なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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戦うしか無いんですね……


やっぱり

 幾重にも重なりあった暗闇の空間を越えた先に待っていたのは…アルファがもう二度と目にする筈のない光景だった。

 

『此処ハ…』

 

 日の光の差さない暗闇の中に幾重にも続くバイドツリーの森。

 バイドツリーを住処とする虫型や爬虫類型のバイド達が織り成す生態系。

 それらの中で蛍のように瞬きながらゆっくりとした動きで浮遊するバイドの光球。

 身の毛もよだつような悍しい、それでいて人知を越えた幻想的ともいえる光景はアルファが知っている『暗黒の森』と非常に酷似していた。

 違いがあるとすれば艦娘の性能を十全発揮するため足元をコールタールのように黒い水が地面を何処までも覆い尽くしている事か。

 

「…不思議な場所ですね」

 

 盛大な出迎えも覚悟していた古鷹はその穏やかとさえいえる風景にそう漏らす。

 しかしアルファは何も応えず静かに機首を森の中心に向けゆっくりと進み出す。

 

「アルファ?」

 

 いつもと違う雰囲気に不安を覚えた古鷹だが、アルファはまるで気付かず先へ先へと進んでいく。

 まるで夢遊病を患ったかのように無言で進んでいくアルファを追った先にあったのは根本から折れたらしき大樹の痕跡。

 

『……馬鹿ナ』

 

 折れた大樹に残る波動の残滓はアルファの友人だった『番犬』のもの。

 つまり此処は、正真正銘アルファがかつて流れ着いた『暗黒の森』だったのだ。

 だがそれはそれでおかしいのだ。

 この森は『番犬』が核となることで存在を維持していた空間。

 仮に別のバイドが新たな核として成り代わったのだとしたら暗黒の森は嘗てのようにこれほど穏やかな地ではなくなっている筈。

 それ以前にこの世界のバイドは【operation last dance】の発令によって中核から根絶されている筈なので暗黒の森が残っている筈が無いのだ。

 自身の知識に当て嵌まらない状況に困惑を隠しきれないアルファ。

 

「アルファ…」

 

 その様子に意を決して古鷹は問いを投げる。

 

「アルファは、この場所を知っているの?」

『此処ハ『暗黒ノ森』。

 嘗テノ私ト同ジク悪夢ニ囚ワレタ戦士ガ生ミ出シタ世界』

「アルファと…同じ……」

 

 それはつまり、バイドと戦い、そして帰る場所を無くした悪夢の被害者。

 なんと言えばいいか迷う古鷹だが、古鷹が口を開くより先に別の声が割って入った。

 

「そして僕たちがやり直す始まりの場所」

 

 その声に正体を確かめた古鷹はやはりかとそう思った。

 

「君達には失望したよ。

 取り戻せる可能性を自ら放棄するなんて」

 

 そう批難したのは暗黒の森の暗闇の中でも自らを主張するような『黒』を纏った少女。

 背に主砲を二つ格納した黒い艤装を背負い黒い長い髪の毛を三つ編みにまとめ黒い女学生服を着る少女の名を古鷹は知っていた。

 

「やっぱり貴女だったんですね『時雨』」

 

 白露型二番艦、時雨。

 それが少女の名であった。

 古鷹の言葉に時雨は小さく笑う。

 

「やっぱり気付いてたよね」

「…ええ」

 

 最初はあの場所にバイドが繁茂したことはただの偶然と思った。

 だが、過去の改変を望む意志を抱いていたことを知ってからは古鷹はバイドが発生したスリガオ海峡という場所とバイド化した艦娘には接点があるのではと考えた。

 そしてその中で筆頭に挙がるのはスリガオ海峡で凄惨な壊滅を辿った西村艦隊。

 更に言うなら西村艦隊の中でも唯一生き残った時雨はその事を強く引き摺っている。

 過去に沈んだ艦が大半を占める日本の軍艦を基とする日本の艦娘達の多くは過去に囚われているといっても過言ではなく、中でも時雨は殊更それが強く西村艦隊の記憶に執着する節が見受けられる艦娘である。

 なればこそ、この状況は彼女がバイド化したと考えるのが辻褄が揃いやすかった。

 時雨は琥珀色に染まった瞳で古鷹を見ながら問う。

 

「どうしてだい?

 どうして、貴女は過去をやり直そうとは考えないの?」

 

 その問いに古鷹ははっきり答える。

 

「変えたいですよ」

 

 繰り返された悪夢に古鷹はあの絶望をなかったことにしたいと確かに願った。

 だけど、

 

「それも含めて『私』なんです」

 

 加古を目の前で失った絶望も、自身が沈んだ無念も、最期は青葉を独りにしてしまった後悔も、それらの負の記憶と想いも含め『重巡古鷹』を形作る礎なのだ。

 それをねじ曲げる事を古鷹は由とは思えない。

 そう答えた古鷹を真後ろから投じられた新たな声が否定する。

 

「自分勝手だね」

 

 反射的にそちらを振り向いた先に居たのは暗闇を拒絶するような白。

 特Ⅲ型駆逐艦の型の白い艤装を背負う白い帽子を被った白い髪の少女。

 その顔をアルファは知っていた。

 

『…『響』カ』

「『ヴェールヌイ』。

 今の私はそう呼ばれているけど、そっちで呼んでくれるならその方がいいな」

 

 かつてイ級にバイド化の選択肢を知り得させる切っ掛けを与えた艦娘と同じ艦娘は琥珀色に染まった瞳でそう言う。

 

「まさか、もう一人居たなんて」

 

 思いがけない展開に緊張を高める古鷹に響は不機嫌そうに言い放つ。

 

「古鷹。貴女の言い分は確かに正しいだろうけど、それで沈んだ妹が納得するなんて本気で思ってるのかい?」

「それは…」

「解らないよね」

 

 答えを先回りされ古鷹は口をつぐむ。

 そこに畳み掛けるように響は言葉を叩きつける。

 

「私は貴女とは違う。

 例え私が電が望まなくたって私は電を助けたい。

 あの30分がやり直せるというなら、それで私がどうなろうと構わない」

 

 駆逐艦電は響の目の前で沈んだ。

 それも配置交換を行ったたった30分後にだ。

 その事を知る古鷹は悲痛に顔を歪める。

 

「電だけじゃない。

 雷も暁だって助けたい。

 そのためなら私はなんでもやるつもりだ。

 それが許されないって言うなら、許さない全部を私が逆に壊してやる」

 

 世界を敵に回してでも姉妹を救いたいと宣う響の瞳にはバイドらしいあらゆるものへの憎悪が宿っていた。

 

『自分勝手ダナ』

 

 響の言葉をそっくり返してやるアルファに響は否定しないよと応える。

 

「たとえ電達が私を許さなくてもいい。

 沈みさえしなければ、それでいいんだ」

 

 自己満足だと理解して、それでも止まらないと言う。

 

「協力、してもらえないかな?」

 

 そう望む言葉に先にアルファが問いを投げる。

 

『何故自分達ダケデヤラナイ?』

 

 二人が本気で事を起こしたいならわざわざ古鷹を仲間にする必要はない筈。

 そう疑問をぶつけるアルファに時雨は自嘲気味に言う。

 

「情けない話だけど、僕たちの力だけでは過去には行けなかったんだ」

「だから、私にあれを…」

 

 過去の悪夢を見せ無理矢理仲間にしようとしたと言われ微かに敵意を抱く古鷹。

 それに響が待ったを掛ける。

 

「それは私が一人でやった事だよ。

 時雨は責めないでほしいな」

 

 そう自ら罪状を告白する響。

 そしてアルファは更に問いを投げる。

 

『ソレトモウ一ツ。

 コノ森ノ主ヲドウシタ?』

「僕たちが此処に着いたときにはもういなかったよ」

 

 その言葉を信じるなら『番犬』はマザーの撃破に引き摺られて消滅したのか或いは……。

 どちらにしろ、どんな形であれ友となった彼は悪夢から解放された事は確からしい。

 

『……ソウカ』

 

 その言葉を聞きアルファはフォースを構える。

 それに対し時雨と響もフォースを携える。

 

『『フラワー・フォース』ト『ミスト・フォース』……成程』

 

 アルファは二人がそれぞれ携えたフォースの形状から時雨達が古鷹のメガ波動砲を求めた理由を理解した。

 時雨が携えたのは花の蕾を彷彿とさせる『フラワー・フォース』。

 そして響の携えるのは霧を纏う『ミスト・フォース』。

 そのどちらも専用の機体のフォースでありその機体と敵対すれば非常に厄介ではあるが、同時にそれらの機体の波動砲や専用のフォースで亜空間を越えた先の時間軸に干渉する事は非常に難しい。

 

『『ジギタリウス』ト『ミスティ・レディ』カ』

 

 フォースだけではどの段階かまでは判別がつかないためそれぞれの系統の名を挙げるアルファ。

 と同時に自身とフォースに未だまとわり付いたままの液体金属が無かったら勝機は薄かったとも考えていた。

 臨戦態勢に移る二人とアルファに古鷹は問う。

 

「どうしても、戦わなきゃ駄目なんですか?」

 

 バイドとの戦はその破壊衝動のためにどちらかが確実に消滅するまで止まらない。

 それが同じバイド同士ともなれば破壊衝動は相乗効果で更に加速し、最悪共倒れになる可能性さえある。

 自身と同じ境遇にある二人をなんとか救えないかと願う古鷹だが、返された答えは拒絶であった。

 

「私たちは止まれない」

「だから協力出来ないなら力付くで従ってもらう」

 

 そう宣う二人に更にアルファも告げる。

 

『諦メロ古鷹。

 アレラハモハヤ艦娘デハナイ』

 

 悪魔(バイド)ダ。と。

 

悪夢(バイド)ハ殺ス。

 例エ矛盾シテイヨウト、ソレガバイド()ノ存在理由ダカラ』

 

 バイドの力を以てバイドを制す。

 奇しくもバイドを倒すために共に将来をと願った相手の尊厳を奪い去ったteam R-typeの指標を引き継ぎこの世界で生きると決めたアルファは、二人をバイドとして『処理』すると決意しフォースを構える。

 二人が何時汚染されたのか、どうして遠く離れた場所にあった筈のこの暗黒の森がこんなにも近くに移動していたのか、聞きたいことはまだ山程あるが、アルファはそれらの疑問をすべて切り捨て目の前のバイド()に殺意を放つ。

 

「どうあっても邪魔をするんだね?」

『答エルマデモナイ』

「なら、殺りますか」

 

 響から発せられた軽い口調が皮切りとなり時雨と響、そしてアルファが動き出した。

 

 初手はアルファ。

 

『喰ラエ!『フォース波動砲LM』!!』

 

 身を包む液体金属にチャージした波動を流し増殖した液体金属を物質弾として切り離しフォースからも同様に切り離した液体金属弾を時雨と響のそれぞれに撃ち込む。

 

「残念だったね」

 

 しかし二人は携えたフォースで液体金属弾を防いだ。

 液体金属はフォースが放つ力場に分解され消滅。

 そして反撃の砲火をアルファに向け放つ。

 

『ソノ程度』

 

 波動砲ではない艤装を用いた通常砲撃の弾幕をアルファはザイオング慣性制御とフォースを駆使し危なげなく回避。

 お互いに様子見の初撃が止み互いに今の結果から得た成果を反芻する。

 

「アレが壊せないとなると厄介だね」

 

 二人が波動砲を使わなかったのはアルファのフォースが破壊可能なのかを確認するためであった。

 一方一旦距離を取るため後ろへと下がったアルファは波動砲の手応えから時雨達のフォースは破壊可能であると核心を得ていた。

 

『勝機ハ十分…』

 

 森の枝葉により高低差を生かしきれない地形的な不利を加味しても倒すことは不可能ではないと判断したアルファだが、次の瞬間轟音を発てながら自身目掛け倒れかかるバイドツリーに目を疑う。

 

『何!?』

 

 急ぎバイドツリーを回避したアルファだが、最初の倒壊を皮切りに次々とバイドツリーがアルファ目掛け倒れ掛かる。

 

『マサカ、森ヲ操ッテイルノカ!?』

 

 連続して起きた不自然な倒壊によって退路を塞がれたアルファは望まず時雨の正面に立たされる。

 

「もらったよ!」

 

 フラワー・フォースの触手を閉じ蓄積させたエネルギーをバイドの種子に乗せ放つ。

 更に軽量な体躯を活かした響が倒れ行くバイドツリーを足場として駆け上空からアルファ目掛けミスト・フォースから射光を放つ。

 

「Ура!」

『クッ!?』

 

 どちらを防いでも片方は喰らう状況にアルファは至近距離まで詰めに掛かる響の迎撃を図る。

 

『貫ケ!!』

 

 フォースが纏う液体金属を槍状に伸ばしレーザーを受けとめ更に響を貫こうとするが、響は霧を蹴って(・・・・・)刺突を回避。

 そして無視するしかなかった時雨の放った種子がアルファの身を穿とうと迫る。  

 

「やらせません!!」

 

 しかし時雨が放った種子は射線に踏み込んだ古鷹のサイクロン・フォースに切り裂かれた。

 

『古鷹!?』

 

 驚くアルファに構う暇もなく古鷹は倒れ掛かるバイドツリー目掛け義手を向ける。

 

「メガ波動砲!!」

 

 義手から放たれた閃光が幹を飲み込み消し飛ばす。

 バイドとはいえ艦娘との戦いに参加させるつもりはなかったアルファに古鷹は時雨達に義手を構えながら告げる。

 

「今更、私だけ戻れなんて言いませんよね?」

『……』

 

 言葉に詰まるアルファを他所に時雨の元に戻った響が不満そうに口を開く。

 

「やっぱり協力してくれないんだね?」

「ええ」

 

 はっきりと、敵意を込めた目で睨みながら古鷹は宣う。

 

「アルファの敵は、私にとっても敵です」

 

 たとえどんな願いを抱こうとそれが自身を、そして仲間を害するなら排斥すると言いきる。

 その答えに時雨は悲しみとも怒りともつかない褪めた表情でいい放つ。

 

「君達には、失望したよ」

 

 それが戦いの再開を告げる狼煙となるのは必然だった。

 

 




なんとか今年中に上げられましたが……おもいっきりやっちまった感が……⬅

ちなみに時雨はジギタリスの花言葉が合うと最初思ってだったんですが今更異論ががが…⬅

響は……まあ姉です。

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