単身バイドの森へと突入した古鷹だが、予想していた殺意に満ちた攻撃は一切なく森に生息する植物系バイドと昆虫系バイドによる自然体系がただただ広がるばかりであった。
一見無害に見える光景だが、同じバイドだとしても異物を認めないバイドがなんの反応も起こさないことに古鷹は警戒を高めながら一際強い波動を感じる方向へと向かう。
バイドの波動に導かれるように先に進んでいった古鷹は途中分かれ道に辿り着く。
片方の道は森の中心部へと続いているらしいが木々の幅が狭く古鷹が通るには少々狭い道となっている。
もう片方はそこそこの広さがあり古鷹が戦えるだけの余裕もある。
しかし、その先は鬱蒼と覆い繁る枝葉に日差しが遮られバイドの視覚にさえなにも見通せない暗闇が広がっていた。
「……バイドの波動は…両方から?」
奥に進むに連れ中核と思われた波動はどちらの道からも感じられた。
この時点で一旦引くのが最も最善に近い選択だろうが、古鷹は片方だけでも処理すべきだと判断した。
「……こっちに行こう」
そして見えなくともレーダーの策敵は有効であることと広い分サイクロンフォースの死角からの攻撃に対処しやすいだろうという二点の判断から古鷹は暗闇へと舵を切り突入した。
暗闇の中に入った古鷹は右目の探照灯を照らしてみるが、空間そのものがバイドにより変質しているらしくすぐ近くどころか自身さえも見えない。
「……ちょっとだけ懐かしいな」
月明かりさえない新月の海原を思い出しそう呟く古鷹。
バイドになる前は当たり前と思っていた事が覆りまだ半年しか経っていないのに、まるで数十年以上前のように感じてしまう。
と、古鷹はレーダーの反応がおかしい事に気付いた。
「何も映らない!?」
暗闇に入る前は確かに横や前にバイドの森が映し出されていたのだが、限界まで精度を上げてもレーダーは何も反応を起こさなくなっていた。
「……やっちゃった」
敵の罠にまんまとかかった迂闊さを歯噛みしながらそれでも脱出の手段に頭を巡らせる。
(空間そのものが原因だとすれば波動砲かフォースで脱出出来る筈だけど…)
バイドによって歪められた空間から脱出を図るには中核を撃破する必要がある。
「どちらにしろ、やることにかわりないよね」
どこから敵が来てもいいよう警戒を厳にする古鷹だが、突然その肩を何者かに叩かれた。
「ひゃあ!?」
「うわぁ!?」
思わず悲鳴を上げると叩いた相手まで悲鳴を上げてしまう。
「誰!?」
慌てて義手を突きつけた古鷹だが、相手を確認して硬直してしまう。
「衣…笠……?」
「ど、どうしたの古鷹?
突然ぼうっとしたと思ったら…」
古鷹の反応があまりに過剰だと言いたそうに古鷹と同年代と思われるセーラー服少女は戸惑い気味にそう尋ねた。
「どうしました二人共?」
二人の悲鳴に反応したらしく更に二人の少女が暗闇から古鷹の前に現れた。
「青葉…それに、加古…?」
青葉と呼ばれた衣笠と同じセーラー服にショートパンツの少女ははい? と首をかしげる。
「青葉がどうかしましたか?」
要領を得ないと首をかしげる青葉にますます混乱する古鷹だが、その様子に構わず衣笠が口を開く。
「多分古鷹も疲れてるんだよ。
ソロモンからこっち休まず航海しっぱなしだったから」
「ソロモン!?」
ソロモンと言えば忘れるはずもない。
東亜戦争で鳥海率いる三川艦隊として参加した重巡洋艦の古鷹にとって最も忌まわしき海。
今の言い様と鳥海らの不在、そして加古がまだ自分達と航海している事から古鷹はまさかと声を震わせながら問いただす。
「今日は、昭和17年の8月10日かの?」
そんな筈はないと必死に否定しながら問う古鷹に青葉と衣笠はいっそ痛ましげに古鷹を見た。
「あー、これは重症ですね」
困った様子で言う青葉を横になるべく落ち着かせようと衣笠が慎重に言う。
「落ち着いて古鷹。
今はまだ8月9日だよ」
「
つまりもう『奴』は自分達を……。
「っ……!?」
その事を考えた直後、古鷹の頭に激しい痛みが走り思わず蹲ってしまった。
「古鷹!?」
「古鷹さん!?」
古鷹の急変に慌てて介抱に走る青葉と衣笠に支えられ古鷹は身を起こしながら違和感に気付いた。
「本当にどうしたんですか?」
「……大丈夫」
先程までの頭痛が嘘みたいに引くのと共に古鷹はさっきまでの自分が何に焦り怯えていたのか分からなくなっていた。
どうしてそんなに焦っていたのか戸惑いを感じながら古鷹は二人に謝る。
「ごめん。
衣笠が言う通り少し疲れてたみたい」
そう謝ると二人は安堵した様子で息を吐いた。
「もう、青葉じゃないんだから心配させないでよね」
「それってどういう意味ですか衣笠?」
笑いながらもこめかみをひくつかせる青葉はしかしと隣を見遣る。
「姉が一大事かもしれないというのに彼女といったら……」
さっきから微動だにしていなかった加古は立ったまま鼾を掻いて寝ていた。
「う~ん、カレーに鯖はやめて…」
眉間に皺を寄せ寝言を吐く加古。
その表情が真剣なほどに苦悶に満ちているせいで余計にシュールだった。
「……どんな夢を見てるんですかね?」
呆れつつそう言うと青葉はさてと仕切りを取る。
「そろそろ航海を再開しましょう。
カビエンまでは後一日もないですし之字運動は無しで行きましょう」
「青葉、疲れてるのは衣笠も同じだけどそれはまずいよ」
制海権もはっきり取れていない海域でそれは自殺行為だと苦言を呈する衣笠だが、青葉はですがと譲らない。
「之字運動を取らなければ翌朝にはカビエンに到着できます。
加古もこうですし危険を圧してでも急ぐべきと判断した次第です」
確かに青葉の言うことにも一理ある。
之字運動を取り続けたままで航海を続ければカビエンに到着するのは明日の夕方頃。
既に四人の疲労も限界に近づいていることもあってその提案は衣笠にとっても魅力的に聞こえた。
「だけどなぁ…」
危険を秤に掛けて揺れる衣笠に古鷹は加古を見遣る。
「Zzz……」
相も変わらず立ったまま鼾を掻く加古に古鷹は苦笑してから口を開く。
「私は青葉に賛成かな」
「古鷹?」
常に慎重論を口にする古鷹とは思えない意見に耳を疑う衣笠に古鷹は言う。
「確かに之字運動を取らないのは危険だけど、疲労が積み重なった今の状態じゃ満足な回避運動も取れないとも思うの」
「それはそうだけど…」
古鷹の言うことも最もだが、やはりと渋る衣笠に青葉が強行する。
「古鷹もこう言ってますし、いい加減納得しなさい。
あんまりしつこいと上官侮辱罪に問いますよ!」
青葉とて本気ではないが、そう言われてしまえば衣笠もなにも言えなくなってしまう。
「ああもう、分かりました!」
「分かれば宜しいのです」
フンスと鼻を鳴らし寝こける加古を引っ張り航海の準備に入る青葉。
そんな姉に衣笠は肩を落とし息を吐く。
「…まったくもう強引なんだから」
「まあまあ」
小さく愚痴る衣笠を慰める古鷹。
そうして4隻が16ノットでカビエンへと向かい航海を再開し暫くすると衣笠が問い掛けた。
「それにしても古鷹、どうして青葉に賛成したの?」
衣笠の問いに古鷹はなんと答えるべきか少し考え、そして答えた。
「……なんとなくだけど、それが正しいってそう思ったの」
最初に言った理由以外にも早く休みたいという欲求や疲れきって寝ながら歩いている加古への不安などいくつも挙げられる理由があったが、古鷹は自分でも不思議なほどしっくりくる答えはそれだった。
「正しい?」
「うん」
訝しむ衣笠にどうしてか悲しいと思いながら古鷹は言った。
「正しいんだよ、きっと」
何がなのか、それは古鷹にも分からない事だった。
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古鷹がバイドの森へと突入してから半日後、微かなバイドの波動を辿りアルファもまたバイドの森を発見していた。
『マサカコレホドノ規模ニナッテイタトハ』
島からは大分離れてはいたが、だかといってバイドの繁茂を許した理由にはならないと己を叱咤しアルファは追随したノー・チェイサーとドミニオンズに命令を下す。
『殲滅ヲ開始スル。
目ニ付イタモノヲ手当タリ次第撃チ砕キ焼キ払エ!』
命令を下すと同時に三機は散開と同時に波動砲のチャージを開始しながら森へと突入。
自らを滅ぼす意思を感じたバイドの森は即座に反応を始め植物型バイドが胞子の弾幕を張り甲虫系バイドが食らいつくさんと群がる。
『ソノ程度、肩慣ラシニモナリハシナイ!!』
ザイオング慣性制御システムをフルに稼働させ重力の檻どころか慣性の鎖からさえ解き放たれたと錯覚させる縦横無尽の機動を発揮し、アルファは飛び交う胞子を掻い潜り死を厭わぬ獰猛さで牙を剥き襲い来るバイド達をフォースを以て逆に引き裂き喰らい蹂躙していく。
その凶暴さに多くのバイドがアルファを標的として狙いを定めるが、まるで自らを自己主張するかのようにその背後から放たれたノー・チェイサーの圧縮炸裂波動砲の衝撃が範囲に居たバイドをばらばらに引き裂きドミニオンズの放つ灼熱波動砲が触れたもの全てを焼き焦がす。
殊更ドミニオンズの灼熱波動砲は対植物系バイドを念頭に開発されただけあってその破壊力は圧巻の一言に尽きた。
さながらドラゴンの吐く灼熱の吐息の如くその熱に触れたものは消し炭さえ残さず焼き払われていく。
物量に対し一方的とさえ言える蹂躙を繰り広げ奥へ奥へと進撃を進める三機はやがて古鷹がたどり着いた分かれ道に差し掛かる。
『A級ノ反応ハ…コッチカ!』
狭い道から感じる強力なバイドの波動を確かめたアルファは古鷹が入っていった暗闇に見向きもせずに狭い道に向かい進路を取る。
中核を守らんと更に苛烈さを増す抵抗にアルファはフォースを盾に正面から斬り込み追随する二機と共にそれらを全て捩じ伏せ焼き払い打ち砕きながら全ての障害を乗り越えついに最奥へと到達した。
『コレガ、中核ヲ成スバイドカ…』
アルファ達が体面を果たしたそれは『ネスグ・オ・シーム』という名の植物系バイドなのだが…
『……マタカ』
袋状の体躯を巨大な木からぶら下げた姿のネスグ・オ・シームだが、その姿は同時に男性の陰嚢を連想させるに余りあるものなのだ。
『ゴマンダートイイドウシテバイドハコウアレナ姿ヲ選ブンダ!!??』
しかも以前アルファがゴマンダーと対面したのも今回のようにたまたまバイドの波動を感じ確かめに向かった事が原因だった。
次は同じ展開が来たらゴマンダーに並ぶ卑猥指数ぶっちぎりの水棲型バイド『ガラパス』辺りが出てくるんだろうと半ば自棄っぱちになりつつアルファはさっさと終わりにしてやると命令を出す。
『燃ヤシ尽クセドミニオンズ!!』
その指示と同時にドミニオンズがフルチャージまで充填しておいた灼熱波動砲をネスグ・オ・シームへと叩き込む。
灰塵さえ残すことを許さない業火がネスグ・オ・シームを包み燃え広がるがネスグ・オ・シームはまるで意に介した様子もなく、大量の節が列なる触手状の蔓を幾つも生やすなりアルファ達へとを伸ばし襲い掛からせた。
『散開!!』
蔓は節の一個一個が関節の役割を担っているらしく非常に柔軟な動きを以て三機を捉えようと迫るの見たアルファは、纏まっていてはこちらが不利とバラけるよう指示を飛ばす。
捕まれば一貫の終わりと三機はそれぞれバーニアを全開に開きザイオング慣性制御システムによって数十にも至ろうかというGの中を自壊することなく飛翔し蔓の稼動圏内から離脱を図る。
蔓が伸びきったのを見咎めたアルファがすかさずデビルウエーブ砲を放ち蔓の切断を狙うが、波動砲は節の部分のみを砕くに留まり蔦そのものの破壊に至らなかった。
『チッ、流石ニA級ダケノコトハアル』
本体を見れば灼熱波動砲の炎も消えており、僅かに焦げた痕跡だけが証左として残るばかりでネスグ・オ・シームはほぼ無傷の状態でそこにあった。
『ン?』
と、次はどう出てくると観察に回ろうとしたアルファはネスグ・オ・シームの体表に光る大きな突起のような部位が増えていることに気付いた。
何かの予備動作だと判断したアルファ次いで蔦の節から放たれた弾幕に驚く羽目になった。
『ッ、Δウェポン開放!?』
完全に動きを止めたため意識から外してしまったアルファは至近距離から放たれた弾幕を回避できないと判断し咄嗟に最低出力でΔウェポンの開放を行う。
放たれたエネルギーは弾幕を掻き消し更にネスグ・オ・シームにも牙を剥く。
しかし咄嗟だったため威力を下げたことが仇となりΔウェポンの放射が終わった後には、蔦の節が削がれ僅かに焼け爛れた部位が増えただけでネスグ・オ・シームは健在であった。
たかがA級と舐めて掛かった挙げ句Δウェポンの無駄撃ちをやってしまった自分に苛立つアルファ。
直後、ノー・チェイサーがアルファの横を通過しネスグ・オ・シームの突起めがけ圧縮炸裂波動砲を叩き込んだ。
圧縮炸裂波動の衝撃に突起が押し戻され更にまるで苦痛に暴れるかのようにぶるんと身を滅茶苦茶に振りながらネスグ・オ・シームは凄まじい勢いで蔦を引っ込めていく。
『…ア、アレガ弱点ダッタノカ…?』
人間だった頃なら間違いなく股を押さえながら幻痛に身悶えていただろう光景を前になんとか平静を保ちつつ、怯んだように沈黙したネスグ・オ・シームにアルファは効果があったものと判断した。
『ヨ、ヨシ。攻撃ヲ再開スル。
ドミニオンズト私ガ弱点部位ノ露出ヲ誘導シノー・チェイサーガ撃テ』
そう指令を飛ばすとアルファは波動砲と共にフォースをネスグ・オ・シームに撃ち込む。
波動砲を喰らいフォースを打ち込まれたネスグ・オ・シームは衝撃に体躯を左右に振り回され、その光景にアルファは言葉に出来ない精神ダメージを負っていく。
『クッ、オノレバイドメ…』
そうして幾度も振り回されたネスグ・オ・シームが再び蔦を生やしアルファ達へと牙を剥くも、同じ手は通用しないとアルファはフォースで以て節を削ぎ落とし封じに掛かる。
そして二度目の弱点の露出が確認された瞬間待ち構えていたノー・チェイサーの圧縮炸裂波動砲が撃ち抜きネスグ・オ・シームは崩壊を始める。
『……Δウェポンノチャージ完了迄外縁部ノバイドヲ掃討セヨ』
最後の最後まで精神に多大な被害をもたらしたネスグ・オ・シームの撃破が完了したことを確認したアルファは、その存在を記憶から抹消しつつ残りのバイドの掃討を命じた。
『サテト…ム?』
嬉々として翔んでいく二機を確認し自分もフォースを構えたアルファは中核であるネスグ・オ・シームが撃破されたというのに圏内のバイドの死滅が始まる気配どころか、中核のA級バイドの気配そのものも消えていないことに気づく。
『……奴ハ雌雄別個体ダッタノカ』
A級の中には稀に伴侶に相当する個体を有するタイプが居る。
奴がそのタイプでもう一体いるのだと判断したアルファはその居所を探るため意識を研ぎ澄ませた。
そして…アルファは漸く知る。
もう一つのA級バイドの気配のすぐ近くに古鷹の気配が存在していたことを。
『ッ!?
コレハ、古鷹!!??』
更に原因は不明だが古鷹のバイドの波動が急激に上昇していた。
『マズイ!?』
このままのペースで汚染が加速すれば10分も待たずに古鷹は完全なバイドに堕ちてしまう。
もう一時の猶予も無いと判断したアルファはフォースを使いバイドの波動を以て空間を汚染させ無理矢理古鷹が居る次元への穴を明けると先の確認もせずそのまま飛び込んだ。
皆様秋イベはいかがでしょうか?
糞が付くくらい素敵なスケジュールの合間を掻い潜りなんとか甲乙丙乙乙でなんとか完走しきって二隻目のユーを手に入れたものの、グラーフとローマと瑞穂の掘りが終わる気配を見せません。
レア駆逐? 知らない娘ですね。
次回は閲覧注意になりそうです。