ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー   作:バロックス(駄犬

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イルカちゃぁぁぁん!! 


第六話~仮面無用~①

「うおぉー! 遅刻だ遅刻ー!」

 

 

 七海静香は小学生であり、暗殺者『晴らし人』である。 若干十歳にして殺し屋となった彼女が磨くのは剣の道。

 

その腕は不器用ながらも、持ち前のモデル・ドッグの動物的カンと日々の鍛錬で少しながらその実力を高めつつあった。 彼女が今、こうして竹刀を片手にダッシュをしていることもまた、鍛錬の一つなのである。

 

 

では、彼女はどうやって剣の腕を磨いているのだろうか。 彼女は小学生という身分でありながら、剣術という、しかも多くの流派の免許皆伝を数多く取得しようとしている・・・いわば変わり者だ。

 

 

 日々の鍛錬で、近くには素振りするような場所は庭しかなく、彼の剣術を初めて教えてくれた八洲許は日々の仕事の為、滅多な日でもなければ相手をしてくれない。

 

 

 七海は困っていた。 どこかになかなか腕の立つ、剣を教えてくれそうな優しい人は居ないかと。そうやって何度か鍛錬と称して走り回っていた時だ。 彼女が今、現在走り向かっている場所に、その悩みを解決してれた人物がいる道場がある。

 

 

「師匠――――――!!」

 

 扉を開けた七海はそう叫びながら靴を脱ぎ捨ててヘッドスライディングの要領で道場の中へと滑り込んだ。野球でありそうな感動を呼ぶヘッドスライディングだが、木の床の上で行ったヘッドスライディングはとても痛い。

 

 

そこは古くも、よく手入れされているようで床の一面が朝日を浴びて輝いていた。 七海はむくりと顔を上げて、ツルツルとなっている床を撫でてその美しさを確認する。

 

 

・・・今日もいい仕事してますなぁ! 

 

 

別に、誰がこの道場を手入れしてるのかは知らなかったが、それでも物を大事に扱うという事を念頭に置いた、この職人技とも呼べるこの輝きに七海は思わずうっとり。

 

 

だが、そんな彼女の前に一本の竹刀が渇いた音を上げて突き刺さった。 七海がゆっくりとその顔を

上げると、そこには笑顔を浮かべてデンジャラスなオーラを纏った黒セーラー服の女性が立っていたのだ。

 

 

「おはよう七海ちゃん。 15分ほど遅刻なのだけれど、弁明の余地があるのならその理由を教えてくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「し、師匠・・・っ! これは・・・っ! 違うんです・・・っ!」

 

これが漫画だったら「ざわ・・・」とかついてきそうな福本タッチの七海静香は土下座をしながら、目の前の女性に必死に弁明した。だが目の前の黒セーラ女は、ニコニコとした笑顔で直立不動のまま竹刀を一度七海の眼前に突きつける。

 

 

「またそんな事言っちゃって、夜更しでもしたんじゃないのかしら?」

 

 

ギクリ、と七海の心臓が鼓動を打った。 

 

 

まさしく、図星・・・その言葉が一番的を得ている。 昨夜はアニメ天誅ガールズの放送日だった。 第四十話、「バイオレット・金色になれ!」という意味不明のタイトルだが。

 

 

「ですが師匠! 仕方なかったんですッ 昨日の第四十話はッ 番組初となるバイオレット主役回ッ! その勇姿を直接この目に焼き付けるために夜更しは仕方なかったことなのですッ」

 

 

 ただ単にパワーアップアイテムでバイオレットの武器が金色になっただけだったが、それでもバイオレット好きの七海には神回だったに違いない。ちなみにその放送終了後、『天誅ゴールドのお株を奪ってんじゃねぇッ』というゴールドファンからの苦情がテレビ局に殺到したらしい。

 

 

「あらそうなの、バイオレットはここでまさかの鎧を召喚してかの有名な黄金騎士に華麗に変身!人々の心に巣食う闇、『魔獣ホラー』を倒すのね・・・って、お馬鹿!!」

 

 

・・・ノリツッコミ! ノリツッコミです! 流石天童式抜刀術免許皆伝! 私も見習いたいものですッ

 

 

いつになく、キレのある突っ込みに七海は感心していた。 剣術ではなく、芸風を見習うというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・しかしまぁ、どうしてこうなったんだっけ?

 

 

この道場の主である天童 木更は目の前の土下座をしている七海という少女を見つめながら彼女がこの道場に通うことになった日を思い返していた。

 

 

丁度数ヶ月前の話だろうか、いつものように素振り、もとい、雪影による居合による斬撃で遠くの木材を斬っていた時だ。

 

 

 

天童式抜刀術一の型一番・滴水生氷という、自身の斬撃がその数メートル先の的を斬り落とした時、扉の一部が開かれて突如この少女、七海静香がやって来たのだ。

 

 

 

『し、師匠ッ 師匠と呼ばせてください! そのヒテンミツルギスタイルはどうやって身につけたのですか!?』

 

 

出会い頭、そんな言葉を言っていったのを思い出して、木更は苦笑した。なにせ、その後で急に自分に剣術を教えてくれと頼んできたのだから。

 

 

「き、木更師匠・・・もう怒らなくてもいいじゃないですか」

 

 

「んっふっふっふ・・・まだ、まだダメよ七海ちゃん。 師匠である私を怒らせた罪は大きいわ・・・もう少し私に頭を撫で撫でされてなさい」

 

 

木更は今、恍惚に似たような笑みを浮かべて七海の頭を優しく撫でていた。 何故か七海の頭は撫でやすい感触がある。 撫でるとどこか気持ちよさそうに目を細めて、もっとくれ、とせがんで来そうな、これは例えるなら動物・・・具体的に言うなれば。

 

 

「七海ちゃんは犬ね!!」

 

「そんなはっきりと言われるとなんでしょう! 私傷つきますッ!! いや、確かに私、犬だけど!」

 

最後の方は良く分からなかった木更だが、構わず撫でるのを続ける。 困惑する七海が状況を打開すべく木更に提案する。

 

「師匠。 そろそろ例のブツが冷めてしまいます・・・稽古の時間も削られるので、早くしないと」

 

 

「あ、そうだった」

 

 

と名残惜しそうに七海の頭から手を離すと七海は背負っていた風呂敷からあるものを取り出した。

 

 

 

 

二つのおむすびと、金属のポットだ。

 

 

 

「いっただきまーす!」

 

 

まるで子供のような、嬉々とした表情で彼女は海苔が巻かれたおむすびにかじりつく。 中身を見ると、そこには梅が仕込まれていた。

 

 こんな姿を、社員である蓮太郎には決して見せまいと木更は内心でそう考えていた。 こんな子供からご飯を提供されているという事実を彼に知られたら多分自分は一生彼の手のひらで操られる人生を送ることになるだろう・・・大袈裟かもしれないが。

 

 

仕込まれていた梅の酸味を感じながら、彼女は次にポットから溢れ出る味噌汁を取るとプラスティックのスプーンで味噌汁をひとすすり。

 

 

「プロの味ね・・・これはッ」

 

 

「いや師匠・・・これ、レトルトです」

 

 

木更の表情が凍る。まさかここまで自身の舌が庶民派になっていたとは。 だが、彼女は天童の女、毅然として優雅に。 その乱れた心を相手に見せてはいけない。

 

 

「そう、レトルトとはつまり偽物・・・でも、これは偽物であるが故、本物を越えようとしているの七海ちゃん! 本物に近づこうとした偽物は、最終的に本物を超えるのよ! 偽物であっても本物に劣るという道理はないわ!」

 

 

どこのエミヤだ。と七海は突っ込みたくなるのだが、彼女のプライドに関わる問題なのかもしれないと察した彼女は首をこくりと、縦に降ってその場を凌ぐ。 どっちかというとその場を凌いだのは木更だが。

 

 

「でも、これ全部七海ちゃんが作ったの?」

 

木更の問に、七海が元気よく、はいっ! と答えた。

 

 

「味噌汁はレトルトですが、おむすびは私がしっかりと握りました。 スプーンは100円ショップで家に数袋貯蔵しています」

 

 

「へぇ、感心しちゃうわ。 こうして朝一食を条件に朝稽古をやる約束をしたけど、この際夜の分も作ってもらおうかしら」

 

「いや・・・ちょっとそれは難しいかな、と。夜は私も忙しいので」

 

 

ふーん、と木更は二個目のおむすびを手に取った。 彼女も小学生だ。 日々の勉強や宿題などもあるのだろう。その時間を削らせてまでこの道場に足を運んで貰うほど、自分は落ちぶれてはいない。

 

 

木更は知らないことだが、七海にとっての『夜の忙しさ』というのは別の意味合いがあるのだが。

 

 

 

「それじゃあそろそろ始めようかしら。 七海ちゃん、準備宜しくね?」

 

 

木更が全ての米粒を食し、味噌汁を掻き込んでそう言ったのを合図に七海は延珠にも負けないくらいの笑顔で床に持っていた竹刀を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――打ち込む。 

文字通り、七海は目の前に青眼の構えでこちらを見据える木更に対して、踏み込みからのひと振りを打ち込んだ。

 

 

木更と七海の竹刀が交差する度に、竹刀特有の渇いた音が道場内に響く音がなんとも気持ち良さを感じる。 二三度ほど、撃ち合う後で七海が突きを繰り出すと、木更は、おっ、という少々の驚きを感じたようで、その竹刀の刀身を横から軽く打ち付けて軌道をずらすと、間髪いれずに七海の脳天に竹刀の一撃が響いた。

 

 

 

「あぐぅ・・・」

 

 

公式試合でいう完璧な面による一本。 七海は頭を摩りながら目の前の木更を見る。彼女は構えを解くと、微笑みながらこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「びっくりしたぁ・・・最近、”突き”がかなりのレベルになってきてるわよ。 思わず反射的に打ち込んじゃった」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

悔しそうになりながらも、七海は褒めてくれた木更に対してそう返す。

 

・・・く、悔しいけど、まったく勝てる気がしない!

 

 七海は笑顔でこちらに視線を送る木更を見上げながらそう思った。 

天童式抜刀術の免許皆伝の天童木更の剣術はまさしく非の打ち所のない、精錬された物だった。 足の運びから竹刀の握り具合、肩の力の抜き方、踏み込み、全てが研ぎ澄まされており、一連の流れが一つの次元を超越しているように感じる。

 

 

――――――完璧。

その言葉が浮かび、恐らく能力を開放しても今の自分には勝てないだろうと、七海は顔をしかめた。

 

 

 七海にとって、剣術を教えてくれる存在が居るということは、殺しの腕を上げるという事に活かす事が出来る。 一応、八洲許からは時間の合間で何度か教えてくれることはあったが、表の仕事で時間が取られるので練習は独自で行えという彼の提案から彼女は木更を見つけたとき、歓喜した。

 

 

・・・最初は弟子入り断られたけど、頼み込んで三日目に『朝食持ってきます!』って言ったらOKしてくれたんだっけ? 懐かしいなァー。

 

 

「七海ちゃん」

 

 木更には自分が晴らし人であることもその素性を明かさず、単に剣道好きの少女として認識されたようだ。七海が過去を懐かしんでいると木更が口を笑みを浮かべて見せる。

 

 

「 一ヶ月程前最初は握り方から教えてたあの頃を覚えてるかしら?私はあの頃が懐かしいわ・・・って思うくらいに今の七海ちゃんは上達してる・・・でもまだ甘いわ。 まだ七海ちゃんの竹刀の振り方は力みすぎ」

 

 

そう言って木更は七海の背後に回ると、両の手を取って竹刀を構えさせた。

 

 

「あの・・・力み過ぎっていうのは?」

 

 

疑問を浮かべる七海に木更が、そうね、と自分の肩に手を置いてきた。 重量を感じさせないほどに柔らかな手が乗っかる。

 

 

「このへんかしら、まだ七海ちゃん、腕力だけで振ってる感じがするわ。 剣術は何でもかんでも力んだらダメ。 踏み込みもしっかりしないと、それだけで威力が半減するんだから」

 

 

「でも師匠、威力をあげようとすると力んじゃいます。 踏み込みの事を考えるとそっちに意識がいっちゃって・・・つまり両方なんてできません!」

 

 

「じゃあちょっと見ててくれる? 竹刀の振り方もやり方一つで段違いになるから」

 

反論してみせた七海に対して木更は竹刀を取ると、構えから一歩踏み込んで相手の面を叩く意識で竹刀をまっすぐ振ってみせた。

 

 

ブンッ、といったような重々しい音が響いて七海は食らったら痛そうだ、と思っていると木更が口を開く。

 

 

「今のが七海ちゃんの。 結構腕の力だけでやってみたのだけど、難しかったかしら・・・じゃあ次は私のやり方ね」

 

 

そう告げて、木更は一層目を細めると静かに、竹刀の軋む音すら立てずにその柄を握り返すと、目を大きく見開いて、素早い踏み込みからその竹刀を振るった。

 

 

ヒュンッ、と言う風を、空間を切り裂くような音を七海は聞いた気がした。 その音を聞いただけで背筋に寒気が走り、アレが真剣ならどれくらいの威力があるのかと考察する。やがて木更はその一本を振っただけで構えを解いた。 

 

 

「まず、音が違うの。 足の運びと踏み込みと竹刀の振りの連動。 これが出来るようになれば七海ちゃんもも抜刀斎を越える実力を身につけることが出来るわ」

 

 

「マジすか師匠」

 

「マジよ。 ほら、やってやって」

 

 

ふふ、と笑ってみせた木更に急かされて七海が竹刀を振るう、ブンッという木更の言う、良くない音が生まれると木更がまたしても背後に回った。

 

 

「もっと、力を抜いて・・・はい、手首の方も」

 

 

「むほっ!」

 

手首に木更の手が触れた瞬間、七海は襲ってきた背中の二つほどの柔らかい感触に驚いた声を上げた。

 

 

 

・・・や、やはりというべきか、デカイッ!!

 

剣術そっちのけで七海は煩悩を抱え込む。 この天童木更という女性は、顔立ちも目を惹く美しさもあるがその内に秘められた弾力を秘めた特有のプロポーションは周りの男共を釘付けにするだろう。

 

 

「あら、七海ちゃん。 まだ力んでるわ・・・心臓の音が早くなって出来ない事に焦っているのが丸分かり」

 

 

・・・違いますッ! あなたのそのダイナマイトバディに焦ってるのですッ! 自分の圧倒的実力の違いというものにッ! そうかわかったぞッ これが敗北の味だッ! おのれ脂肪の塊めッ!!

 

 

ぐいぐい、と押し込まれる二つの感触に七海は内心で続ける。

 

 

・・・ま、まだだ!まだ終わらんよ! 私はまだ、若干十歳。 師匠の年齢に並ぶまでには七年程の時間を有している・・・この意味が分かるか? 

 

 

 

自問自答しても答えが帰ってくるわけでもなく、剣術よりも煩悩に頭をやられた七海は突如として真顔で振り返って木更を見上げた。

 

 

「どうしたの七海ちゃん?」

 

 

首を傾げる木更に対して、七海は緊張からか喉を鳴らして鼻息を荒くしながら竹刀を置き、両手をわきわきと動かしながら木更に迫った。

 

 

「師匠ッ! おっぱいを揉ませてくださ――――――いッ!!」

 

 

「煩悩退散ッ お馬鹿ッ!!」

 

 

次の瞬間、目に見えぬ早業で振り下ろされた竹刀が七海の脳天に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・いやー、早く終わんねぇかな、割とマジで。

 

 

煙草の紫煙を撒き散らす男、八洲許勇次は第18地区警察署内、取調室でそんな事を考えていた。

 

 

よく刑事ドラマで見られるテーブルとライトスタンドに一枠の窓、真ん中に置かれた木製のテーブルなどを想像してもらえれば誰でも想像がつく。 今、ここでは『民警殺し』の被疑者に対する取り調べが行われていたのだ。

 

 

「だーかーらぁ!」

 

 

窓側に座った一人のタンクスーツの男が声を上げた。 ドクロのフェイススカーフで口を覆っているが布の動きで大きく口を開けて怒鳴っているのが分かる。

 

 

「俺はなんもやってねぇって言ってんだろうがッ! 俺はぜってー『民警殺し』に関係ねぇッ!!」

 

 

「おだまりッ」

 

 

その怒声をものともしないオカマ声が響く。 男の目の前で血眼でそう叫んだ男はこの第18地区のオカマ刑事で有名な田中熊九郎刑事課長だ。

 

 

「伊熊将監(いくま しょうげん)ッ、私の調べた情報によれば、貴方は殺害された全ての民間警備会社で数多くの因縁があるそうじゃないですかッ 過去に何度も乱闘沙汰になって怪我もさせたそうですねぇッ」

 

 

チッ、と舌打ちした後で将監と呼ばれる男は横目で田中を見据える。

 

 

「あー、確かにあったなぁ、でもあんなの、ただ向こうが勝手に因縁つけてきただけで、俺はその相手を軽く押しただけだ。 それなのに勝手に『骨が折れたー!』だのほざきやがってよ、ちゃんと社長からも通して全部の会社には謝ってんだよ」

 

 

だから俺はやってねぇッ、と気迫こもった、または明らかにメンチを切るような目つきで彼は田中を睨みつけると一瞬だけたじろいた田中はスタンドの角度を傾けてその光を浴びさせる。

 

 

思わず光量にまぶしさを感じた将監が顔を逸らして田中が強がったのか、近づけながら問い詰める。

 

 

「いずれ確たる証拠が見つかるでしょう・・・そうすれば貴方のプロモーター人生は終わりですッ IP序列千千五百八十四位!? 知ったことないッ 相手が誰だろうが、もし犯罪を犯し、世の全てを恐怖に陥れる輩とは私は全力で戦いますともッ」

 

 

 

・・・いい台詞だ、感動的だな、だが無意味だ。

 

 

「ゲフッゲフッ」

 

 煙草の煙でむせた八洲許が内心でそんな事を突っ込んだ。 こう自分に対して口うるさい上司ではあるのだが、警察としての責務の重さはちゃんと分かっているようなのでその心意気には感心している、ただ今回は全くもってその心意気は空回りしていると言ってもいいだろう。

 

 

なんせ件の『民警殺し』はもうこの世にいないのだから。 これが明らかに無罪放免になるのは時間の問題だろう。

 

だがこの馬鹿上司は、どうにもこの第18地区警察署のメンツなど気にしているからか、自分の地区内で起きた事件は何が何でも解決しなければいけないと思っている。 それが今回のような無駄な捜査を呼んでいるのだ。

 

 

ただ、それを黙って聞いている伊熊将監ではない。

 

 

「・・・・殺すぞ?」

 

 

 見開かれた三白眼が殺意を込めた台詞と共に田中に向けられると田中は思わず身体をビクつかせた拍子で持っていたスタンドをその机の上に落としてしまった。

 

 

「い、いずれ貴方には処罰が下るでしょう・・! や、八洲許さん! 私は少し休憩してきます! いいですか、私のいない間に抜け出したりしたらダメですからねッ」

 

 

「えっ!? ちょっ、田中さん!? どこ行く気ですか!?」

 

「と、ととととトイレですッ 一時間ほどッ すぐ戻りますッ」 

 

 

・・・全然『すぐ』じゃねぇッ!!

 

 

震え声でさっきは無かった余裕の表情はどこかへ消え失せて、田中は大量の汗を垂らしながら取調室から飛び出していった。 完全にビビっている。

 

 

 

「・・・・カッ」

 

静まり返った取調室に将監の呟きが一つ。 煩いのが居なくなったからか、将監は背もたれに完全に背を預けると両足を組ながらその足をテーブルの上に乗せた。

 

 

「おい渋野くん、カツ丼一つ持ってきてくれ」

 

 

先程までに田中が座っていた八洲許がダルそうに座ると、横の壁にて髪を垂らすエロゲ主人公風の男にそう頼むと彼は、はぁ、と呟いて取調室を出て行った。

 

 

完全な密室にて、八洲許と将監だけが残った。 先程まで八洲許の上司相手に喧嘩を吹っ掛けてた男だ。この状況で八洲許自身に何が起きても可笑しくはない。

 

 

 

「伊熊将監、IP序列千五百八十四番、所属は大手、三ヶ島ロイヤルガーター・・・結構デけぇところで仕事してるのね・・・どうよ、プロモーターって結構お金貰えんの?」

 

口を先に開いたのは八洲許だった。 それを皮切りに目の前の将監も答えを返していく。

 

 

「化物相手に身体張ってんだからそれなりだ・・・オッサン、無実の罪でここに拘束されてる俺、どう思うよ」

 

自嘲気味に答えた将監に八洲許は頭を掻いた。

 

 

「結構可哀想だなぁ、と思ったりするぜ俺。 でもまぁ、お前にも原因があると思うぜ。 お前さんのことはちょっくら調べさせてもらったが、どうにも黒い噂が絶えねぇ」

 

 

煙草の火を灰皿にて磨り潰して彼は続ける。

 

 

「例えば・・・お前が行ったお仕事、何度か別の会社とチームを組んだ仕事ではかなりの確率で一組のプロモーターが消息不明だ。 お前は途中ガストレアに食われたとか証言してるわけだが・・・」

 

「・・・・ふん、事実を言ったまでだぜ」

 

八洲許の問に視線を逸らした将監を見て、彼は目を細めて数度頷いた。

 

「ま、今行われてる取り調べはあくまで『民警殺し』についてだ。 ウチの上司は、お前の昔の事を根掘り葉掘り調べるだろうが、プロモーター消失の件については、ウチの上司が躍起になったところで肝心の死体がなけりゃなんも立証できねぇからな」

 

 

そして取調室の扉が開いて煩い上司が帰ってきたか、と思った八洲許だったがやって来たのは田中ではなく、渋野巡査だった。

 

 

お盆に乗せられて湯気を放っているのは丼に盛られたカツ丼だ。

 

 

「あっれー渋野くん、超早くなぁい? 出前って5分くらいで来るものだっけ?」

 

「はぁ・・・自分、一応今日の為に作ってきました・・・朝から」

 

「手作りかよッ しかも温め直しただけかよッ」

 

なんと温かみのないカツ丼だ。これでは某刑事ドラマ風に涙を誘えない、と八洲許はそれを受け取ると机の上に置いて渋野に手を振って、あっち行けと合図を送る。

 

 

最後に、はぁ、と訳が分からず取り敢えず出てけという意図を汲み取った彼は直ぐに取調室を出て行った。また二人だけの空間になったとき、八洲許は煙草を取り出して火を付けだした。 それを見て将監が口を開く。

 

「オイ、仕事しねぇのかよ」

 

そう言われて、八洲許はなにもない上の空間に紫煙を吐き散らした。

 

「どうせ今日の取り調べはもう終わりだ。 クソ上司・・・間違えた、田中さんはどっちにしろ一時間どころか、下手すれば今日はもう早退するかもしれん」

 

「へっ、根性無ししかいねぇのかよ、ここの警察は・・・俺はいつぐらいに出られる?」

 

うーん、と八洲許は腕を組んで唸った。

 

 

「そうだなぁ、今日はまず無理だし、早くて三日はかかるなぁ。お前らの身元を保証してくれる奴が居れば、早く帰れるかもしれねぇが」

 

「生憎、ウチの社長はロシアで新しい武器会社との契約中だ。 連絡取ろうにも、携帯は没収中だしよ」

 

 

そう薄目で八洲許は苛立ちを覚えている将監に対して内心で”しめた”と言葉を作ると真剣な顔で彼に言った。

 

「ひとつだけ方法があるんだが・・・」

 

 

八洲許は人差指と親指を合わせた。 無言の八洲許に将監はまた苛立つ。

 

 

「どういう意味だそりゃァ・・・あ?」

 

 

「まぁ、もしお前から俺に『いくらか』渡せるんなら、俺から上司に掛け合って一日くらい早めてやってもいいんだぜ? もし賛成なら、内密に頼むぜ」

 

 

八洲許が真面目に言うそれは、『賄賂』だ。 いくらかを渡す事で日数を軽くすることを言うのだろう。

 

 

「時代劇の見過ぎじゃねぇのオッサン」

 

「ここは時空がソッチ寄りなんだよ。 文句ならいくらでも言え、いくらでも聞いてやる・・・んでどうすんだよ」

 

 

「そうかよ。んじゃあ、俺からの回答を聞かせてやる」

 

 

将監は小さく笑って八洲許と向き合う。明らかにこちらを舐めきったような、姿勢で言うのだ。

 

 

 

 

 

 

「テメェら警察に媚を売るくらいなら死んだ方がマシだッ クソ野郎ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳だ・・・えーっと、伊熊将監のイニシエーター・・・」

 

 

「千寿夏世(せんじゅ かよ)です。刑事さん」

 

 

「ああ、そうだそうだ。 済まないな」

 

 

数時間後、休憩室を訪れた八洲許は革室のチェアーに腰掛けていた落ち着いた色の、長袖のワンピースにスパッツの少女を相手に言われて、頭を掻いていた。

 

「暇じゃなかったか? 休憩室はテレビもないし、漫画もなかったからな」

 

「それは勿論。 いきなりここに連れてこられて、ここに居ろと命じられたのですから」

 

彼女は伊熊将監のプロモーターで、取り調べが始まってから今の今まで、この場所で一人で居たらしい。

 

「誰もここに来なかったのか?」

 

 

「呪われた子供がいるというのが分かっている部屋に好んで来る人は居ません」

 

 至極当然、と分かりきっている事のように夏世は言うが、なかなか内容はヘビィな事である。 どんなに民警としての知名度が高かろうが、『呪われた子供』という邪魔な肩書きがあるために、周りの一般人からは腫れ物扱いされることは八洲許も夏世も分かっていたことである。

 

 

・・・やっぱイニシエーターってのは何かと不便だよなぁ。

 

 

 正直に八洲許は思った。この時、やっぱり七海をIISOに引き取らせなかった判断はまさしく正しい、一人で勝手に頷いていた彼である。

 

 

その時に夏世が、あ、と思い出したように呟いた。

 

「そう言えばお昼頃にカツ丼が届きました。 なかなか美味しかったです」

 

 

と、お盆に乗せられた丼を一緒に八洲許に見せると彼は首を傾げて夏世に問う。

 

 

「これは・・・どっから?」

 

 

「えーっと、ここで待っていたら急にエロゲ主人公風の前髪垂らした男の人が入ってきて、お茶と一緒に『はぁ』と言い残して置いていきました」

 

 

「あー、そりゃウチの新人の渋野だ。 他になんか変な行動は?」

 

「三十分後くらいでしょうか、いちごのショートケーキと置いていきました・・・紅茶もセットで」

 

随分と勇気のある行動をするものだ、と八洲許は思う。 

 

誰もが『呪われた子供』と聞いただけでその場所から逃げ出そうとする。 この警察署に民警ペアがくるという話が触れ回っただけで署内が大掃除波に慌ただしくなった程だ。 職務上、皆が仕方ないと言った感じで対応するが、中には本当に『恐怖』を抱いているものもいる訳で。 そんな中でも渋野巡査の行動は夏世にとって少しでも時間つぶしや、安らぎになったに違いない。

 

 

 

 

 

・・・さてはアイツロリコンだな!?

 

 

ちょっと気をつけよう、と思った八洲許だったが、また夏世が思い出したかのように人さし指を立てて言う。

 

 

「あと、勝手に写メ撮って行ったんですが」

 

 

・・・やっぱロリコンじゃねぇかッ!!

 

渋野の八洲許にとっての認識が重要危険人物と認定された瞬間だった。

 

 

 

「気を悪くしたんなら謝ろう・・・ところで、話は変わるんだがお前さんのプロモーターはどうにもウチの上司のせいで取り調べは数日はかかりそうだ。 お前さんをどっかで引き取ってもらえる場所とか連絡先ねぇか?」

 

本来なら一緒に居たイニシエーターの夏世も疑惑がかけられるのだが、どうにも田中は目の前の伊熊将監にしか目がないようで、彼女の事について聞くと。

 

 

『いいですかッ この子は命令されていた可能性があります。いかにこの子が呪われた子であったとしても、あの厳つい男に迫られたら従わざるを得ませんッ よって彼女には軽い質問だけで済ませますッ』

 

 

 

これを聞いて八洲許は絶対人相だけで決め付けてるよ、と思ってしまった。ただ、意外にも田中は幼女には優しいのかもしれない。

 

 

「ん? どうした。 引き取ってもらえる場所とかねぇのか?」

 

 

「まぁ、会社に戻れば寝泊りできるかもしれませんが・・・残念なことに社員食堂も閉まってますし、何より会社の営業時間はもうとっくに過ぎてます。 お金もありません」

 

 

つまり、と夏世は八洲許に言う。

 

 

「野宿確定です」

 

 

見つめるような視線で夏世が続けざまに何か不思議なジェスチャーをし始めた。

 

 

両手でお腹の部分を抑えて、悲しげな表情をしてみせる。

 

 

「なんでぇ、腹痛ぇのか」

 

 

「・・・・」

 

 

無言のまま、夏世はジェスチャーを続ける。 なんかクイズがいきなり始まったと焦った八洲許だったが、夏世のお腹が鳴ったのを聞いて、それ『お腹が空いた』という意味だったのを理解して溜息をつく。

 

 

「お腹がすきました」

 

「ついには声を出して言いやがった!」

 

 

それでも若干、恥ずかしかったのか夏世は声を少しだけ震わせている。 七海と同じ年頃を考えると、この七時を過ぎた時間帯では空腹になるのは当然だろう。

 

 

・・・弱ったなァ。

 

 

正直、この少女がお腹を空かせているのを見てしまうと、自宅のアパートで夕飯をせがんでくる七海の姿と酷くダブるのだ。 同じ年齢で、しかも同じ『呪われた子』だというと、尚更だが同情に似たような感情が湧いてしまうのは必然だといったところか。

 

 

 

「・・・そう言えば、最近牛丼食ってねぇな」

 

 

「・・・・!!」

 

 

八洲許のわざとらしく漏らした言葉に一瞬だが笑みを浮かべた。 それを見て溜息をついた八洲許は携帯を取り出して、七海に連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば刑事さんは私の事あまり怖がらないんですね」

 

 

「ん? ま、まぁ・・・お前らのような奴らの相手は慣れてるからな」

 

 

 





我らが闘神・将監さんなら、警察相手でもこれくらい噛み付くと思うんだ。 思ったより、仲間無用は長引きそうだ。





資料がてらに漫画版が欲しい。

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