ボーダレス ホルダー   作:紅野生成

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 朝の日が昇り出す前に出発したのは、新たに与えられた水の玉が造りだす湿った細い筋の中、優雅に尾を揺らしながら皆を先導する紅と、ヤタカの前を胸張って進むゲン太。  水気の主と泉のおばばは姿を消し、それぞれが思う方へ既に足を伸ばしているようだった。

 

 イリスを攫ったわたるも、独自の情報網にしたがって境の盆に向かっているのだろう。 わたるだけではない。

 おそらくは関わる者全てが、境の盆に向かっている。どのような手段であれ、境の盆の場所さえ割り出せない者に、此度の件に関わる資格さえあるとは思えなかった。

 今のヤタカにとって、この世の行く末を思い煩うのは後のこと。イリスを救い出し、その先も生き続けさせることこそが本願。

 木肌に文字を浮かべることなく、ゲン太はからんころんと進んでいく。

 尾で弾き飛ばした水しぶきでゲン太の木肌を濡らし、木肌に宿って牛車よろしく楽をしようとする紅を、尻をぶるぶると振ってゲン太が追い出した。

 

――紅なりの気遣いか

 

 木肌に文字も浮かばせず、鼻緒を尖らせたまま緊張しきっているゲン太の気を紛らわそうとする、何とも解りずらい優しさが紅らしい。

 

――妙だな

 

 どれほど進んでも山の景色はさほど変わらない。

 その中にヤタカが感じた違和感は、静寂だった。

 自由気ままに呼び合う鳥達の声を一度も耳にしていない。虫の音さえ無い。それだけでも森の中では異常だというのに、姿さえ見当たらなかった。

 囲む山々の合間に見える空は青く、風に流されながら雲が千切れ流れていく。木々の下に生い茂る左右の草むらには、飛び交う小虫さえいなかった。

 

「まるで山が呼吸を止めたようだ」

 

 ヤタカの独り言に、ゲン太がひょこりと振り向いた。

 

「ゲン太、俺から離れるな。山が静かすぎる。不穏を感じて、身動き取れる生き物は全て逃げ出したような、嫌な錯覚に陥りそうだ」

 

――なにかいる?

 

「わからない。それも含めて、気配が何一つ感じられない」

 

 鳥や虫どころか異種と異物も気配を消し、森は住人を失ったように音を無くしていた。

 

「おそらく俺達だけが取り残された。自然に生きる者の勘は鋭い。地震を予知して逃げ出す鼠の群れを思い出さないか? 俺達は、逃げ遅れたんだ」

 

 ゲン太は慌てて走り出し、紅を木肌に宿して戻ってきた。鼻緒がもじもじと小刻みに動いているから、紅に事情を説明してるのだろう。

 了解したというように、紅の尾が木肌をぴしゃりと打つ。

 

――みずのたま かくれる

 

「そのほうがいい。もう一度水気の主を呼び戻すのは難儀だからな」

 

 それに、とヤタカは思う。自分に何かあったなら水の玉は迷わず水気の主に知らせに行ってくれるだろう。

 あとは水気の主が、イリスを救う為に動き出す。そう信じていた。

 

――そら

 

 ゲン太が木肌に浮かべた文字に顔を上げると、青空を食らい尽くす勢いで全方向から鉛色の雲が押し寄せていた。

 鉛色に黒が混ざり下向きに渦巻いては厚みを増していく様子が、地上からでもはっきりと見て取れた。

 針の穴を塞いだように一点の青空も無くなったのを見て、ヤタカは目を閉じ感覚を研ぎ澄ませた。

 

――いる

 

 気配は突如として現れた。

 これを成し得たのが人であるなら、ゴザ売りと同等もしくはそれ以上の腕を持つ。

 

――今まで出会った誰の気配とも違う。

 

 日当たりの良い空間に、突如として一塊の冷気が生まれたように異質な気配。

 冷気の隙間を縫って漏れ出るモノに気付き、ヤタカは表情を変えぬまま心臓を跳ね上げた。

 

――まさか

 

 もはや気配を消そうとさえしない者が潜む右手の茂みには目を向けずに、ヤタカはゆっくりとしゃがみ込んでゲン太を摘み上げる。

 そしてひと言囁いた。

 

「逃げろ……」

 

 ゲン太は抗う間もなく、大きく振り切ったヤタカの手から飛ばさた。紅を宿した下駄が左手の茂みの奥へ落ちていく。

 

「姿を見せろ」

 

 ゆっくりと右手に向き直ったヤタカは、冷え切った視線で茂みの暗がりを射る。

 

「そう凄むな」

 

 聞き覚えのある、いや聞き慣れた野太い声が立ち籠めた霧のように、どこからともなく耳の奥に響いた。

 

「ゴテ……」

 

 だが茂みの奥から姿を現したのは、予想だにしない人物だった。

 強烈な冷気を放っていたのはこの男だろう。黒ずくめの男が、両刃の短刀を女の首に押しつけ姿を現した。

 押しつけられた刃が擦ったのか、白い首筋から一筋の血を流しているにもかかわらず、囚われた女に怯えの影はない。

 

「どうしておまえが……わたる」

 

 わたるは頭の後ろで結ばれた布を口に噛まされ、引き摺られるままにゆらゆらと姿を現した。相手の腕力に支配されているのは体のみだと、ヤタカが確信するのに数秒とかからなかった。わたるの表情はそれほどに凪いでいた。

 恐怖でもない。諦めでもない。ましてや命乞いをする弱さなど、わたるの双眸からは微塵も感じられはしない。

 わたるの視線に吸い込まれるように、一瞬我を忘れたヤタカの耳に再び声が響く。

 霧のように掴み所がないものと違い、現実の声だった。

 

「何を驚いている?」

 

 野太い声でにやりと笑っているのはゴテ。その横で表情無く着流しの袖に腕を入れている野グソがいた。

 

「着物とは、ずいぶん風流なこった。いつから偉くなったんだ?」

 

 ヤタカの挑発に、二人の表情は微動だにしない。内心舌打ちしたヤタカも、それを表情には出すことなくじっと二人の間に視線を向けた。

 ここまでくると、知っている幼なじみとは異質な存在と思うべきだろう。燃やすほどの視線で眼球を射ってやりたかったが、この世は広い。術を持つかも知れぬ者の目を直視するなど、自らの体に油を浴びて火に飛び込むのと変わらない。

 

「イリスは貰ったよ」

 

 いつもと変わらぬ穏やかな野グソのひと言に、ヤタカは骨が一瞬にして凍る思いだった。 肩と胸を押し上げないよう、ゆっくりと深く息を吸い動揺を押し隠してヤタカは微笑む。

 

「お前達がイリスを? 出来るわけがない」

 

「そうかな。草クビリに捕らえられた火穏寺の頭を目にしても、まだ甘い夢をみるのか?だとしたら、おまえは愚かだ。その甘い人情が、大切な者の命が消えるのを手助けするだろうよ」

 

 ゴテが、くくっと喉の奥で嗤った。

 

「お前達にとって、イリスはその程度の存在か? 死んで二度と会えなくなっても、握りつぶした虫けらと同等の価値しかないとでもいうのか!」

 

 平静を装うにも限界があった。

 目の前に居ないイリスへの不安が、ヤタカの声を荒げさる。

 

「だからおまえはガキなんだよ。大儀のためだ。少々の犠牲など、大儀の前に何の意味を持つ?」

 

 

「巫山戯るな!」

 

「落ち着きなよ。今すぐイリスが死ぬ訳じゃないんだから。イリスより、自分の身を案じた方が良いと思うよ?」

 

 のんびりとした野グソの声が、かえってヤタカの神経を逆なでた。

 

「てめぇ!」

 

 ゴテがすっと手の平を翳し、ヤタカを制した。

 

「オレ達の問題は後回しだ。まずは先に片付け問題があるんでね」

 

 すっと伸ばされた指先が、真っ直ぐにわたるを指す。

 

――殺すのか?

 

 僅かな動揺が、ヤタカの胸を痺れさせる。イリスを攫った女を今更庇う気などない。だが……

 

――見捨てられない

 

 宿命に翻弄されて表舞台に出た女を、心の底から恨めなかった。死ねばいいとも思えなかった。和平の笑顔が脳裏を過ぎる。笑顔で慕っていたイリスの微笑みが、ヤタカの心を深く抉った。 

 

「口の布は解くなよ」

 

 愚図つくヤタカの思いを蹴るように、ゴテの鋭い声が飛ぶ。

 

「悪く思うな、火穏寺の頭さんよ。あんたに声を発せられると、さすがに我ら翠煙の暗躍部隊も身動きが取れなくなる。それどころか、せっかく手を組んだ草クビリの面々でさえ、おそらくは手が出ないだろうからな」

 

 ヤタカはかつて黒装束をねじ伏せ従順にさせた上に退散させた、わたるの言霊を思いだす。

 頓悟、解、漸悟

 

 この言葉が及ぼす本当の意味など知るよしもなかったが、あの時黒装束は動けなくなり、わたるの意に添って立ち去った。

 

――ゴテ達が恐れているのは、わたるの言霊か

 

 それよりもヤタカの思考を捕らえたのは、草クビリのひと言だった。翠煙に属するゴテと野グソがなぜ草クビリと手を組んだのか、どれほど考えても解せなかった。事と次第では、寺つきの草クビリでさえヤタカとイリスの命を狙う。寺に属していながら、本来は表だって他組織に組みすることなく、独自に動く精鋭部隊ではなかったのか。

 見えない全貌に、ヤタカは一人歯軋りした。

 

「イリスはどうした」

 

 噛みつぶしたヤタカの問いにさえ、幼なじみの二人が表情を変えることはなかった。

 

「手の者が火穏寺の頭から奪い取り、今はここから遠い場所へと連れ去った」

 

 三人揃ってイリスに怒られ唇を窄ませた幼い日が、姫のように三人でイリスを守り続けた日々が霞んでいく。

 

「火隠寺あの女は邪魔だ。それに関してヤタカも依存あるまい? なにせイリスを攫った女だ」

 

 はっとしてわたるを見たが、視線をヤタカに向けることさえなく、眉は鋼のようにきりりと上がり、己の命を省みることない意思が瞳に妖しい光を宿していた。

 

「殺せ……」

 

 愛してる……そう囁いたかと錯覚するほど柔らかな声色で、ゴテが命じた。

 堪らずヤタカが疾風のごとく駆け出そうとした刹那……

 蝶が舞った。

 わたるを羽交い締めにし、刃を突きつける黒装束の周りを、薄紫の小さな蝶が無数に舞う。

 

――あれは何だ

 

 勢い余ってつんのめるように、ヤタカは足を止めた。

 無数に舞う蝶の小さく薄い羽から、金色の鱗粉が舞う。

 突然の小さな奇襲者を払おうと、頭を振る黒装束の動きがぴたりと止まった。

 

「その汚い手をどかさんかい」

 

 穏やかで嗄れた、けれど有無を言わさぬ声色が山間に響き渡る。

 

「辻読みのおばば?」

 

 打ち掛けをずずり、ずずりと引き摺る音だけが響く。ゴテと野グソも、声を失ったかのように黙り込んだ。

 

 嗄れた声の主は、ミコマと呼ばれる羽風堂の頭。

 驚くことに、たった一人の従者と共に、山と人が交える混戦の中に現れた。

 ミコマの声に操られて、刃を握る黒装束の手がだらりと下がる。

 

「もう十分に、幻蝶の鱗粉を吸い込んだらしいのう」

 

 くぇ、くぇ、と喉の奥で笑ったミコマは曲がった背に腕を回し、しょぼしょぼとシワに埋もれた目を開いてわたるを見遣る。

 木偶の坊と化した黒装束の横で、わたるが口に噛まされた布を外した。

 

「ミコマの婆様、でよろしいのでしょうか?」

 

「あぁ、そうじゃ」

 

 頷くように一度閉じたわたるの瞳が、いっそうの眼光を放った。

 

「おまえ様は強い。わたしの言霊は通じまい」

 

「あぁ、通じんのう。イリスモは貰い受けるぞえ。おまえさんは死んどくれ。この先何かと、邪魔だでの」

 

 ミコマがくしゃりと笑みを浮かべ答える。

 わたるも、穏やかな笑みを浮かべた。

 ヤタカは心臓を射貫かれたような痛みを感じて、わたるの元へ駆け出そうと足に力を込めた。

 びくりとも動かなかった。

 おまえは傍観者であれと、地に足が磔られたように体が動かない。

 

「通じぬなら、違う道を辿るまで」

 

 わたるが妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、白く美しい顔に青い亀裂が走った。

 

「わたる!」

 

 思わず叫んだヤタカの声に被って、もう一つの声が山に木霊した。

 

「駄目だ、姉さん!」

 

 わたるとヤタカ、そしてミコマが睨み合う只中に、突如現れたのは和平だった。

 

「これは、わたしの役目だよ」

 

 和平の出現に心が揺らがぬ筈はないというのに、わたるの声は動揺の波を押し殺して凜と響く。

 

「そうだね」

 

 和平がすっと背筋を伸ばし、躊躇無く肩から衣を剥ぎ下ろし上半身を露わにした。

 

「そしてこれはぼくの仕事。姉さんが担ぎきれない重荷は、弟のぼくが担ぐ。それがぼくの役目だ」

 

 衣をはだけた背で、ミミズ腫れのように浮き上がった巣が脈打つ。

 力を込めて背を丸めた和平が、拳を握りふーっと息を吐き切った。

 

「この体から離れる力をやる。時が来たぞ……ぼくを喰らえ!!」

 

「やめて!!」

 

 わたるの悲鳴が耳を突く。

 ぐしゃりと嫌な音をたて、和平の背から節のある細い足が這い出した。

 一本、また一本と蜘蛛の足が背から表へ這い出るごとに、和平は耐えきれずに膝を折り、しまいに両手を着いて地に這いつくばった。

 己の命が危ういときさえ感情の波を見せなかったわたるが、気が違ったように髪を振り乱す。おそらくはヤタカと同じように自由な動きを奪われたのだろう。その場で身を捻り、拳で腿を打ちつける。

 

「止めなさい! こっちへおいで、さあ、わたしを喰らえ!」

 

 より旨い得物を物色するかのように、半身這い出た蜘蛛の足がわさわさと蠢いた。

 

「わへい止めろ! 死ぬぞ、死ぬんだぞ!」

 

 叫ぶヤタカの足も、どんなに力を込ようとビクともしなかった。目を見開くゴテと野グソも同じ状況に追い込まれているのか、刃向かうどころか声ひとつ上げずにいた。

 

「騒がしいのう」

 

 ミコマが、曲がった腰に両手を回しのんびりと声を発した。

 ほとんど直角に曲がった腰を僅かに伸ばし痛そうに顔を顰めた後、シワの隙間から覗く目は笑っていた。

 辺りを囲む、何一つ気配の無い山々の緑を見渡し、暫し目を閉じるとひとり納得したようにうむうむと頷いた。

 和平の背では、蜘蛛が残る二本の足を残して、全身を露わにしている。

 

「やれやれ、ここで火隠寺を潰し、翠煙を砕き、目障りな草クビリの連中の息の根を止めてやろうと思ったというのにのう」

 

「まったく、異種も異物も我を通す連中よのう。宿り主の意思に反して、勝手に他所の者と意思を通じおって」

 

 風もないのに、打ち掛けの裾がふわりと浮いた。

 

「わしの……いや。わしらの願いとは異なっておるが、仕方あるまい。わしら羽風堂は異物を愛でる。異物はわしらを愛で、だからこそ異物の自由を長年に渡って願ってきたんじゃ。それが叶おうかというときに……困った子じゃて」

 

 従者は目を伏したまま、ミコマの言葉に聞き入り肯定も否定もしなかった。

 まるで佇む影であった。

 

「婆ぁ! てめぇ何をする気だ!」

 

 凄むヤタカの気迫さえ、そよ風のように受け流したミコマは、痰の絡んだ咳をひとつして、顔にくしゃりと皺を寄せた。

 

「何もせんよ。異物を意思を羽風堂の意思とするは、古から受け継がれた信念じゃ。良かれと思うは人の我が儘じゃて、異物にとっては迷惑なときもあろう。曲げられんそうじゃ。異物達は、これだけは曲げられんといっておる」

 

 先より強い風に巻き上げられたように、打ち掛けの裾がぶわりと舞い上がった。

 

「まぁ、あれかの。シュイにでも吹き込まれたか? おまえらは、わしよりシュイが好きか。くぇ、くぇくぇ……そうであろうな」

 

 湧いて出たようなシュイの名に、ヤタカは眉を顰めた。

 

「わしゃもう疲れたわ……勝手にせい」

 

ミコマが天に向けて差し出した皺だらけの指先を弾く。

 ミコマの指先から打ち出された風の玉は大きさを増し、、日を遮っていた雲に風穴が抜けた。出口を見つけた日の光が、真っ直ぐにミコマの打ち掛けに白い光の筋となって降り注ぐ。

 ミコマが片手でばさりと打ち掛けの方裾を煽り、ヤタカ達へと背を向けた。

 日の光を浴びた金糸の蝶が、ゆらゆらと布の上で身じろいだかと思うと、布を抜け出し一気に宙へ飛び立った。

 最後に残った足の先を今にも引き抜こうとしていた蜘蛛が、和平の背で動きを止めた。 幾本もの節張った足をもぞりと動かし、闇を塗り込めたような複眼が金糸の蝶を追っている。

 優雅に羽ばたいていた金糸の蝶が、草に止まったかのように背の側に羽をたたみ、和平の上に落下しかける様は、金色の鱗粉が舞い、半透明の砂金の滝を見ているようだった。。

 

 バサリ

 

 無い風を感じるほどの音を立て、金糸の蝶が羽を前方に仰いだ瞬間、金の鱗粉に紛れてその姿が霧散した。

 

「金色の蝶だ」

 

 分身した小さな蝶が無数に舞っている。金糸に縁取られた蝶ではなく、金の羽根を持つ蝶は、和平の背の上で交差すると円形に散らばった。

 和平とわたるの間に、巨大な蜘蛛の巣が張り巡る。

 金の蝶に端を支えられた金糸の蜘蛛の巣。

 我を忘れるほど美しく、この世の物ではありえない存在への畏怖で、その場に居あわせた者全てが言葉を失った。

 

 ずずり、ずずりと打ち掛けの裾を擦りながら、ミコマが去って行く。

 無地となった打ち掛けは、重みを増したようにミコマの背を更に丸めさせていた。

 和平の背から這い出た蜘蛛が、金糸の巣へと足を伸ばす。

 

「あうっ」

 

 小さく悲鳴を上げたわたるのこめかみから、小さな蜘蛛が這い出して大蜘蛛を求めるように宙へ伸ばした足をばたつかせる。

 金糸の巣が端を伸ばし、小さな蜘蛛を手繰り寄せた。

 

 ミコマが足を止め、誰にともなく言葉を投げる。

 

「異種と異物は相容れぬ。だが、それは人が作りだした偽りかもしれん。境界線を持たぬ者が、いつの世も異種と異物の心を繋いできたというが……年寄りの戯れ言と思っていた。違ったか。やはり、年寄りのいうことは聞くもんじゃの」

 

 ずずり、ずずり

 

 ミコマが遠ざかる。

 

「境界線を持たぬ保持者。ヤタカとイリスのことじゃて。だがの、時代はそんな者達の誕生を歓迎しておるらしいわ。歴史上まれにみる数の、境界線を持たぬ保持者が見えるからのう」

 

 ずずり、ずずり

 

「この戦い鍵をにぎるは、その者達者よ」

 

 ずずり、ずずり

 

 ミコマの背が森の影に吞まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完結まであと何話か残る程度となりました。
最後まで読んでいただけたら、めっちゃ嬉しいですっ
今日も読みに来てくれてありがとうでした!

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