アルファがバイドの波動を感じた頃より少し前、古鷹は鳳翔に貸し出していたパワード・サイレンスを返してもらい一人海へと出ていた。
その目的は古巣の仲間との再会のためであった。
「ぶる゙だがぁぁ~!?」
二度と会えないかもと言われた姉の姿に古鷹型二番艦の加古は目とか諸々から水分を駄々漏れにしながら古鷹に飛び付いた。
そんな加古の背中を軽く叩きながら古鷹は苦笑と共に謝罪を溢す。
「心配かけちゃってごめんね」
「~~~!!」
漸く聞けた姉の声に声にならない声で咽び泣く加古。
「よかったね」
「……ほんにそうじゃのう」
加古に連られ目を潤ます子日と緩んだ涙腺を隠そうと扇で口許を隠す初春。
「叢雲ちゃんはいいの~?」
二人の様子に今日までを一番やきもきしながら待っていた叢雲に訪ねる龍田にいいのよと叢雲は言う。
「あっちを見たら、なんかね」
そう示す先には加古と同様乙女にあるまじき様子で咽び泣く天龍の姿。
「ゔゔ…本当に゙よ゙がっ゙だな゙ぁ゙」
ずずっと鼻を啜る天龍に龍田も溜まらず苦笑してしまう。
「ウフフ~、全くもう天龍ちゃんたら~」
情けない姿も可愛いと口には出さず龍田は天龍を堪能する。
そんな龍田をぶれないわねとそう思い二人に視線を戻すと、縋り付いていた加古が顔をあげたところであった。
「一緒に帰ろう。
皆、古鷹の帰りを待ってるんだぜ」
「……」
希望に満ちた加古の願いに空気が温度を下げる。
当然そうなると思っていた加古に反し、その言葉に事情を知る天龍達は苦い顔をするしかなかった。
「…古鷹?」
何も言わずただ寂しそうに微笑む古鷹にどうしてと言おうとした加古だが、先に古鷹が口を開く。
「ごめんね加古。
それは出来ないの」
「……」
古鷹自身から発せられた否定の言葉に加古は思考が止まってしまう。
「どう……」
してと続くはずの言葉に古鷹は言う。
「加古。
私の目を見て」
琥珀色に染まってしまった己が目を指しながら古鷹は言う。
「この目はバイドに汚染された証。
バイドに成り果て、その衝動と戦う日々の中で自分がそう否応なしに理解した現実を語る。
「この義手のお陰で私はまだ古鷹型重巡の一番艦古鷹でいられている。
だけど私は少しづつバイドに変わり続けているの。
だから、皆のところには帰れない」
「そんなの…」
否定の言葉を放とうとする加古だが、古鷹の寂しそうな微笑みはそれを許さない。
「ごめんね加古。
本当は…」
突然言葉を止め古鷹は加古に背を向けると足元を睨み付ける。
「古鷹どうし…」
「盗み聞きなんて趣味が悪くない?」
琥珀色の瞳に不快感と敵意を宿らせながら古鷹はそう言いながら亜空間に待機させていたサイクロンフォースを呼び出す。
「げぇっ!?
なんだよその気持ち悪いのは!?」
不気味な蠕動を繰り返しながら青白く発光するゲル状のサイクロンフォースに加古が悲鳴をあげる。
「気持ち悪いって…こんなに可愛いのに」
加古の悲鳴にそう小さく溢す古鷹。
サイクロンフォースの魅力を語ろうかと思った古鷹だが、その前に古鷹の行動に潜水艦が潜んでいると気付き、ソナーを起動させながら天龍が叫ぶ。
「単横陣並べ!!
爆雷投射準備!!」
サイクロンフォースに付いて聞き出すのは潜水艦を撃破してからだと指示を飛ばす天龍だが、
「大丈夫。
もう
「え?」
その意味を問う暇もなく古鷹はサイクロンフォースを高速回転させイオンリングの発生と同時に海に叩き込んだ。
「なっ!?」
まるで海面を切り裂くように盛大な水飛沫を飛ばしながら海中へと沈んでいくサイクロンフォースに絶句する間もなく、再び盛大に水飛沫を起てて海上へと上がって来た。
そのまま上空へと昇っていくサイクロンフォースは回転を止めて、その内側にスライスされた潜水カ級を引っ掻けていた。
「あなや…」
まるでスライムの捕食するかのような光景とカ級の鋭利な切断面に初春を始め小さな悲鳴が漏れる中、古鷹は更に義手を構える。
「少し可哀想だけど、バイド化はさせないよ」
そう言うと同時にサイクロンフォースからスライスされたカ級が吐き出され、古鷹は波動砲を放った。
「メガ波動砲、
古鷹の砲声と同時に視力をも殺しかねない閃光が義手から放たれカ級を飲み込むとカ級は波動の光に焼かれ塵も残さずこの世から抹消された。
カ級を消滅させた波動の光は流星のように尾を引きながら空へと昇り拡散しながら消滅した。
「……」
呆気にとられることしか出来ず沈黙が辺りを包む中、古鷹はすっと加古の方を向いた。
「これで解ったでしょ?」
そう振り向いた古鷹は寂しそうに笑みを湛えていた。
「…あ、わ」
なにか言おうと必死に声を絞ろうとするが、加古は古鷹に恐怖を抱いて無意識に震えていた。
事情を知っている天龍達でさえ自分の変化に戸惑いと確かに恐怖を抱いたのだ。
それは非難できるものではない。
「…ごめんね」
そう言い古鷹は反転するとパワード・サイレンスにジャミングを展開させる。
「古鷹!?」
このまま行かせてしまえばもう二度会えなくなるとそんな予感に駆られ子日が叫んだ。
「また、また会えるよね!?」
その場に居る全員の願いを乗せた問いに、古鷹は立ち止まり一度だけ振り返った。
「そうなったら、嬉しいかな」
寂しそうな笑顔と一緒にそう言い残し古鷹は振り返ることなくその場を去っていった。
古鷹の姿が消え潮流が艤装にぶつかる音だけが響く中、しばらくして加古が膝を付き嗚咽を溢す。
「う…うあぁぁ…」
希望を失った哀哭の涙に天龍達は自分達の浅はかさを呪った。
生きていてさえくれればどうにかなると、そう信じて古鷹にバイドと戦う道を歩ませた。
だが、その先に希望なんて無かった。
艦娘として死ぬ事さえ出来なくなった古鷹に、その道を強いた自分達も恐怖してしまった。
「すまない加古。
俺達は…」
今更何を謝れるというのかと自分を罵倒しながら声を掛けた天龍だが、加古は天龍の呼び掛けに答えずごめんと口にした。
「ごめんよふるたかぁ…わたし、ふるたかが…ひっぐ…ふるたかがじぶんからきらわれようって…ひっぐ…わかってたのにぃ…」
古鷹は己は化け物だということを見せ付けて自分達を遠ざけようとしていたとそう言う加古。
「なのに、なのにわたしは…」
たとえどんな事があろうと古鷹は古鷹なんだとその一言が言えなかった自分を責める加古。
「もういいんだ」
そう加古を抱き起こし天龍は慰める。
もし自分が古鷹のように化け物に成り果てたらきっと、古鷹と同じ様に振舞い遠ざけようとしたはず。
それに思い至れなかった自分達も同罪だと天龍は憎らしいほどに晴れ渡った空を見上げ呟いた。
「どうして俺は、俺達は間違えたんだ…」
その問いに答えてくれるものは誰もいなかった。
~~~~
天龍達と別れた古鷹は島を目指しながら天龍と同じ空を見上げていた。
「…ごめんね皆」
夕暮れ色に染まる空と海の狭間でさ迷い、いつ訪れるかもはっきりしない
その目論見はおおよそ当たったが、実際に皆から向けられた恐怖と忌避の感情は思っていた以上に辛かった。
だけど、そうでなくてはいけないのだ。
もう2度と沈まない夏の夕暮れに迷い込んではいけないのだから。
「……今の私は機嫌が悪いの」
このまま島に帰っていつも通り笑えるかなと苦笑しかけた古鷹の表情が消え、そう宣いながら傍を浮遊していたサイクロンフォースを回転させイオンリングを生み出す。
夜の海より冷たい空気を纏いながら古鷹は警告を発する。
「消えなよ。
じゃなきゃ、さっきの娘よりもっと酷い目に遭うよ?」
その警告にゴボリと水泡が沸き上がり次いでソ級が浮上してきた。
「マチナサイ。
アナタニキキタイコトガアルノ」
「…何?」
内容次第では有言実行に移る気で古鷹はバイドの殺戮衝動を少しだけ堪え問いを促す。
「アナタハオニノコガイノカンムスデアッテルワヨネ?」
「…そうよ」
少々不愉快な物言いだが、同時に彼女等の認識ではそうなのだろうと納得し聞き流すことにした。
「ダッタラオニニツタエテ。
スリガオカイキョウオキニアナタトオナジコハクイロノメノカンムスガイルワ」
「…なんですって?」
ソ級の言葉に衝動が成りを潜め代わりに驚愕が古鷹の内を占める。
古鷹も一度だけバイド化した深海棲艦と闘ったことがあるが、相手が駆逐イ級一隻だからと油断し手痛いしっぺ返しを食らった覚えがある。
「私が代わりに討つわ。
スリガオのどの辺り?」
今すぐアルファに要請を掛けるべきなのだろうが、アルファはイ級の護衛から外れられないことと古鷹自身の気持ちの問題から逸ってしまう。
古鷹がなにか焦れているように見受けたソ級は懸念を抱いた。
「アンナイハスルケドダイジョウブナノ?」
「私も
バイドを討つならバイドの力を使うのが一番早いの」
頑なな態度を崩さない古鷹にソ級は仕方ないと小さく溜息を吐いた。
「コッチヨ」
そう先導を始めるソ級。
15ノット程の速度でスリガオ海峡を目指すソ級の後ろを付いていく古鷹。
特に話すような事もないため互いに沈黙したまま航海を続けていたが、不意に古鷹は今更気づいた事を尋ねた。
「どうして私に気づいたの?」
パワード・サイレンスのジャミングは元々宇宙での運用が前提の機体であるため重力ソナーを誤魔化すことが出来る。
そのためそれより下位の超音波ソナーにも有効なのだ。
たまたま見付かっただけかもしれないとも考えていた古鷹だが、ソ級は然も当然と嘯く。
「ベツニ、フツウニソナーノハンノウヲオッタダケヨ」
「それは嘘。
妨害を掛けていたからソナーで私の事を見付けるのは不可能」
そう言い切る古鷹だが、ソ級はダカラヨと笑う。
「サイショハキヅカナカッタケド、アクティブソナートパッシブソナーヲドウジニツカウトソノジャミングガカカッテルバショカラカエッテクルオトニフツウナラキニスルコトモデキナイテイドノイワカンガノコルノ。
ソノオトヲオッテミタラアナタガイタノヨ」
「……」
割りと簡単に言ってるが、実際とんでもなく耳が良くなければできない芸当なのでは? と古鷹はこのソ級を見誤っていたと思い直す。
「それだけの事が出来るって、もしかしてイベントで中枢に居たことがあるの?」
「アルワヨ」
古鷹の質問に懐かしそうにソ級は答える。
「25ネングライマエニピーコックデヒメノゼンショウニタッタコトガアルワヨ」
「もしかしてピーコック攻略戦のソ級?」
「アナタタチハソウナヅケタノネ」
感慨深そうにソ級は語る。
「アノタタカイハタノシカッタワ。
マサカジュウジュンニトドメヲササレルナンテオモイモシナカッタモノ」
その資料なら古鷹も読んだ記憶がある。
ピーコック島の最終攻略の直前に深海棲艦は補給線の分断を狙い郡狼作戦を展開。
主な水雷戦隊は本隊側に集中していたため撃滅する対潜要員が不足してしまった結果補給線は絶たれ。
補給線を絶たれた本隊は攻めるにも退くにも決死隊を結成する必要に迫られた。
だが、当時まだ現役の提督であった元帥直下の足柄と羽黒の両名が練度の低い対潜部隊を率い敵潜水艦を撃滅したことで絶たれた補給線の復活が叶いピーコック島の攻略は成功に終わった。
その時二人が執った戦術は今も重巡の間では誰も真似できないと語り草となっている。
同時を思い出しながらソ級は愉快そうに笑いながら言う。
「マサカライゲキノコウセンヲギャクサンシテワタシタチノイバショヲワリダソウトカタホウガカンゼンニアシヲトメテオトリニナッテクルナンテネ。
ソノウエ、ジュウジュンニイッシムクイテヤロウッテキンキュウフジョウスレバ、モウイッセキノジュウジュンガコウカクホウデワタシヲネラッテイタノニハイッソカンドウシタワ」
ソ級が語ったように資料にも当時足柄と羽黒の両名は潜水艦を狩るために羽黒が囮となって敵潜水艦からの雷撃を一身に受け、その雷撃の航線から潜水艦の現在地を割り出す事で練度の低い駆逐艦達に確実な撃滅を敵えさせた。
しかしそれでも中核を担っていたソ級を撃滅することは叶わず、爆雷を撃ちきった隙を突かれ海上からの雷撃を試みられるも、浮上を予測していた足柄により高角砲を用いた砲撃によって撃滅に成功したという。
航巡でない重巡による貴重な潜水艦撃破の記録だが、あまりに無謀な策ゆえ件の二人にしか出来ないと言われていた戦いをまさか敵側の視点から聞けた事に古鷹は喜ぶべきか、それともまだソ級が健在だったことに警戒すべきなのかとても複雑な気持ちになってしまった。
そんな存外意義のあるやり取りがありつつ二隻はスリガオ海峡へと近付いていく。
そして古鷹は見た。
「何? あれは…森?」
陸地からも遠く離れた海上に樹木が列なりひとつの森を形成している異常な光景を目撃した。
休眠しているのか放たれる波動は汚染に足らない程度の微量な僅かだが、確かにバイドの波動を放つ森にあれがバイドの巣なのだと確信を得た古鷹はソ級に問う。
「あの森はいつからあそこに?」
「サア?
ワタシガミツケタノハスウジツマエダケド、ハントシマエニハアンナモリハナカッタワ」
「半年前…」
半年前というとバイド化した島風達とまだ戦っていた頃だ。
ソ級の答えに古鷹はひとつ頷くと森へと向かう。
「私が森に入ったら貴女は帰って」
「オニニレンラクシナクテイイノ?」
「ええ」
イ級は不在の島にはR戦闘機も殆んど残っていないことを考慮すればする意味も薄い。
「でも、私が森に入って三日経ってもまだ森に変化がなかったらその時に伝えて」
「ワカッタワ」
ソ級の答えに森へと向かおうとした古鷹だが、ソ級はデ、と訪ねてきた。
「トウゼンホウシュウハハラウンデショウネ?」
「へ?」
予想だにない言葉に固まる古鷹だが、ソ級は当たり前と言う。
「コハクイロノメノカンムスヲミツケタノヲオシエタノハヒメカラノイライダッタカラヨ。
ソレイジョウノシゴトヲサセタイナラハラウモノヲハライナサイ」
「……えーと」
「ソレトモナニ?
カンムスハタダバタラキガアタリマエナノカシラ?」
嘲笑うように鼻を鳴らして挑発するソ級にムッとしながら古鷹は払うわよと言う。
「ただし、今手持ちは無いから私と一緒に島に帰るか貴女が島に着いてからよ」
「ソレデカマワナイワ」
言質を取りしてやったりと微かに頬を持ち上げるソ級になんて深海棲艦だと憤慨しながら古鷹はバイドの森へと突入した。
ちなみにソ級がイ級に報酬を要求しなかったのはまだイ級が無名でたいした見返りはないと思ってたからです。
ということで次回は歪んだ生態系か~ら~の