なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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帰リタクナイ


……悪夢ダ。

「…お」

 

 必滅の意志を体現する波動の連弾を前に、時雨は自ら『死』へと踏み込んだ。

 逃れられない『死』を前にバイドの本能と艦娘である『時雨』の本能が『生』を求め死中の中に手を伸ばす。

 

「おおぉぉぉおおおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!!!」

 

 魂を振り絞るように喉から咆哮を迸らせながらフラワー・フォースを盾に波動砲の群れへと正面から突っ込む。

 貫通力の低いハイパー波動砲はフラワー・フォースの防御フィールドに阻まれるも、もとより手数による瞬間火力を重視したハイパー波動砲はその手数を以てフラワー・フォースの防御フィールドを急速に減衰させフォース本体へと牙を伸ばす。

 

「…ごめん」

 

 時雨は限界が差し迫るフラワー・フォースを古鷹目掛け投擲。

 投擲されたフラワー・フォースは波動砲を打ち消しながら古鷹へと迫るも数多の波動砲の前に防御フィールドは耐えきれず波動砲の直撃を食らい消滅。

 フラワー・フォースの身を賭して生み出した隙間へとそのまま時雨は身を投じる。

 フラワー・フォースの献身によりハイパー波動砲の残りは15発。

 一発でも直撃を喰らえば終わる死の連牙に対し時雨はその最初の二発を身を捩って避け、その隙間を埋めるよう飛来する波動砲を這うように伏せて回避。

 アメンボのように四肢を着いた体勢から水面を蹴って跳躍し次弾を回避した時雨は本能に導かれるまま魚雷を全弾破棄。

 時雨から零れ落ちた魚雷は時雨が着水するはずだった地点を通過した波動砲に打たれ爆発。

 猛烈な爆風が時雨の身体を吹っ飛ばして更に前へと押し出す。

 着水した時雨は距離が狭まり更に猛威を翻す波動砲を片足で水面を蹴って左に跳んで躱すも、完全に避けきれず足の肉を抉られる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 熱と波動の二つの痛みが神経に直接火鉢を突き立て掻き回したような激痛という形で傷口から荒れ狂うも、時雨は泣き叫びたくなる激痛に歯がひび割れるほど食い縛って耐え右手の逆手に握った主砲を前に翳し水面を蹴って前に。

 跳んだ先に待ち受けるハイパー波動砲は翳された主砲にぶつかり爆散するが、コンマの差ですり抜ける事に成功した時雨は次なる波動砲へ主砲を盾にしたために使い物にならなくなった右手を叩き付け直撃を防ぐ。

 下手をしなくとも大和級の火力を秘めた波動砲へと叩き付けられた右手は肘から先を血煙さえ残さず消滅させるも、既に痛みを訴える暇に『死』に食い千切られると気付いたバイドの意志により痛覚を捩じ伏せられた時雨は構わず前進。

 バイド化で強化された筋力がその限界の更に上の出力を発揮するためぶちぶちと筋繊維を千切らせながら時雨の足を奮わせ身を削ぎながらハイパー波動砲を掻い潜る。

 

 残り三発。

 

 頭上を波動砲が掠め髪飾りが消し炭となっていく中時雨は踏み込む。

 

 残り二発。

 

 使い物にならなくなった艤装を脱ぎ捨てそれを足場に跳ぶ時雨。

 足場にされた艤装が波動砲を食らい爆発。

 

 残り一発。

 

「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□!!!!????」

 

 ボロボロの足に波動砲が当たり消し飛ぶも残る片足で水面を蹴って声にさえならない叫びを上げながら時雨は残った左手に己の波動を込めたバイドの種を握った拳ごと古鷹へと突き出す。

 この種は触れたものを有機、無機物問わず養分として喰らい花を咲かせる暴食の仇花。

 更に時雨の波動を込めたことにより喰らった相手のエネルギーを時雨に送信する副次機能も有しており、触れれば最後、相手はその全てを時雨の糧となる。

 ハイパー波動砲の反動で動けない古鷹目掛け切り札を叩き込もうとする時雨だが…

 

「ストラグルビット」

 

 突き出された左手はそれまで沈黙していたシャドウビットの突如の横槍によりに弾かれ不発に終わった。

 

「……ぁ」

 

 勝てたと。そう過った希望がたった刹那の間に打ち砕かれ茫然と失った左手のあった場所に目線を向ける時雨に古鷹は告げる。

 

「さよなら、時雨(バイド)

 

 直後、背後から強襲したサイクロンフォースが放つイオンリングがかつて時雨であった一体のバイドを駆逐した。

 

 

 

 

 古鷹が時雨を撃破したのを遠目に確認した響は身を預けるバイドツリーに縫い止める液体金属の槍を一瞥してアルファに向きなおる。

 

「……残念だけど私から教えられるのはさっきまでので全てだよ」

 

 制空権を取り返したアルファは追い詰め完全に無力化した響に止めを刺さず、如月牛星の現在地を含めた知りうる全ての情報を吐かせていた。

 とはいえ二人はバイド汚染が発症したため『廃棄』され、フォースの餌とされそうになったところでバイドの時空間干渉能力に目覚め次元の狭間を逃げ込むことで一命を拾ったため答えられた事は殆んど無かった。

 

『……ソウカ』

 

 響が嘘を言う理由はなく、アルファはもう生かしておく理由も無くなったと最後に確認した。

 

『降伏スルツモリハナインダナ?』

 

 アルファとしては早急に抹殺するべきだと思っているが、イ級や古鷹達はそうとは思わないだろうと尋ねるが、その答えは概ねアルファの予想通りのものだった。

 

「姉妹を諦めるつもりはないよ。

 というより、流石にこの格好は恥ずかしいんだ。

 おまけに結構痛いし。

 終わらせるなら早くしなよ」

『……ワカッタ』

 

 その答えにアルファは縫い止めていた液体金属を操作し浸食を開始する。

 適温のお湯に浸かり溶けていくような心地好さにも似た感覚が全身に広がるのを感じ、同時にそれが終わらせようとしているのだと理解した響は皮肉げに言う。

 

「内側からじわじわとか、意外と変態だったんだね?」

『……オ望ミナラ発狂スルレベルノ痛ミニシテヤロウカ?』

 

 尋問のため先程まで串刺しにしていたせめてもの詫びをそう言われかなり本気でそう返す。

 

「冗談だよ。

 さっきまでとはまるで別人みたいだからついね」

 

 情け容赦の欠片もない、悪魔としか表現出来ない冷酷さで尋問していたときの態度からは想像もつかない様子に苦笑すると響は目を閉じ幹に身を預けた。

 

「…悔しいなぁ。

 だけど、これでよかったのかもしれない…」

 

 姉妹を救いたい気持ちは微塵も変わらない。

 敵艦を見付けるため果敢に探照灯を翳したため碌に戦う間もなく沈んだ暁。

 広い海の真ん中でひとりぼっちで沈んだ雷。

 そして自分に当たるはずだった魚雷を身代わりになるような形で受け沈んだ電。

 そのどれも救う(変える)ことが出来ず遠く離れた場所で静かに終わる。

 

「……ああ、そうか」

 

 響はふと気づく。

 自分は今、『響』という艦の辿った最期と同じ、故郷から遠く離れた場所で誰にも知られず終わろうとしている。

 鉄のカーテンと次元の壁とあらかさまに違うものであるがどちらにしろ自分が潰えた事を知る術が殆んど無いことに変わりはない。

 

「変えようと…した結果……ただ……なぞってい…ただけ……だったなんて…………なんて……いう悪夢……だ…い………?」

 

 そう言い残し、響は静かに意識の手綱を手放した。

 

『……』

 

 眠るように終わった響を見届けたアルファは遺骸を丁寧に抹消するよう液体金属に命じ古鷹の元へと向かう。

 

『古鷹』

 

 何かを包むように両手を握りしめ悼むように俯く古鷹に声を掛けると、古鷹は静かに言葉を溢す。

 

「これで、良かったんでしょうか?」

『……』

 

 その問いにアルファはすぐに答えを発さなかった。

 バイドの脅威を未然に防いだことは間違いなく正しいと、アルファはそう言い切れる。

 だが、それで終われるほど感情は単純ではない。

 だからこそアルファは告げた。

 

『…ナルベクシテナッタ。

 ソレガ結果ダ』

 

 二人の願いを諦めさせる事が出来なかった時点でこの結末は決まっていた。

 違うものがあったとするなら、それは勝敗が逆であったかもと言う程度の些細なif。

 

「……そう、ですね」

 

 冷たく突き放したようにも聞こえる答えに古鷹は静かに頷く。

 今この現実が他ならぬ自身で選んだ答えの結果なのだ。

 それを否定することは許されない。

 想いを新たに古鷹は疑問をぶつける。

 

「アルファ、この森はどうなるんですか?」

『遠カラズ消滅スルダロウ』

 

 中核である『番犬』は既に亡く、代理を担っていたのだろう時雨と響も倒された以上、『暗黒の森』は滅びるのを待つだけ。

 その答えを聞いた古鷹は握りしめていた手を開きアルファに言った。

 

「ひとつだけ我が儘を聞いてもらえませんか?」

『ナンダ?』

「これを植えてあげたいんです」

 

 そう示したのは最期に時雨が使おうとしたバイドの種。

 掌に乗せた種に目線を落としながら古鷹は言う。

 

『古鷹…』

「間違っているのは解っています。

 だけど、何も残らないのは悲しいから…」

 

 諌めようとするアルファにそう古鷹は頼み込む。

 

『……仕方ナイ』

 

 バイドを放逐し万が一が起こるかもしれない愚劣を犯すべきではないと声高に叫ぶ理性を捩じ伏せ、アルファは小さくごちると古鷹から種を取り上げ『番犬』が座していた跡へと向かった。

 

「アル『流石ニ持チ帰ルコトハ認メラレナイ』

 

 古鷹の言葉を遮り途中で水面に浮かんでいた響の帽子も回収しつつ、アルファは種を折れた大樹へと放った。

 種は幹の隙間に挟まると早回しにされた記録映像のようにたちまち殻を割って根を張り小さな芽を咲かせる。

 

「あ、」

 

 小さく驚く古鷹にアルファはわざとらしく言葉を発する。

 

『コレハ困ッタ。

 コノ種ヲソノママニシテオケバ新タナ中核トナルカモシレナイ。

 ガ、Δウェポンモ使エナイ疲弊シタ私デハ止メル術ガナイナ』

 

 全く困ったふうには見えない様子でそう嘯きながらアルファは古鷹に向き直る。

 

『古鷹、頼メルカ?』

 

 わざとらしくそう言うアルファに古鷹は花が咲くような笑顔で答える。

 

「ごめんなさい。

 私ももう暫くは波動砲を撃てそうにありません」

 

 笑顔で大嘘をつく古鷹をアルファは一切咎めず仕方ナイと言った。

 

『ナラ、撤退スルシカナイナ』

 

 そう言うとアルファは纏っていた液体金属を使い即席のゲートを作成する。

 

『出口ハ島ノ地下ニ繋ゲテアル。

 古鷹ハコチラカラ脱出シテクレ』

「アルファはどうするんですか?」

 

 一緒にいかないのかと問う古鷹にアルファは海上ノ森ノ処理ガ残ッテイルと告げた。

 

「……そうですか」

 

 残念そうにしながらも古鷹はわかりましたと頷く。

 

「帰ってくるまでに私もバイドルゲンを出せるようにしておきますね」

『……エ?』

 

 唐突かつ割りと本気で耳を疑う台詞に固まるアルファを尻目に古鷹は気恥ずかしさの混じる笑顔でゲートを潜り島へと帰還した。

 一人残されたアルファは暫しの硬直の後…

 

『……ナンデコンナコトニナッタンダ?』

 

 主人が何故この台詞を多々口にしていたのか僅かばかり理解したのであった。

 

 

~~~~

 

 

 アルファがこの先に待ち受ける避けようのない絶望(風評被害)に対し途方に暮れていた頃、イ級はイ級でピンチを迎えていた。

 

「ふふふふふ…」

 

 くちくいきゅうに変化したイ級の目の前には、目を血走らせ鼻息荒く両手十指をわきわきと蠢かせながらイ級に迫ってくる痴じもとい戦艦長門。

 昼間味わったくちくいきゅうの抱き心地がどうしても忘れられず、深夜を迎え就寝時間の隙間を狙いくちくいきゅうをもふりに忍び込んだのだ。

 その執念は所見であるトラックのそれも元帥閣下の逗留のため最大にまで引き上げられた警戒網を完璧に掻い潜る始末。

 そうしてイ級が居る部屋まで忍び込んだ長門は、更にこんな時間にやって来た事を不思議がる陽菜を口八丁丸め込み二人っきりにしてもらえるよう出ていかせた。

 長門としては陽菜もセットでかいぐりしたおしたかったが、欲張って叢雲に気付かれてはもとも子もないと涙を飲み我慢した。

 そして目の前の獲物(くちくいきゅう)は何も知らずくぅくぅと寝息を起ててお休み中。

 正に万事長門の願い通り。

 

「くふふふふ」

 

 憲兵さんが見たら即座にしょっぴかれるだろう怪しい笑みを浮かべながらその魔手を伸ばす長門。

 しかし、救いの手は存在した。

 

「あの~」

「っ!!??」

 

 恐る恐るといった様子で掛けられた声に思いっきり背中を跳ねさせてしまう。

 

「誰……なんだ、お前か」

 

 場合によっては口封じ(物理)も視野に入れていたが、そこにいたのは見つけた瞬間一匹残らず駆逐したくなりそうなデフォルメされた白い猫がプリントされたパジャマ姿の大和だった。

 

「どうしたこんな時間に?」

「あの、それ、私の台詞です」

 

 多少馴れている長門にさえ発揮されるコミュ症によりしどろもどろそう返すと大和は寝こけているくちくいきゅうに気付いた。

 

「あの、なんですか? ソレ?」

 

 そう示された長門は焦る。

 くちくいきゅうもとい駆逐棲鬼が此処に居ることを知っているのは元帥とその直属だった古参艦のみ。

 大和の性格から言い触らす真似は出来ないだろうが、だからと言って気づかれていいというわけではない。

 ましてやここから叢雲に話が流れれば長門は地位的な意味で死ねる。

 

「う、うん。これはだな…」

 

 いっそ物理的に黙らせ夢だったことにしてしまおうと拳を握る長門だが、

 

「何でお前がそこにいる大和」

 

 ぞっとする怒りを孕んだ声が背後から放たれた。

 




お待たせしました。

時雨も響も自分は好きです。 

ですので今更ですが他の結末は無いかとも考えましたが、好きだからこそ初志貫徹こそ礼儀と書ききりました。

次回は大和(喪)とイ級のターンです。

俺、次を書ききったら番外編書くんだ…

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