塞ぐほどの声だった。ただの大声ではない。耳を劈くような高音が折り重なり、一つの声帯からでたとは信じがたい複雑な音が山々に木霊する。

 

「繭が崩れていく」

 

 薄い卵の殻を割るように、ひび割れた繭が上からぱらぱらと崩れ始めた。

 シュイの声に一瞬動きを止めた赤い大蛇達が、何かに怯えたように一斉に身をハネる。

 

「小僧、何をした?」

 

 低く抑えた声で円大が問い、ゆっくりと後退る。

 

「ミコマの婆様から引き離されて育った理由はこれだ! この力が知れればこの世に亀裂が生まれると婆様はいった。だから要塞ともいえる地下道で、じっちゃんに育てられたんだ」

 

 ぶれない意思に引き締まったシュイの横顔は、幼さを残しながら青年へと移行する前の無垢な強さに充ちていた。

 

「ふふ、喧嘩を売るときの策を三つ用意する……だけではなかったのか?」

 

 まだ余裕の残る円大の声に、赤い大蛇達が身をくねらせる。

 

「友を欺いてはならない。だが友を守ると決めたなら、敵を欺く知略を巡らせることを怠たってはならない」

 

「それで?」

 

「守ると決めた者のためなら、進んで煤けた衣を纏うがいい。愚かな目口を張り付けた無能の面を被ることを、恥じてはならない」

 

 息を継ぐように胸を大きく膨らませ、シュイは口を再び開く。

 

「その面を外すのは、敵が敗北に目を見開いた時のみ。愚か者と罵られて友が守れるなら、罵声に耐えるなど容易いことと心得よ。これが一番最初に聞かされた……じっちゃんの教えだ!」

 

 肘を折り曲げて目一杯に持ち上げた手を、シュイは一気に地に叩き付けた。

 大地が揺らいだ錯覚に、ヤタカは軽い目眩に襲われ思わず足を踏み出した。

 ふらついた足を何とか堪え、辺りを見回したヤタカは声にならない息を吐き出した。

 

「これはあの時の……」

 

 地を叩き付けたシュイの手に押し出されたように、不意に山々が緑の光に溢れた。

 もともと身を潜めていた同胞を追ってきたように、山向こうから波のように緑の光が押し寄せる。

 和平が暗がりの道を去っていった日に、和平へとついていった淡い緑の光。あの日と同じ緑の光の粒が、けれど比較にならないほど無数に数を増やして山間へ流れ込む。

 

「和平、みんなおまえを好いているんだ。はやく目を覚ましてよ。どんな姿になったって……友達やめるなんて……いわないからさ」

 

 零れた声は、年相応の男の子のものだった。

 地下道で育ったシュイにとって、始めて友になろうといってくれたのが和平だった。

 不測の事態に備えてシュイの肩を引き寄せたヤタカだったが、何が起きているのかさえわからなかった。

 数を増した緑色の光は滝のように幾本もの流れに湧かれ、起伏の激しい斜面を流れるようにうねりを増していく。

 跳ね上がった緑の光が飛沫となって届くと、宙に浮いた赤い大蛇は身を焼かれたように激しくのたうち回った。

 

 

「何をやっている! さっさと呑み込め!」

 

 円大が初めて声を荒げ、大地を蹴り散らして怒りをぶつけた。

 心の内を吐露するように、手首から伸びた蔦が無秩序にうねって跳ねる。

 

「赤い光が呑み込まれていく」

 

 太い支流となってあちらこちらで天に駆け上がる緑色の光。波の尖端が巨大な巻き貝のように口を広げ逃げ惑う赤い大蛇を呑み込んでいく。

 呑み込まれた赤い光は、緑色の光の下で僅かに抵抗して完全にその色を失っていく。

 

「半分は脅されたようなものだからね。生き延びる為にニセ坊主に荷担したのに、瞬間にしてつく相手を見誤ったことに気づいたんだ。戦意も喪失するさ」

 

 無表情で真っ直ぐに視線を向けるシュイとは反対に、円大は鬼の形相で喚いていた。

 声にはすでに余裕がなく、己の言葉に興奮した肩が激しく上下している。

 

「これで勝ったと思うのか! まだだ、まだだぞ!」

 

 怒声とともに飛び散った唾液を手の甲で拭い、円大は繭を指差す。

 

「こいつは今や正真正銘の化け物だ。蔦を宿す俺がいうのだから間違いない。クソ爺から聞いていたお伽噺が、まさか現実になるとはな」

 

 荒い息のまま円大が鼻で嗤う。

 

「あの話しが本当なら、この繭から出てくるのは人でも異種でも異物でもない。ただの混ぜモノさ。おぞましい生き物が拝めるだろう」

 

 けけ、と喉を鳴らした円大に、ヤタカは吐き気と共に眉を顰めた。

 

「だがその化け物が俺を救う。意思のない化け物など、強大な力を持つ道具に過ぎない。どんなモノも道具として扱えるのが、俺の得意技でね」

 

 じゅるりと音を立てて涎を拭う円大の悪意が己の口に溜まったような気がして、ヤタカはぺっと口の中の空気を吐き出した。

 

「ほうら、化け物のお目覚めだ」

 

 残っていた繭が砂壁のように一気に崩れ落ちた。繭を浮かせていた金糸の巣の中心に、膝を抱えたまま和平は座っていた。

 

「和平!」

 

 駆け寄ろうとしたヤタカをシュイが首を振って押し留める。

 

「本当に何が起こるかわからないんだ。もし和平が負けていたら、蜘蛛に呑み込まれてしまったなら、ぼくは和平を……」

 

 口を閉ざした先に続くのは、和平に死を与えて償いとする……そんな意味であろうと察したヤタカは、シュイの頭に静かに手を乗せる。

 

「シュイの仕事はここまでだ。ここから先は俺の役目。手だししたら……」

 

「手出ししたら?」

 

「メン玉が飛び出るくらいのゲンコツだ。シュイの心が死んだら、俺がイリスにぶん殴られる……だろ?」

 

 俯いたシュイの髪をわしゃわしゃと掻き回し、ヤタカは和平に目を懲らす。

 円大さえ口を閉じ、少しずつ距離を開けていた。

 金糸の巣がゆっくりと地面すれすれまで降りたかとおもうと、一気に収縮して和平の背に吸い込まれた。

 和平の背に腕に張り巡る巣はその端を腹の方まで伸ばしている。

 以前浮かび上がっていた、赤紫色した巣の痣は何処にも見当たらなかった。

 そんな細部まで見えることが妙だと気づいたヤタカが見上げると、赤い大蛇を食らい尽くした緑の波が、薄い光の帯となってゆらゆらと低空を舞っていた。

 

「いったい優位にたっているのはどっちだ? 蜘蛛か? ガキの方なのか? どっちでもいいがさっさと目を覚まして我に従え! 人であった頃のガキを選んだ、この目障りな異種達を蹴散らせ! それが出来ないなら、ここで死んで貰う」

 

 膝を抱えたまま和平はぴくりとも動かない。背中に蜘蛛の姿は無く、皮膚に光る金糸の巣を除けば、前より普通の少年に見えるほどだった。

 

「大人しく俺の手下になれ。拒めば、姉も殺すぞ?」

 

 不意に和平の腕が横へ振り上げられ、肌を覆う金糸の巣が腕を這い降りて指先から大地へと突き刺さる。

 瞬時に半歩身を引いた円大だったが、届かないぞ? とにやりと口元を歪ませた。 

腕をそのままに目を閉じたまま、和平は動かない。代わりに低空を舞う薄緑色した光の帯が四方八方から和平に巻き付くように舞い降りた。

 

「生きてた、主体は和平だ! 良かった……良かった」

 

 がくりと膝から崩れたシュイが、苦しそうに目を閉じる。

 姉の命に反応したことをから見て、首位に立っているのは蜘蛛ではなく和平なのだとヤタカも思う。ヤタカの口からも、無意識に安堵の息が漏れた。

 

「化け物になってもまだ、姉の命に心動くというのか? まさかとは思ったが」

 

 面白い生き物ができあがった―――円大が目を細めて口の片端をぴくりとあげる。

 

「和平は化け物じゃない! 人間だ!」

 

 耐えかねたようにシュイが叫ぶ。

 

「化け物だよ」

 

 円大とは違う、大人になりかけながらもまだ澄んだ声がした。

 

「和平?」

 

 ゆっくりと和平の両瞼が開いた。

 

「姉さんはオレをこんな体にしたくなかった。だから自分で全てを引き受けようとしていた。でも同じように、オレも姉さんをこんな体にしたくはなかった。姉さんは女の人だからね。綺麗な顔と体のままお嫁にいって、幸せになってもらわなくちゃいけないもの」

 

 ゆっくりと立ち上がるシュイの右手からは、今だ金糸の巣が伸び円大に近い土に刺さっている。

 

「オレは男だから体も顔も気になどしない。まぁ、こんな体を好いてくれる女の子は一生現れやしないだろうけれど、姉さんが普通に生きてくれるなら、かまやしないさ」

 

「孤独に生きる化け物か。悪くないねぇ」

 

 憐憫に充ちた円大の声色がヤタカの神経を逆なでる。だが怒りに駆け出そうとしたシュイの動きが冷静さを取り戻させ、まだ細い腕をぐいと押さえた。

 円大を守るように取り巻く光の帯は、ゆるりと巻き上がる竜巻のように天高く真っ直ぐに昇っている。

 

「おまえが配下に置いた異種は、もう役にたたないよ? そろそろ引いたらどうだい? 幾千年、いやもっとだね。恒久の時の流れの中繰り返され、幾人かの犠牲の上に保たれてきた異種と人間の均衡を、おまえの我欲が崩した。その罪は重いよ? いや違うか。幾人かの犠牲を仕方ないものと眺めていただけの傍観者の罪かも知れない。つまりは、オレ達や先祖の罪でもある」

 

 円大は顔の前でふらふらと手を振り、呆れたように眉を上げる。

 

「歴史は破壊と創世の繰り返しだ。このまま不安定な世が続いて何になる? 定期的に死の不安に怯える人間も、生きる場を縛られた異種も不憫であろう。どちらが生き残っても、この世は安定を取り戻す」

 

 和平は舞い上がる光の帯を見上げるように喉元を伸ばした。

 

「違うだろ? 双方の生死をその手に握り、密売人のように両方から利益を得る。それがおまえの本音だよ。汚泥をすくい取っても濁り続ける泉のようだね。綺麗にした先から濁るのは汚染の速度が上回っているからだろ? まるであんたの性根そのものだ」

 

「褒め言葉として受け取るよ。他人など気にかけたこともないから、何といわれような構わない。良心が痛むと聞いたことはあるが、生憎産まれた時から良心という概念さえ持っていないのでね」

 

 くだらない―――円大は鼻で笑った。

 

「平行線だね。終わりが見えないから、終わらせようか」

 

 異種の光に照らされる和平の眼球が白目を剥いた。

 

――いや違う。ただの白目じゃない。なんだ?

 

 薄明かりと距離に阻まれはっきりとは見てとれないが、表現出来ない違和感があった。

 

「終わらせやしないよ。勝負はまだついてはいないからね。おまえについたこの異種とて、この世に散らばったらどうなるだろうね。生きる為の本能とは恐ろしいほど強いものだよ。異種を回収できる人間など一握りに過ぎない。これだけの数だ……さて、どうする?」

 

 白目を剥いたままの和平が瞬時に円大へと向き直る。

 それと同時に円大の手首から、稲妻が走る勢いで蔦が天へと伸び、薄緑に光る光の帯を切り裂いた。伸びる先で果てしなく枝分かれする蔦は、光を放つ異種をかき混ぜ薙ぎ払う。 円大が大きく腕を回すと上空の蔦が大きく孤を描き、弾き飛ばされた異種が小さな光の粒となって暗闇の遠くへと飛ばされていく。

 

「止めろ!!」

 

 和平の怒声が飛ぶと同時に、円大の足元から音を立てて土が盛り上がった。

 

「ぎぇ!!」

 

 詰まった悲鳴と共に、円大が手首を押さえ背を丸めた。

 空中で暴れていた蔦の動きがぴたりと止まる。

 

「和平を支援していた異種が飛び散ったぞ! この世が無秩序に異種で溢れかえったら止められない!」

 

 思わず叫んだヤタカを、すっと振り返った和平が左手を静かにあげて制した。

 

「心配しないで。たとえ異種で溢れても、被害が無秩序に増える訳じゃないから」

 

 和平は静かにそういった。

 

「どういうことだ?」

 

「荷物持ち! 目を懲らせ! 円大の足元だ、円大の……」

 

 シュイの叫びにはっとして視線を凝らしたヤタカは、ぽっかりと口を開けたまま言葉を失った。

 盛り上がった土から半身を迫り出させているのは和平に取り憑いていたはずの大蜘蛛だった。

 大蜘蛛の鋭い足の先が、円大の左手首を貫いていた。

 蜘蛛が足を蠢かせるたび、和平の手から伸びる金糸の巣が、魚のかかった釣り糸のようにしなっては千切れんばかりに張っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。