鎮守府の片隅で   作:ariel

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第二話 小さなレディーと卵焼き

「電、雷、響?いくら美味しいからと言って、そんなにがっついては駄目よ?もっとレディーとしてふさわしい食べ方をしないと。」

 

「そう言われても、これは美味しすぎるのです。暁も私達と一緒の物を食べれば分かるのです。やっぱり、鳳翔さんのご飯は最高なのです。」

 

「そうよ。暁も、私達と一緒の物食べればいいのに!これ美味しいよ?」

 

「そうだよ、折角鳳翔さんが美味しく作ってくれたのだから、一緒の物を食べればいい…。」

 

今日は久しぶりに、第六駆逐隊の四人がお店にやってきました。この子達は新造艦だった時代、私が直接訓練に付き添っていたため、今でも私に懐いています。そのため今日のように、任務に出たついでに手に入れた魚介類を、私の元に届けてくれる事があります。もっとも、それを私に料理してもらって自分達が食べたいというのが、一番の目的のようですが。

 

今回は遠征の帰りに大量のキスを手に入れたようで、鎮守府に戻ってくると、すぐに私のお店に手に入れたキスを持ってきました。折角ですから、この子達の大好物のキスの天ぷらを作ってあげましょう。残念ながら私は天ぷら職人ではありませんので、どうしても本職の職人さんと比べれば衣が少し厚めになってしまいますが、それでも揚げたての天ぷらを直ぐに食べてもらう分には問題ないはずです。

 

しかも今日は、以前に金剛さんから頂いたカレー粉もありますので、大根おろしの入った天つゆの他に、カレー粉も出してあげましょう。キスのようなあっさりとした味の白身魚の天ぷらですと、カレー粉を使うと味にアクセントが出来て、美味しく食べられるのです。それに・・・第六駆逐隊の子達はカレーも大好きですから、きっと気に入ってくれるでしょう。

 

ところが、私が四人のためにキスの天ぷらを揚げていますと、横合いから酔いどれ軽空母がキスの刺身の注文を入れてきました。そしてあろうことか、第六駆逐隊の子達に向かって、『やっぱり、日本酒には刺身だな、ヒャッハ~』などとクダを巻いています。あぁ・・・そんな事を言われると暁ちゃんが・・・。

 

第六駆逐隊の四人の中で暁ちゃんはいつも背伸びをして、少しでも大人っぽい物を食べたがります。そして今回も、酔いどれ軽空母の言葉を聞いた暁ちゃんは、キスの天ぷらをキャンセルしてお刺身を注文しました。たしかに、この酔いどれ軽空母は姉妹揃って良いところの出ですから、暁ちゃんがあこがれているレディーなのかもしれませんが、姉の飛鷹さんはともかく、妹の隼鷹を・・・特にお酒が入っている時の隼鷹を見習って欲しくはありません。しかし暁ちゃんは、どうも隼鷹の方が好きなようですね・・・困ったことです。

 

まぁ、キスはお刺身でも美味しいですから良いのですが、お酒を飲まない暁ちゃんには天ぷらの方が良いと思うのです・・・キスの天ぷらは美味しいですよ?折角、カレー粉まで用意してあるのですから、本当は食べて欲しかったのですが仕方ありません。

 

「はい、暁ちゃん。注文したキスのお刺身よ。山葵は・・・いらないですよね?」

 

「いいえ、鳳翔さん。山葵もください。大人のレディーとして、山葵なしでお刺身を食べるなんて、ありえないわ。」

 

あらあら…先日も、山葵をつけ過ぎて大変な目にあったと言うのに…。まぁ、いくら小さなお客さんと言えども、お客さんはお客さん。それに、今回はこのキスを私のお店に持ってきてくれた大事なお客さんです。ですから、暁ちゃんの好きなようにさせましょう。

 

「おぉ~?暁は大人のレディーだなぁ~。そうだぞ、山葵がないお刺身なんて、本当のお刺身じゃないぞ、ヒャッハ~!さぁ~、山葵をしっかりつけて、パァーッといこうぜ、パァーッとな!」

 

「隼鷹…あまり暁ちゃんを焚き付けないで頂戴。」

 

第六駆逐隊の隣にいる酔いどれ軽空母も、日本酒を片手にキスのお刺身をパクついているのですが、また余計な事を言って、これ以上暁ちゃんを焚き付けないでもらいたいものです。

 

あぁ…暁ちゃん、そんなに山葵をつけてしまったら…とはいえ、私が今何か言っても、背伸びをしたい暁ちゃんが聞いてくれるとは思えません。あぁ…やっぱり…暁ちゃんは涙目になっています。この前も同じことをしたと思うのですが…無理をしないで欲しいものです。もっとも、あの年頃の子が背伸びをしたがる気持ちも分かるので、怒るつもりはないのですが・・・見ている方としては、心配になってしまいます。あらあら…電ちゃん達も心配そうですね。折角ですから、少し口直しになるような物を作ってあげましょう。

 

「暁ちゃん、大丈夫?良かったら、これから卵焼きを作ろうと思っているのだけど、食べていきますか?電ちゃん達もいかがかしら?」

 

折角ですから、電ちゃん達も誘ってあげましょう。

 

「う~ん…鳳翔さんの卵焼きは美味しいのですけど、ちょっと電達にはしょっぱいのです。」

 

「電、何を言っているの?あれが大人の味なのよ!私はいただくわ。鳳翔さんお願いします。」

 

「暁…そんなに無理しない方が…。」

 

そういえば、そうでした。私のお店の卵焼きは、あの人の好きな味に仕上げているため、少し濃い目の出汁を入れた出汁巻きです。ちょうど隣でクダを巻いている酔いどれ軽空母のようにお酒を好む艦娘達には物凄く評判が良いのですが、お酒を飲まない駆逐艦の子達には少し塩味が利きすぎているようです。…折角暁ちゃんに美味しい卵焼きを食べさせて口直しをしてもらおうと思ったのですが…いえ、この手で行きましょう。

 

「そうですね…それでは、折角ですから、長門さん御用達の特製卵焼きはどうですか?この卵焼きなら、電ちゃん達も気に入ると思いますよ。」

 

「長門さんの特別仕様ですか?それは、楽しみなのです!雷も響も一緒にいただくのです!暁も一緒に注文するのです!」

 

「そ…そうね。連合艦隊旗艦の長門さんの卵焼きなら、大人のレディーが食べるのにふさわしい卵焼きだわ。鳳翔さんもお薦めしてくれているし、いただくわ。」

 

流石に長門さんの名前の威力は絶大です。暁ちゃんも納得してくれました。しかし、長門さんは卵焼きだけは甘口が好きなんですよね。砂糖を入れて作るため、本当の意味での出汁巻きではないのですが、こういう卵焼きも美味しいと私は思います。

 

四人分の卵焼きですし、暁ちゃんは山葵にやられて、ほとんどキスの刺身も食べていないので、お腹が空いているはずです。少し大目に作るとして、卵は6個使いましょう。これをかき回して…牛乳と出汁を少々、そして砂糖を入れましょう。これに甘みを増幅せるために塩も少しだけ混ぜます。これで、フワフワの甘い卵焼きが出来るはずです。砂糖が入っているので、焦げやすいのが難点ですが、この鳳翔の手にかかれば問題ありません。うちのお店の出汁巻きは、普段は大根おろしや醤油を一緒に出しますが、この甘い卵焼きには余分な物は必要ありません。卵焼きだけで十分美味しく食べられるはずです。…さて、これを少しだけ厚めに焼いて…後は上手に回転させて…えぇ、上手く出来ました。

 

「はい、四人とも、出来ましたよ。長門さん御用達の特製卵焼きです。熱いうちにどうぞ。」

 

さて、どんな反応でしょう。あらあら…四人とも気に入ったようですね。暁ちゃんも、物凄い勢いで食べています。やはりお腹は空いていたのですね。それに、こういう甘い卵焼きの方が、やはりこの年頃の子達には合うようです。

 

「こ…これは!流石に長門さん御用達の卵焼きね。レディーが食べるのにふさわしい卵焼きだわ!」

 

「とても甘くて、柔らかくて美味しいのです。電も長門さんの卵焼きが大好きなのです。暁…もっとゆっくり食べるのです。そんな食べ方はレディーではないのです!」

 

「これは…素晴らしいな。スパシーバ。」

 

「雷も気に入ったわ。こんなにふっくらして甘い卵焼きなら、毎日でも食べたいくらいよ。」

 

少し邪道なのかもしれませんが、牛乳を卵に混ぜる事でふんわりとした卵焼きになります。しかも、結構な量の砂糖と塩を少々入れた事で、甘みもばっちり。それに少々とはいえ出汁もちゃんと入っていますから、旨みも問題ありません。どうやら駆逐艦の娘達の好みにピッタリあったようです。このレシピが、長門さん御用達というのが面白いところなのですが、こういう物の好みは千差万別。空母娘の中でも、あまりお酒が飲めない瑞鶴さんや大鳳さん達もこちらの方が好きなようですし、裏メニューとして意外に私のお店でも人気があるのです。

 

「卵焼きは…出汁巻きが絶対正義!甘い卵焼きなんて・・・邪道だぁ~!ヒャッハ~!」

 

「飛鷹さん?隼鷹を連れてそろそろお帰りなさい。隼鷹は飲みすぎです。」

 

…本当に、空母には手のかかる娘が多いです。そこで卵焼きを嬉しそうに食べている駆逐艦の子達のように素直な娘はいないのでしょうか…。

 




卵焼き・・・これは、色々な好みがあるので、飲んでいる時にこの話題になると、仲間内でも激論になる事がしばしば・・・おぃw。しかし大別すると今回の話にように、料亭風のしっかりした味の出汁巻きか、砂糖を加えた甘口のどちらかに好みが別れるような気がします。牛乳を入れると、一気にふんわり感が出ますが、これは少数派でしょうか・・・。ちなみに作者の好みは、隼鷹と同じく、出汁がしっかり入った少し味が濃い目の出汁巻きです。とはいえ時々ですが、家内が気まぐれで作る砂糖入りの卵焼きも好きでして・・・。まぁ、結局どっちも好きという事ですねw。牛乳を入れるのは少数派かもしれませんが、意外といけますので、機会がありましたら是非w

ちなみに前半部分のキスの天ぷら。作者大好きですw。個人的には白身魚の天ぷらは、天つゆよりもカレー粉が好きなのですが、皆さんはどうでしょうか?天ぷら屋などで注文すると、カレー粉だけではなく、抹茶塩で出してくれる所もありますが・・・個人的にはカレー粉の方が好きですね・・・。

今回も読んでいただきありがとうございました。一応、可能な限り一週間に一話の投下を考えていますので、よろしくお願いします。やっぱりこういうお話は、夕食が終わった後の時間でないと(夜中になる前で)駄目ですよねw。

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