ボーダレス ホルダー   作:紅野生成

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24 疑惑の水面に揺れるのは

 わたるは俯いて瞼を閉じたまま過ぎる時間を受け流し、ヤタカはヤブカラシが舞い上がった空を眺め、無言のまま日が西へと傾いていった。

 ヤタカの体は癒えることなくあちらこちらの筋肉が軋み、こうやって一度動きを止めるとなおのこと、尻をずらすのさえ億劫だった。

 毒の影響なのか、水の器はすっかり息を潜めている。そもそも宿主が受けた毒が、異物にどれほどの影響を与えるかなど、本当のところは誰にも解らない。

 

「気にし過ぎだよ。ヤブカラシが消えた空を眺めていたって、何もかわりゃしない」

 

 目を閉じたまま、わたるがいう。

 

「そんな風に見えたか? 疲れただけだ。病を持つ者なら、死期が近づけば発する何かがあるだろうが、ただの人の生き死にを、簡単に見通されてたまるもんか」

 

 わたるが胸元にかかる黒髪を、くるりと指に巻き付けてはするりと放つ。

 

「人の死は体だけじゃない。心から先に死んでいくこともあるんだよ。死に囚われた思考に反応して、ヤブカラシが姿を見せたのかもしれないだろう? ここに居合わせた誰かなら、去っていった黒装束の連中の誰かってことも有り得るんだからねぇ」

 

「そうか? そうかもしれないな」

 

 そんなこと、これっぽっちも思っちゃいないだろうに。

 うっすらと瞼を開きぼんやりと空を眺めるわたるの横顔に、ヤタカは呑み込んだ言葉の代わりに苦い息を吐き出した。

 ヤブカラシは、死の何かを嗅ぎつけて姿を現す。死の影を漂わせる者に惹かれて姿を見せる。そして死の影を忍ばせる者もまた、ヤブカラシの気配に惹かれて、必ずその姿を目にする。

 そう伝えられてきた。

 わたるが、それを知らないわけはないだろう。

 眠り続けるイリスの側に付き添って、ゲン太はヤタカなど眼中にないらしい。

 自分に万が一のことがあったとき、ゲン太はイリスを守ろうとしてくれるだろうか。

 ゲン太が自分を助ける理由などわからない。ヤタカに何かあればイリスが悲しむから、そんな思いかもしれない。同じように理由はわからないけれど、ゲン太はたとえその身を焼かれることになろうと、イリスだけは守るだろう。

 たとえ守り切れなくても、命尽きるまで守るだろう。

 

――俺がいなくなっても、大丈夫か

 

 ゲン太という細く脆い糸に全てを託そうとしてる自分に気づいて、ヤタカは苦笑いと共に鼻からふっと息を漏らす。

 

「なあ、そっちにいってもいいか?」

 

「あぁ、かまわないよ」

 

 奥歯を噛みしめ立ち上がったヤタカは、膝を片手で押さえながら、なんとかわたるの横まで辿り着く。

 わたるの手が届くほど近くに、ぽかりと口を半開きにして眠る、穏やかなイリスの寝顔があった。胸の中でほっと息を吐き、ヤタカは草むらに腰を下ろす。

 

「これが、気になっているんだろう?」

 

 視線を合わすことなく、わたるがさらりとした横髪を掻き上げた。

 

「何も、ないな。俺には、何も見えない」

 

「イリスのお嬢ちゃんには内緒にしてくれるってんなら、見せてあげるよ。減るもんじゃないからさ」

 

 ヤタカが訝しげに眉を顰めるのを見て、わたるは可笑しそうにくすくすと笑う。

 

「見たからって死んだりしないさ。これはただの呪い。あたしに刻まれた呪い」

 

 わたるがこめかみに手の平を押し当て、強く力を込めて擦り上げる。

 ゆっくりと擦り上げた手の平が過ぎた後に、薄ら赤く浮かんだ痣を見て、ヤタカは目を見張った。

 

「いったい誰が……こんなことを」

 

 女性に刻まれるべき文様ではなかった。

 わたるの透けるように白い肌が、薄ら赤い痣を異様に際立たせる。

 

「この印は、あたしだけに刻まれたものじゃない。」

 

「え? どういうことだ?」

 

 ヤタカは言葉を失って、ただわたるの横顔を注視する。

 

「あたしが見たのは、母様の肩だった」

 

「どうしてそんな……」

 

「あたしは嫌いじゃなかったよ。あの頃は、それが示す意味も知らなかったしねぇ。あれも含めて、大好きな母様だった。真っ白な母様の肌に赤紫に浮かんでいたのは……細く長い足を持つ蜘蛛だった。あたしのと、何ら変わらない蜘蛛だった」

 

「まぁ、あたしや母様に刻まれた印は……痣じゃないし、彫り物とも違う」

 

「それなら、いったい何だという?」

 

「父様は、御印(ごいん)と呼んでいた。大層な呼び名だよねぇ」

 

 わたるのこめかみで、薄ら赤い蜘蛛の御印が薄れていく。

 薄れ行く蜘蛛の長い足先がもぞりと動いたように思えて、ヤタカは眉尻をぴくりと上げた。

 

「最初の一人が誰かなんて、今更わからない。なにしろ古い家系だからさ」

 

 わたるの指先でそっとなぞられた肌の下、薄ら赤い蜘蛛が今度は確かに、ざわりと身じろいだ。

 

「御印は母から娘へ受け継がれてきた。娘を産めば、本当にただの痣になって残るだけ。生き物の本能なんだろうね。宿り主の中に、更に生命力に溢れた個体が現れたら、こいつらはそっちに宿替えする」

 

「まさか」

 

「御印なんて大層な名で呼ばれようと、こいつの正体は変わらない。異種だよ。あたしは異種宿りの家系に生まれた……ただ、それだけのこと」

 

まぁ、異種とはいってもこいつは相当特殊だが……そういってわたるはそっと睫を伏せる。

 何度となく目にしてきた異種宿りの末路が目に浮かび、ヤタカの背筋をぞわりと怖気が這い上がる。

 

「ただの痣になるってことは、そいつらがおまえを苗床にして花開くことはないんだな?」

 

「聞いたことがないねぇ。老いて宿り主の意味をなさなくなるまえに、大抵女は子をつくる。不思議と一人は女の子に恵まれるらしい」

 

 異物憑きの家系なら耳にしたことがある。その場合、宿り主が亡くなると、その家の一番若い者に異物は宿替えするという。だがこれも伝承に近い。地方を歩き回った者が昔に残した見聞録にしか、その存在は記されていないのだから。

 だが異種が同じ家系で受け継がれていくなど、ヤタカの持つ知識の範疇ではありえなかった。土や木に芽吹き、その後血肉を持つ生き物を苗床とする。そして宿り主の命が尽きるとき、彼らは必ず花開く。

 開花することなく、人の体に宿り続ける意味はなんだろう。本当に、そんなことが有り得るのか。寺が全てを把握していたわけではない。だが世に知られていない数多の現象を把握していた。その文献から漏れているとなれば、よほど稀少で永い年月の間巧妙に隠されてきたことになる。

 

――わたるの父親は、いったい何者だ?

 

 行き着く疑問はそこだった。

 わたるが己の進む道を決めかねているというなら、その先の一本の道には間違いなく父親の遺志を継ぐ、というものが含まれているはずだろう。

 

「そんな顔をしていないで、訊きたけりゃおききよ」

 

 ヤタカへ細く視線を流して、わたるは幼子をあやすように微笑む。

 

「父様は、寺に出入りしていたのさ。けれど、寺はこの御印の存在を父の死ぬ直前まで知らなかった。先代も、その前の古い先代もずっと寺に出入りする医術師だったよ。けれど御印のことが知られたことはない。これは一族の最たる秘密。切り札だからねぇ」

 

 わたるの言葉が、ヤタカの胸に突き刺さる。

 

「それじゃあ、父親を殺したのは、寺の者なのか?」

 

 張りついた喉から、掠れた声を絞り出す。

 

「さあね。母様は知っていただろうけれど、何も教えてくれなかった。けれど母様は、ひと言だけ残してくれた。一族の意思に仕来りに囚われることはない。人として、生きてごらん。そういったのが最後だねぇ」

 

 子供には呪文みたいな言葉だった、そういってわたるは膝先に笑みを落とす。

 

「寺さえ知らなかったなら、あの黒装束達は、なぜわたるを見て怯えていた?」

 

「まるで幽霊をみた気分だったろうさ。父様が亡くなり、寺が崩壊して一族は散り散りになった。身を潜めて、並の医術師として食いつないでいる者もいるだろう。生きる意味を見失い、寺でもなく己の一族でもない一派に、身を投じた者もいると聞いた。さっきのは、そんな連中だ。手にしていた刃の使い方が、一族独特のものだったからさ」

 

「なぜ、わたるを狙う?」

 

「正確にはあたしを狙ったんじゃない。ヤタカが居ない隙を狙って、イリスを連れ去りたかっただけさ。そこに先客がいて、その男が立ち去ったと思ったら、簡単に片付けられる筈の女が、既にこの世にいないと思われていた御印を刻んでいたから、あいつらは震えたんだよ」

 

 この世から消えたと思われていたのなら、わたるは御印を連中に見せたく無かった筈。 なのに御印を晒した。母親が残してくれた、自由への選択肢を失うかもしれないのに。

 

「イリスを守るためか?」

 

「まさか、あたしはそんなにお人好しじゃないよ。さすがに得物を持った連中相手に勝てやしないから、仕方なくさ」

 

 これ以上は訊いても話さないな、ヤタカはそう思った。

 

「なぁ、イリスの布に刺繍をし終わっていないから、まだ信じていいんだよな?」

 

「あぁ」

 

「もう少しの間、イリスの側にいてやってくれ。俺は、会っておきたい奴らがいる。得られるのが最悪の答えでも、知っておかなければ前に進めない」

 

「そうかい。生きて帰ってくるなら、かまやしないよ。今宵は月もでそうだし、イリスがいれば獣の心配もないだろう? 小さく明かりを灯して、刺繍でもしているさ」

 

「御印が本当なら、わたるも獣の心配はないだろう?」

 

ふふふ、とわたるは小さく笑った。

 訊きたいことはまだまだある。先客と称したあの男の正体を、わたるは知っているのだろうか。御印の存在意義は何なのか。

 わたるは、進むべき道を選んだのか……それは本当に、多少なりとも触れたこの袂を分かつものなのだろうか。

 考え出せば切りがない。ヤタカは頭をひとつ振ると、痛む膝を押さえて立ち上がった。

 

「行ってくる」

 

「街道なら、あっちの方だよ」

 

 顔を上げることなく呟くわたるは、暮れたばかりの薄闇の中、指先をじっと見ている。

 ヤタカが歩き出すと、草を掻き分けてついてきたのはゲン太だった。

 

「おまえ、残ってイリスを見ていなくていいのか?」

 

――いく

 

 頑固な下駄に、説得したところで始まらないと判断したヤタカは、ひとつ頷き木の茂る森の中へと入っていった。

 山の縁に、白く丸い月が浮かぶ。

 振り返ったヤタカが目にしたのは、五本の指先を上に向けて持ち上げ息を吹きかけるわたるの姿だった。まるで指先から何かが飛んで行ったとでもいうように、わたるの視線はゆっくりと森の暗がりへと向けられる。

 

「ゲン太、わたるにイリスを預けても、いっていいんだよな?」

 

 ヤタカの呟きに、ゲン太が小さくかん、と木肌を打ち鳴らす。

 見えない何かを手繰り寄せる仕草を繰り返していた、わたるの動きがぴたりと止まる。

 鳥達さえ押し黙る森の闇から、ふわりふわりと漂いでてきたのは、五つの揺れる灯りだった。提灯越しに見える蝋燭の灯りのように淡く揺れながら光を放ち、ゆっくりとわたるを囲んで動きを止めた。

 するりと草藪から腕を引き抜いたわたるの手に握られていたのは、イリスの目を覆う白い布。

 

「本当に刺繍をするつもりか」

 

 妖しく揺れる灯りに照らされ、わたるがゆっくりと指先を動かしてく。

 

「ゲン太、行こう」

 

 街道を目指して真っ直ぐに足を進めた。

 たとえ敵にまわるとしても、それはもう少し先のことだろう。一度口にしたことを違える女ではない。短い付き合いの中とはいえ、ヤタカがそう確信していた。

 そう信じるしかなかった。

 

 

 

 街道へ向けて森の中を歩いていたヤタカに、意外な言伝が届いた。

 どんな言葉で呼び出そうかと、悩んでいたヤタカの元に届いたのは、幼なじみが発した『待っている』のひと言だった。

 

 足元に生える丈の短い草が忙しく揺れては擦れ合い、掠れた声となって待っている、を繰り返す。

 

「情報網は隅々までってことか」

 

 待っている、待っている。繰り返される言葉を聞きながら、ヤタカは足を進める。

 胸に浮かぶのは不穏な色ばかりだというのに、瞼に浮かぶのは、悪戯な笑みを浮かべる幼なじみ二人の表情だった。

 

――ばしょ どこ

 

 ゲン太の木肌に文字が浮かぶ。

 

「場所は街道の外れにある小さな横穴だ。子供の遊びで考えた、緊急連絡さ。大人になって自由になったら……あの頃は、それさえ絵空事だったから、本当に空想上の遊びだった。命に関わるような緊急事態が起きたら、待ってる、とただひと言を草の葉にのせて流そうと」

 

 心配げに前の歯を持ち上げるゲン太を指先で押さえ、ヤタカは笑って見せる。

 

「横穴は、たまたま三人で居るときに見かけたものを、ふざけてここにしようって。寺を出て直ぐのことだ。まさかこんなに早く、使う日が来るなんてな」

 

 街道の小屋でゴテをあて煎じ薬を飲んだ後、三人の言動にむくれたイリスの機嫌が直るまでと、山の方に少し歩いていた時に見つけた横穴だった。昔話に花が咲き、子供のころに空想した緊急連絡を現実のものにしようと盛り上がった。

 動物の巣にされないように、野グソが棘の生えた蔦を入口に張り巡らせ、ゴテは虫除けの香を穴の中で焚いた。

 こんな事さえなければ全てが片付いたとき、イリスに内緒で男三人、酒盛りをしようと話し合った場所だった。

 待ってる……その一言は、心躍る楽しい呼び出しであるはずだった。

 

「些細な楽しみだったってのに」

 

 ひとり溜息を吐き、まだ何か言いたげなゲン太を促し歩き始める。

 

――何もかも終わる日なんてくんのかよ

 

 蓋を開ければ、それが三人の本音だったのだと思う。だからこその約束だった。灯りひとつない道を進むしかないなら、せめて遠い所に、たとえ夢物語でも、手を伸ばしたくなる光が必要だった。

 

「ゲン太、なるべく人目につきたくないから、街道にそって森の中をいくぞ」

 

 力なく下駄の歯が鳴る。そして踝に小さく当たる感覚に、ヤタカは立ち止まった。

 

――あの おとこ

 

 浮かんだ墨が揺らいで消える。

 

――うでのきず

 

 次の文字が浮かぶまで、いつもより時間が空くのは、躊躇するゲン太の心のせいだろうか。

 

――しんじる だめ

 

「え? 最初から十分に敵対視しているぞ?」

 

 ゲン太が、ぶるぶると鼻緒を振る。

 

――ヤタカ なく

 

「は?」

 

――ないても

 

――しんじたい だめ

 

 そこでゲン太はぷいと鼻緒を背け、ずかずかと先へ進んでいった。

 

「意味がわからん。だいたい俺が泣くか?」

 

 呆れて首を振るヤタカを置いて、ゲン太はどんどん先をいく。

 

「おいゲン太、微妙に道がずれてっぞ? そっちじゃねえよ」

 

 鼻緒を萎らせたまま、ばつが悪そうに戻ってきたゲン太を軽く蹴飛ばし、ヤタカは先を急いだ。とはいっても体がいうことを利かない。舌を打ったヤタカは、懐から薬草袋を取りだし、その中から黄土色した丸薬をひとつ取りだし口へと放り込む。

 

「薬も毒も、合わせ飲みは良くないんだが、しかたない」

 

ヤタカの正気と体の痺れを取るためとはいえ、薬というより毒に近いアメを二つも口に入れてから、まだそれほど時間は経っていない。

 奥歯で噛み砕くと、川魚を生で噛んだような臭いが鼻孔へ上がってきた。

 そのあとに広がったのは、強烈な辛み。

 

「おえ」

 

 さすがのヤタカも嘔吐(えず)いたが、込み上げるモノを喉元で胃へと押し返し、ゆっくりと歩きながら薬効が細胞へ行き渡るのを待った。

 喉を焼いた辛さが胃の腑へと落ち、熱を持って全身に広がっていく。

 

「よしゲン太、走るぞ」

 

 全力とはいかなくとも、のろのろ歩いているより効率はあがる。横穴のある場所はここから近いとはいえない。幼なじみの二人と会って、別れるまで体が持てばいい。

 

――奇襲なんざ仕掛けられたら、そこで仕舞いだな。

 

 薬は体を回復させたわけではない。疲れと痛みを、麻痺させているだけのこと。

 

「ゲン太、俺に何かあったら、全力でイリスの元へ帰ってくれ」

 

 後ろを駆けるゲン太が、怒ったようにがんがんと木肌を打ち鳴らす。

 

「その時には、鼻緒が千切れても、全力で走りきってくれよ」

 

 逃げてくれとはいわなかった。ゲン太のなかの自分はヤバカのままでいい、そう思っていた。

 森の闇に浮かぶ光の玉はもうない。

 

 待っている……待っている……

 

 人の言葉を真似て擦れ合う草の葉の音だけが、ヤタカの耳に響いていた。

 

 

 

 

「ご丁寧なことだな。人払いしてやがる」

 

 横穴から少し離れて立つ木の枝に、目立たぬよう小さな香炉が下げられていた。この香は、並の人間には微かな悪臭として感じられ、本能的に足が遠退く。

 逆に知識を持つ者にとっては、ここで人払いすべき何かが行われていると感づくきっかけになるから、諸刃の刃だった。

 覚えたての言葉を繰り返す幼子のように、葉を擦り合わせていた森の草がしんと凪いだ。

 

「入ってこいよ」

 

 横穴の入口を覆う幾重もの枝葉を除けると、蝋燭一本の灯りの中、幼なじみの二人が胡座をかいていた。

 視線は膝へと落とされ、入口から顔を覗かせたヤタカを見ようともしない。

 

「取って喰うわけじゃないよな?」

 

 わざとらしくヤタカが戯けてみせたというのに、二人の首は力なく横に振られるだけだった。

 

「襲わない。殺しもしない。ただ話し合いが必要……だろ?」

 

「あぁ」

 

 入口の枝葉を綺麗に元通りに被せ直し、ヤタカも入口に腰を下ろす。ゲン太は身を潜め、中に入ってこようとはしなかった。

 

――その方がいい

 

 二人に姿を見られなければ、何が起ころうとゲン太は無事に逃げられる。異物であり異種を取り込んでいるにもかかわらず、それらに優れた臭覚を持つ連中にさえ気付かれずづらい、そんなゲン太の特性が、今ここで役に立ちそうだった。

 

「最初から、裏切っていたのか?」

 

 先に口を開いたのはヤタカ。

 野グソの整った顔に影が落ちる。ゴテは眉間に皺を寄せたまま、微動だにしなかった。

 

「俺と付き合ったのは、本来の家業の為か? 目的は……果たせたか?」

 

穏やかなヤタカの声が、横穴に響く。

 苦虫を噛みつぶしたように歪めた口元で、しぶしぶといった風に口を開いたのはゴテ。

 

「本来の家業のことは、幼い頃から知っていた。ただ、おまえが的になる可能性があると知ったのは、かなり後のことだ、それは野グソも変わらない」

 

「ヤタカに情報が漏れたと、最近になって伝達があった。素性がばれたら用済みだ。今は別の誰かが同じ役目を引き継いでいるよ」

 

 言葉を口から押し出すように、野グソがいう。

 解っていたことだというのに二人の口から直に聞かされると、思っていた以上に堪えるものがあった。胃の奥が、嘘という鉛を抱き込んでずしりと沈む。

 

「用済みになって途方に暮れた挙げ句、家業の信頼を取り戻そうとでも思ったか? なら、俺に手を出さないなんて綺麗事、どうやって信じればいい?」

 

 落胆が、ヤタカの語気を荒くする。

 表情を変えることなく、ゴテが真っ直ぐヤタカに向き直る。

 

「オレ達のことは今から話す。全て話す。信じろとはいわねぇよ。オレ達のことを信じられなくてもいい。ただな……ただ」

 

「ただ、なんだ?」

 

 ゴテと野グソの視線がほんの一瞬絡み合う。

 

「あの女だけは信じるな。何があっても、あの女にだけには気を許すな」

 

 鋭いゴテの視線に、思考を巡らせたヤタカの眉根が寄る。

 

「おまえ達に、わたると名乗った女だ」

 

 驚きにヤタカの目が見開いた。吸い込んだ息を吐けないまま、心臓が跳ね上がる。

 

「あの女だけは、信じるな」

 

 大きく吐き出されたヤタカの震える息に、蝋燭の灯りがぶわりと揺れた。

 

 

 

 

 

 




 見に来てくれた皆さん、読んでくださったみなさん、ありがとうございます!
 次話は懐かしの面々が、再度登場。
 訳のわからん植物も、わらわらと(笑)
 そんな予定です。 
 次話もお付き合いいただけますように……
 では!

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