ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー   作:バロックス(駄犬

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間が空いてしまった理由! それは執筆のテンポを忘れたからッ!!


~仮面無用~⑦

伊熊将監と千寿夏世はとある地区の港で佇んでいた。今回は大手社長の護衛任務。その護衛対象が入っていた倉庫の外で二人は不審な人物が通らないか確認しているわけだが。

 

 

「どうも臭ぇよな、この仕事」

 

口布を巻いた将監がため息混じりに舌打ちする。この仕事は警察署に居たときに突然と舞い込んだ仕事だった。変な男が来たとたん、”釈放”の言葉を聞かされ、外に出ると男は護衛の仕事を将監に依頼した。返却された携帯電話で社長に連絡を取ったが彼の社長である三ヶ島影以(みかじまかげもち)は重苦しそうに一言。

 

 

―――将監、迷惑を掛けるが・・黙って彼らに従って欲しい。

 

そう言って電話を切られたので将監は筋肉でしか出来てない脳みその知恵を振り絞って推測する。自分の予測が正しければ、この仕事は表向きには護衛任務という事になっているが、実際は裏取引の、密輸関係の物ではないかと。

 

 

・・・しかも、見覚えのある顔が何人かいたしなぁ。

 

 

そう首を鳴らして思い出すのは、倉庫へと入っていく矢野橋という男と作業員らしき男たち。 しかしこの差作業員たちに将監は見覚えがあった。実際に会話をした訳ではないが、全国のエリアで指名手配されている脱獄犯や、殺人、所謂『お尋ね者』の面々がちらほら見られたのだ。

 

こうなってくると益々この仕事は危険な物だと思ってしまう。だが、自分らの社長があれほどまでに重々しい雰囲気で話す事があっただろうか。考えられるとすれば、この矢野橋という男に、従わざるを得ない「弱み」を握られているという可能性の方が高い。

 

「くっそ、メンドくせぇ事になっちまったなぁ夏世」

 

「・・・・」

 

隣にいる相棒は一度こちらに視線を向けてくれたが、沈黙を続ける。あの昼間に会った少女、七海と別れてからずっとこんな感じだ。

 

 

「いい加減、機嫌直したらどうだ夏世。どうせアイツ等だってお前が呪われた子だって知ったときは追いかけてもこなかったじゃねぇか」

 

「それは・・・」

 

漸く一言を発していたが、弱い言葉だな、と将監はため息をつく。将監がこうも気落ちしている夏世を見るのは随分と久しぶりな気がした。だがこうさせたのは一応自分だが、これは全て、彼女の為を思って行った事だ。

 

世間の未だに呪われた子供に対しての批判は衰えることを知らない。あの晩、自分が警察署に拘束されている間は夏世は八洲許が家に上げていたらしいが、どうもこれは胡散臭い物を感じた将監だった。呪われた子供を自分の娘と遊ばせる八洲許の考えが珍しいかもしれないが、これはもしかするとただ呪われた子供と遊ばせたという武勇伝、もとい、ただの遊びなのではないかと。

 

 

・・・いや、違うな。

 

もっと根本的な理由があるはずだ。自分が夏世をあの七海という少女から無理やりにでも引き離そうとした理由が。

 

 

それは至極簡単な物だった。夏世が七海と普通に笑って、幸せそうにしているのを見た彼は何を思ったか。年相応に自分のイニシエーターという役割を忘れて、同世代の少女と語り合う彼女を見て、将監はあろうことか夏世を羨ましく思い、同時に、このままでは彼女が自分と同じ場所から離れていくのではないかと思ったのだ。

 

 

一度幸せを味わうとそれは味わった者にとって二度と忘れられない極上の味だ。人は知らずのうちにその幸せを再度求め、これまでの自分の過ちを悔いる傾向がある。将監や夏世にとっての過ちとは、この民警の世界で行ってきた自分たちの懐に入る配当金をより多くする為に同業者を蹴落としてきた殺人だった。

 

死体の処理なんて森の中ならば野生のガストレアが勝手に行い、証拠も何一つ残らない。この手口は将監の無い知恵を振り絞って考えた最高の策だった。だが夏世はまだ十歳の少女だ。この卑劣な手段自体に不満を持つだろう。

 

だが、呪われた子供として生を受けたからには、普通の生き方は許されない。ならば、ひたすら裏の世界で生きるしかないのだ。事実、民警というのは由緒正しい前科なしの者がいれば、殺人や罪を犯した者たちが逃げ込む場所でもある。これは将監にとっては、『力があれば何もかもがまかり通る世界』という事だ。

 

だから彼はひたすらこの世界でどんなに汚い手を使ってでも這い上がる事を誓った。巨大な黒の剣を手にガストレアを夏世と共に屠り、その辿りついた場所が現在の千番代という序列だ。

 

将監にとって夏世はその最初の場所から今を共に歩んできた相棒であり、彼の人生を支える道具だ。ならば道具を手入れし、大切に扱うのは使用者としての役割である。その彼女が『道具』を辞め、『普通』を生きようとしていたのが許せなかったのかもしれない。

 

 

我ながら、酷く、醜いものだと将監は思う。だが、自分は堂々と卑屈で強引であった方が色々と楽だと考えてきた。それはこれまでもそうだったし、これからも変わらない。取り敢えず、夏世がこの状態のままでは仕事に差し支える。何事もなく早く終わってもらいたいものだ、と将監は空を見上げた。

 

 

 

―――その時だった。倉庫の窓から強烈な光と共に破裂音が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

夏世と将監が見張りをしているその最中、その倉庫の屋根の上に二つほどの影が月の光に照らされて現れる。美濃と七海だ。

 

「七海ちゃん、今回は時間との勝負だよ。 この閃光弾を中に投げ入れたら、七海ちゃんが中に入って、矢野橋以外の人を全員気絶させるんだ」

 

ごそり、と懐から取り出した黒の細な長い棒を取り出して美濃は言う。この作戦は『目くらましザックリ大作戦』と墨によって名付けられる。中の密閉した空間での閃光で視界を奪い、同時に七海が場を制圧させる。光と共に動き回る七海は誰にも捉えられないが時間を掛ければ掛けるほど、こちらの正体がバレる確率が高くなるのでまさに時間との勝負なのだ。

 

「分かったよ美濃ちゃん。将監の方は任せていいんだね?」

 

七海の問に、硬くも、安心してという言葉も伝わるように美濃が頷いた。

 

「上手いこと将監と夏世ちゃんを分断させるのは私と墨さんの役割だから。用が済んだら私はちゃんと墨さんと一緒にトンズラだよ。 七海ちゃんも、ちゃんと矢野橋だけは仕留めておいてね?」

 

七海が小さく首を縦に振って、美濃が準備に掛かるために七海の元を離れていく。この時は、ちょっとばかりこの作戦の難易度から不安を持っていた七海がまだ美濃に傍に居ては欲しかったわけだが、時間は待ってはくれない。

 

 

「こっからが勝負なワケだ」

 

渡された閃光弾を握って、七海は気持ちを入れ替える。自分の信念を通す為に、七海は刀と鞘口の部分を紐で結んで固定すると深呼吸をして取り付けられていた窓を開け、閃光弾を投げ入れる。その後は自分も被弾しないように窓から覗くのをやめると程なくして、強烈な閃光と音が炸裂した。

 

 

 

「今だッ!!」

 

即座に能力を開放して、窓から倉庫内に飛び込み、着地する。 中は灯りが数個ほどあったので見渡せばどれくらいの作業員がいるのかが分かった。数にして五人程だろうか、それっぽい作業服を着ており倉庫の中心には巨大コンテナがあり、中にはライフルなどの重火器が多く積まれていた。これが裏モノの銃器なのだろう。

 

 

・・・っと、仮面仮面。

 

八洲許から渡された気色の悪い仮面を被って、七海は走り出す。まずは目を両手で塞いでいる二人だ。間近で光を浴びたのだろう。この二人の内、一人の喉元を鞘で突き、もう一人は溝尾に一撃をかまして気絶させた。

 

「なんだコイツはッ!!」

 

運良く閃光弾の光を避けていた作業員がこちらを見て、叫ぶ。 仮面を被っていて正解だ、と七海は気づかれた後で安堵するが、残りの三人を首と頭を狙って確実に気を失わせた。

 

 

「ひぃっ!!」

 

後ろでその光景を見ていたハゲの男が見えた。 この男が事前に情報で聞いていた矢野橋だ。尻を地面について、無様な姿を七海に晒してしまっている。だが生への執着は確かにまだ持っているようで、自分が殺されるかもしれないという恐怖に駆られながらも、矢野橋はしっかりと立って、出口へと向かって走り出した。

 

 

「逃がさないッ」

 

応援を呼ばれる前に、この男を仕留めなければならない、と七海は鞘と刀を結んでいた紐を解くと一気に矢野橋に肉薄。その背中目掛けて必殺の袈裟斬りをお見舞いしようとした時だ。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

脳を駆け巡った電撃にも似た感覚に反応した七海が一瞬の判断で上体を横へとずらす、しかし次の瞬間、自分の左の肩に衝撃が走った。

 

 

「―――――ぐぁッ!」

 

激痛に思わず足を止めて、七海は膝を着いて痛みの引かない左肩を確認する。右手で肩の着物部分を触ると赤い液体がべっとりとその手に染みていた。

 

 

七海は確信する。自分は打たれたのだと。だが叫び声を上げなかったのはただ単に彼女の精神力が強い訳ではない。同じくらいの痛みを今日は一度味わっている。

 

 

・・・勇次との勝負の時と同じくらいの痛み・・・耐えれるッッ まだやれるッッ

 

 

歯を食いしばって気をしっかりと保った七海は鞘を杖替わりにして立ち上がる。視線の先には自分を撃った人物がいるはずだ。だが七海はこの時点で、ある程度は予測は出来ている。この倉庫の護衛を全員倒した後で攻撃されたという事は、つまり倉庫の外にいた護衛が中へと入ってきたということだ。

 

・・・やっぱりかッ 夏世ちん。

 

 

「・・・動かないでください。動いたら、撃ちますよ?」

 

 

痛みに耐えながら、七海は視線の先にいる黒いフルオート型のショットガンを構えた千寿夏世の姿を確認して下唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――数刻前。

 

 

「一体何が起きたんだオイッ」

 

伊熊将監は強烈な破裂音をその耳に聞くと音の発生源である倉庫の方を振り向いた。途中、作業員らしき男の叫びが聞こえては直ぐに聞こえなくなる。 これは何かがあったに違いない。

 

「チッ、夏世! 何かトラブルが起こりやがったッ 行くぞオイッ!!」

 

 

「は、はい!」

 

 

将監はバスターソードを、夏世はショットガンをそれぞれ構えると夏世が先に鉄の扉を開けて中へと入る。分厚い壁だが、呪われた子供の怪力ならば可能な事だ。

 

「何があった――――って、うおっ!?」

 

「将監さん!?」

 

唐突な将監の素っ頓狂な声に夏世が振り返ると、そこには出口に向かって引っ張られていく将監の姿があった。慌てて夏世が数メートル手前の出口に戻ろうとするが、将監の体が完全に倉庫の外へと出た瞬間、空いていた筈の扉がありえないスピードで閉まった。

 

 

「ぐおっ!!」

 

力のままに引きづられた将監が地面に後頭部を叩きつけられてやっと解放されたかと思い、目を開けると、その目に、霧状の何かが吹きかけられた。 それが目にかかった瞬間、眼球全体を走り抜ける痛み。

 

「ぐああああああああっ!! い、いてぇ! 目が、目がぁぁあ!!」

 

目も開ける事も許されない激痛が将監を襲う。まるで目を直接焼かれているような痛みに地面をのたうち回る。夏世に見られでもしたら暫くはネタにされるだろう。ここに居なくて良かったと思った将監だった。

 

「だ、誰だッ! どこにいやがる、畜生ッッ」

 

目を閉じたまま、握っていたバスターソードを力の限り振り抜いていく。 だが、どれもこれも放たれる斬撃は標的のいない空間を斬るだけに終わり、将監の叫びが虚しく響いている。

 

だが、次の瞬間、自分の右腕を掴むの物があった。生肌から感じられるこの感触は人の手の物だ。ならば、標的はこの右方向にいるのだ。と確信した将監は力の限りに剣を横に振るべく力を振り絞る・・だが、

 

・・・う、動かねぇッ!!

 

まるで巨木に腕を固定されているかのように自分の腕が動かない。腕っ節には自信があった。呪われた子供には劣るかもしれないが、自分には千番代という実力があり、それに違わぬように自分なりにも鍛錬したつもりだ。

 

 

・・・一体何者なんだ、コイツ!?

 

だが、その自分を圧倒する力が目の前に存在している。姿形も分からぬその人物はただひたすら将監の腕を握り続ける。そして次の瞬間。

 

「うおおおおおおおおッッ!!」

 

 

ゴキン、という音と将監の叫びとともにが彼が握っていたバスターソードがコンクリの地面に落ちた。やられたのは一瞬、自分の右腕があらぬ方向へと捻じ曲げられたという事実だけ。激痛が彼を襲い、思わず膝を着いた自分の額からは嫌な汗が流れているのが感じられる。

 

 

・・・折れて、ねぇな。 関節を外されたの、か?

 

感覚だけで分かってしまう自分に嫌気がさしたが、いずれにしても相手の正体が全く分からぬまま、『敵』の攻撃が続く。今度は真後ろに気配を感じたが、その頃には左足を掴まれていた。そして振り返る時間も与えられず、

 

「がああああああああッ!!」

 

ぐりん、と右足が向いてはいけない方向へと回ったような感覚と、音とともに激痛がまたしても将監を襲った。これでは、もう立つこともままならない。 武器を握ることもできず、立つことも出来なくなった彼を、敵はまだイジメ足りないのか、首を掴んで地面へ仰向けになるように叩きつけると、一瞬だけ目が開いて、涙でぼかされた視界が露になった。

 

 

「テメェ、は、いったい・・・」

 

 

最後に見えたのはうっすらと見えた坊主のシルエットがその右拳を自分の顔面へと叩きつけようとした姿だった。ここで、将監の現実世界との接続は完全に遮断された。

 

 

およそ一分弱。七海が倉庫内に閃光弾を投げ入れて、倉庫内を制圧して夏世と対峙するまでに起きた出来事である。

 

 

「ふぃー」

 

全てが終わったかのような涼しい顔で将監の顔に拳を叩き込んだ男、伊堵里 墨はゆっくりと拳を顔から離すとその手についた血を振って払った。

 

 

「す、墨さん・・・終わった?」

 

「おう、終わったぞ。 お前もご苦労さんな、扉のセキュリティー係。 マルソックもびっくりだぜ」

 

後ろでひたすら両手を使って力の限り扉を抑えていた美濃がいる。パワー系の美濃ならではの力技だ。作戦としてはイルカの因子を持った夏世が将監と一緒に行動されることを避けたかったので夏世は倉庫内に閉じ込める必要がどうしてもあった。結果的には分断にも成功したし、将監も無力化することにも成功したわけだが。

 

 

「す、墨さん。 その目潰しはなんの成分が入ってたの?なんか匂いからでも尋常じゃない物質が含まれている気がするんだけど」

 

美濃が強烈な匂いから苦い顔をするが決して扉を閉める手を緩めない。どうやら仕事は何が何でもやり遂げる真面目なタイプらしい。墨は先ほど使った”激・目潰し”と書かれた真っ赤なスプレー缶を取り出すと彼は自分の鼻をつまんだ。

 

 

「元締めちゃんの話によると・・・ハバネロやら唐辛子やら、兎に角ヤベェくらいの辛い奴が入ってるらしいからな。 あぁ、失明しない程度の調整具合だから安心して使ってくれだとよ」

 

「あの人、結構エグイ道具薦めてきたね。 以外にSの気があるんじゃ・・・」

 

「どうだろうなぁ、どちらかと言うと郡を抜いた外道・・・いやでも、あのナリでSっていうギャップがまた・・・ま、いいか」

 

と、墨は立ち上がってスプレー缶をしまうと、美濃にむかって手招きする。もう扉を閉じる必要はないという合図だ。 美濃が扉から手を離した時、中から銃声が数発ほど聞こえてくる。

 

 

「どうやら始まったようだな・・・俺たちは早いところずらかるぞ」

 

その場から立ち去ろうとする墨だが、肝心の美濃が動かない。どうやらまだこの場に残りたいようだ。

 

「美濃」

 

墨が美濃の手を掴むと美濃は悲痛そうな顔で墨の顔を見つめる。出来れば七海が出て来るまでは待ってあげたいのは墨も同じだったが、仮面などで顔を隠せない為にここに長居する事が出来ない。墨は小さく首を横に振ると、

 

 

「信じるんだ。アイツが帰ってくるのを」

 

そう言って彼女は納得したのか、うん、と首を縦に振り墨とともにその場を後にする。美濃はうしろ髪引かれる思いで七海と夏世がいる倉庫を視線に捉えると

 

 

・・・七海ちゃん、絶対に帰ってきてよ!

 

そう祈りながら、前を向いて走り出した。

 

 

 

 

 

 

千寿夏世は静まり返る倉庫の空間の中、自身の武器であるフルオートショットがんを目の前の的に構えて現在の状況を解析する。

 

・・・将監さんの声が聞こえない。

 

額から流れる汗に、夏世は動揺を隠せない自信があった。倉庫にいざ入り込もうとした時に将監が外へと何者かによって連れ去られた。扉もその時に閉まり、夏世も能力を使って閉ざされた扉を開こうとしたのだが、外からはとてつもない力によって開けることが出来なかった。

 

爆薬関係があれば扉を破壊することが出来るが、今回はこのショットガンと予備のカートリッジしか持ってきていない。我ながら準備不足だったことを後悔した夏世である。

 

 

「お、おい! どうなってるんだ・・た、助けてくれ!!」

 

後ろの方で情けない声を上げている依頼主の矢野橋に気付いて夏世は目の前の事に集中する。将監とのリンクが消えたのは気がかりだが、彼は頑丈さだけが取り柄だ。簡単には死なないだろう。

 

 

「貴方は私の後ろで待機を」

 

そう言いつけて、彼女は目の前の敵を見て、改めて思わず目を丸くした。

 

 

・・・いつの時代の人ですか。

 

 

思わずそう突っ込みたくなってしまった衝動を抑えて、夏世は顔を振る。着物に足袋、刀などまるで時代劇に出てきそうなものばかりだ。極めつけは正体を隠そうとしてる白い仮面だ。ここだけ時代が完璧に西洋風なので全体像としてはイマイチだ。だが、一つ分かっている事がある。 目の前の者は動物のような耳を頭部に生やし、仮面の目の部分からはうっすらとだが赤い光が見られる。つまり、呪われた子供という事だ。

 

 

「貴方の目的は?」

 

そうショットガンを向けて問うが返答の意志は見られない。声なども全て正体がバレるきっかけとなるからか、随分と用心深い。

 

恐らく、この男を暗殺する為にやって来たのだろう。依頼主が誰だが分からないが、夏世は倉庫内に置かれたコンテナの中に重火器などが積まれていた事からこの護衛の依頼はかなりブラックな内容だったことを理解して、彼がこの暗殺者から命を狙われる理由を理解する。

 

 

・・・単騎での戦闘はあまり得意ではないのですが。

 

 

身構えた夏世だが将監の手を借りられていない今、自身の戦闘力などは呪われた子供の力があるとは言っても、援護をすることに特化した物だ。面と向かっての戦闘に向いているとは思えない。しかも相手は刀などの武器を持っている事から、近接専門。 距離を詰められる事は避けたい。

 

 

・・・どうする。

 

だが、作戦を立てる暇もなく、暗殺者が最初に動いた。肩に銃弾を受けているとは思えない程の身軽な動きで暗殺者は夏世目掛けて一直線に接近。

 

 

「ま、真正面からッ!?」

 

 

夏世は驚愕する。なぜわざわざこちらの射程範囲内に入り込むような、しかも狙われやすい正面から向かってきた暗殺者に。普通は左右に身を蛇行させながら的を絞らせない動きをするはずだ。何も考えていないのか、余程こちらの射撃を躱す自信があるのか。

 

 

どちらにせよ、もう数メートル前まで迫ってきている。要人を守る為に、夏世は躊躇いもなくその引き金を引いた。ショットガンの礫が効果的に命中する有効距離での発射。これを食らったのなら、例えバラニウム弾でなくても、呪われた子供には有効なダメージを与えられる。

 

礫は確実に命中し、地面には血飛沫が飛び散る。 一瞬だけ暗殺者の速度が遅くなる。 夏世の見立てでは暗殺者がここで倒れる筈だった。

 

 

「ッ!? 向かってくる―――ッ!?」

 

暗殺者は、一度スピードを緩めた状態から一気に加速。しかも先ほどよりもスピードを上げて、こちらへと向かってきた。

 

 

・・・両腕を交差させて、ガードッ!? 銃弾をッ? 馬鹿ですかッ!?

 

 

良く見ると、暗殺者は両の腕をクロスさせて急所が被弾することを避けていた。身を出来るだけ低くし、被弾数を少なくすることでこちらの射撃を耐えたのだ。

 

 

・・・なんと、強引なッ!!

 

防御できたといっても、完全に無傷な訳がない。明らかに呪わた子供としての再生能力に任せた無茶な戦い振りだ。全くもって、自分の常識から外れた戦い方である。

 

 

すぐさまショットガンで迎撃しようとした夏世だが、既に暗殺者はこちらの目と鼻先まで肉薄してきていた。

 

 

「・・・ッッ」

 

 

薄気味悪い仮面とともに、刀が怪しく光る。 ショットガンの銃口は相手を完全に捉えてきれておらず、反応も完全に遅れている。暗殺者の刀が振り上がってこちらへと振り降ろされたとき、夏世は殺意を感じ取り、自分はこれから殺されるのだと、恐怖から思わず目を閉じた。

 

 

次の瞬間、金属音とともに何かが自分の立つ地面に落ちた。 目を開けた夏世であったが自分の首はまだ繋がっている。 足元を確認すると自分の持っていたフルオートショットガンの銃身が分断されて転がっているのが目に入った。

 

 

「武器を・・・斬った?」

 

 

「・・・ごふっ」

 

後ろで発せられた音に反応して夏世は振り向く。 目に映ったのは刀で胸を貫かれ、口らから血を流している矢野橋だった。

 

 

「・・・むんっ!」

 

 

暗殺者が力任せに男の体から刀を引き抜くと同時に矢野橋の体が前のめりに倒れこむ。 すぐさま絶命したのを確認すると暗殺者は夏世を見ずに全力ダッシュで倉庫の窓を突き破った。

 

 

「ま、待ちなさいっ!!」

 

武器を置いて、暗殺者を追う夏世が扉を開ける。先ほどとは違って簡単に開いた。違和感を感じた夏世だったが開いた視界の中で先ほどの暗殺者が海に向かって走っているのが見えた。そして次の瞬間、

 

 

「とうっ」

 

暗殺者は大きくジャンプすると海の中へとダイブ。 夏世は海面を確認するが、相手は一向に浮かんでこない。潜水に特化した能力を持っているのだろうか。と、考察した夏世だが、同時に違和感を感じていた。

 

 

―――なぜ、私を殺さなかったのか。

 

 

これだ。あの目の前までに近づいてきた瞬間、相手はこちらの隙を突いて、自分を殺す事が出来た筈だ。それをしなかったのは何故か。

 

思えば、あの暗殺者には疑問を感じる点が幾つかあった。相対した自分を逃したのもその一つだが、殺害したターゲットの矢野橋以外の作業員は皆生きているという事。普通は目撃者には素性がバレるのを避ける為に殺す事が殆どだが、相手はそれをしなかった。

 

・・・それをする必要がない、と?

 

仮面を被っていたから、その必要は無かったのかもしれない。だが、殺し屋としては随分と考えが甘ような気がしたのは言うまでもない。自分も、別の目撃者に人殺しを見られたら、その人物も殺せと将監に言われるかもしれない。そして、言われたら必ずそうしてしまうだろう。

 

そして静寂に揺れる海を見つめて、夏世は思う。あの暗殺者は確固たる自分の意志で行動しているのだと。あの無茶とも呼べる戦闘スタイルは、どうしてもああしなければならない、自分を貫く為の一つの戦い方だったのかもしれない。敵ながら天晴という言葉がよく似合う相手だった。

 

 

「う、うう・・・おい、夏世。 いるか?」

 

「将監さん?」

 

後ろの方を見て声がした方の地面には将監が顔面から血を流して横たわっていた。 慌てて駆け寄った夏世だが内心で生きている事にホッとしたのは内緒だ。

 

「く、くそ・・・目が見えねぇ」

 

「目をやられたんですね。失明・・ですか?」

 

そう問う夏世は将監の目を見ようとした。下手をすれば、プロモーターとしての人生を大きく左右することかもしれないのだが、将監はその手を遠ざけようと左手を翳してそれを制する。

 

「匂いからして、香辛料だ。 変な薬は入ってねぇだろうから安心しろ」

 

「安心はしてませんが・・・それよりも、将監さん。 護衛対象が殺害されました」

 

 

冷静な夏世の言葉に、やっぱりか、と舌打ちをした将監だった。恐らく自分を襲った相手ではないだろうが、それも矢野橋を殺した者とつるんでいる可能性が高い。でなければ、これほどまでに連携を取れないはずだ。

 

夏世と将監を分断させて、一瞬で腕と足を破壊し、標的を殺す。まずプロの仕業と見て間違いないだろう。本当ならこのまま追いかけて報復へと向かいたい将監だったが、

 

「夏世、逃げるぞ。この仕事、予想以上にブラックな仕事だったらしい。流石に社長も、弱みを握られてる相手が死んじまえば、この会社に従う必要もなくなるだろうよ」

 

「とんずらですね・・・分かりました」

 

そう頷いて立ち上がろうとするが、将監の様子がおかしい、どこか痛めているのか未だに立ち上がれないままだ。将監は頭を掻いてこもるような口調で

 

「・・・・ちっとは、手ぇ貸せや」

 

そう言ったのだ。将監からすれば、目も見えなければ、腕と足の関節が外されているので自力で歩くのは難しいだろう。そして夏世は思う、これを機会に恩を売るのもいいことだ、と。だがそれよりも彼女には考えがあった。

 

 

「ひとつだけ・・・条件があります」

 

 

 

 

 

「もーう、やっていられませんねぇ!」

 

人気のない漁港に立ち寄る一つの影が見える。男は頭にネクタイを巻いて、今しがた二件、三件と飲み屋を回ったかのような飲んだくれとなっていた。

 

 

田中熊九郎、その人である。

 

 

「ち、ちくしょう・・・」

 

目尻に年甲斐もなく涙を浮かべたのには理由がある。それは伊熊将監を誤認で拘束してしまった件だ。無実の人間に罪を着せようとした自分の行動は上層部の耳に入ってしまい、大きな注意を署長から受けてしまったのである。免職はまぬがれたが、減給は免れないだろう。

 

 

そうなれば、またしてもこの18地区警察署は八洲許を始めとするお笑い者集団の巣窟と成り果ててしまう。それを打開する為に、彼はこの件に打ち込んでいたのだ。だが、結果は空回り。 果てには評判を下げる手助けまでしてしまっている。そう考えると、飲まずには居られなかった。

 

 

ひたすら飲んで、酔いつぶれて、外で眠ってしまうのも良いだろう。しかも海の見える場所で。この漁港の倉庫付近を選んだのはそう言った理由からだ。

 

「おやおや、何やら倉庫の窓が割られていますねぇ。 物騒な事件でもあったんでしょうか」

 

 

千鳥足でだが、それも些細なことだと考えた田中は右手に一升瓶を担ぎながら倉庫の中へと入っていく。しかしそれが、今回の田中にとって思いがけない結果になったことを一体誰が予想できたであろうか。

 

 

「きゃあああああああああああ!!!」

 

田中が倉庫に入って数分後、倉庫内の惨状を目の当たりにした彼の絶叫が東京エリアの空に木霊した。

 

 

 

 

 





結構投稿までに時間が空いてしまいました。変なギャグネタを考えていた御陰で執筆のテンポは悪くなるわ、文字は間違えるわでたいへんたいへん。味気ない戦闘シーンだなぁオイ。 すいません、すぱっと終わらせてしまう形になりました。次は頑張ります。一応、次回にて仮面無用は終わりです。 矢野橋と三ヶ島ロイヤルガーターの関係ですが、最後の方にそれなりのオチを持ってくる予定なのでお楽しみを。

ちなみにこのお話が終了次第、インターバルでネタ回を挟みます。

誤字など気になる点がありましたご連絡お願いします。即修正に移りますんで。では、次回ッ

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