「とぉぉおおぉおお!!」
気合いの入った熊野の砲声が島に響く。
とはいえ戦闘が起きている訳ではない。
艤装を背負う熊野の腕にあるのは飛行カタパルトではなく明石謹製の鍬と鋤。
何がどうしてそうなったかと言うと、島の生活に着いて聞いた熊野が是非野良仕事がしたいと申し出て、実際畑を目にした途端テンションが振り切れまるで戦闘中のように猛々しくまだ手付かずの畑の開墾を始めたのである。
「自称お嬢様っていう割りにアグレッシブだよね?」
「熊野がサバイバル得意ってのは聞いてたけどあそこまではしゃぐかねえ?」
相方の奇行ともいえるはしゃぎっぷりに呆れる北上と若干引きつつ苦笑する鈴谷に芋の泥を洗いつつ鳳翔は言う。
「熊野の多くが解体後農業の道を志す娘が多いですから差ほど珍しくは無いのですよ」
あそこまで高揚するのはさすがに珍しいですがと小さく笑う。
その言葉に鈴谷は興味を抱き自分についても聞いてみた。
「じゃあ鈴谷は?」
「服飾のデザイナーや美容師を志望する娘が多いですね」
その答えに鈴谷は自慢気に鼻を鳴らす。
「ふふん、まあ鈴谷はお洒落さんだからねぇ」
自分の事をそう自慢する鈴谷だが、よく見れば耳が赤く内心では自爆したと恥ずかしがっているのを気付いた一同は見なかったことにしておく。
「あ、そっちの豆は捨てないで下さい」
収穫した大豆の中から完熟する前の物と仕分けしていたヌ級にそう注意する春雨。
「デモ、イッショニタベラレナイヨネ?」
不思議そうに首(?)を傾げるヌ級に春雨は説明する。
「緑の大豆は春雨とずんだ餡にするんです」
「ハルサメ?
マメガカンムスニナルノ?」
「違います。
確かに名前の由来は同じですが食べ物にも春雨というのがあるんですよ」
「???」
いまいち意味がわからず首を更に傾けるヌ級にどう説明したものかと困る春雨に北方棲姫と二人で人参を載せた笊を抱えた瑞鳳が助け船を出す。
「緑の大豆は別の食べ物になるのよ」
「ナルホド」
納得したヌ級は再び豆の仕分けを始める。
「もっと単純に説明しないと上手く伝わらないからね」
「…いいんですかそれで?」
単純どころかテキトーと言える説明と対応に困惑してしまう春雨。
しかし瑞鳳はいいのよと続く。
「だけど話をおざなりにしても駄目なんだからね」
「はぁ…」
思った以上にさじ加減が必要なんだと感じ自分にそれが出きるのかと不安から鬱の気を抱き始めた春雨だが、そんなこととは気付かない北方棲姫によりそんな暇は与えられなかった。
「ずんだはあまいおやつなんだよね?」
「そうだよ姫ちゃん」
「シワケハマカセロー!!」
二人の会話にバリバリと続きそうな勢いを増して仕分け始めるヌ級だが、余りの勢いに仕分けられた大豆がいくつも握り潰されてしまう。
「や、やめてぇ~!?」
可哀想な大豆だったものを量産するヌ級に鬱の気を患っている暇はないと慌てて制止に入る春雨。
そんな賑やかな周りを尻目に山城はじめっとした空気を纏いながら不幸だわと嘆いていた。
「どうして戦艦の私が臼挽きなんて……」
戦艦の馬力を生かして力仕事を任せると言われ張り切った山城だが、待っていたのは大量の小麦を石臼で挽く作業であった。
文句を言いながらもごりごり臼を回す山城に籾殻を剥いた新たな麦を運んできた酒匂がぶーたれる。
「ぴゅう! 山城ってば贅沢だよ。
私や鈴谷達より先にR戦闘機二機も貰ったのに」
心底羨ましいと文句を言う酒匂に一瞥して山城ははぁとため息を吐く。
「……そんなに言うならあげましょにうか?」
そう言うと臼を回す手を止め艤装に乗っかっているヘリコプターに手足を付けたような機体と機体に対して異様にばかでかい砲塔を背負った機体を示す山城。
そんな態度に酒匂はぷぅと頬を膨らませる。
「MR.ヘリもキウイベリーもどっちも装備出来ないの分かって言ってるでしょ!」
MR.ヘリと呼ばれたヘリコプターは軽空母と航空戦艦及び航空巡洋艦にのみ装備可能なカ号のR戦闘機版と言い換えられる機体であり、何処が戦闘機なのかと言いたくなる外見と兵装のキウイベリーに至っては戦艦以上の大型艦にのみ搭載可能な機体である。
因みにキウイベリーは戦闘機でありながらカテゴリーが艦載機ではなく主砲に分類されていたりする。
そしてその火力は恐ろしいことにキウイベリー一機で46センチ砲をガン積みしたより高くなってしまう。
そして相変わらずイ級にだけカテゴリーの制限が効かない。
「見た目が問題なのよ。
私の艤装にこんなファンシーな物を載せたらいい笑い者よ」
性能より外見が問題だと愚痴る山城。
「山城ってば贅沢すぎ!」
そう非難すると風船のように頬を膨らませたまま麦を置いて作業に戻る酒匂。
山城は扶桑姉様が来たとき恥ずかしく思われないか心配だと続けようとしたのだが、言う前に立ち去られ思わず嘆を吐いた。
「……不幸だわ」
そんな山城にミッドナイト・アイを飛ばし天候の観測をしていた千代田から更なる追い討ちが入る。
「皆、後1時間ぐらいでスコールが始まるから食料の運び込みと雨水の備蓄準備始めて!!」
通達に収穫したばかりの食料を雨で腐らせては堪らないと大急ぎで屋内に運び込む一同。
「え、ちょっ!?」
急げと言われても挽くだけ挽いてこんもり山となった小麦粉を集め纏めるのを一人でするのは相当な手間であり時間が足りないと焦る山城はともかく濡らしたらまずいと敷いていた風呂敷で臼ごと包み持ち上げ屋内に運び込もうと持ち上げる。
と、そこに堆肥として纏めていた雑草が強風に飛ばされ山城に飛来した。
「わぷっ!?」
顔面に直撃した雑草に驚いた拍子に風呂敷を取り落としてしまいあわや小麦粉がとなりかけるも、直前で雨水を集める準備をしていたロ級によりギリギリで受け止められる。
「ナニヤッテンノヨ。
ハコブノハワタシガヤルカラコッチヤットイテ」
そう注意するとロ級はバケツを押し付け風呂敷を抱え走り去っていく。
「駆逐艦に馬鹿にされた……」
本人には全くそんな意図はないのだが、山城は勝手にそう思い込むと不幸だわと呟きながらもバケツを置く作業を始める。
そんなこんなで外が慌ただしくなる中、工廠で明石は一人頭を抱えていた。
「……やっちゃった」
テーブルの上に鎮座する一機のR戦闘機。
それこそが明石を悩ませる正体であった。
青いヴェールを被ったような特徴的な機体。
究極互換機二号『Rー100 カーテンコール』
アルファさえ知らない究極互換機のその第2号。
普段の明石を知るものならその完成に狂喜乱舞しているだろうと思うが、実際に明石はその存在に焦っていた。
「どうしてこんな機体を私は…」
これがRー99ラストダンサーであったならこうも焦りはしなかった。
ただバイドを殺すために技術を集約したラストダンサーと違いカーテンコールの存在理由はR戦闘機に纏わる全ての技術の保存と再現のための媒体。
すなわちこの機体があればあらゆるR戦闘機の開発建造が容易に叶うということなのだ。
それも『艦娘』が運用するための機体ではなく『人間』が運用するための機体をだ。
しかも御丁寧なことにカーテンコールから抽出可能な技術は機体そのものだけに留まらずサイバーコネクターやangelpackに幼体固定といった人体を加工する技術までもが保存されていた。
もし、クローン技術という外法を用いて建造される艦娘とこれらの技術を組み合わせようと考えるものが現れたら……
「この機体だけは何があっても抹消しないと…」
バイドよりもなお恐ろしい人間の性を垣間見た明石は、これまで他人事だと思いっていた
「明石、人手が足りないんだからいつまでも…」
「くそっ!?
設計も構造も完璧なのにどうして起動しないんだ!?
一体何が足りないっていうんだ!?」
木曾に見られたことに焦った明石はパニックのあまり咄嗟に頭を抱え近寄りがたい雰囲気を全開に撒き散らしてしまう。
「……」
迫真の演技を前にドン引いた木曾はなにも見なかったことにして回れ右でそのまま工廠を出ていく。
「……やっちゃった」
咄嗟に追及を避けるためにやってしまった演技によりアルファに相談するふりだけでもする必要が出てきてしまった。
「どうしてこうなったんだろう…?」
~~~~
元帥から過去の事件に着いて聞いた俺の感想は一言だった。
「姫らしいな」
艦娘を拉致して運用した某国は国内の求心力を取り戻すためにまだ日本が攻略さえしていない南西を無視して南方に艦娘達を送りやがったそうだ。
で、そこの支配者である南方棲戦姫もとい南方棲姫にフルボッコにされたそうだ。
で、あまりの弱さに南方棲姫は腹を立て半殺しにされ轟沈寸前にまで追い込まれた艦娘達を引き摺り単身横須賀の鎮守府近海まで乗り込み突っ返したそうだ。
「その時にな、『次にこんな雑魚を寄越したら直接礼をしにいく』と脅されてな。
結果拐かされた艦娘達は全員救出された訳だ」
バトルマニアな南方棲戦姫の性格からして此処まで乗り込んできたのだから相当な猛者であろうと期待して肩透かしを食らわされたらそりゃキレるわ。
本土にぶちかまさなかっただけまだ理性もあったらしい事が察せるな。
「しかしだ。
そのお陰で面目を更に潰された中国があろうことか姫を撃滅するという名目の下、横須賀へと核を撃ち込もうとしたのだ」
「おいおいおい」
とち狂うにも程があんだろうが。
とはいえ怒りこそあれどといった元帥達の様子からして大事には至らなかったらしい。
まあ、なんとなく分かってたけどな。
「そこで装甲空母姫か」
「ああ。
南方棲姫を迎えに来た装甲空母姫の手により核は施設ごと爆撃され本土へのミサイル攻撃は未然に防がれ、余計な手出しをしてそれまで海岸部に比べればまだ安全であった内陸への攻撃に中国は核の使用と併せ国内外を問わず猛反発を受け政府は事実上瓦解。
現在はロシアの支援という名の半植民地状態に甘んじることで辛うじて国名と体制を保っておる状態だ」
大っぴらに言えぬが損害賠償を徹底的に搾り取ってやるためにも、今の状態は好ましく思っておるよ。と、実に真っ黒な笑みを浮かべる元帥。
さっきまでの好好爺ってイメージが一瞬で古狸に……人間って怖い。
「まあそんな訳で私達としては姫達は宿敵であると同時にいくつもの恩がある相手だったのだよ」
「で、その恩は武力で返すと」
「向こうがそう望んだからな」
南方棲戦姫らしいこって。
「……む?」
唐突に元帥は外に目を向けてから懐を漁ると懐中時計を取りだし時間を確かめ出した。
「もうこんな時間か…」
そう呟くと元帥は立ち上がる。
「申し訳ないが視察に回らねばならない時間になってしまった。
続きは明日としよう」
いやまあ最高責任者なんだからそういった業務もあるだろうけどさ、まさかこの会談1日で終わりじゃないとか…。
つったって駄々を捏ねても拗れるのが目に見えてんだし大人しく従っとくか。
元帥が乗ってきた艦の乗員とかに見付からないようにするには、やっぱり『アレ』しかないよな。
「分かった。
とりあえずさっきの姿で待ってることにするわ」
「よし監視は任せてもらおう」
「長門は私と来い」
くちくいきゅうになると言った瞬間ながもんと化したけどそれを元帥は有無を言わさぬ態度で命を下すと叢雲が強引に引き摺り部屋を出ていった。
「なんか、思ったより大変な事になってるような…」
『御主人ハ少々楽観ガ過ギルト』
珍しくアルファが辛辣だよ。
「しかしだな…」
反論しようとしてアルファを見ると、アルファは窓の外に自分の機首を向けていた。
「どうした?」
『……イエ』
窓の外を見ながらアルファは歯切れが悪そうな態度で言う。
『一瞬、知ラナイバイドノ波動ヲ感ジタキガ…』
……マジかよ?
「今も感じるか?」
『イエ。
一瞬ダケダッタノデ勘違イダッタノカト…』
アルファはそう言うが気のせいじゃなかったら洒落にならねえよ。
「調べてこい」
『シカシ…』
任務を放り出して調査に向かうことに抵抗があるのかアルファは渋る。
しかしバイドの有無の確認は俺の身の安全より確実に優先度が高い事案だ。
「アルファ、命令だ。
ここに居るR戦闘機の中から数機を僚機として率い調査に向かえ」
『……了解』
そう言うとアルファはドミニオンとノー・チェイサーを指名し亜空間へと突入した。
アルファの野郎、やっぱりパウを置いていきやがったな。
しかしそうはいかねえぞ。
「パウ、アサガオ。
お前達も行け」
万が一バイドとの戦闘になれば機体修復能力を持つアサガオと補給機能を持ったパウは戦局を左右するほど大きな存在になる。
俺の指示にパイロットの妖精さん達は敬礼をして応じるとアルファの足跡を追って旅立つ。
そして俺は残ったフロッグマンとスコープ・ダックと共に後で飛んでくるだろうアルファの苦言に備えつつクラインフィールドを纏った。
秋刀魚獲れねえ……五匹水揚げする間に磯風見付けちまったじゃねえかよ。
そんな訳でプチイベは現在進行形で地獄を見とります。
自分の事はさておき次回は久しぶりにR戦闘機のガチ戦闘を目指す所存。
舞台は○○の○。